悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第1章

⒉悪役令嬢になります

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 思いつきで言ってみたものの、とても良い案に思えた。

 どうせ彼らはわたくしが破滅するとなれば、嬉々として破滅する手助けをする。後で必ず後悔していたのはさておき。

 今までの記憶と照らし合わせても、彼らの性格など大きな差異はないだろう。

 レティシア自身の処遇はどこを目指そう? 処刑や娼館送りは御免被るので、修道院か国外追放か。

 前世の記憶が戻ったこともあり、ある程度は平民として生きていくことも可能な気がする。

 レティシアの優秀な頭は、既に平民となっても暮らしていけそうな国が幾つかピックアップされている。

 今から断罪されるまでの間で、平民になっても問題ないくらいに資金を貯めておく。断罪されると同時にエスケープすれば、管理不行き届きとしてさらに罪を被せられるかもしれない。

 これならば行けるかもしれない。冷遇してきた家族にも復讐できて、正に一石二鳥だ。

「不正をしていたらそれを密告しましょう。公爵は宰相も兼任しているので、そんな暇無さそうに見えますが、万が一ということもありますもの」

 そうと決まれば、やることは盛り沢山だ。

 現在、レティシアは16歳で2年生である。

 アヴリル魔法学園は三年制で、16歳になる年で入学するのが一般的だ。

 レティシア断罪されるのは、一番遅くて三年生の卒業式だ。ルートによって断罪される時期は変わり、大体早めだと処刑ルートになってしまう。三年生の卒業時に断罪されるルートもあり、その時は基本的に処罰は修道院送りだ。ただ、道中の事故により、レティシアは死んでしまうのだが。

 目指すは修道院送りに見せかけた亡命であるので、断罪される時期にも注意しなければならない。目指すは今から約1年半先の断罪だ。

 それまでに亡命先の選定と、資金調達、そしてヒロインと攻略対象者たちが結ばれるように立ち回らないといけない。

「中々ハードスケジュールですわ。しかしこれしき、今までの妃教育や公爵に詰め込まれた教育よりマシですわね」

 ルートごとに断罪時期が変わるので、ヒロインの相手次第で時期が決まるのか不安ではある。先ほどのとおり、修道院送りから亡命が一番理想的ではあるのでヒロインにはそのルートを選んでもらいたい気持ちもある。

 それでも、ヒロインには本当に好きな人と結ばれてほしいとも思っている。

 なので、他の攻略対象者でも国外追放になれるように、色々対策をしておいた方が良いだろう。

 レティシアはそれぞれの事を調べたり、書き出しているうちに夜は更けていった。


 ◇◇◇


 転生を自覚した次の日の朝。

 レティシアは結局、一睡もせずに計画を練っていた。

 日頃ストレスに晒されている体は、睡眠をうまく取れない。良くないことは重々承知だけれど、どうせ寝られないのならと計画を練ることに専念していたのだ。

「この家から出た暁には、一日中寝てみたいですわ……。出来ればふかふかのベッドが良いですが、ぐっすり眠れるなら藁でも良いです」

 今は大丈夫だとしても、寿命を縮める行為だ。将来の健康のためにも、睡眠は取れるようになりたい。

 制服に着替えて、軽く化粧をして身支度を整える。基本的に侍女はこの部屋に来ないので、自分で支度をするしかない。

 まあ昔からなので、期待も何も無いのだが。

 ドレスアップするときは流石に来るけれど、それ以外は放置だ。

 ちなみに制服は白のシャツに紺のジャンパースカートタイプだ。シンプルではありながらも貴族も通う学園ということで、スカートや袖には繊細な刺繍が施されている。

 リボンの色は学年毎に違い、見分けることが可能だ。一年生は赤、二年生は青、三年生は紫だ。

 髪留めは許可されているが、アクセサリーは禁止、化粧は華美なものは禁止。これは貴族が権力を誇示しようとするのを防ぐためだそうだ。

 アヴリルプランタン王国は、日本でいう春の季節が一年中続いているのでとても過ごしやすい。

 その為、衣替えの概念も無く、制服も1年を通して同じものを着ることが出来る。

 制服から色々思い出しながら、鏡で自分の姿を確認する。

「はああっ……! レティシアは本当に綺麗ですわ……。ストレスで食欲がないせいで、発育が良くないのはちょっと気になりますが。けれどこれでボンッキュッボンだったら、それこそ魔性の女になってしまったかもしれませんからこれで良かったですわ」

 腰の長さまである絹のようなストレートの黒髪に、すっと切れ長な青い瞳。

 一見するとキツめにも見える、レティシアの美貌はスレンダーな体つきに良く似合っている。

 これでマーメイドラインのドレスを着れば、とても映えそうだ。

「っと、そろそろ朝食に行きませんと。アイツらと顔を合わせたくはありませんが、こちらに食事は持ってきてくれませんし」

 深呼吸をして、昨日までと同じように仮面を被ると部屋を出る。

 ちなみにレティシアの部屋は、階こそバンジャマンたちと同じだが、一番日当たりの悪い部屋だ。何をするにも遠い位置なので、それなりの距離を歩くことになる。こういう時は、無駄に広いこの公爵家を恨みたくなってしまう。

 その間、使用人達とすれ違うのだけれど、こちらを見ても挨拶もされないし、目も合わせない。

 挨拶なんてここ数年、いや物心ついた時からされていない。

 それこそ、教育係に挨拶されてその存在を知ったくらいだ。

 (挨拶の存在を知って、初めて家族に挨拶をしたら……睨みつけられたものね。使用人も笑いながら無視したし)

 ついでにバンジャマンには『お前なんぞに挨拶されたら、不幸な一日になる。挨拶をするな』と吐き捨てられた。

 その様子を見てジュスタンは『挨拶は、家族がするものだ。お前はただ血が繋がっているだけで、家族じゃないんだ。調子に乗るなよ』と嘲笑された。

 けれどその直後に、執事が言ったのだ。『今後、挨拶をしない令嬢になってしまえば、このリュシリュー公爵家の名に傷がついてしまいますぞ』と。

 そう言われ、2人は渋々引き下がっていたのだけれど。

 前世の記憶が戻ったことで、過去の記憶まで鮮明に思い出すようになってしまった。

 思い出すだけで苛立つので余計なことだ。

 (ああ言われたのだから、挨拶する必要ないですわね……。しかし、急にしなくなったら無駄に責められることでしょう。面倒ですし、挨拶は続けましょう)

 今までは仮面を着けていた。けれど、それは外していいだろうとレティシアは思う。

 どうせ、彼らはレティシアの表情なんて見ていないのだから。

 ダイニングに行くと、まだ誰もいない。そもそも一睡もせずに準備をしたから当然だ。

 遅く行けばネチネチ言われるし、早めに席にいた方がマシだろう。

 そう思い、席について2人を待つ。

 やがてバンジャマンとジュスタンがやって来た。2人は笑いながら話しているが、レティシアがいるのを見た瞬間に無表情になる。

 分かりやすくて最早笑いが込み上げてくる。

 バンジャマンは白髪混じりのアッシュグレーの髪にオレンジの瞳。眉間に皺が寄っていて、大柄な体格も相まって威圧感がある。

 ジュスタンは父親譲りのアッシュグレーの髪に青い瞳。瞳の色が違うだけで体格や顔の造形も父親似だ。

 レティシアは立ち上がると、2人に向かってカーテシーをする。

「おはようございます。お父様、お兄様」
「……ふん」
「……」

 バンジャマンは一瞥し、不満げに鼻を鳴らす。ジュスタンは完全無視だった。

 こちらも気にすることなく、席に着く。

 そして運ばれてきた食事を淡々と口に運んだ。

 レティシアはここで初めて気がついた。

(……食事が進まないのは、ストレスのせいだけだと思っていたけれど……前世の記憶を思い出して分かったわ。わたくし、味覚が無いのね)

 いや。味覚がない理由も、ストレスが原因だとは思うけれど。

 異物を食べているような感覚に、食べられなかったのだと知る。

 前世の記憶が戻って家族を切り捨てたとはいえ、昨日までは”いつか“を望んでいたのだ。体はまだついてこないのだろう。

(ごめんなさいね。昨日までのわたくし。味覚が戻ったら、美味しいものもたくさん食べましょう)

 食事をなんとか食べ、席を立つ。

 学園に行くには馬車が必要だ。

 学園にはジュスタンも通っているので、必然的に一緒に登校することになる。

 本当であれば、ジュスタンと一緒に登校なんてごめん被る。そしてジュスタンも、レティシアと一緒に登校することは嫌だろう。

 しかし、ジュスタンはレティシアに一緒に登校することを強要している。今日も当然のように、一緒に馬車に乗り込んだ。

 馬車の中は、肌がひり付くような険悪な雰囲気だ。険悪の根源は、目の前に座っているジュスタンのせいである。

 そんな空気を出すなら、そもそも一緒に登校しないでほしい。レティシアも頼んだことはないし、完全にジュスタンの独断だ。

 ため息を吐きたいのを堪えて、窓の外に目を向ける。

 その様子にジュスタンは微かな違和感を感じた。いつもはこちらの様子を伺いながら話をしてくるレティシアが無言であるのだ。

 が、静かな方が好都合だと考えるのをやめたのだった。

 馬車が学園に到着し、ジュスタンが先に降りる。

 レティシアの方に振り向くと、別人かと思うほどに優しい笑顔を浮かべた。

「さあ、レティシア。行こう」
「はい、お兄様」

 その豹変ぶりにドン引きしながら、差し出された手を重ねる。

 (うわぁ……。そうでしたわ。この人、外では仲の良い兄妹を演じているんでした。気持ち悪い……)

