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第1章
21.平和な時間は終わりが見えてきました
しおりを挟むテスト前から期間中はとても平和だった。
何せ皆自分のことで精一杯で、コレットやレティシアにどうこうしようなんて輩が現れなかったのである。
ジュスタンすらも、3年生で最後のテストということで静かだったから、快適だった。
もう、毎日テストしててくれないかな、なんて考えるほどである。
レティシアも勉強をしながら、今度はバレないようにコレットを観察していた。コレットも勉強に集中出来ているようで何よりだ。
ちなみにレティシアの勉強内容は、学園のことでは無い。
ロチルド商会とこの間話していた、家のことである。
レティシアのアドバイス通り加工品から攻めることにしたらしく、時折試作品の確認を頼まれる。
味だけはルネやジョゼフに頼んで確認してもらっているが、その他出来る範囲で良いものになるように頑張っている。
今度、いよいよ領主に話を持っていくらしい。
前回の手ごたえの無さで、向こうはあまり期待して無かったらしく、今回は会うことすら中々辿り着けなかったらしい。
試行錯誤する商会の皆を見ていると、レティシアも頑張ろうと思えて、今ももっと良い案は無いかと考えている真っ最中だ。
商売のことは詳しく無いので、その基礎など学ぶことが多い。お陰でやりたいことが多く、大変充実していた。
勿論、テストに向けての勉強をしていない訳ではないが、比重としては少ない。
復習だけで、ある程度問題ないのだ。ただ流石に学園でその勉強をしていては、どんな噂が立つか分かったものではないので、今は復習をしている。
けれどいかんせん熱量が違うので、集中力が続かない。
一区切りついた事もあり、レティシアは亡命計画について考えていた。
(このテストが終われば、わたくし達は3年生になりますわ……。今のところ、1番避けたい処刑フラグは回避出来たと思いますし、順調と思って良さそうですね)
思うとジルベールルートは展開が早い。
けれど内容はとても濃い内容なので、イーリスの祝福では不満は無かった。
一応、進級するまで安心は出来ないが、イーリスの祝福のイベントを鑑みれば問題ないだろう。
何せ、ジルベールと婚約破棄をしていないし、コレットの暗殺計画も立てていない。
これでは処刑しようがない。
(それにしても、コレット様は今は誰と好感度が一番高いのでしょうか? 噂のことを考えると、マルセル様が可能性が高いですわ。けれどあれ以来一緒にはいないようですし、真相は分かりませんわ。……そう言えばジルベール殿下も、記憶が戻る前と同じ距離感に戻りましたわね。良かった、これで余計なことを考えなくて済みます)
公衆の面前で拒絶して以来、何かと接触を図ってきていたジルベールも、レティシアに絡んでこなくなった。
あれだけ拒絶すれば、流石に愛想を尽かしたのだろう。
よく考えれば、定期的にあったお茶会も呼ばれなくなっている。前以上に希薄な関係になれているのではないだろうか。
(という事は、私の計画は順調に進んでいるという事でしょうか。まだまだ油断できませんが、ここまで順調に行くなんて。もしかして転生ボーナス的なもの? イーリス様がわたくしにお恵みをしているのでしょうか)
実際はレティシアの真意を知るために、接触を避けて静観しているという事なのだが、当の本人は何も気がついていない。
順調どころか、真逆に進んでいることなど想像だにしていないのだ。
◇◇◇
ずっと続いて欲しいと思っていた、平和な時間はあっという間に過ぎていく。
テスト期間が終わり、その結果が発表された。
順位が掲載されている掲示板には、多くの生徒が集まっていた。今までの努力の結果を早く知りたいと、我先にと首を伸ばしている。
レティシアのいるところは、少し遠い。近くに行こうとすれば、モーゼのように人波が割れてしまう。それを避けたくて、敢えて少し遠い場所にいる
それでも自分の順位を確認するのに、苦労はなかった。
何故なら1位・2位は変わる事なく、ジルベールとレティシアだったからだ。
そして3位はコレット。元々成績の良い彼女だが、今回は今までで一番よい順位だ。特待生を維持しているだけある、努力家だ。
(コレット様、本当に頑張ってらっしゃったもの。当然の結果ですわね。あ、そうだ。オデット様、あんなに大口叩いていたんですもの。今回順位は上がっているのかしら?)
