悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第2章

33.想定外の連続

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「大変だわ。本当に急がないと、公爵達が帰ってきてしまうわ」
「はい。でもお嬢様が遅く帰っても、多分、いえ絶対気付きませんよ」
「そうだと良いのだけれど、なんだか嫌な予感がするのよ」

 そう、第六感が激しく警鐘を鳴らしている。
 
 早く帰って何事もなかったようにしないと、と何かに焦らされる。
 
 ルネはそんなレティシアの姿に珍しそうにしつつも、それ以上楽観的な発言をやめて速度を上げてくれる。

 屋敷に到着すると、その予感は的中していたことを知った。
 
 今までは出迎えられた事など無いと言うのに、何故か使用人達に出迎えられた。こんな事は産まれて初めてだ。
 
 さっさと部屋に篭りたいというのに、これは嫌な予感が的中してしまったようだ。
 
「レティシア、よく帰ってきたな」
「……」

 その言葉にレティシアは目を見開いて固まってしまう。
 
 後ろからルネの息をのむ音も聞こえてきた。
 
 それもその筈。出迎えは使用人達だけでなく、バンジャマンとジュスタンもいたのだ。

 今までにない事が連続し、レティシアの思考が停止する。

「レティシア? どうしたんだ?」

 ジュスタンの言葉に、レティシアは我に返る。

 というか数時間前にコテンパンに言い負かしたのに、なぜいるのだ。どんな鋼のメンタル……いやジュスタンが鋼のメンタルな訳がない。
 
 その証拠に、いつものジュスタンではない。だって、あんな風に言われたらプライドが傷つけられたと、レティシアから距離を取る筈だ。

 逆にレティシアを追い詰めるために出迎えたのかと思ったが、それにしては表情がおかしい。
 
 その表情はにこやかに笑っているが、瞳が揺れているように見えた。
 
 それは怒りという感情ではない。どちらかというと、不安や恐れといった感情のように思う。

(一体何なの? こんな弱々しい姿は初めて見たわ。それ以前に卒業パーティーは、成人のお祝いも兼ねているから、基本的には最後までいる筈ですわ。どうしてこう言う時の予感て当たってしまうのかしら)
 
 特にジュスタンなど曲がりにも公爵家の嫡男なのだ。婚約者がいないことも含めれば、そうそう帰れるものではない。
 
 なのに早めに帰宅するだけでなく、レティシアを出迎えるなど天変地異の前触れかと言いたくなる。

「何でもありません……。ただいま戻りました」

 何を企んでいるのだと訝しみながらも、ようやく答える。
 
 そしてその答えはすぐに分かった。

「レティシア。何処にいたんだい? 公爵邸にお邪魔したらいないものだから、心配したよ」
「殿下……」

 辛うじて、本当に辛うじて「なぜ来た⁉︎」という言葉を飲み込むことが出来た。

(殿下、数時間前にわたくしを見限った筈ですわよね? 何故そんな穏やかな顔をしているのでしょう? ……はっ、もしかして、公爵達にわたくしのことを話に来たのでしょうか? それはありえますわ。卒業までとは思っていましたが、これは計画変更が必要ですわ)

 もしや一気に断罪かと考えていると、ジルベールがレティシアに手を差し伸べる。
 
 ジルベールの表情は穏やかで、何を考えているか分からない。

「やはり顔色が良くないな。体調が悪いのかい?」
「……いえ。問題ありませんわ」

 差し出された手を断る訳にもいかず、ゆっくりとその手に自らの手を重ねる。

「レティシア、せっかく殿下が来てくださったのだ。もっと嬉しそうな顔をしなさい」
「公爵、そう言わないでくれ。伺いも立てずにきた私がマナー違反なのだから」

 2人の会話に、レティシアはジルベールに心中だけで同意しておく。
 
 そもそも公爵がレティシアの冷遇を知られたくないが為に、基本的に交流は王城でのみ。誕生日はジルベールの婚約者であるために、渋々と言ったように招いていたがそれだけだ。
 
 ジルベールがリュシリュー侯爵邸に来ることなんて、数えるくらいしかなかったのだ。だからこそレティシアのこの態度も仕方ない部分もあるだろう。

 それでもバンジャマン達からすれば、レティシアを責める材料が出来たと思っていることだろう。どうせジルベールが帰った後にブツブツ言ってくるのが容易に想像出来る。

(そう思うと今来られるのは迷惑でしかありませんわね。せっかく楽しい気分だったのに、台無しですわ)

 しかしそれは内心だけ。表面上は何も変わることなく、レティシアは言った。

「失礼いたしましたわ。本当に驚いてしまいました」
「ああ、聞きたいことがあったんだ。手間は取らせない。部屋に案内してくれるかい?」

(え、部屋に案内して良いのですか? わたくしの部屋、日当たり悪いですし最低限の家具しかないので、流石に殿下をおもてなし出来ないと思うのですが。あ、これ上手くいけばわたくしの現状を知ってもらえるのでは……いえ、知ってもらったところで何も変わりませんわね)

 レティシアはそう考えるが、リュシリュー公爵家にとっては良くないだろう。
 
 バンジャマンはジルベールの言葉を聞いて、すぐに近くの使用人に何かを指示している。
 
 その後、恐る恐るというようにジルベールに話しかける。

「で、殿下。いくらレティシアが婚約者とは言え、2人きりは――」
「公爵」
「わ、分かりました」

 そのやり取りを見て、レティシアは違和感を覚えた。

(何でしょう? 殿下の雰囲気が急に少し刺々しくなったわ……。公爵がたじろいでいますし、わたくしが帰ってくる間に何かあったのでしょうか? ……はっ! もしかして既にわたくしの問題行動を伝えてあって、このあと殿下自ら手を下すのでしょうか?)

 ついでにレティシアの教育はどうなっているんだと、バンジャマンに苦言を言っていたのかもしれない。
 
 それでバンジャマンは、立場上強く出られないのかも。
 
 ぐるぐる考えていると、使用人がレティシアに手を伸ばす。
 
 何かと思い、彼女の顔を見る。しかし、彼女の顔は見たことあるが、名前は知らない。

(彼女、確かクソ野郎に良く引っ付いていたわね。わたくしをかなり嫌っているのに、何故目の前に立っているのかしら。邪魔だわ)

 何もしないレティシアに焦れたのか、眉を寄せた。

「お嬢様、お荷物をお持ちします」

 その言葉に、ようやく彼女の意図を理解する。
 
 どうやらジュスタンにしているように、レティシアのお出迎えをしているようだ。

(ああ、殿下がいる状態で、のお出迎えは出来ないものね。だから公爵達も出迎えたのね。面倒臭い。というかやるなら徹底的に表情も作りなさいよ……。如何にも不愉快ですって顔に書いてあるわ)

 こちらも顔を顰めたくなるが、今やり返したところで後が面倒になるだけだ。
 
 無表情で、不快な表情をした使用人に荷物を渡す。

「ではお部屋へご案内致します」

 レティシアの荷物を持ったまま、使用人はレティシア達の前を歩いた。
 
 ジルベールが一度離れていたレティシアの手を取り、2人で並んで歩き出す。

 
 そうして案内されたのは、レティシアの自室ではなかった。
 
 階は同じであるが、バンジャマンやジュスタンの部屋の近くの客室だ。
 
 というより、本当は娘が使うはずの部屋であろう。使う人間がいないので、装飾品は最低限。それでもレティシアの現在の自室と比べれば豪華だ。

(なるほど。何故わたくしの荷物を持ったか分かりましたわ。わたくしの本当の自室に、殿下を案内すると不都合だからですわね。きっと公爵が先ほど指示していたのでしょう)

 そういうところは本当に、賢しいと思う。
 
 使用人の女はサッとお茶を準備して、ごゆっくりと言った後、レティシアを睨んで出て行った。
 
 目には“余計なことはするな”と書いてあった。その厚顔無恥な対応に、呆れてしまう。

(全く、あんな風に雇い主の娘を睨む使用人なんて。何もしませんよ。どうせ殿下に言うつもりもありませんし、今更好かれようなんてするつもりもありませんもの)

 ため息を吐きたいのを堪えながら、レティシアは先にお茶を飲む。
 
 一口飲んで、カップをソーサーに戻した。
 
 その様子を見たジルベールも、一口お茶を飲む。

「それで、わざわざこちらまでなんのご用でしょうか?」
「婚約者に会うのに、理由なんているのかな?」
「んっぐ」

 口に含んだお茶が変なところに入り、むせ混みそうになる。
 
 何とか堪えて、震えそうになる手を抑えながらカップをソーサーに戻した。

 はしたない姿を見せたが、ジルベールは指摘してこない。

「……今までそんなことはしなかったではありませんか。どういう風の吹き回しでしょう」
「私達も3年生になるだろう。卒業したらお互い忙しくなるから、今から時間を作るようにした方がいいと思ったのだけど」
 
 それは一理ある。あるが、亡命する予定のレティシアにとっては、無用の長物だ。
 
 それに、昼間のレティシアの発言を忘れたわけではあるまい。

 あの時のジルベールは、確実にレティシアに見切りをつけていた。
 
 ジルベールの行動の矛盾に首を傾げざるを得ない。

「……殿下、急にどうされたのでしょうか?」
「何がかな?」
「今更、わたくし達がお互いの為に時間を作るなど、必要あることなのでしょうか?」

 今までお互い中々距離が縮まらなかった。それは何もしていないのではなく、お互いなんとかしようとしてもすれ違ってしまったことが原因だ。

 あの時上手くいかなかったことが、今うまく出来るとも思わない。

 だってレティシアだけでなく、ジルベールも諦めの感情が混ざっているから。

 それなのに、今更取り繕った所で信頼関係が築ける筈もない。レティシアはそう考えている。

(そもそもわたくしにその気がありませんもの。お互いが心から望めば、まだ可能性もありますが)
 
 レティシアの言葉に、ジルベールは一瞬、本当に一瞬眉を寄せた。

 珍しいな、と思う。
 
 ジルベールは表情管理が完璧であり、婚約者になってからと言うもの穏やかな微笑みを浮かべていることが多い。

 それがレティシアに対して逆効果になっているのはさておき、不満げな表情を浮かべるなどレティシアは見たことがなかった。

(なんだか殿下の様子がいつもと違いますわ。わたくしに怒りを持っているのであれば、このような問答はおかしいですわ。何を考えているのでしょう……)

 お互い無言になり、部屋の中は静寂に包まれる。

「……レティシアは私のことが、嫌いだろうか」
「え?」

 ジルベールの思わぬ言葉に、レティシアは固まる。

 自然と落ちていた視線を改めて上げると、ジルベールがどこか寂しそうな表情をしている。

「いや、私達も学園で様々な経験をしただろう。王太子教育、王子妃教育では得られなかったこともあるだろう。……その上で、もう一度、レティシアと話したいと思うんだ。……レティシアは嫌だろうか?」

 ジルベールの言葉に、レティシアの心の中に一滴、黒い雫が落ちた。
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