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第2章
46.【幕間】贖罪のやり方とは? ①
しおりを挟むどうすれば良いのだろう。
どうすれば、レティシアに赦して貰えるのだろう。
分からない。だって、レティシアに何をしてきたか、全て覚えていない。ただ劣等感をぶつけていただけなのだから。
分からない。レティシアの笑顔を最後に見たのはいつだろうか。記憶を掘り起こしても、その表情は貼り付けられた仮面の笑顔だけ。
いつから? レティシアがお父様、お兄様と呼ばなくなったのは?
その視線から温度がなくなったのは?
それどころか、好きな食べ物も、ドレスのデザインも、花も、分からない。
何も分からない。分からないくらいに、レティシアと向き合ってこなかった。
そのことに気がついた時は、既にレティシアはこちらに興味を失っていた。
既に手遅れなのは分かっている。それでも手を伸ばさないと何も変わらない。
◇◇◇
バンジャマンは、執務室で机に肘をついて項垂れていた。
その目の前には、陛下から渡された紙が一枚置いてある。その紙はバンジャマンにとって、死刑宣告と同義だった。
その紙にはこう書かれていた。
『アヴリルプランタン王国第一王子、ジルベール・ラ・ド・アヴリルプランタンの婚約者、レティシア・ド・リュシリューに対する虐待を把握した。これは王族への叛逆ともとれる由々しき事態である。ついては1年後、レティシア嬢がアヴリル魔法学園を卒業する時までに関係改善が出来なければ、宰相の地位を剥奪、レティシア嬢は他の家に養子に出すこととする』
実際はもっとまどろっこしく書いてあるが、概ねこのような感じで書いてある。一度王城に召集されたときに言われていたことではあるが、正式な書面で書かれていると現実なのだといやでも突きつけられる。
バンジャマンは、目の前の紙を見つめることしか出来ない。この期に及んで、バンジャマンは自分が悪いと思うことはなかった。
いや、認めたくないだけだ。しかし、ここ最近のレティシアの態度や、ジュスタンの気落ちした様子を見ていると本当に正しかったのかと考えてしまう。
卒業式後に信じられないことを、ジュスタンから聞いたのだ。
晴れの日にも関わらず、この世の終わりのような表情をしていたジュスタン。
答辞の時は、リュシリュー公爵家次期当主として相応しい堂々たる態度をしていたのに、一体この短時間で何があったのかとバンジャマンは疑問を持った。
その時は気を張っていたにしても、今も周囲に人はいる。まだ気を抜く時ではないと言うのに。
それも束の間ジルベールを伴って、いやこの場合、ジルベールにジュスタンが引きづられてと言った方が正しい。ともかく、バンジャマンの方にやってきた。
「やあ、リュシリュー公爵。ご子息の卒業おめでとう」
「ありがたきお言葉です」
バンジャマンは陛下とのこともあり、ジルベールが何をするのかと身構える。
レティシアのことはジルベールからの密告だったそうだし、今回のことで何をされるか分からない。
けれどジルベールが何か言う前に、沈痛な面持ちをしたジュスタンが声を上げた。
「父上……レティシアのドレスを使ったら直ぐに売っていたというのは、本当ですか?」
「は? なんの話だ?」
ジュスタンの言っていることの意味がわからず、バンジャマンは首を傾げる。
「レティシア……自分のドレス、持っていないそうです。幼少の頃から、一度着たら直ぐ処分されるから持っていないと……」
「なんだと⁉︎」
それはバンジャマンも知らないことだった。
いや、ドレスは必要経費として適宜購入しているが、売ることは誰にも指示していない。そもそも一度着た後のドレスのことなど、気にしたことがなかった。
「そんなこと指示していない!」
「じゃあ……」
残された答えは一つ。使用人の誰かが、勝手に公爵家の持ち物を売却していたと言うことだ。
そんな事を、自分の使用人達がやったなど信じられなかった。
「それはレティシアの虚言では……」
「へえ。随分自分の使用人を信用しているんだね。自分の実の娘のレティシアより、信用できるのか」
ハッとする。そうだ。ここには、ジルベールがいるのだ。下手な事を言えば、危うくなっているリュシリュー公爵家がさらに危機に晒される。
「そんなことは……」
「父上、今から屋敷に帰って、情報を集めましょう。そうでないと、俺は……」
「何言ってるんだい? これから卒業パーティーだろう? 婚約者のいない公爵家の嫡男が、欠席することの意味を分かっているだろう?」
「っ」
ジュスタンの言葉に、ジルベールが口を挟む。ジルベールの言う通りで、卒業パーティーを欠席すれば悪い噂が立つことは必至である。
「……ジュスタン、せめて挨拶が終わるまで卒業パーティーは出席しなさい。それが終われば、退出するのは問題ない」
「そうだね。公爵、それが終われば、私も公爵邸へ同行させてもらうからよろしく頼むよ」
「……承知いたしました」
にこやかに微笑んでいるジルベールだが、その表情が貼り付けられた仮面であることなど一目瞭然だ。
ジュスタンより歳下なのに、自分より半分程しか生きていない青年に、バンジャマンは支配者の片鱗を見て確かに恐怖した。
世間体を気にして参加した卒業パーティー。ジュスタンは気もそぞろなようで、令嬢達に囲まれてもいつものように交流することが出来ない。
ジュスタンはこの卒業パーティーで、婚約者に選べそうな令嬢を吟味するつもりではあったが、もうそんな気分ではなかった。
挨拶が終わると、ジュスタンは令嬢達と踊ることもなく、バンジャマンに目配せをして帰宅の準備をする。
会場から出ると、ジルベールがやってきた。
「もう良いのかい? ジュスタンは良い令嬢がいなかったのかな?」
「ええ、まあ……」
どう考えても嫌味でしかないその言葉に、ジュスタンの顔が引き攣る。
けれどここでジュスタンを庇えば、10倍返しで嫌味を言われるだろう。
「良いのなら、公爵邸に行かせてもらおうかな」
「仰せのままに」
ジルベールの提案を、断る選択肢などない。
そのまま公爵邸へと向かうことになった。
馬車に乗り込めば、閉鎖された空間に息がしづらくなるような感覚さえある。
ジルベールはそんな空気を物ともせず、微笑みを絶やさない。
「さて、公爵。陛下から話があっただろう? 全く、陛下はお優しい。本来なら情状酌量の余地なんてないのにね。ところで、陛下の話があったのは数日前だ。この数日で使用人達の態度が、どう変わっているか、楽しみだね」
「!」
ジルベールの言葉で、バンジャマンは凍りついた。何故なら、ショックを受けるばかりでなんの行動もしていない。
つまり、使用人の態度に変化はないのだ。レティシアを冷遇したまま。
その反応だけでジルベールは、状況を察したのだろう。表情は変わらないまま、周囲の温度が下がった気がした。
けれどそれ以上責められることなく、また無言の空間になる。
冷や汗が止まらないバンジャマン達だが、無情にも公爵邸に到着する。
使用人達が出迎えてくれるが、ジルベールが突然来たこと、そもそも卒業パーティーに出席しているはずなのに、随分と早い帰宅に驚いたようだ。
侍女長にもてなすよう指示すると、経験豊富な侍女長ですら慌てながら準備を始めた。
その間、ジルベールはただ観察しているだけ。さっとレティシアへの態度について、指示したいところではあるがそんな暇を作れるはずもない。
それでもまずはレティシアを呼び出さないと、何も始まらないのだ。
「レティシアはどこだ?」
「お嬢様ですか? お部屋ではないでしょうか?」
侍女長に尋ねると、不思議そうな表情が見え隠れする。
「呼んでこい」
「……畏まりました」
それでもジルベールがいる状況で詳しく説明できない。侍女長もジルベールがいるからだろうと納得したのか、レティシアを呼びに向かった。
けれど呼びにいった侍女長は青い顔で戻ってくる。レティシアはいない。
「旦那様、少しよろしいでしょうか?」
侍女長の言葉にバンジャマンが断りを入れる前に、ジルベールから地獄の一言が発せられる。
「何だい? 別に気にすることはない。ここで話してくれていいよ」
「だ、だんなさま」
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明確に脅しの言葉を言われて、逃げられるはずもない。
「……ここで話せ」
「は、はい。……その、お嬢様は部屋にいないようです」
「へえ? けれど帰ってきているんだろう? 探してくれば良いだろう?」
「それは……」
「出来ないんだろう? レティシアはまだ、帰ってきていないのではないのかな?」
ジルベールの感情を感じさせない言葉に、侍女長はヒッと短く悲鳴を上げた。
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