47 / 59
第2章
48.【幕間】贖罪のやり方とは? ③
しおりを挟むバンジャマンは困惑していた。
今回の件でレティシアとの関係改善の足掛かりとなると思っていたのに、実際は全く改善の兆しがない。
それでもやはり、使用人のレティシアに対する態度は目に余るものがある。
レティシアが去った玄関ホールで、問題の使用人はその場で解雇を言い渡し、追い出した。
そしてその場でバンジャマンは宣言をする。
「これから先、レティシアは我々と同等に扱え。今までと同じような態度をとった時、先ほどの者達と同じ道を辿ることになる」
その宣言で一部の者から漏れ出た空気に、現実を思い知る。
分かってしまった。何人か、確実にこう思っている。
“お前がそれを言うのか”と。
ジョゼフに言われたことを思い出す。酒に酔ったバンジャマンが、レティシアを恨んでいると憎んでいると言っていたから、皆レティシアを冷遇するようになったのだと。
この使用人達の顔を見れば、確かにそれは事実なのだと思い知る。
それでも、変えなければならない。リュシリュー公爵家を潰さない為にも。
そう、陛下達が望んだ意味とは違う方向に行っているなど、まだ愚かにも気づけなかった。
◇◇◇
それから何度かレティシアに接触しようとするが、レティシアは拒絶するように部屋に篭りがちになる。
食事も相変わらず一緒にとらないので、本当に関わる時間がない。これから学園が始まれば余計に時間がなくなると思うと、今のうちに何とかしたいと気が焦ってしまう。
そんな焦燥が、バンジャマンを追い詰めていた。
だからだろうか。ふと、愛する妻、アマンディーヌの事を思い出した。短い結婚生活の中、バンジャマンが疲れていると直ぐに気がついて休ませるように、色々気を使ってくれた美しい妻。
嫋やかな雰囲気を崩さず、いつもニコニコ笑っていた。レティシアはアマンディーヌに瓜二つだが、表情はまるで似ていない。
あんな、人形のように決まった笑みを、アマンディーヌはしなかった。
そう思うと、無性に会いたくなった。もう会えない、世界で一番愛しい人。
ふと、忙しさのあまり、墓参りにすら行っていなかったことを思い出す。というよりアマンディーヌが亡くなった事を受けいれられずに、一度も行っていない。
なんて不義理なことをしているんだと思ったバンジャマンは、直ぐに立ち上がり、公爵家の墓へ向かう。
公爵家の墓は、屋敷の中にある。目と鼻の先なのに、来なかった自分に怒りが湧いた。
誰も訪れる者がいないだろうに、庭師が定期的に手入れしているのか、墓は綺麗だった。
アマンディーヌの墓の前へ行き、しゃがみ込む。
「アマンディーヌ……今まで来れなくてすまない。薄情だと思っただろうか」
草木が風に揺れて、擦れる音がする。
「急いで来たから、君の好きな花すら用意出来ていないな。今度持ってこよう」
そう言いながら、そっと墓石を撫でる。
「……アマンディーヌ。私は、何か間違ってしまったのだろうか」
その言葉は誰に拾われる事なく溶けるはずだった――
『何が間違っているですって? 全てよ、全て!』
「ははっ私はそんなに参っているのか。アマンディーヌの幻聴が聞こえる」
懐かしい声が聞こえた気がして、バンジャマンは嗤う。
けれど幻聴はそれで治らなかった。
『幻聴ではないわ! 上を見なさい、上を!』
「上?」
その言葉に、墓石を見ていたバンジャマンは視線を上げる。幻聴の言う通りに動いてしまうなんて、いよいよ危ないかも知れない。
バンジャマンの頭より少し上。レティシアより大人びた顔をした女性がふわふわ浮いていた。
「…………は?」
現在の魔法では空は飛べない。精々、落下の速度を落とすだけだ。
それなのに、目の前の女性はふわふわ浮いている。どころか、薄っすら向こう側が透けて見えている。
その女性は、バンジャマンが焦がれた、アマンディーヌその人だった。
「あ、アマンディーヌ……なの、か?」
自分の見ているものが信じられず、震えながら問う。
『ええ。貴女の妻、アマンディーヌです。やっとここに来てくれましたね。ずっと、待っていたんです』
「待っていた……?」
現実感が無いまま、バンジャマンは質問を重ねる。
墓参りをしなかった不義を責められるのかと思ったが、アマンディーヌの意図は違った。
『わたくし、ここから動けないんです。だから貴方に伝えたい事があっても、ずっと何も出来なかった。ずっと、見てる事しか出来なかったんです』
哀しそうな表情をするアマンディーヌ。バンジャマンはこの顔が苦手だった。幸せでいてほしいから、このような顔をさせたくなかったのに。亡くなってからも、この様な表情をさせてしまうなんて。
そう思いつつも、あんなに求めたアマンディーヌに出会えたことに、バンジャマンは徐々に喜びが溢れてくる。例え、これが幻覚でも何でもいい。
けれど、それはすぐに冷や水を浴びせられることになった。
『けれど、ようやく伝えられます。単刀直入に、わたくし今の貴方が嫌いです』
「……え」
『わたくしの大切なレティシアにあんな風に接するなんて! お陰でジュスタンも、性格が歪んでしまったわ! 貴方に最期にちゃんと伝えたのに!』
「な、何を……?」
アマンディーヌの言葉が、胸に深く突き刺さる。バンジャマンの性格上、アマンディーヌと意見がすれ違うことはあれど、生前に“嫌い”と言われることはなかった。
それなのに、なぜ。
言葉にならないバンジャマンに、アマンディーヌは怒りを露わにしながら言い募る。
『わたくしの最期の言葉を忘れてしまったのですか? ジュスタンとレティシアを幸せにしてと言ったのです! 貴方はそれに頷いてくれたのに……っ!』
段々アマンディーヌの表情が変わり、瞳が歪み始める。
『それなのに貴方は! わたくしが亡くなったことで酒に溺れて、あろうことかレティシアに見当違いの憎しみまで抱いて! 2人に明確な格差を付けて、歪ませたのですよ! レティシアはわたくしの温もりすら知らないのに、家族の愛すら知らないまま育ってしまったの!』
「あ……」
『一番愛情が必要な時期を、貴方はよりによって虐待したの! なぜレティシアの表情が、わたくしと全然違うかわかりますか⁉︎』
先ほどふと思ったことを言われて、バンジャマンは体が強張る。まるで思考を読まれている様だ。
『あの子は自然の表情の作り方を知らないまま育ってしまったのです! 知っているのは教育で学んだことだけ! あの子がああ育ったのは、貴方が元凶です! それを自分は悪くないなんて現実逃避しないで!』
