悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第2章

48.【幕間】贖罪のやり方とは? ③

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 バンジャマンは困惑していた。

 今回の件でレティシアとの関係改善の足掛かりとなると思っていたのに、実際は全く改善の兆しがない。

 それでもやはり、使用人のレティシアに対する態度は目に余るものがある。

 レティシアが去った玄関ホールで、問題の使用人はその場で解雇を言い渡し、追い出した。

 そしてその場でバンジャマンは宣言をする。

「これから先、レティシアは我々と同等に扱え。今までと同じような態度をとった時、先ほどの者達と同じ道を辿ることになる」

 その宣言で一部の者から漏れ出た空気に、現実を思い知る。

 分かってしまった。何人か、確実にこう思っている。

 “お前がそれを言うのか”と。

 ジョゼフに言われたことを思い出す。酒に酔ったバンジャマンが、レティシアを恨んでいると憎んでいると言っていたから、皆レティシアを冷遇するようになったのだと。

 この使用人達の顔を見れば、確かにそれは事実なのだと思い知る。

 それでも、変えなければならない。リュシリュー公爵家を潰さない為にも。

 そう、陛下達が望んだ意味とは違う方向に行っているなど、まだ愚かにも気づけなかった。


 ◇◇◇


 それから何度かレティシアに接触しようとするが、レティシアは拒絶するように部屋に篭りがちになる。

 食事も相変わらず一緒にとらないので、本当に関わる時間がない。これから学園が始まれば余計に時間がなくなると思うと、今のうちに何とかしたいと気が焦ってしまう。

 そんな焦燥が、バンジャマンを追い詰めていた。

 だからだろうか。ふと、愛する妻、アマンディーヌの事を思い出した。短い結婚生活の中、バンジャマンが疲れていると直ぐに気がついて休ませるように、色々気を使ってくれた美しい妻。

 嫋やかな雰囲気を崩さず、いつもニコニコ笑っていた。レティシアはアマンディーヌに瓜二つだが、表情はまるで似ていない。

 あんな、人形のように決まった笑みを、アマンディーヌはしなかった。

 そう思うと、無性に会いたくなった。もう会えない、世界で一番愛しい人。

 ふと、忙しさのあまり、墓参りにすら行っていなかったことを思い出す。というよりアマンディーヌが亡くなった事を受けいれられずに、一度も行っていない。

 なんて不義理なことをしているんだと思ったバンジャマンは、直ぐに立ち上がり、公爵家の墓へ向かう。

 公爵家の墓は、屋敷の中にある。目と鼻の先なのに、来なかった自分に怒りが湧いた。

 誰も訪れる者がいないだろうに、庭師が定期的に手入れしているのか、墓は綺麗だった。

 アマンディーヌの墓の前へ行き、しゃがみ込む。

「アマンディーヌ……今まで来れなくてすまない。薄情だと思っただろうか」

 草木が風に揺れて、擦れる音がする。

「急いで来たから、君の好きな花すら用意出来ていないな。今度持ってこよう」

 そう言いながら、そっと墓石を撫でる。

「……アマンディーヌ。私は、何か間違ってしまったのだろうか」

 その言葉は誰に拾われる事なく溶けるはずだった――


『何が間違っているですって? 全てよ、全て!』
「ははっ私はそんなに参っているのか。アマンディーヌの幻聴が聞こえる」

 懐かしい声が聞こえた気がして、バンジャマンは嗤う。

 けれど幻聴はそれで治らなかった。

『幻聴ではないわ! 上を見なさい、上を!』
「上?」

 その言葉に、墓石を見ていたバンジャマンは視線を上げる。幻聴の言う通りに動いてしまうなんて、いよいよ危ないかも知れない。

 バンジャマンの頭より少し上。レティシアより大人びた顔をした女性がふわふわ浮いていた。

「…………は?」

 現在の魔法では空は飛べない。精々、落下の速度を落とすだけだ。

 それなのに、目の前の女性はふわふわ浮いている。どころか、薄っすら向こう側が透けて見えている。

 その女性は、バンジャマンが焦がれた、アマンディーヌその人だった。

「あ、アマンディーヌ……なの、か?」

 自分の見ているものが信じられず、震えながら問う。

『ええ。貴女の妻、アマンディーヌです。やっとここに来てくれましたね。ずっと、待っていたんです』
「待っていた……?」
 
 現実感が無いまま、バンジャマンは質問を重ねる。

 墓参りをしなかった不義を責められるのかと思ったが、アマンディーヌの意図は違った。

『わたくし、ここから動けないんです。だから貴方に伝えたい事があっても、ずっと何も出来なかった。ずっと、見てる事しか出来なかったんです』

 哀しそうな表情をするアマンディーヌ。バンジャマンはこの顔が苦手だった。幸せでいてほしいから、このような顔をさせたくなかったのに。亡くなってからも、この様な表情をさせてしまうなんて。

