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第1章
18.商売の話を……ってそれどころではありません!
しおりを挟む「それでは、今度この地域に、私達の商売範囲を広げたいと思ってます。ただ、いかんせんここの情報に精通した者が我が商会にはいないのです。レティシア様は何かご存知ですか?」
地図を広げたクロード。指刺した先は、アヴリルプランタン王国内だった。
レティシアは記憶の本棚から、この地域を思い出す。
「ここの特産は果物ですわね。とても品質が良く、王家にも献上される程に良いものですわ」
「はい、その品質に自信があるので、新しく事業を始めるのに難色を示しています」
レティシアも食べた事があるが、とてもみずみずしかった。残念ながら味は分からなかったが、ジルベール達は甘味と酸味のバランスが絶妙だと絶賛していたのを思い出す。
柑橘系の果物を中心に、さまざまな種類の果物を育てている。
そして自信があるからこそ、そのまま加工をせずに流通させているのだろう。
もうそこには販路があり、今からロチルド商会が入り込む余地はない。
「ロチルド商会としては、どのようにその地域で商売をしたいとお考えですか?」
「私達は基本的に、その地域を活かした商売を目指しています。従業員も色々な所から集まってますから、それぞれ活躍しやすいように様々な意見を取り入れています。その分失敗することもありますが、次に繋げています。なので、ここでも同じようにとは思っています」
「なるほど。普通に考えるなら、果物が特産なのでそこにフォーカスしたいと……。ここの家は……ええ、伝統を大事にしています。確かに、新進気鋭のロチルド商会とは相性が良くありませんわね」
商会と貴族が手を取り合うのは、お互いの価値観が似ていること、それから利害の一致が重要だ。
特にロチルド商会は、新たな試みを積極的に取り入れ力をつけていると言う面は、伝統を重んじる貴族社会に馴染みにくい。
今でこそ、ある程度貴族とのコネクションも多いが、基本的に何度も擦り合わせをして、やっとの思いで提携する事が多いそうだ。
「……ただ、この家は時折自然災害に見舞われていますわ。鮮度がすぐ落ちてしまう果物は、そう言った時に大体ダメージを負って、納税を増やしたりして何とかしているようです」
「はい。なので、果物以外でも特産品となるものを作るか、果物が少し傷んだとしてもうまく使えるようにと、売り込んだ事があるのですが、中々身を結んでおりません」
貴族の根底には、家を存続させるという大前提がある。
しかもただ存続させるだけでなく、今まで先祖代々培われてきた技術を更に先へと考えるものがほとんどだ。
新しい技術を全く取り入れ無いという訳ではないが、やり方を変えることに難色を示すことが多い。
そう言うリュシリュー公爵家も、そう言った考えだ。だからこそ、子供を道具と思い、鬱憤ばらしに使っているのだろう。
「……ここと最後に面会したのは、いつ頃でしょうか?」
「大体1年ほど前でしょうか」
「なるほどちょうどその頃は、果物も豊作で品質もかなりの物でしたわ。……けれど今は、降水量が少ないので品質が去年より落ちると聞きましたわ」
今の事業がうまくいっているのであれば、余計に新しい風は意味がないと思う。
けれど、こちらから見れば運良く、悪い状態だ。
ここで売り込むのはタイミング的にいいかもしれない。
その考えは、レティシアより商売の経験値があるクロード達も同じだった。
「はい。ここで良い商売をと、思っています。ただ、前回の失敗があるので、慎重にならざるを得ません」
「そうですわね。またこれで失敗すれば、次はないでしょう。……そうそう、この家のご夫人は甘い物がお好きだとお聞きしました」
「そうなのですか?」
クロードが少し身を乗り出す。
レティシアは少し微笑みながら言った。
「はい。特にスコーンがお好きだとか。よくお勧めのスコーンをお裾分けしていただきましたわ」
「スコーンですか……」
「はい。例えば、果物を生かすのでしたら、いろいろ使い道があると思うのです。そのままにこだわりがあるようですが、例えばジャムでしたら長期保存が可能です。もしくはドライフルーツでしたら、また違った味わいがありますわね」
「加工品を攻めるということですね」
クロードの言葉に、レティシアは頷く。
「ロチルド商会の強みは、その柔軟性ですわ。そして立場上、下手に出た方――つまり、相手の興味が引ける内容の方が、相手を転がしやすいと思います」
「転がすのかい?」
「ええ。貴族は基本的に警戒心が強いものが多いので。こちらとのやり取りとの旨味よりも、ニンジンをぶら下げて釣る方が良いですわ」
レティシアの説明に、ついにクロードは吹き出す。
慌てて咳払いして、誤魔化していたけれど。
セシルのクロードを見つめる表情が、なんとも言えず面白い。
「あとは、そうですね。領主は夫人に骨抜きというので、この場合夫人に売り込むことが上手くいけば、安泰といったところでしょうか」
「ではその夫人が鬼門ですね」
「ええ。彼女は味だけでなく、見た目も重要視しています。夫人が来てから、果物の見た目は格段に良くなりました」
「ジャムにせよ、見た目が綺麗になるようにすれば良いのか」
正直、商売のことはレティシアには分からない。
けれど、交渉が上手くいくための方法なら、考える事が出来る。
たまにあったジルベールと共に出たパーティーでは、レティシアの話術は好評だったのだから。
「ふむ、ありがとうございます。糸口が見えてきました。試作が出来た際も、確認していただいてよろしいでしょうか? あの領主たちのお眼鏡に叶うか、難しいので」
「もちろんですわ。味は確認できませんが、見た目などはアドバイス出来ると思いますの」
レティシアの言葉に、セシルは疑問を抱いた。
今の言い回しはまるで、食べられないと言っているようだ。
「……? 流石に夫人をターゲットにすると、味覚は人それぞれなので、確かに再現出来ませんが……貴族向けの味は確認できるのでは? 何か食べてはいけない理由があるんですか?」
「あ、いえ。そうではなく、わたくし、味覚ないので」
「お嬢様⁉︎」
「「ええっ⁉︎」」
「言ってませんでしたっけ?」
「「初耳です‼︎」」
それまで無言だったルネが焦ったように声をあげ、それ以上にクロードとセシルが驚きの声を上げた。
「なぜ⁉︎ 何かのご病気ですか⁉︎」
「いえ、多分ストレス性のものだと……」
「お嬢様! そう言うのはあまり他言しない方が……。幾ら信用のおける方達だとしても、情報が漏れたらどうするのです⁉︎」
「あら、大丈夫ですわ。わたくし、念の為に探知系魔法を使っていますが、誰もいませんわ」
「そう言うことではなく!」
ルネの言うことも当然だろうが、これから長い付き合いになるのだ。なるべく隠し事はしたくないと、レティシアは思う。
味覚のことは忘れていたし、言うタイミングもなかったので言わなかっただけだ。
焦るルネと、きょとんとしたレティシアが言い合いをしていると、フルフル震えていたセシルがボソリといった。
「……そういうことだったのですね」
「セシルさん?」
上手く聞き取れず、レティシアが聞き返すと、キッと俯いていた顔を上げた。
「今もお茶以外召し上がらず、てっきり甘味は好きでないのかなと思っておりました。滞在時間も限られていますし、話が大事なので聞けませんでしたが……」
「それは申し訳ありませんわ。つい、話に夢中になっていたのもありますし、甘味はあまり食べたこともないものですから」
「貴族はアフタヌーンティーなどがあるのでは?」
「一般的にはそうでしょうが、用意されたことなどありませんわ」
「……お誕生日も?」
「はい。基本的に、プレゼントはありませんし、パーティーもありませんでしたわ。殿下の婚約者になってからは、王城でのパーティーでしたが、基本コルセットで締め付けられているので、食べませんし」
淡々と、いや、何か激情を抑え込むようなセシルの質問に、レティシアは少し恐怖を覚えながら答えていく。
というか、答えなかったら、まずいことが起こりそうだ。
「……つまり、レティシア様は、お祝いされたことはないと……?」
「え、ええ。……で、でも殿下は一応プレゼントしてくださいましたわ。まあ、コミュニケーションがないので好みではありま――はっ!」
余計なことまで言ったかもしれない。
プレゼントがされたことがないと聞かされたセシルから、形容し難いオーラが出てきたのだ。
また顔が下がっている。ブルブル震え出す様は、嵐の前兆のようだ。
だって、クロードが額を押さえて天を仰いでいる。これは良くない。
けれど、何を言えば良いか分からず、あたふたしている間にセシルが突然立ち上がり、レティシアを抱きしめたのだ。
「きゃっ⁉︎」
「なぜそれを早く言わないのですか! 私達、貴女に何があっても味方でいると言いましたよね⁉︎」
「それはそうですが、タイミングが……」
そう言っている間にも、セシルはレティシアの体中を撫でくりまわしている。
あまりのことにルネが止めようとしたが、クロードがそれを止めた。セシルの勢いに、レティシアは聞き取れなかったが、
「すまない。ああなると、暫く止まらない。悪い様にはしないから、好きにさせて欲しい」
「既に悪いと思いますが。お嬢様が信用されているのでと思っていましたが、行き過ぎていませんか?」
「いや、その通りだが。すまない。あれは……ああ言う人間を見ると、ほっとけなくなってああなるんだ。私達が、訳アリの人達を雇っているのは、セシルがああだから」
「……なるほど、一応、従業員の雰囲気自体は悪くないので、様子見をしてみます」
「ありがとう」
そんな会話を露知らず、セシルは捲し立て続ける。
その勢いに、レティシアはただ圧倒されている。
「あああ‼︎ 細いとは思っていましたが、本当にガリガリではないですか! 必要な栄養が足りていないでしょう⁉︎ 貴族令嬢は体型管理に厳しいと思っていましたが、流石にこれは異常です!」
「あ、あの」
「もしかして、出される量も元々少ないのではないですか⁉︎」
「それは、その」
「全部答えてください!」
「は、はい! 確かに少ないです! 公爵達より半分以下です! 出されるのも、さりげなく端の部分だったり、悪くなっているものです!」
「なんて事……! いつから⁉︎ いつから味覚がないのですか⁉︎」
「分かりませんわ! ずっとです!」
「なんですってえええぇぇぇぇ⁉︎」
セシルは我慢の限界とばかりに、頭を抱えて咆哮している。
レティシアは思った。
(セシルさん……‼︎ 普段はクールビューティーなのに、違いすぎますわ! 誰ですか、この人!)
奇しくも似たような事を、とある4人に思われているとも露知らず、レティシアは洗いざらい吐かされた。
「もう、ダメです! レティシア様! 今日からここに住みましょう!」
「はい⁉︎」
「そんな悪魔の巣窟に、レティシア様を置いておくなんて見過ごせません! そして我が商会のコネクションを総動員して、リュシリュー公爵家をぶっ潰しましょう!」
「待って! ぶっ潰すのは魅力的ですが、今ではありませんわ! 流石に王族に次ぐ家を潰そうとしたら、無傷じゃ済まなくてよ!」
「お嬢様、本音が漏れてます」
「ルネ、貴女も止めてちょうだい! って、クロードさんは⁉︎」
「いやぁ。私に止められるなら、今のロチルド商会はもっと違ったものになってましたよ」
「あきらめないで! 貴方達のために言っているのです!」
そう言ったが、クロードは苦笑いだ。
「今の話を聞くと、もうセシルを止められませんねぇ。何せ私も腑が煮えくり返りそうです」
「ええ、お嬢様、これが一般的な対応ですよ。仕方ありません。諦めましょう」
「いつの間にルネもそっち側に行ったの⁉︎」
とにかく、セシルを何とか説得しないと。
レティシアは必死にあれこれ説明をして、やっとのことでセシルを落ち着かせたのは、帰宅予定時間を大幅に過ぎた頃だった。
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