9 / 18
えぴそーど 〜はち〜
しおりを挟む「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
わびしい さびしい
人っていつも
そんな感情につつまれますよね?
そう、いつもいつもね
あ 良いことをおもいつきましたよ!
この際、「しい」をとっちゃいましょう!
「わびさび」
とても美しいことばになりましたね
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~どうでもいい茶と、鳴き声のポストカード~
***
「触ったでしょ!? 何回も触ったでしょ!!!」
怒号が響いたのは、夕方のスーパーのレジでした。
まなみは静かに会釈しながら、バーコードをもう一度通します。
(……バーコードがずれてただけなのに)
(猿じゃないんだから……キーキー言わなくても)
怒鳴る中年男性の顔は真っ赤で、まるで怒りが服を着て歩いているようでした。
まなみは「申し訳ありません」と繰り返し、やり過ごすしかありませんでした。
仕事帰りの足取りは重く、単に肉体的な疲れより精神的な疲れが心にのしかかっていました。
あのレジで受けた怒りが、心にベタッと張りついています。
(家に帰っても、夫も息子もスマホやテレビに夢中で、きっと話を聞いてくれない。)
(誰か、あの気持ち、分かってくれる人いないかな……)
そんなとき、商店街の路地裏にふと目に入った小さなお店がありました。
『ほんわか堂』と書かれたのれんが、風にふわっと揺れていました。
(あれ?こんなお店あったかな?)
***
おそるおそる中に入ると、柔らかい香りと、木のぬくもりに包まれた空間が広がっていました。
「こんにちは」
やさしい声で迎えてくれたのは、どこか不思議な雰囲気の女性──ほとりでした。
「どこか、お疲れの様ですね。少しだけ、おはなししてみませんか?」
まなみは、今日の出来事をぽつりぽつりと話しはじめました。
「怒鳴られて……バーコードがちょっとずれただけなんです。なのに……」
「なるほど。それは、災難でしたね」
ほとりはうなずいて、温かい湯のみを差し出した。
「どうぞ、“どうでもいい茶”です」
「え……?」
「“どうでもいい茶”っていうんです。特に何も効能はありません。でも、そういうのが、いちばん心を軽くしてくれることもあるんです」
まなみは湯のみを手に取り、ひとくち含みました。
ふわっと香るのに、味はうすくて、でも優しい味がします。
(……なんか、気が抜ける……)
ほとりは、さらに一枚の小さなポストカードを差し出しました。
そこには、小さな猿がキーキー叫んでいるイラストが描いてありました。
裏にはこう書かれています。
『その人はかわいい動物です。まともに受け取らないでくださいね』
まなみは吹き出しました。
そして、肩の力がストンと抜けた。
「あの人……猿だったのかも」
「かもしれませんね」
店を出るころ、まなみの足取りは少し軽くなっていました。
***
翌日。
またあの中年男性が、会計にやってきました。
「今日は、触らないでくれよ!まったく」
何か隙があったら言ってやろうという顔をしています。
そして……
(あは、やっぱり、猿みたいだわ!キーキー言いそうで可愛い)
まなみは、臆することなくその男性の会計を終えました。
その後、年配の女性客がやってきました。
「さっきの人、またあなたに怒鳴りそうで怖かったわねぇ。でもあなたの対応、とても丁寧で素敵だったわよ」
まなみは思わず笑いました。
胸ポケットには、昨日もらった“キーキー猿”のポストカードがそっと入っていました。
***
その日の帰りも、まなみは「ほんわか堂」に寄りました。
「今日も、あの中年男性がきたんですけど、このポストカードのお陰で、うまくやり過ごせました」
「それは、よかったですねぇ」
「で、思ったんです。うちの夫と息子も、『ナマケモノ親子』だって思えば、怒る気持ちもなくなるかなって」
「その見方、とても楽になりますね」
「何か、ほとりさんにお礼をしたいんですが。あ、そうそう、スーパーの割引券なんかどうですか?明日また持ってくるので!」
「いえいえ、それには及びません。その代わりに、この“ありがとう帳”に、一言添えていただけませんか?」
「え?そんなことで良いんですか?」
「はい」
まなみは“ありがとう帳”にこう書き残しました。
《怒鳴る人は、心のどこかが寂しいんだって、誰かが言ってました。でも、猿がキーキー鳴いてるだけだと思えば、ちょっとだけ笑えますね。 “どうでもいい”って、時には魔法の言葉だなって思いました。 ナマケモノ親子を世話するまなみ》
***
のれんがふわりと揺れます。
ほとりは、棚を片付けながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも、だれかのものの見方が すこしだけ やさしくなりますように」
【おくり物】
「猿のポストカード」と「どうでもいい茶」
メッセージ:
『その人はかわいい動物です。まともに受け取らないでくださいね』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**
1
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
幸せのテーブル〜限界集落でクールな社長に溺愛されて楽しく暮しています〜
ろあ
キャラ文芸
職場に馴染めなかった二十三歳の蒔菜。
上司たちに嫌味を言われるようになり、心が疲れてしまい、退職を決意する。
退職後、心を癒やすために地図で適当に選んだところに旅行へ出掛けるが、なんとそこは限界集落だった。
そこで財布をなくしたことに気づき、帰る手段がなくなってしまう。
絶望した蒔菜の前に現れたのは、クールな社長の聖だった。
聖は蒔菜を助けて、晩御飯に手料理を振る舞う。
その料理は、何を食べても美味しくないと鬱々していた蒔菜にとって心が温まるものだった。
それがきっかけでふたりは仲良くなり、恋人へ……。
命の恩人である聖の力になるために、蒔菜は彼の会社で働き、共に暮らすことになる。
親には反対されたが、限界集落で楽しく暮らしてみせると心の中で誓った。
しかし、限界集落に住む村長の娘は、都会から引っ越してきた蒔菜を認めなかった。
引っ越せとしつこく言ってくる。
村長に嫌われてしまったら限界集落から追い出される、と聞いた蒔菜はある作戦を実行するが……――
溺愛してくる聖と居候のバンドマンに支えられて、食事を通して、変わっていく。
蒔菜は限界集落で幸せを掴むことができるのか……!?
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる