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第2章
54.オデット様退場です
しおりを挟むその日も色々考えていたら、ほとんど寝られなかった。
ルネは心配そうにしているが、今日は学園を休むという選択肢は無い。
特にオデットが来るなら、その結末をきちんと見届けたい。来なかったら見届けられないけれど。
そう考えながら、いつもより重い体に鞭打って学園に向かう。
学園に着いたら教室で待機していようか……なんて考えていたら、揺れる馬車の中で寝てしまった。
「――様、お嬢様、起きてください」
御者に起こされて、文字通り飛び起きた。御者は申し訳なさそうにしながら、授業に遅れるから起こしたと言われる。
時間を確認すれば、もうすぐ授業が始まる時間。どうやらギリギリまで寝かせてくれていたらしい。
気を遣われたのかと思いつつ、小さな声でお礼を言う。すると、今までに見たことがないくらい表情を明るくさせた。
「気をつけていってらっしゃいませ」
「……」
それには答えず、早足で教室に向かうレティシア。
先ほどお礼を言ったのは、何も言わずに行くのが心苦しかっただけだ。それなのに、あんな喜んだ顔をされるとは。
それでも、あの御者にもやられたことはある。そんな簡単に、見直すなんてしない。胸の疼きを振り払った。
◇◇◇
内心は急いで、しかしそうは見えないように教室に入る。
入った瞬間、レティシアは生徒の視線が集中すると身構えていた。しかし扉が開いたことに反応するものはいたが、レティシアに冷たい視線が来ることはない。
拍子抜けしつつ、レティシアは自分の席に着く。
(まだわたくしの関与は疑われていないのかしら? いえそもそも関与していないのですが。……あら? 殿下も……というか生徒会のメンバーもいませんわね)
教室をぐるりと見回すと、醜悪に笑うオデットがいた。
レティシアが来たことに気づいていないのだろう。その様子をみるに、コレットを無事に襲えたと思っているようだ。
(けれどコレット様が無事なのは確認しましたし。暴漢は捕まりましたし、報告出来るはずもありませんわ。オデット様、報告を受けていないのに疑問には思わないのかしら? それに殿下達がいないのも気になります)
もしかしてあの後コレットは襲われてしまった? とレティシアに良からぬ想像をしてしまうが、昨日の状況を冷静に思い出してそれはないと言い聞かせる。
考えていると、突然ガラッと扉が大きめの音を立てて開く。
驚き目を向けると、コレットを含め、ジルベール達が立っていた。
いやそれだけではない。ジルベール達の後ろには、近衛兵がいるではないか。
よく見たらマルセルも帯剣している。
その物々しい雰囲気に、女生徒の何人かは短い悲鳴を上げる。
ジルベールはゆっくり入ってくると、教室の皆に向けて声を発した。
「驚かせてすまない。実は昨日、この学園の生徒が事件に巻き込まれかけた」
その言葉に、教室内は静まり返る。
(きっとコレット様が襲われたと公表すれば、今後に差し支えがあるのでしょう。女性が襲われたという噂だけでもダメージになりますもの)
「生徒は安全だ。そして私達は調査の中で、事件に関係している生徒を捕らえにきた」
ザワッと今度はジルベールの声がかき消されそうなくらい喧騒が大きくなる。
「もちろん、自覚はあるだろう? オデット・ド・ブローニュ」
ジルベールが名指しで、オデットを指す。
その一言で、オデットに教室中の視線が集中する。オデットの顔色は先ほどまでと打って変わって真っ青だ。
「な、何のこと? 私は何も……」
「知らないとは言わせない。逮捕した者達に尋問したら君の名前が出た」
「な! これは私を嵌めようとした誰かの仕業よ! 関係ないわ!」
必死に弁明するオデットだが、レティシア含め、誰も信じていないだろう。
クラスの生徒も、オデットならやりかねないと言う表情をしている。
(日頃の行いですわね。それに学園とはいえ、殿下にあんな不敬な態度だけでも捕まって当然ですわ)
「そんな弁明が通るとでも? もう調べはついている。もうすぐブローニュ伯爵家にも家宅捜索されるだろう。言い逃れは出来ないよ」
ジルベールが殺気でもありそうなくらい、冷たい表情をしている。その表情が自分に向けられていないと分かっていても、背筋が凍るような心地がした。
けれどオデットは往生際が悪かった。いや、レティシアの想像通りではあるのだが。
大きな声で叫んだのだ。
「わ、私は、レティシア様の指示で動いただけよ! 私は悪くないわ!」
その一言に、今度はレティシアにクラス中の視線が集まる。
想像通りだったからこそ、レティシアは動じなかった。そう、何もしない。
それだけで、人々は憶測を立てて、好き勝手騒ぐのだから。それも悪い方向に。ある意味滑稽である。
これ以上は不毛と判断したのか、オデットは複数の近衛兵によって連行されていった。
「穢らわしい! 私に触らないで! 放しなさいよ!」
そんな声が響き渡っている。
(あらあら。あんなに騒いでは、何かありましたと言っているようなものですわ。どちらにしても、オデット様は戻ってこないでしょうけれど。……他人の心配をしている場合ではありませんわ。今度はわたくしにも何か言ってくるはず)
そう思い、身構えたのだが。ジルベールは思いもよらない事を言った。
「騒がしくしてすまない。ここの方が確実に捕まえられると思ったんだ。さあ、授業を始めよう」
「え……」
レティシアの口から思わずポロリと漏れる。小さな声だったので、誰にも聞かれなかったのが幸いか。
生徒達もレティシアに目を向けつつも、ジルベールが動かないならと授業を受ける姿勢になった。
1人置いてけぼりをくらうレティシア。
(なぜ、殿下はわたくしに何も言わないのでしょうか? オデット様は確かにわたくしの名前を叫んだ。なのに何もしない? オデット様とわたくしの関係を考えればオデット様の言葉は無視できるものではないはず。なのになぜ?)
普通に考えれば、容疑者でなくとも参考人になるだろう。であれば、レティシアもオデットと一緒に行くべきだろうに。
途中まで想像通りだったのに、途中から全く意味がわからなくなった。
授業なんて、頭に入るわけもない。1限目が終わっても、昼休みに入ってもジルベール達はレティシアに接触してこなかった。
けれど、全ての授業が終わった後、ジルベールがレティシアの元にやってきた。
「レティシア。ちょっと良いかな?」
「……ええ」
ジルベールの言葉に、クラス中の視線が集まる。
レティシアは、ようやくかと何処か安堵に似た気持ちになった。そんな感情は出さず、淡々と呼び出しに応じる。
(ようやくですわね。ここからが本当の勝負ですわ。目標は“疑念が残るが、証拠がないため釈放”です)
歩き出したジルベールの後ろに続きながら、レティシアは気合いを入れた。
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