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第2章
39.最後の学園生活、スタートです
しおりを挟む始業式自体は何事もなく進行した。
講堂から教室へ移動すると、レティシアに視線が集まる。
公爵令嬢だからと言うのもあるだろうが、それだけでは無いだろう.
探るような視線だが、公爵家の視線よりはマシだ。
それでも居心地が悪いことは確かなので、レティシアは本を読んで周りをシャットアウトする。
本を読んでいるうちに、続々と生徒が集まってくる。その中にはコレット、ジルベール、ドミニク、マルセルといったイーリスの祝福の主要メンバーがいるのはもちろん、オデットもいる。ゲームの強制力かは分からないが、どうも権力が偏ったクラス分けである。
途中から本を読むフリをして、周りの観察をする。
(コレット様はおひとりですわね。まあここでマルセル様筆頭に構い出したら、コレット様の評価が落ちることは確実。以前より距離の取り方が上手くなったようですし、そこは良かったですわ。……ってオデット様、すごいコレット様を睨みつけていますわ。何かするつもりでしょうか? 今すぐでなくとも、いずれは暴走するでしょうし、注意しておきませんと)
ジルベール達は3人で集まって何やら話している。その様は幻覚で煌めいて見えるくらいには、魅力的だ。
周囲の生徒達は、感嘆の溜息を吐いている。
(特に今年は殿下だけでなく、ドミニク様、マルセル様といった将来の国の中枢になろう者達が揃っていますもの。誰だって熱い視線を送りたくなりますわね)
浮き足だった空気の教室は、教師がやってきたことで引き締まった。レティシアも本をしまい、教師がこれから1年の流れを説明しているのを聞く。
(まあ、わたくしにはそこまで関係ないのですが。この1年はわたくしの評判を落とし、断罪されるように動く。懸念としては、殿下の様子が思ったものと違うと言うことでしょうか。あの感じ、どう考えてもあのまま終わるはずがありませんわ。わたくしの心情としては、完全に見放してほしいのですが。そして新たに相応しい方と、これから支え合ってほしいですわ)
希望に満ちた他の生徒の様子をみて、レティシアは眩しさを感じる。
何せレティシアはこの1年間は茨の道を歩くのだ。正反対の生徒達の様子を見ると、羨ましさを感じてしまうのは否めない。いくらその先に希望を見出しても、憂鬱なことには変わりない。
(とりあえず、今の状況だけでは判断できませんが、コレット様に悪感情を抱いているのは1人だけですわね。監視はしやすいですわ)
最初は憂鬱だったクラス分けもプラスに考えれば、オデットとコレットが同じクラスにいるということは、コレットを以前より守りやすいといったところだ。
もちろん、他の生徒が手を出さないか見張る必要はあるが、そもそもジルベールと同じクラスになったのに問題行動を起こすおバカさんもほとんどいないだろう。
ただ1人を除いて。
教師の話が終わり、今日の予定は消化した。皆談笑したり、このままどこかへ出かけようなんて、平和な会話が聞こえてくる。
それらを聞きながら、レティシアは相手が来るのを待つ。
少し俯き加減でまっていると、机に影がかかる。タイミングに合わせて目線を上げれば、思った通りオデットが立っていた。
「レティシアさまぁ。今年も同じクラスなんて嬉しいですわぁ」
「オデット様、ごきげんよう。ええ、今年もよろしくお願いしますね」
是非一緒に地獄へ行きましょうという心の声はしまったまま、オデットに微笑むレティシア。
オデットは挨拶すると、レティシアのそばから離れていく。オデットも新しい環境に馴染もうとしているのかと思えば、そこだけは普通の生徒なんだなと思った。それでも貴族令嬢らしからぬ立ち振る舞いには、げんなりしてしまうけれど。
(さて、もう帰っても良いけれど、あの屋敷にさっさと帰るなんて冗談ではありませんわ。せっかくですし、学園で出来ることをしましょう)
そう考えながら立ち上がり、ふと顔をあげるとジルベール達が連れ立って教室を出て行くのが見えた。
ジルベール達が出て行って少ししてから、コレットも立ち上がり教室を出ていく。
(? 向かった方向が同じに見えますわ。……いえ、この学園、とても広いですわ。少しくらい道が同じでも不思議ではありませんわね。……は! もしかして、何かしらイベントが発生するとかないかしら⁉︎ もしそうだとしたら見たい……! でも今尾行したらバレてしまいそうですし、ここは我慢ですわ。特にわたくしの気配に敏感なマルセル様もいらっしゃいますし、油断できません)
レティシアは見たい気持ちを抑えて、泣く泣くコレット達とは反対方向へ移動する。
本当は、このストレスが溜まっている状態を解消するためにも、きゃあきゃあしたかったのだが。無念である。
行く当てもないが、学園をふらふら散策する。
「結局、最後にあったイベントはクソ野郎の出会いイベントですわね。いえ、あれもかなりイレギュラーな感じはありましたが。コレット様は誰と結ばれるのでしょうか? 殿下はレティシアが断罪された以降はエピローグだけでしたわ。可能性として高いのはドミニク様かマルセル様のルート……。けれどクソ野郎のイベントを考えると、これから殿下のルートが来てもおかしくないですわね」
しかもレティシアはコレットに四六時中張り付いている訳ではないので、知らないうちにイベントが発生している可能性もある。
そうなると、今どのルートに進んでいるか、分からない。
「コレット様も、仲の良い生徒はいないようですし……。何故お友達がいないのかしら? コレット様ほどの方がいないのも変ですわ。……あ、もしかしなくてもわたくしのせいかしら」
レティシアだけでなく、貴族のせいかもしれない。
優秀であるが故に僻まれ、悪目立ちさせられたコレットは、同じ特待生の生徒とも交流できていないのではないだろうか。
初めのころは友人と呼べる人はいたけれど、離れてしまったのかもしれない。
「そんな……何とお労しい……これもわたくしのせいですわ。けれどわたくしが消えた暁には、コレット様の良さに気がつく人もいるはず……ん?」
人の声が聞こえた気がして、レティシアは耳を澄ます。
適当に歩いていたので、一瞬ここがどこか分からなくなったが、”生徒会室“と書いてある札を見つけた。
(いつの間にか、教室から出た方向と反対に来てましたのね。そういえば、イーリスの祝福では生徒会なんて話はありませんでしたが、誰がメンバーなのでしょうか?)
物語に絡める必要がなかったからかもしれないが、生徒会の働きどころか存在すら無かったな、とレティシアは思い返す。
声が聞こえたのは、生徒会室からだ。
何となく気になってしまい、レティシアはそっと扉に近づく。
よりはっきり聞こえてくる声に、驚いた。
『今年の生徒会メンバーは――』
『――様はいれない――?』
『ああ――』
この漏れ聞こえてくる声は、ジルベール達ではないだろうか?
流石に内容までは上手く聞き取れないが、声を間違えるなんてあり得ない。
前世含めて、何度も何度も聞いた声なのだから。
(まあ殿下が代表として入学式に出ることからも、生徒会長になるのは確定ですし、当然ですわね。……あら? わたくしには何も声がかかっていませんわ。普通なら、婚約者であるわたくしも何かしらの役職に就いてもおかしくありません)
ジルベールが生徒会長になると言うことは、基本的にその周囲は身近な者を選ぶはず。
それはマルセルやドミニクの声が聞こえることからも、想像に容易い。よくよく聞けば、コレットもいるようだ。
けれどそこにレティシアは呼ばれていない。そのことから導き出されることは。
(これは……わたくしに、上に立つ資格なしと烙印を押されたのですわっ。良かった! 今までの殿下の態度から真意が読めませんでしたが、これはわたくしを見限った上での行動に違いありませんわ!)
安堵や嬉しさから、ニヤニヤするのを止められないレティシア。
長居するとバレるかもしれないので、扉の前から離れて気配を殺しながら退散する。
(この決断を足がかりに、婚約破棄に向けても動き出すはずですわ! でも公爵は曲がりにも宰相ですし、王家も不要な衝突は避けるでしょうから、暫くは隠密に動くことになるでしょう。それまでに公爵達も引きずり降ろす準備も進めておきませんと)
仮にも王家の次に権力のある公爵家なのだ。
最悪の場合、国内分裂してしまうことも考えられる。それを避けるには、10対0で公爵家に過失を認めさせる必要がある。悟られるわけにもいかないだろうから、慎重に動くだろう。
(わたくしが婚約破棄されるだけでも、公爵家はダメージを負うでしょうがそれだけでは足りませんわ。それに最近、無駄に関わってこようとしますし、今更関係改善されるくらいなら叩き落としてやります。あ、ジョゼフに何か不正をしていなかったか聞きましょう。ずっと忘れていたわ)
色々なことがあり、公爵の不正の件は途中から忘れていた。
ドレスの件も誤解だったらしいので(レティシアは公爵が売却していなくても、最早どうでもいいが)、不正をしていなさそうだと考えてはいるが、万が一がある。それにやってくれていた方が、こちらも道連れにし易いので歓迎だ。
(けれど殿下達がいつ、わたくしに行動を起こすか把握はしたいですわ。特に早めになるなら、それに応じた対処が必要ですし)
知らずのうちに追い詰められて断罪となると、亡命できずに修道院送りなど、ゲーム通りの断罪になる可能性もある。
とはいえ、レティシアは隠密など出来ない。友人もいないので、情報を得られにくい状況だ。
何とかいい情報収集の手段はないかと、頭を巡らすのだった。
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