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第1章
⒑攻略対象者の出会いイベント②
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「きっと、周りの方はわからないでしょう。少し離れた位置にいる我々だから、そう見えたのです。公爵令嬢である貴女様は、人に囲まれることも多いはず。しかし、真に心を預けられる人は中々いなかったのではないかと、そう見えたのです」
その言葉に、レティシアの視界が歪んでいく。
前世の記憶が戻ろうと、心の奥底ではずっと寂しかったのだ。周りは敵だらけで、信頼できる人がいても常に助けを求めるわけにはいかない。
記憶が戻ってからのレティシアはずっと何かに夢中になっていた。それはきっと、止まれば自分が寂しいことに気がついてしまうから。
気がついたら、その重さに動けなくなってしまうとわかっていたから。
それを今、他人に言われて自覚したのだ。
この時、初めてレティシアは声をあげて泣いた。それが落ち着くまで、2人はそばにいてくれた。
それだけで救われた心地だった。
あの後、クロードとセシルにお礼を言って、解散となった。
これからレティシアは本格的に、国外へ逃げるために動き始めるのだ。
不安や期待で入り乱れるが、まだまだやることは沢山ある。目標である亡命の目安は1年半後。時間はあるようで無いので、もたついている暇はないのだ。
そして、現在。
レティシアは可能な限り速足で、とある場所に向かっていた。
先ほど、すれ違った生徒が不穏な事を言っていたのだ。
「見ました? ブローニュ伯爵令嬢に、平民の特待生がついていきましたわ」
「ええ。でもあれはどちらかと言うと、連行されているようでしたわ。ブローニュ伯爵令嬢は選民思考の強いお方ですし、周りにいた令嬢もそう言った家の人たちでしたわ」
「流石に報告した方が良いでしょうか?」
「でも貴女に報復が来るかもしれなくてよ? あちらの方が家柄が上なのですから、いくら学園内とはいえ、口出ししない方が身のためですわ」
その言葉を聞いたレティシアは、2人にオデットたちが向かった場所を聞き出したのだ。
「間に合えば良いですが……。オデット様は何をするか分かりませんから危険ですわ」
そうして恐らく彼女たちがいるであろう場所に辿り着いた時、明らかに侮蔑を含んだ声が聞こえた。
「貴女、レティシア様に最近取り入ろうとしているらしいじゃなぁい? レティシア様は貴女のような平民が近づいて良い存在では無いわよぉ」
「そうよ! レティシア様だって困るわよ」
「本当、遠慮って言葉を知らないのかしら?」
一旦隠れて様子を伺うと、やはり、オデットとその仲間がコレットを囲んでいた。
(って、わたくしをダシに何を言っているのかしら⁉︎ 迷惑でしかありませんわ!)
と、レティシアは焦るが、これはイベントの一つだと思い出す。
(このオデット様の台詞、きっともうすぐ現れるはず! というか早く来てください! 今わたくしが出たところであのオデット様ですもの、曲解して面倒な事にしかなりません)
レティシアが必死に祈っていると、金髪の大柄な男性が近づいてきたのが見えて、レティシアは顔を輝かせた。
どうやら、ビンゴだったようだ。
「言っても分からないような人には、これで分からせてあげますわぁ」
そうオデットが魔法を使うのが見える。
まさか攻撃魔法でも使う気かと、流石に傍観できなくなったレティシアが一歩踏み出そうとするが、それより早く男性がオデットを止めた。
「何をしている。学園では攻撃魔法は使用禁止だ」
その言葉にオデットは、驚いた様子で男性を見る。
すると嫌そうに顔を顰めた。
「まあぁ。平民に貴族のマナーを教えていただけですわぁ。攻撃魔法だなんてとんでも無いですわぁ」
「今の魔力の動きは攻撃魔法だろう。この俺の目を誤魔化せると思うな。それに一連の流れを見ている。報告されたくなければ即刻立ち去れ」
「っ! これだから騎士団の家系は野蛮ですわぁ」
不快さを隠しもせずに、オデットたちはそそくさと立ち去る。
その後ろ姿が見えなくなるまで、男性は睨みつけていた。
そして、コレットに視線を移す。
「……大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
「君もホイホイついていくんじゃない。ああいう輩は何をするかわかったもんじゃないぞ」
「そう出来たら良かったんですが……」
「まあ、難しいか。すまない。怪我はないだろうか」
「大丈夫です。えっと」
「俺はマルセル。マルセル・ド・ロベーヌだ」
「コレット・フォールです。助けてくださりありがとうございます」
そこまで見届けて、レティシアは立ち去った。
何故ならマルセルは気配に敏感であり、いつもレティシアは見つかってしまうからだ。この状況で見つかってしまえば、レティシアにとって都合が悪くなる展開しか想像できない。
マルセル・ド・ロベーヌ。ロベーヌ伯爵家の次男で攻略対象者だ。父親は騎士団の団長で、代々騎士の家系である。マルセルも将来、ジルベールの護衛騎士となるべく日々訓練に励んでいる。そのためジルベールのそばにいることが多く、記憶が戻る前のレティシアとも関わりがある。昔はレティシアが体調を崩しても妃教育に励んでいるので、マルセルに心配された事もあるがいかんせん言葉使いが荒くなりやすいので、レティシアと仲良くはない。
ただ、マルセルの心情としてはジルベールの婚約者であり、努力を続けるレティシアを好ましく映っている。
騎士としての力は折り紙付きで、既に騎士団長である父親に手が届くと言われている。
(これで一応攻略対象者全員のイベントが終わりましたわ。やはり、全員のルートがある程度同時進行で進むのでしょうか)
ジュスタンルートは解放されて初めて、出会いイベントがあるのでカウントしない。レティシアとしては、出会って欲しくないと心から思っているが。
(というか、今のあの人がコレット様を選ぶとも思えないのですよね。改心イベントが来れば別ですが、わたくしにその気がない以上イベントは起きないでしょうし)
まあ、ジュスタンの事はどうでもいいか、とレティシアは思考を切り替えてマルセルルートをおさらいする。
マルセルルートのストーリーはこうだ。
虐められるコレットを助けたマルセル。そこから関わりを持つようになり、コレットの心の強さに感心するようになる。
そうして何度か虐めから庇っている内に、何とレティシアがその場面に出くわすのだ。
このルートのレティシアは、マルセル達の話を聞いて一緒に解決していこうとしてくれる、心強い存在だ。このルートでレティシアファンが増えたと言っても過言ではない。
レティシアは虐めする生徒を咎めたり、コレットといる時間を増やすなどして護るように動いた。
しかし、それが裏目に出てしまう。レティシアを介してジルベールにも名前を覚えられるようになったコレットに嫉妬して、より陰湿な虐めに発展してしまうのだ。
対策を練っても止まらない虐めに、徐々にコレットとマルセルは疲弊していく。
さらに噂で、陰の首謀者はレティシアではないかと言う噂が流れ始める。もちろんこれはガセであり、2人も最初は信じていなかった。
毎日一緒にいれれば良かったが、レティシアは妃教育の一環で、学園も休むことがあった。
そんな中、主犯格の令嬢、オデットが暴走し、退学処分になるような事件を起こす。それで終わりなら平和で良かったのだが、なんとオデットは去り際にレティシアの差金だと叫ぶのだ。
疲弊した2人の心に、オデットの言葉は影を落とすことになり、レティシアとの関係も変わっていく。
そして2人がレティシアについて疑う内容の話をしていた時、レティシアがその話を聞いてしまう。その話を否定をしないレティシアに、2人は裏切られたと感じ関係が壊れてしまう。
実はこの時のレティシアも噂で陰口を叩かれ、疲弊していた。それに加え、信じてくれていると思っていた2人にも疑われたと知り、心が折れて諦めてしまったのだ。
そして一連の問題で、レティシアはジルベールとの婚約を破棄され、貴族籍を除籍され修道院に送られてしまう。
しかし送られた場所は、修道院という名前だけの娼館だった。この時に娼館に送るように指示したのは、バンジャマンであり、レティシアを疎んでいる彼は嬉々としてその処罰を下した。
月日が経ち、辛い事を乗り越えたことでお互いに大切な存在となり、婚約したマルセルとコレット。
穏やかに日々が過ぎる中、ある告発で学生時代のレティシアの事は全て濡れ衣だったことが判明。
送られた場所も酷い噂が絶えない娼館だったこともあり、リュシリュー公爵家はあっという間に評判が落ちる。
真実を知った2人は慌ててレティシアを迎えに行くが、そこには病に侵され余命幾許もないレティシアがいた。
レティシアは現実が分からず、ただ世界への呪詛を吐き続けて亡くなる。
助けてもらっていたのに、助けられなかった。寧ろ、仇で返してしまっていたことを知った2人は、一生後悔して行くことになるところで終わる。
(当事者になると一層すれ違いがもどかしいですわ。ゲームの中のわたくし達は厳しい教育を受けているとはいえ、まだ子供ですもの。相手の思考を読めるものでも無いですし、難しいですわね)
イーリスの祝福は、総じて悪役令嬢のレティシアとコレット達とのコミュニケーション不足が多い。
ちゃんと話し合えば、ハッピーエンドに行けたであろうにすれ違うのだ。
「レティシア様」
「ひゃ⁉︎」
かなり離れられたので、安心して考え込んでいたレティシアに、唐突に声がかかる。驚きのあまり短い悲鳴をあげたレティシアは、慌てて振り返る。
そこにはコレットと一緒にいるはずのマルセルがいた。
「ど、どうして……」
「? フォール嬢はしっかり送り届けましたが?」
「な」
「レティシア様も隠れて見ていたでしょう? 内容を考えて貴女が出たらややこしくなりそうなので、俺が出ましたが」
レティシアは最初から見られていたのだと察し、思わず肩を落としてしまう。
マルセルは特にレティシアとジルベールの気配には敏感なのだ。それも護衛騎士となるのであれば、何かあったときにすぐに駆けつけられるようにということらしいが、今のレティシアにとってはよろしくない。
「その様子を見ていたのなら、もう少し早くお助けした方がよろしかったのではなくて?」
「現場をしっかり押さえた方が、後々動きやすいものですから」
確かにそれはそうなのだが。
気まずい思いになってしまうレティシアは、つい小言を言ってしまう。
「けれどフォールさんが怖い思いをしてしまうのも、問題だと思いますわ」
「……そうですね。そこまで考えが至りませんでした」
様子を伺って何もしなかったレティシアが言えた義理ではないが、それはそれとして。
「それより、何故わたくしのところに来たのですか?」
「殿下が探していたので。お話があるそうですよ」
「殿下が?」
この間もレティシアと教室に一緒に行くために、待っていたジルベール。
それも珍しいことであったのだが、どうしたのだろうとレティシアは思う。
「ドミニクも気にしていました。最近レティシア様の様子が違うと。殿下も気にしておられるのでしょう」
「……」
マルセルの言葉に、レティシアは冷や汗が背中を伝うのを感じた。
(この人達、思ったよりわたくしの変化に敏感ですのね。確かにイーリスの祝福の彼らは、レティシアに内心惹かれるものがあったようですけど。それにしてもゲームより察しが良い気がしますわ)
これは良くない傾向かもしれないとレティシアは思う。
登場人物皆、ハッピーエンドを目指すのであれば良い傾向であるだろう。しかし、レティシアが目指すのはコレットの恋路を応援した上での、亡命エンドだ。
(公爵たちが改心してわたくしが許せば、そのルートも目指せるでしょう。しかしわたくしはあの人達とサッサと縁を切りたいですわ。仮に謝罪されようが、誠心誠意謝られようがわたくしは“何を今更”としか思えませんもの。16年の拒絶をされて、“はい許しましょう”なんてなりませんわ)
寧ろもっと苦しんで欲しいとさえ思ってしまう。これは前世云々ではなく、“レティシア”として生きてきた憎悪だ。
であればレティシアが取るべき行動は、彼らと距離を取ることだ。
ここで声を大にして伝えたいのは、バンジャマン達以外の全員は大好きと言うことだ。可能であれば、ハッピーエンドのその先も見ていきたいと思う。
しかしバンジャマン達と一緒にいなければならないことを考えるならば、それは無理だと言うこと。彼らといるくらいなら、国外にいきたい。リュシリュー公爵家を捨てたいと言う思いが勝つだけのということだ。
「そうですか。わたくしは特に変わりありませんので、お気になさらず。殿下にもそう伝えていただけますか?」
「しかし」
「殿下は、今までわたくしにお時間を使おうとしなかったでしょう。もしかしたら陛下に言われたのかもしれませんし、今まで通りで大丈夫ですわ」
「……」
「それでは失礼致しますわ」
これで良い。何せレティシアの言っていることは、概ね事実でもあるからだ。
マルセルの返事を待たず、レティシアは立ち去る。
そういえば、とレティシアは思う。
(コレット様に冷たい言葉をかけるのはすごい罪悪感を感じますのに、彼らにはスラスラ言葉が出てきますわ。……ああ、これは今までの関係と変わらないからですわね)
恐らくコレットに対しては前世の記憶に引っ張られ、攻略対象者には記憶が戻る前のレティシアに引っ張られているのだろう。
ある意味器用かもしれない。
なんて、至極どうでも良いことを考えていた。
その言葉に、レティシアの視界が歪んでいく。
前世の記憶が戻ろうと、心の奥底ではずっと寂しかったのだ。周りは敵だらけで、信頼できる人がいても常に助けを求めるわけにはいかない。
記憶が戻ってからのレティシアはずっと何かに夢中になっていた。それはきっと、止まれば自分が寂しいことに気がついてしまうから。
気がついたら、その重さに動けなくなってしまうとわかっていたから。
それを今、他人に言われて自覚したのだ。
この時、初めてレティシアは声をあげて泣いた。それが落ち着くまで、2人はそばにいてくれた。
それだけで救われた心地だった。
あの後、クロードとセシルにお礼を言って、解散となった。
これからレティシアは本格的に、国外へ逃げるために動き始めるのだ。
不安や期待で入り乱れるが、まだまだやることは沢山ある。目標である亡命の目安は1年半後。時間はあるようで無いので、もたついている暇はないのだ。
そして、現在。
レティシアは可能な限り速足で、とある場所に向かっていた。
先ほど、すれ違った生徒が不穏な事を言っていたのだ。
「見ました? ブローニュ伯爵令嬢に、平民の特待生がついていきましたわ」
「ええ。でもあれはどちらかと言うと、連行されているようでしたわ。ブローニュ伯爵令嬢は選民思考の強いお方ですし、周りにいた令嬢もそう言った家の人たちでしたわ」
「流石に報告した方が良いでしょうか?」
「でも貴女に報復が来るかもしれなくてよ? あちらの方が家柄が上なのですから、いくら学園内とはいえ、口出ししない方が身のためですわ」
その言葉を聞いたレティシアは、2人にオデットたちが向かった場所を聞き出したのだ。
「間に合えば良いですが……。オデット様は何をするか分かりませんから危険ですわ」
そうして恐らく彼女たちがいるであろう場所に辿り着いた時、明らかに侮蔑を含んだ声が聞こえた。
「貴女、レティシア様に最近取り入ろうとしているらしいじゃなぁい? レティシア様は貴女のような平民が近づいて良い存在では無いわよぉ」
「そうよ! レティシア様だって困るわよ」
「本当、遠慮って言葉を知らないのかしら?」
一旦隠れて様子を伺うと、やはり、オデットとその仲間がコレットを囲んでいた。
(って、わたくしをダシに何を言っているのかしら⁉︎ 迷惑でしかありませんわ!)
と、レティシアは焦るが、これはイベントの一つだと思い出す。
(このオデット様の台詞、きっともうすぐ現れるはず! というか早く来てください! 今わたくしが出たところであのオデット様ですもの、曲解して面倒な事にしかなりません)
レティシアが必死に祈っていると、金髪の大柄な男性が近づいてきたのが見えて、レティシアは顔を輝かせた。
どうやら、ビンゴだったようだ。
「言っても分からないような人には、これで分からせてあげますわぁ」
そうオデットが魔法を使うのが見える。
まさか攻撃魔法でも使う気かと、流石に傍観できなくなったレティシアが一歩踏み出そうとするが、それより早く男性がオデットを止めた。
「何をしている。学園では攻撃魔法は使用禁止だ」
その言葉にオデットは、驚いた様子で男性を見る。
すると嫌そうに顔を顰めた。
「まあぁ。平民に貴族のマナーを教えていただけですわぁ。攻撃魔法だなんてとんでも無いですわぁ」
「今の魔力の動きは攻撃魔法だろう。この俺の目を誤魔化せると思うな。それに一連の流れを見ている。報告されたくなければ即刻立ち去れ」
「っ! これだから騎士団の家系は野蛮ですわぁ」
不快さを隠しもせずに、オデットたちはそそくさと立ち去る。
その後ろ姿が見えなくなるまで、男性は睨みつけていた。
そして、コレットに視線を移す。
「……大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
「君もホイホイついていくんじゃない。ああいう輩は何をするかわかったもんじゃないぞ」
「そう出来たら良かったんですが……」
「まあ、難しいか。すまない。怪我はないだろうか」
「大丈夫です。えっと」
「俺はマルセル。マルセル・ド・ロベーヌだ」
「コレット・フォールです。助けてくださりありがとうございます」
そこまで見届けて、レティシアは立ち去った。
何故ならマルセルは気配に敏感であり、いつもレティシアは見つかってしまうからだ。この状況で見つかってしまえば、レティシアにとって都合が悪くなる展開しか想像できない。
マルセル・ド・ロベーヌ。ロベーヌ伯爵家の次男で攻略対象者だ。父親は騎士団の団長で、代々騎士の家系である。マルセルも将来、ジルベールの護衛騎士となるべく日々訓練に励んでいる。そのためジルベールのそばにいることが多く、記憶が戻る前のレティシアとも関わりがある。昔はレティシアが体調を崩しても妃教育に励んでいるので、マルセルに心配された事もあるがいかんせん言葉使いが荒くなりやすいので、レティシアと仲良くはない。
ただ、マルセルの心情としてはジルベールの婚約者であり、努力を続けるレティシアを好ましく映っている。
騎士としての力は折り紙付きで、既に騎士団長である父親に手が届くと言われている。
(これで一応攻略対象者全員のイベントが終わりましたわ。やはり、全員のルートがある程度同時進行で進むのでしょうか)
ジュスタンルートは解放されて初めて、出会いイベントがあるのでカウントしない。レティシアとしては、出会って欲しくないと心から思っているが。
(というか、今のあの人がコレット様を選ぶとも思えないのですよね。改心イベントが来れば別ですが、わたくしにその気がない以上イベントは起きないでしょうし)
まあ、ジュスタンの事はどうでもいいか、とレティシアは思考を切り替えてマルセルルートをおさらいする。
マルセルルートのストーリーはこうだ。
虐められるコレットを助けたマルセル。そこから関わりを持つようになり、コレットの心の強さに感心するようになる。
そうして何度か虐めから庇っている内に、何とレティシアがその場面に出くわすのだ。
このルートのレティシアは、マルセル達の話を聞いて一緒に解決していこうとしてくれる、心強い存在だ。このルートでレティシアファンが増えたと言っても過言ではない。
レティシアは虐めする生徒を咎めたり、コレットといる時間を増やすなどして護るように動いた。
しかし、それが裏目に出てしまう。レティシアを介してジルベールにも名前を覚えられるようになったコレットに嫉妬して、より陰湿な虐めに発展してしまうのだ。
対策を練っても止まらない虐めに、徐々にコレットとマルセルは疲弊していく。
さらに噂で、陰の首謀者はレティシアではないかと言う噂が流れ始める。もちろんこれはガセであり、2人も最初は信じていなかった。
毎日一緒にいれれば良かったが、レティシアは妃教育の一環で、学園も休むことがあった。
そんな中、主犯格の令嬢、オデットが暴走し、退学処分になるような事件を起こす。それで終わりなら平和で良かったのだが、なんとオデットは去り際にレティシアの差金だと叫ぶのだ。
疲弊した2人の心に、オデットの言葉は影を落とすことになり、レティシアとの関係も変わっていく。
そして2人がレティシアについて疑う内容の話をしていた時、レティシアがその話を聞いてしまう。その話を否定をしないレティシアに、2人は裏切られたと感じ関係が壊れてしまう。
実はこの時のレティシアも噂で陰口を叩かれ、疲弊していた。それに加え、信じてくれていると思っていた2人にも疑われたと知り、心が折れて諦めてしまったのだ。
そして一連の問題で、レティシアはジルベールとの婚約を破棄され、貴族籍を除籍され修道院に送られてしまう。
しかし送られた場所は、修道院という名前だけの娼館だった。この時に娼館に送るように指示したのは、バンジャマンであり、レティシアを疎んでいる彼は嬉々としてその処罰を下した。
月日が経ち、辛い事を乗り越えたことでお互いに大切な存在となり、婚約したマルセルとコレット。
穏やかに日々が過ぎる中、ある告発で学生時代のレティシアの事は全て濡れ衣だったことが判明。
送られた場所も酷い噂が絶えない娼館だったこともあり、リュシリュー公爵家はあっという間に評判が落ちる。
真実を知った2人は慌ててレティシアを迎えに行くが、そこには病に侵され余命幾許もないレティシアがいた。
レティシアは現実が分からず、ただ世界への呪詛を吐き続けて亡くなる。
助けてもらっていたのに、助けられなかった。寧ろ、仇で返してしまっていたことを知った2人は、一生後悔して行くことになるところで終わる。
(当事者になると一層すれ違いがもどかしいですわ。ゲームの中のわたくし達は厳しい教育を受けているとはいえ、まだ子供ですもの。相手の思考を読めるものでも無いですし、難しいですわね)
イーリスの祝福は、総じて悪役令嬢のレティシアとコレット達とのコミュニケーション不足が多い。