 そう思いつつも、あんなに求めたアマンディーヌに出会えたことに、バンジャマンは徐々に喜びが溢れてくる。例え、これが幻覚でも何でもいい。

 けれど、それはすぐに冷や水を浴びせられることになった。

『けれど、ようやく伝えられます。単刀直入に、わたくし今の貴方が嫌いです』
「……え」
『わたくしの大切なレティシアにあんな風に接するなんて! お陰でジュスタンも、性格が歪んでしまったわ! 貴方に最期にちゃんと伝えたのに!』
「な、何を……?」

 アマンディーヌの言葉が、胸に深く突き刺さる。バンジャマンの性格上、アマンディーヌと意見がすれ違うことはあれど、生前に“嫌い”と言われることはなかった。

 それなのに、なぜ。

 言葉にならないバンジャマンに、アマンディーヌは怒りを露わにしながら言い募る。

『わたくしの最期の言葉を忘れてしまったのですか? ジュスタンとレティシアを幸せにしてと言ったのです! 貴方はそれに頷いてくれたのに……っ!』

 段々アマンディーヌの表情が変わり、瞳が歪み始める。

『それなのに貴方は! わたくしが亡くなったことで酒に溺れて、あろうことかレティシアに見当違いの憎しみまで抱いて! 2人に明確な格差を付けて、歪ませたのですよ! レティシアはわたくしの温もりすら知らないのに、家族の愛すら知らないまま育ってしまったの!』
「あ……」
『一番愛情が必要な時期を、貴方はよりによって虐待したの! なぜレティシアの表情が、わたくしと全然違うかわかりますか⁉︎』

 先ほどふと思ったことを言われて、バンジャマンは体が強張る。まるで思考を読まれている様だ。

『あの子は自然の表情の作り方を知らないまま育ってしまったのです! 知っているのは教育で学んだことだけ! あの子がああ育ったのは、貴方が元凶です! それを自分は悪くないなんて現実逃避しないで!』
「……っ」
『わたくしが愛せなかった分まで、あの子達を愛して欲しかったのに……‼︎ 貴方は父親失格です!』

 アマンディーヌの言葉に、遂にバンジャマンは膝を着く。足元から上がってくるのは、そこ知らぬ絶望感。

 アマンディーヌに言われて、自分がどれ程愚かな事をしていたのか、ようやく理解したのだ。

「2人が歪んだのは、私のせい……」

 そう言えば、ジュスタンも小さい頃は、レティシアを可愛がっていたように思う。それがいつからか、見下すようになっていた。

 そのきっかけも、バンジャマンだと言われている。

「私は……どうすれば」

 大きな絶望が押し寄せる。今まで築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。

『決して折れては駄目。前を向くのです』

 けれどアマンディーヌのその言葉に、バンジャマンは再び視線を合わせる。

 凛々しい顔をしたアマンディーヌ。その表情はレティシアとそっくりだった。

『貴方のしたことは、最低な事です。だからこそ、折れては駄目なのです。何があっても、諦めては行けません。どんなにレティシアが貴方を拒絶しても、貴方が拒絶しては駄目。赦されなくても、贖罪を続けるのです』
「……」
『出来ないとは言わせません。やらねばならないのです。どんなにボロボロになろうとも』

 アマンディーヌの言葉に、バンジャマンはボロボロになった心をなんとか奮い立たせる。

「アマンディーヌ……すまない。君との約束を守れなくて」
『謝るのはわたくしにではありません』
「ああ、そうだな。レティシアにも……」
『赦されなくても、挫けてはいけませんよ』
「ああ……」
『最期まで諦めなかったら……嫌いという言葉は取り消します。けれど、諦めたら、嫌いなままです。エリュシオンで待っていませんから』
「必ず、諦めないから、待っててくれ」

 そう言うとアマンディーヌは頷いて、ふっと消えていった。

 バンジャマンは、墓石をもう一度撫でて、執務室へ戻った。
 
 ようやく自分の罪を自覚したバンジャマン。

 自覚したからといって、今まで持ち上げられてきた男が、直ぐに正解に辿り着けるわけでは無い。何度か間違えてしまうのだが、諦めずにいられるのだろうか。
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