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第2章
40.へこんでいるそうです。ざまあみろですわ
しおりを挟むその後暫くは、レティシアの願いが通じたのか平和な日々が続いている。バンジャマン達はレティシアに絡んで来ないし、学園でもオデットが暴走するような事はない。
そんな中で時間を見つけてレティシアの様子を見にきてくれたジョセフに、思い切ってバンジャマンが何か不正がないか聞いたところ
「お嬢様への態度が既に不正のオンパレードでございます」
と言われ、思わず笑ってしまった。
茶化していたジョゼフも、真剣な表情になると改めて否定した。
「旦那様は仕事だけみれば、優秀なお方でございます。それから不正をしていたら、私めが命に変えても止める所存ですので」
ジョゼフの言葉に、レティシアはハッとする。
ジョゼフは先代の頃から公爵家に仕えている。その忠誠心はバンジャマンではなく、リュシリュー公爵家に向いているのだ。
そんな人間に、疑いを向けているということにレティシアは気がついた。
「そうでしたわ。公爵はともかく、今の発言はジョゼフすら信頼していない台詞でしたわ。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。今のは私を疑ってと言う事ではないと理解しております」
「ありがとう。けれどもっと精進しなくてはいけませんね」
反省していると、ジョゼフがレティシアの頭をポンと撫でる。
「すぐに反省できる点は、お嬢様の長所です。旦那様とは大違いですぞ」
「まあ! ふふふっ」
他者に頭を撫でられるなど、初めての事だ。記憶が戻ったばかりの頃にジルベールに額を触れられ不快感を感じたが、ジョゼフの意外にも大きく温かい手のひらに安心し、笑うレティシア。
「……ねぇ、ジョゼフ。公爵達の最近の変化、どう思う?」
安心したせいか、気になっていたけれど聞けなかったことを聞いてみる。
ジョゼフはバンジャマン達の変化を身近で見てきているはずだ。
レティシアは、不安だった。具体的には言葉にできないが、言いようのない不安があったのだ。
付き合いだけでいれば、レティシアよりずっと長い。今はレティシアの味方でいてくれているが、公爵達が本気だとしたらジョゼフはどう思うのだろう。
「……嬉しい気持ちがあるのは、否定しません。やっと、自分の間違いに気がついてくれたのかと」
「……そうよね」
「ですが、お嬢様」
ジョゼフは力強い瞳で、レティシアを見る。
「私はお嬢様の味方です。貴女が嫌なら、それを無理に隠さないでください。旦那様達がしたことは許される事ではありません。許せないのは、許せないで良いのです」
「ジョゼフ……」
「貴女はお優しい方です。だから私にもそのように気を遣うことができる。けれどそれは、自分に嘘をついてまでする事ではありません。このジョゼフ、貴女に付いて行くと言った事、どんなことがあろうとも取り消すつもりはございません」
「……ありがとう。貴方も辛いはずなのに、ごめんなさい」
「お嬢様の辛さに比べたら、なんて事ありませんぞ。それに老体である分、人生経験には自信がある故」
誇らしげに胸をそらして言うジョゼフに、レティシアは心の蟠りが少し、溶けた気がした。
「そろそろ引き継ぎも山場を迎えます。まだ時間はかかりますが、その後はルネにばかり良いところは取らせません」
「ええ、ありがとう。……待っているわ」
レティシアの言葉に満足したのか、にっこり笑うジョゼフ。
話がひと段落したところで、それまで空気と化していたルネが、羨ましげな声をあげた。
「私もいるんですけどぉ。大事な話だったので黙ってましたが、そろそろ入っていいですか?」
「もちろんよ。ごめんなさいね」
「たまには良いではないですか。こんなにお嬢様との時間を取れたのは久しぶりです」
「そうだと思って空気になっていたんですが、流石に耐えられなくなりました」
「ふふっ」
こうしてルネが拗ねたふりをするのも、レティシアに気を使ってのことだろう。
しかしルネのそんな拗ねた表情がいやに様になっている。幼稚さはないが、かと言ってこちらが不快になる訳でもない。
「あともう一つ聞いて良いかしら?」
「はい」
「誰か情報通の人がいたら紹介してほしいの。公爵達の心変わりと言い、殿下も様子が変わっている気がして、何だか胸騒ぎがするの。わたくしでは集められる情報に限りがあるし、誰か良い人はいないかしら?」
「そうですね。私は……あ、そうだ。少し友人達に探りをいれてきます。子供の年齢的にも、レティシア様に近いですし、なにか情報が得られるかもしれません」
「旦那様のことはある程度私の方で情報が得られますが……あまり外部の手を借りるのはリスクがあります。家族にも聞いてみてからそちらも検討しましょう」
「ありがとう。よろしくね」
2人の心強い返事に、レティシアは安心を覚える。
しかし、ルネの言葉が引っかかり、悪いとは思いつつも質問してしまう。
「ところでルネ……嫌だったら答えなくて大丈夫よ。貴女、その……恋人とか結婚とかは……」
「今の所いませんし、予定もありませんねぇ。私、お嬢様に生涯を捧げますので、実質お嬢様の子供が孫です」
嫌な質問だろうに、あっけらかんとルネは答えた。
むしろレティシアへの忠誠心が浮き彫りだ。
「そう。……でも良い人がいたら、ちゃんと言ってちょうだい。ルネの幸せも大事にしてほしいわ」
「私の幸せはお嬢様の幸せです。……でも亡命先で良い人に出会ったらちゃんと伝えますよ。そもそも出会いも公爵邸ではありませんし。こっちから願い下げですし」
「ああ……えっと、そうね」
ルネはレティシアを庇ったせいで、一時期はひどい扱いを受けていた。今でこそ改善されているが、ルネも周りに味方はいなかった。
性格が歪んでいる公爵家の使用人に、好意を抱くなんてないだろう。
レティシアも仮に公爵家に関わる人達と、ルネが付き合いたいと言ったら止める。
そう考えると、確かに今はナシである。
「ルネさんにも良い人が出来たら、私が責任を持って見極めましょう。もちろん、お嬢様も」
「ジョゼフの人を見る目は信頼できるわ」
「お嬢様はともかく、私もですか? 私も色々見てきたので、人を見る目はそれなりにあると思うんですけれど」
「ほっほ。老人の楽しみです。付き合ってもらいます」
未来の事を話していると、明るい気持ちになってくる。
気の滅入ることが多かったから、2人が気を遣ってくれているのだろう。
ロチルド商会も使用人の目が厳しくなったために、中々行けない日々だ。バンジャマン達と関わらないようにするには、引きこもるしかない。
中々気分転換できなかったけれど、久しぶりの心温まる時間だ。
「ああ、お嬢様。その旦那様達ですが、恐らく暫くはお嬢様に何かしようとはしないでしょう」
言い忘れていました、とジョゼフは申し訳なさそうに言う。
「本当?」
「ええ。私が完膚なきまでに叩き潰して差し上げたので」
「え? 拳で?」
思わず聞いてしまうレティシアに、ジョゼフは笑いながら否定した。
「流石に旦那様に力では負けます。ただ贖罪の仕方の前提を教えて差し上げただけですよ。まあ少し説教が過ぎてしまったのですが」
「あれはただ自分が楽になりたいだけだものね。何を考えているか、考える時間がもったいないですわ」
「ええ。ジュスタン様も一緒に、今はどん底にいるようなので良い薬でしょう。……もう既に、手遅れですが」
ジョゼフの最後の部分はとても低い声だった。
それに関しては首がもげるくらい頷いて、同意したいくらいだ。レティシアはこれ以上バンジャマン達に使う時間はないし、作る気もない。
さっさと不毛だと気が付いて、諦めてほしいものだ。付き纏われるせいで、ストレス過多となったのだから。
「使用人達もあの態度はやめてほしいわね。今までと同じにしてくれて構わないのに。あ、公爵が身勝手にも解雇した人間がいるから、明日は我が身と震えているのかしら」
「あれは犯罪ですから厳しい処分にしたのでは? いえ、お嬢様への冷遇を、筆頭にしていた本人達がする権利あるのかってそもそもの話があるのですが」
「だったらわたくしへの態度で全員処分できると思うわ。そもそもわたくし、今はまだ準王族ですのよ。本気で対処すれば、不敬罪適応されますわ。ああ、けれどそうしたらルネとジョゼフ以外、全員解雇ね。そうなると、公爵家が回らなくなるわ。さっさと爵位返上した方がいいんじゃないかしら。民も巻き込む前に」
せっかく穏やかな気持ちになったのに、段々怒りが再燃してくる。
気持ちを切り替えるように、レティシアは大きく息を吐いた。
「あら、いやだ。もう公爵達のお話はやめましょう。存在が毒だわ」
「その通りですね。ジョゼフさん、そのまま旦那様達をへこませていてくださいね」
「ええ。自分達で自滅していきそうな雰囲気ですが、容赦なく追い討ちをかけておきます」
是非とも彼らの自尊心やら何やら全てにおいて、もう立ち上がれないくらいにボロボロになってほしい。
そのほうが亡命した時、追いかける余裕もなさそうで好都合だ。
バンジャマン達はそれでいいとして、あとの問題はどのようにジルベールに婚約破棄させるかである。
生徒会の件から、レティシアと距離を置き始めているとは思うが、確定情報がない。
ルネやジョゼフから何かいい情報が得られればいいのだが。今は待つしかない。もどかしく感じてしまう。
あとはオデットか。教室で睨みつけていたし、コレットのことは諦めていないだろう。暴走して事件が起きる前にこちらから手を打ちたい。
オデットの状況もちゃんと見ておかないといけない。
なんとか無事事が運ぶように、頑張ろうとレティシアは思うのだった。
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