 この豹変ぶりも気持ち悪いし、他人の体温も気持ち悪い。服の下は鳥肌が立っている。

 それでも表情は、完璧な令嬢として微笑みを絶やさない。

 昨日まではこれに希望を抱いていたんだっけ。とレティシアは遠い過去のように思い出していた。

 周りの生徒達はレティシア達の様子を見て、感嘆の声を漏らした。

「見て、リュシリュー公子様よ。あんなに優しい笑顔……素敵……」
「ああ、いつかわたくしとダンスを踊っていただきたいわ……」
「二人が並ぶと絵画のようだな」
「ああ、それにしても、令嬢も公子にとっては大切な妹君なんだな」
「しっ聞こえるぞ」

 ジュスタンへの賞賛の声。対してレティシアにはそういう声はない。

 きっと悪役令嬢としての役割もあるからだろう。強制力、といえばいいか。何をしても悪く見られるように感じる。

 馬車から降りると、ジュスタンが手を離す。触れた感触を消すように、レティシアは周りからバレないように手を擦った。

 そのまま解散すればいいのに、教室まで送るのだ。体面を気にしすぎたと思う。

 本当、自分のことしか考えていない。

「それじゃあ、レティシア。また放課後に」
「はい、お兄様」

 ようやく教室に着いて、ジュスタンがいなくなりホッとする。

 レティシアは後ろの窓側にある、自分の席に座る。

 授業の準備を済ませ、外を眺めながら考える。

 (そう言えば、ゲームの開始時期もそろそろだったはずですわ。ヒロインも同学年なのだけれど、ゲームが始まるまで攻略対象者とヒロインに関わりはないのですよね。……時期的に考えれば、まずは王道ルートのジルベール殿下との出会いがあるはず)

 その時の内容を思い出し、もしかしたらこの目で見られるかもとワクワクする。

 昼休みに二人は出会ったはず。今日は隠れて様子を確認してみよう。

 顔が綻びそうになるのを堪えていたその時。
 
「レティシア様ぁ、ごきげんよう。今日もお美しいですわぁ」

 媚びを売るような甘ったるい声に、顔を顰めそうになる。

 外から前へ視線を移すと、グラマラスな女生徒が立っていた。

「ごきげんよう、オデット様。ありがとうございます。オデット様も素敵な髪型ですわ」

 プラチナブロンドの髪は見事に巻かれており……俗に言う縦ロールだ。流石に現実でやっているのを見ると、色々な意味で凄い。髪と同じ色の瞳が、隠しきれない欲を湛えている。

 オデット・ド・ブローニュ。ブローニュ伯爵家の次女だ。

 彼女はレティシアの友人……ではない。レティシアから出る恩恵に少しでも預かろうと、そのチャンスを虎視眈々と狙っている、いわゆる取り巻きだ。

 残念ながらレティシアには、友人と呼べる存在はいない。

 ゲームでも彼女はレティシアの取り巻きとして登場する。それもいじめっ子として。

 レティシアの甘い蜜を啜りながら、他者を虐めることに精を出す典型的な悪役令嬢。いや、悪役令嬢はレティシアなので、端役ではあるが。

 彼女は中々に強かで、考えることが即物的。だからこそ、危険な存在だ。

 いずれ切り捨てる存在にはなるだろうが、今はその時ではない。故に、すぐに敵対するのは得策ではないとレティシアは判断した。

 なのでいつも通りに対応する。

「レティシア様ぁ。聞きまして? 実はぁ――」

 何も聞いていないにも関わらず、関わりの無い相手の噂話をピーチクパーチク喋っている。

 話半分に聞き流しながら、適当に相槌を打つ。


 暫くして、入り口が俄に騒ぎ出す。目線は送らないけれど、彼が来たのだと分かった。

 ジルベール・ラ・ド・アヴリルプランタン。その人が登校してきたのだ。

 もう一年半経つというのにそれでも第一王子に会えるのは嬉しいのか、特に令嬢達は熱い視線を送っている。

「今日もジルベール殿下は麗しいですわぁ。あの方の婚約者だなんて、レティシア様が羨ましいですぅ」

 オデットはいつかレティシアを蹴落として、ジルベールの婚約者になりたいのだろう。

 先ほどよりもさらに甘い声を出している。もはや声だけで胸焼けしそうだ。

 (とはいえ、オデット様は学園の成績は中の下……。妃になるものがそれでは話にならないのですけれど)

 そんなことを考えながら、ジルベールを視界に入れないようにするレティシア。

 昨日までのレティシアであれば、ジルベールを具に見つめるなんてことはしない。ただ、時折様子を伺うようにチラッと見るだけだ。

 淑女として、あからさまな態度は良くないと教育された結果である。しかし、今のレティシアは昨日までのレティシアではない。

 (ああっ! ジルベール殿下を余すことなく見たいですわ……っ。昨日は記憶が戻ったばかりで、動転していましたもの。あまりお顔を見れませんでした。しかし今はチラッと見れば、もう目を離すことができなくなりそうですわっ。ここは我慢、我慢ですわ)

 身のうちで暴れる欲望が外に出ないように必死に抑え込んでいた。淑女教育のおかげもあり、そんな内心は表情に一切出ていない。

 幸いにも授業の開始時刻になったので、なんとか意識を外すことに成功したレティシアだった。
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