教えてもらう人がいるからと豪語していたオデットは、もしかしたら上位にいるかもしれない。万が一、いや億が一くらいだろうけれど。
人の隙間を見極めて、上から順繰りに名前を見ていく。側近候補のドミニクとマルセルの名前を途中で発見しつつ、最後まで確認してもオデットの名前はなかった。
掲示板には、上位50名の名前が載る。その50位は学年の人数の大体半分ほど。
即ち、オデットは半分より下の成績ということを表している。
(やっぱりね……。正直、そうだと思っていましたわ。彼女、どう見ても勉強苦手ですし)
とはいえブローニュ伯爵家の醜聞を考えたら、いい加減何かしら対処した方が良いくらいではないかと呆れ気味に思っていると、そのオデットがやってきた。
「あ、レティシアさまぁ、探しましたわぁ」
「ごきげんよう」
一度掲示板にちらりと視線を送る。その表情が凶悪に歪んだのをみて、レティシアは嫌な予感がした。
「それにしても、相変わらずレティシア様はご立派ですわねぇ。今回も2位ですかぁ」
「ありがとうございます。けれど殿下には及びませんわ」
「でも、おかしいと思いません?」
「何がでしょうか?」
「だってぇ。3位が平民ですよぉ? しかも色々噂があるあの!」
その言葉から、急にオデットの声が大きくなる。意図して周りに聞かせるようだ。
そして掲示板を見にきていた、コレットに吸い寄せられるように皆の視線が集中する。
ニヤリと笑いながら、オデットは続けた。
「あの平民、高貴な方と恐れ多くも噂になっていましたし、きっとこの順位だって何か裏があると思いませんかぁ?」
(てっきり、わたくしに対して嫌味を言いにきたのかと思ったら……コイツ、まだコレット様にちょっかいかけようとしてるのか。反省の色ないな)
似たようなことで、レティシアが怒ったことを忘れているのだろうか。
逆鱗に触れたレティシアにあんなに怯えていたくせに。そしてそれをレティシアに言うなんて、どんな強心臓なのだ。
とりあえず反省していないのなら、また脅せばいいかとレティシアは考えた。
「まあ、それはおかしいですわね」
「そうでしょう⁉︎」
それに同意を示したレティシアに、オデットは歓喜の声を上げる。高くなった声が耳障りだ。
周りも聞いていたのか、ザワッとした空気が広がりコレットに冷たい視線が突き刺さる。
この学園の人たちって馬鹿なのかな、とレティシアは思いながら続けた。
「まさか、公平に厳しい学園長がそんなこと、許すはずがありませんもの」
「ええ、そんなこと許しては……え?」
オデットは、レティシアの話を聞いているようで聞いていない。最初は嬉しそうにしていたが、遅れてレティシアの反応が思ったものではないと気がついたらしい。
またきょとんとした顔をしている。
(周りの生徒もオデット様も……わたくしの今までの言動を省みれば、想像つくでしょうに。なぜ学ばないのでしょう。不思議でなりませんわ)
「オデット様、それが事実であればこれは大問題ですわ。すぐにでも学園長に報告して、調査して頂かないといけませんわ」
「え、それは……」
レティシアの提案に、僅かにオデットの顔色が悪くなる。
ここに来て、ようやく不味いと思ったのだろう。あまりにも遅い。
「さあ、わたくしにそう言うのであれば、もう証拠があるのでしょう? 今すぐ行きましょう。こういったことはすぐに行動しないと、誤魔化されてしまいますもの」
「い、今ですか?」
「もちろんですわ。ああでも、それが虚偽であったなら……それも学園長はお怒りになるでしょうねぇ……。学園の威信に関わりますもの」
最後のところは、オデットにだけ聞こえるように言う。
その言葉がトドメになったのか、オデットは慌てたように言った。
「わ、私、この後用事がありますの。残念ですがご一緒できませんわ」
「あら、そうなのですか? 残念ですわ」
「ほほほ。では失礼しますわ」
あまりにも分かりやすい行動に、レティシアは笑いを堪える。
周りも途中からぼそぼそ会話をする2人に興味を失ったらしく、また各々掲示板を眺めたり、喜んだり、悔しがったりとしている。
(全く、こんなところで騒ぎを起こさないで欲しいですわ。オデット様もここまでわたくしが色々言っているのに、堪えていないようですし。まさに暖簾に腕押しですわ。……それにしても、直接お話ししたこともない学園長の名前を、わたくしは一体何度出しているのかしら。流石にそろそろ苦情がきてもおかしくない気がしてきました)
虎の威を借る狐状態である。
それでも、厄介な生徒達を黙らせるにはこれが効いてしまうのだから仕方ない。
それほど学園長の恐ろしさは、皆が知っていることなのである。
いや、知っているならそもそも問題を起こすなと、レティシアは声を大にして言いたい。
(まあ、今は良いですわ。そのお陰で害がなくなるのですし、許していただきましょう。……あら。なんだか、また視線を感じますわ)
顔を上げると見つけられなかった前回とは違い、すんなり見つけることができた。
視線の先には先ほど冤罪をかけられていたコレットが、こちらを見つめていたのである。
何を思っているのか、その表情からはレティシアは読み取れない。何かを見通す様でもあり、何かを探る様でもあった。
レティシアはそのコレットの表情を読み取ろうとも、分かろうとも思わない。
何故なら、2人の関係はヒロインと悪役令嬢だから。そう言い聞かせて。
なんのアクションも起こしてこないのを見て、スイと視線をずらしてその場からレティシアは去った。
「あ、今のは睨んだ方が良かった……。しまった……」
少ししてから、悪役令嬢の動きをしていなかったのでは? と気がついたが、今更戻れないので諦めた。
大丈夫だろう。最近の生徒達の様子は、どう足掻いてもレティシアは悪く見られているのだから。
それよりも気を引き締めて、これからに備えようとレティシアは拳を握るのだった。
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