「……っ」
『わたくしが愛せなかった分まで、あの子達を愛して欲しかったのに……‼︎ 貴方は父親失格です!』
アマンディーヌの言葉に、遂にバンジャマンは膝を着く。足元から上がってくるのは、そこ知らぬ絶望感。
アマンディーヌに言われて、自分がどれ程愚かな事をしていたのか、ようやく理解したのだ。
「2人が歪んだのは、私のせい……」
そう言えば、ジュスタンも小さい頃は、レティシアを可愛がっていたように思う。それがいつからか、見下すようになっていた。
そのきっかけも、バンジャマンだと言われている。
「私は……どうすれば」
大きな絶望が押し寄せる。今まで築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
『決して折れては駄目。前を向くのです』
けれどアマンディーヌのその言葉に、バンジャマンは再び視線を合わせる。
凛々しい顔をしたアマンディーヌ。その表情はレティシアとそっくりだった。
『貴方のしたことは、最低な事です。だからこそ、折れては駄目なのです。何があっても、諦めては行けません。どんなにレティシアが貴方を拒絶しても、貴方が拒絶しては駄目。赦されなくても、贖罪を続けるのです』
「……」
『出来ないとは言わせません。やらねばならないのです。どんなにボロボロになろうとも』
アマンディーヌの言葉に、バンジャマンはボロボロになった心をなんとか奮い立たせる。
「アマンディーヌ……すまない。君との約束を守れなくて」
『謝るのはわたくしにではありません』
「ああ、そうだな。レティシアにも……」
『赦されなくても、挫けてはいけませんよ』
「ああ……」
『最期まで諦めなかったら……嫌いという言葉は取り消します。けれど、諦めたら、嫌いなままです。エリュシオンで待っていませんから』
「必ず、諦めないから、待っててくれ」
そう言うとアマンディーヌは頷いて、ふっと消えていった。
バンジャマンは、墓石をもう一度撫でて、執務室へ戻った。
ようやく自分の罪を自覚したバンジャマン。
自覚したからといって、今まで持ち上げられてきた男が、直ぐに正解に辿り着けるわけでは無い。何度か間違えてしまうのだが、諦めずにいられるのだろうか。
26
あなたにおすすめの小説
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜
矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。
この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。
小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。
だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。
どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。
それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――?
*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜
As-me.com
恋愛
事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。
金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。
「きっと、辛い生活が待っているわ」
これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。
義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」
義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」
義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」
なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。
「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」
実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!
────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
転生したら乙女ゲームのヒロインの幼馴染で溺愛されてるんだけど…(短編版)
凪ルナ
恋愛
転生したら乙女ゲームの世界でした。
って、何、そのあるある。
しかも生まれ変わったら美少女って本当に、何、そのあるあるな設定。
美形に転生とか面倒事な予感しかしないよね。
そして、何故か私、三咲はな(みさきはな)は乙女ゲームヒロイン、真中千夏(まなかちなつ)の幼馴染になってました。
(いやいや、何で、そうなるんだよ。私は地味に生きていきたいんだよ!だから、千夏、頼むから攻略対象者引き連れて私のところに来ないで!)
と、主人公が、内心荒ぶりながらも、乙女ゲームヒロイン千夏から溺愛され、そして、攻略対象者となんだかんだで関わっちゃう話、になる予定。
ーーーーー
とりあえず短編で、高校生になってからの話だけ書いてみましたが、小学生くらいからの長編を、短編の評価、まあ、つまりはウケ次第で書いてみようかなっと考え中…
長編を書くなら、主人公のはなちゃんと千夏の出会いくらいから、はなちゃんと千夏の幼馴染(攻略対象者)との出会い、そして、はなちゃんのお兄ちゃん(イケメンだけどシスコンなので残念)とはなちゃんのイチャイチャ(これ需要あるのかな…)とか、中学生になって、はなちゃんがモテ始めて、千夏、攻略対象者な幼馴染、お兄ちゃんが焦って…とかを書きたいな、と思ってます。
もし、読んでみたい!と、思ってくれた方がいるなら、よかったら、感想とか書いてもらって、そこに書いてくれたら…壁|ω・`)チラッ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる