悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第1章

19.負けるつもりが勝ってしまいました

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 セシルを落ち着かせ、何とか今のままでやらせてくれと説得した後。

 レティシアは這う這うの体で、自室へと帰還を果たした。

「つ、疲れた……。なぜこんなことに……」

 なんとか着替えると、ぐったりとベッドに沈む。柔らかいその感触に、早くも瞼が降りそうだった。

 少し遅れて、同じく着替えたルネがお茶を持ってきてくれたので、緩慢な動作で起き上がり、椅子の方へ移動する。

「どうぞ、お嬢様。疲労回復の効果がありますよ」
「ありがとう。でもルネ、貴女が止めるのを手伝ってくれたら、もっと早く終わったのだけれど」
「すいません。味方を得てしまったのでつい。好都合かと思いまして」
「好都合って……それもそうだけれど、まさかロチルド商会の慈善事業は、セシルさんの暴走の結果だったなんて……」
「意外でしたね。見た目と違い過ぎます。あんな冷静な方が荒ぶるとは思いませんでした。まだ会長の方が意外性がないくらいです。……けれど良かったです! メヤの実を優遇してくれることになりましたし、これでお嬢様の栄養問題も改善されますね」

 レティシアの味覚がなく、食事が進まないと知ると、セシルはまた荒ぶっていた。

 その時に、ルネが以前用意してくれた栄養価が高いメヤの実の話をすると、喜んで用意してくれると勇んでいた。

 本当はちゃんとした食事が大事なんですよ! とプリプリしながらが、セットだったけれど。少し可愛いとか思ってしまったあたり、だいぶ疲れていたのだろう。

 それから味覚を治す術を色々探ってみるとも言ってくれて、嬉しい限りではあるのだが、いかんせん勢いがすご過ぎた。

 ちなみに、レティシアもコレットに対しては同じような暴走具合である。正に似たもの同士……。ジルベール達以外に、その様子を見たものはいないので比べられないのが残念である。

「嬉しいけれど、疲れたわ……」
「でも良かったですよ?」
「何が?」

 ルネの言っていることが分からず、首を傾げるレティシア。

 その笑顔は、本当に幸せだと言っている。

「お嬢様、すっかり気が抜けています。私達にすら敬語を使って気を張っている様でしたので、なんとかしたかったんですけれど、セシルさんが強制的に剥がしてくれましたね」
「あ……そう、ね」

 言われるまで気づかなかった。今の口調や態度が崩れているだけでなく、ルネ達にまで無意識に気を張っていたことさえ。

 信頼しているはずなのに、どこかで線を引いていたのだろうか。レティシアは自分の警戒心の強さに呆れてしまう。

「確かに幼少時からお嬢様の周りは敵だらけでしたので、心配していました。正直に言うと私だけではその仮面を外せず、悔しいです」
「そんな、ルネ達のことは信頼してるのよ。ルネ達のお陰で、わたくしはいるのだから」

 慌てて言うと、少し微笑んでルネは頷いた。

「わかっています。けれど、最後の仮面だけは外すことは出来ませんでした。この公爵家にいる限り、難しいとは思っていましたが……全てが終われば、未来は明るいと確信できて良かったです」
「ルネ……」
「あとでジョゼフさんにも言っておかなくちゃ。きっとその場にいれなくて悔しがるでしょう」

 ふふっと楽しそうに笑うルネ。その笑顔に釣られてレティシアも笑った。

 ふっと体の力が抜けて、軽くなる。

「そうは言うけれど、今のルネの笑顔も初めて見たわ」
「そうですか?」
「ええ。お互い大変だったものね。これがわたくし達の生きる術だったのだわ」
「そうかもしれません。これからは、もっとたくさん、いい経験をしましょうね」
「ええ、皆で一緒に」

 皆がいれば、どんなことも乗り越えられる、そう思えた。

 
 ◇◇◇


 そんな平和な日を過ごしたが、学園に来てレティシアはどん底にいた。

 やはりオデットは有る事無い事吹き込んでいたようで、クラスメイトの冷たい視線が刺さる。

 むしろ聞かせようと言わんばかりに、ヒソヒソ声も聞こえている。

「聞きまして? この間の……」
「公爵家はどう思っているのかしら……」
 
(全く、噂話とはとんでもない速度で広がっていくものですわね。とは言え、タイミング的には悪くありませんわ。イーリスの祝福では、そろそろコレット様へ攻撃を開始する頃ですもの。……ううっコレット様を虐めなければと思うと胃が痛くなって来た……)

 表面上は普通のレティシアに、影がかかる。

 なんだと思い顔を上げると、オデットが立っていた。

 顔を上げたついでに、ジルベールが教室に入ってきたのが確認出来た。先ほどまでヒソヒソ話していた生徒達は、慌てたように口を噤む。

 さすがに第一王子の婚約者であるレティシアの悪口を、ジルベールの前では言えないだろう。
 
「レティシアさまぁ。ごきげんよう」
「ごきげんよう、オデット様」

 裏で色々とレティシアを堕とすために暗躍しているオデットは、けれどもレティシアのそばにくっついてきてはアレコレ話してくる。

 それは自分が味方であると、レティシアに甘い毒を仕込む為なのだろう。

 レティシアはそんなオデットの計画に、素直に感心していた。

 (オデット様、短慮な方だと思っておりましたが、とんだ演技派でしたわね。イーリスの祝福での彼女は、もっとこう、分かりやすかったものですが。……いえ、もしかしたら堕ちていくわたくしを間近で見て、嘲笑いたいだけかもしれませんわね)

 オデットはそんな暗躍を感じさせない、いつも通りさで、媚びた声を出す。

「レティシアさまぁ。あれからジルベール殿下と、お話されていますかぁ?」
「いいえ、していませんわ」
「まあ! そうなんですねぇ。実はぁ、ジルベール殿下かなり怒っているようですよぉ? 早めに謝った方が良いんじゃないですかぁ?」

 これは絶対面白がってるな。

 ニヤニヤが隠せてない。

 (やっぱり短絡的ですわね。そのジルベール殿下が、教室に入って来てますのに。嘘だったら一気にピンチになるのはオデット様の方なのに。まあ、本当にお怒りでしたら、好都合でもあるのですが。最近、殿下は距離を縮めようとしてきましたから、軌道修正出来たようなものですもの)

 そんな風に考えつつ、オデットの挑発を躱す。

 いや、逆に挑発を返す。

「あら、嫌ですわ。ではオデット様にまず謝罪していただかなければ」
「はあ?」

 (あ、やっぱり演技も三流ですわ。こっちが挑発すれば、すぐに乗るのですから。表情もさっきと打って変わって、とても険しいです)

 レティシアのオデットに対する評価の乱高下は激しい。

「だって、あの時はそもそもオデット様が、先にわたくしに喧嘩を売って来たのではないですか。わたくしは喧嘩を買ったまでですわ」
「レティシアさまぁ。そんなこと言って――」
「そうですわね」

 オデットの言葉を遮ると、椅子から立ち上がってオデットの耳元に顔を寄せ、他人に聞こえない声量で言う。

「別に良いのですよ? オデット様があの時、とても可愛らしかったと言っても。……ふふっあの時のオデット様、被食者の様に震えてらして、とても可愛かったですわぁ。良かったですわねぇ」
「っ!」

 オデットが有る事無い事吹聴したので、噂ではオデットはただ脅されたとしか言っていない。

 怖かったと泣いて、殿方に引っ付くくらいはしてそうだか、まるで敗者のように扱われるのは嫌なのだろう。

 どちらもあまり変わりはないと思うが、プライドの問題だろう。

 それを言われてしまえば、オデットが黙り込むことは予想済みだった。

 そして今のやり取りで、周りから見ればレティシアがオデットを虐めている様に見え、オデットの方が庇護欲をそそられる様になることも。

 けれど、それで良い。

 どうせこの学園に味方はいないのだから。

「……レティシアさまぁ。そんなに酷い方だとは思いませんでしたぁ。……もしかして、嫉妬ですかぁ?」
「あら、何を嫉妬すれば良いのでしょうか? とんと分かりませんわ」

 怒りに顔をひくつかせている。

 いやここで泣き真似でもすれば良いのに、怒りに顔を歪めている。自分の感情には随分素直だ。

 レティシアは対して余裕の表情を作ってしまったので、貴族の喧嘩としては優位になってしまった。

 (あら、いけませんわ。これではオデット様の負けが濃厚です。ああっそんな風に顔に出しては、ほら。周りの生徒も引いてますわよ。ちょっと、これくらいでボロを出さないでください。貴女に軍配をあげようとしたのに、わたくしの勝ちになってしまうではありませんか。やはり短絡的でプライドが高いとこうなるのですね)

 そもそも貴族のやり取りにおいて、感情を転がされるなど言語道断。

 手のひらで転がした方が勝ちなのだ。冷静であれば、勝率は上がる。

 その点、オデットは完全に感情に支配されているのがわかる。ちらっと周りに目を向けると、やはりオデットに対しても冷たい視線が注がれている。

 せっかくのレティシアの作戦が、あまりにもオデットが幼稚すぎるせいで失敗するという、なんとも間抜けな結果だった。

 オデットは何か言おうしたが、運良く予鈴が鳴り、悔しそうに自分の席へ戻った。

 その際、ジルベールがいるのを認めて、顔を青くしたのには吹き出しそうになってしまった。
 

 更にはまずいと思ったのか、その後の休み時間にまたゴマを擦ってきたのには、笑いを堪えるのが大変だった。

 手のひら返しにも程があるだろう。

 ストレスフルな環境で、やられたらやり返すは割とスッキリしてしまうんだなと学んだレティシアだった。

(もうこれからストレスが溜まったら、オデット様で遊んでストレス発散しましょうか。彼女もわたくしを貶めようとしているので、良いですわね。これを負の連鎖というのでしょうが、どうせ亡命して全てをリセットするのなら問題ありませんわ。……あら、何だか視線を感じる……)

「レティシアさまぁ。わかってくださいますよねぇ」
「ええ、ええ、分かりますとも」

 背中に感じる、チリリとした感覚。未だにゴマをすってくるオデットを適当にあしらいながら辺りを見渡すが、残念ながら発生源が分からない。

(……気のせいでしょうか? まあ今のわたくし達は悪い意味で注目の的でしょうし、視線を感じるのは仕方のないことかもしれません)

 そう考えて、気にするのをやめた。

 もう少し、ちゃんと見ていたら気づけたかもしれない。

「……さすがレティシア。危うく気付かれるところだった。あまり見てしまうのも良くないね。やはり噂を放置しているのは、わざとか……」

 レティシアの感覚は間違っていなかったと。

「……しかし、ブローニュ嬢の思惑が分からないな。彼女の行動も矛盾しているように見える……ここを詰めれば、レティシアの動きも見えるだろうか」

 またレティシアの望まない方向に、進んでいることを。
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