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えぴそーど 〜じゅうろく〜
しおりを挟む「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
よく「きらわれたらどうしよう~?」
って言ったり、おもったりしますよね
そんなとき わたしは こうおもうことにしています
よくないことをしないかぎりは きらわれてもよいと
なぜなら きらうってことは 心を動かした 感情を動かしたことになりますよね?
つまり 感動したことになるんです
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~好きな気持ちと、テニスボール~
***
マナトは、社会人5年目。
新卒で入社した会社では、そこそこ実績を上げ順調に仕事をこなしています。
周囲は結婚をする友人も増え、親からも「結婚はまだ?」と言われるようになってきました。
今は相手がいないため、結婚については具体的に考えられませんでしたが、ずっと心に秘めている思いがありました。
マナトは、「好き」って気持ちがわからないんです。
2年前まではそれでも彼女がいました。学生時代から4年ほど付き合い、相手からも結婚をにおわす空気が感じられました。
ただ、そんな時マナトはふと思ったんです。
──「人を好きになる気持ち」ってなんだろう?
やがてマナトのその煮え切らない気持ちを察してか、彼女から別れを切り出されました。
引き留めることもなく破局。
マナトは余計「好き」という感情がわからなくなりました。
***
友人は彼を心配し、合コンに誘ったり、「良さそうだなぁ」って思った人を紹介してくれたりしましたが、うまくいきそうなところで、また心にブレーキがかかり、自然消滅。マナトは、そんなことを繰り返しました。
──さすがにこのままじゃまずいかな。27歳で、まだ若いとはいえ、このままだとずっと独身で年を取っていってしまう。ま、良いけど……だめだ、すぐ心が抜けてしまう。何とかしなきゃな。せめて人を好きになる気持ちを持ちたい。
そんな事を思い始めたころ、仕事帰りにマナトは不思議なお店を見つけました。
“ほんわか堂”
「なんか、変わったお店だなぁ。入ってみるか」
***
「すみません。入っても良いですか?」
「あれ?誰もいないのかなぁ…すみませ~ん」
「お店閉まってる?…すみませ~~ん!」
「は~い!あ、ごめんなさい。ちょっと奥でテレビを観てて」
やさしい雰囲気の女性があらわれました。
「まだ、大丈夫ですか?」
「はい。お好きなお席へどうぞ」
「このお店、悩み相談をしているんですか?占い?」
「占いではないですね」
「そうですか…」
「何かお悩みですね?」
「悩みってほどでもないですけど」
「それでもお話しできますよ。もしよかったらお話してみてください」
「俺、“好き”って気持ちがわからないんです」
「そうなんですか?好きな食べ物とかもないとか?」
「あ、そういうのじゃなくて、特に恋愛系の“好き”がわからないんです」
「なるほど」
マナトは、最近まで4年付き合っていた彼女の話や、その前にも彼女がいたことを話しました。
「人を好きになる気持ちもそうですけど、人を嫌いになったりもしないんです。苦手っていうのはありますが」
「よく、”好き“の反対は”無関心”って言ったりしますよね」
ほとりは、お茶を淹れました。
「あなたにお出しするお茶は、“好きな”お茶です」
マナトは一口飲んでみました。
「うわっ…け、結構癖が強いお茶ですね。好き嫌いが分かれるような」
「マナトさんはどちらですか?」
「どっちかというと、嫌いかな」
「良いですね!」
「え?何が?」
「感情が動きましたね」
「人じゃなくて良いんですけど、映画とかスポーツとかマナトさんが好きなものはありますか?」
「はい。テニスです。観るのも、するのも好きです。大学まで硬式テニスをやっていました」
「ちょっと待っていてくださいね」
ほとりは、奥の棚から箱を出してきてマナトに渡しました。
「どうぞ開けてみてください」
「なんだろう…」
マナトが開けてみると、そこに入っていたのは、テニスボールでした。
「あ、テニスボール。しかも新品」
「手に取ってみてどう思いますか?」
「なんかうまく言えないんですけど、ワクワクするような、早くこのボールでプレイしてみたくなるような」
「もちろん、“好き”ですよね?」
「はい…あ、そういうことか」
箱にはメッセージカードが入っていました。
『あなたは今、心の長期休暇中なだけなんです』
そのメッセージカードを読んだマナトは、何かを思いついたように店をあとにしました。
***
マナトは、社会人になってから遠ざかっていたテニスを、また始めることにしました。
あいかわらず仕事については、淡々とこなしていましたが、週末になるとテニスをし、そこで新たな出逢いがあったようです。
***
そのあと、ほんわか堂では──
マナトが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『俺にも動く心があったようです。 無感動だったテニスプレイヤー マナト』
ほとりは、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも、だれかのこころを すこしだけ うごかせますように」
【おくり物】
新品のテニスボール
メッセージ:
『あなたは今、心の長期休暇中なだけなんです』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**
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