ちゃんと話し合えば、ハッピーエンドに行けたであろうにすれ違うのだ。
「レティシア様」
「ひゃ⁉︎」
かなり離れられたので、安心して考え込んでいたレティシアに、唐突に声がかかる。驚きのあまり短い悲鳴をあげたレティシアは、慌てて振り返る。
そこにはコレットと一緒にいるはずのマルセルがいた。
「ど、どうして……」
「? フォール嬢はしっかり送り届けましたが?」
「な」
「レティシア様も隠れて見ていたでしょう? 内容を考えて貴女が出たらややこしくなりそうなので、俺が出ましたが」
レティシアは最初から見られていたのだと察し、思わず肩を落としてしまう。
マルセルは特にレティシアとジルベールの気配には敏感なのだ。それも護衛騎士となるのであれば、何かあったときにすぐに駆けつけられるようにということらしいが、今のレティシアにとってはよろしくない。
「その様子を見ていたのなら、もう少し早くお助けした方がよろしかったのではなくて?」
「現場をしっかり押さえた方が、後々動きやすいものですから」
確かにそれはそうなのだが。
気まずい思いになってしまうレティシアは、つい小言を言ってしまう。
「けれどフォールさんが怖い思いをしてしまうのも、問題だと思いますわ」
「……そうですね。そこまで考えが至りませんでした」
様子を伺って何もしなかったレティシアが言えた義理ではないが、それはそれとして。
「それより、何故わたくしのところに来たのですか?」
「殿下が探していたので。お話があるそうですよ」
「殿下が?」
この間もレティシアと教室に一緒に行くために、待っていたジルベール。
それも珍しいことであったのだが、どうしたのだろうとレティシアは思う。
「ドミニクも気にしていました。最近レティシア様の様子が違うと。殿下も気にしておられるのでしょう」
「……」
マルセルの言葉に、レティシアは冷や汗が背中を伝うのを感じた。
(この人達、思ったよりわたくしの変化に敏感ですのね。確かにイーリスの祝福の彼らは、レティシアに内心惹かれるものがあったようですけど。それにしてもゲームより察しが良い気がしますわ)
これは良くない傾向かもしれないとレティシアは思う。
登場人物皆、ハッピーエンドを目指すのであれば良い傾向であるだろう。しかし、レティシアが目指すのはコレットの恋路を応援した上での、亡命エンドだ。
(公爵たちが改心してわたくしが許せば、そのルートも目指せるでしょう。しかしわたくしはあの人達とサッサと縁を切りたいですわ。仮に謝罪されようが、誠心誠意謝られようがわたくしは“何を今更”としか思えませんもの。16年の拒絶をされて、“はい許しましょう”なんてなりませんわ)
寧ろもっと苦しんで欲しいとさえ思ってしまう。これは前世云々ではなく、“レティシア”として生きてきた憎悪だ。
であればレティシアが取るべき行動は、彼らと距離を取ることだ。
ここで声を大にして伝えたいのは、バンジャマン達以外の全員は大好きと言うことだ。可能であれば、ハッピーエンドのその先も見ていきたいと思う。
しかしバンジャマン達と一緒にいなければならないことを考えるならば、それは無理だと言うこと。彼らといるくらいなら、国外にいきたい。リュシリュー公爵家を捨てたいと言う思いが勝つだけのということだ。
「そうですか。わたくしは特に変わりありませんので、お気になさらず。殿下にもそう伝えていただけますか?」
「しかし」
「殿下は、今までわたくしにお時間を使おうとしなかったでしょう。もしかしたら陛下に言われたのかもしれませんし、今まで通りで大丈夫ですわ」
「……」
「それでは失礼致しますわ」
これで良い。何せレティシアの言っていることは、概ね事実でもあるからだ。
マルセルの返事を待たず、レティシアは立ち去る。
そういえば、とレティシアは思う。
(コレット様に冷たい言葉をかけるのはすごい罪悪感を感じますのに、彼らにはスラスラ言葉が出てきますわ。……ああ、これは今までの関係と変わらないからですわね)
恐らくコレットに対しては前世の記憶に引っ張られ、攻略対象者には記憶が戻る前のレティシアに引っ張られているのだろう。
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なんて、至極どうでも良いことを考えていた。
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