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第2章
56.公爵達の様子がおかしいです
しおりを挟むレティシアは嫌な胸騒ぎを抱えたまま、屋敷に戻ってきた。
玄関ホールに行くと、待っていましたと言わんばかりにルネとジョゼフが出迎える。2人とも似たような不安そうな表情をしている。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
「お嬢様、旦那様が」
「分かっておりますわ。オデット様の事でしょう。殿下に早馬がいくくらいですから、公爵達にも報告は行っているだろうと思っておりました」
レティシアはこの後の事を考えて、漸くこれでバンジャマン達とも距離を取れると安堵と、怒り狂ったバンジャマンへの対応の面倒さで感情が入り乱れる。
バンジャマン達はどうせ、レティシアの言い分など聞くつもりはないだろう。前回のことでそれは分かっている。
体面を何より気にするバンジャマンだ。この前までレティシアに擦り寄ろうとしていたが、これで目が醒めるだろう。
そのほうがこちらも今後が楽だ。
ルネとジョゼフは心配そうな顔でレティシアを伺っている。安心させるように、レティシアは微笑んだ。
「大丈夫よ。公爵達に今更何言われようが関係ないわ。むしろまだ続いているこの居心地の悪さもなくなると思えば良いわ」
「そうではなく……お嬢様、学園で何かありませんでしたか?」
ジョゼフの質問の意図が読めず、首を傾げながらレティシアは答える。
「何かって、オデット様のことはあったわ? 重要参考人になるのでしょうから、殿下からもお話を聞かれたけれど」
「……そうですか」
なぜか落胆した様子のジョゼフに、レティシアは首を傾げる。ついでにルネも同じような表情だ。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありません。私達ができることは……なにも……」
「え? 本当に大丈夫? わたくしは2人がいるだけで救われているわ。なにも出来ていないなんて、あり得ないわ」
なぜか自己否定に入っている2人に、レティシアは困惑しつつも必死に慰める。
かと思えば、急に2人は顔を上げた。そのあまりの一糸乱れぬ揃った動きに、レティシアの体が反射的に引いた。
「なんでもありません。行きましょう、お嬢様」
「ええ。旦那様に引導を渡しましょう」
「え、ええ。そうね」
わけがわからないが、2人の勢いに押されてレティシアはバンジャマンのいる執務室に向かった。
執務室の前に到着すれば、以前は聞こえた怒鳴り声は聞こえない。むしろ静寂が包んでいる。
嵐の前の静けさかと身構えながら、入室する。中にはバンジャマンとジュスタンがいた。
その表情を見ても怒りは感じられない。そのことを不思議に思った。
レティシアを確認すると、バンジャマンが口を開く。
「きたか、レティシア。まずはソファに座ってくれ」
「え? 座るのですか?」
今までだったらレティシアは立ったまま話を聞いていた。バンジャマン達の前で座って話なんて、したことがない。そもそもこんな冷静なバンジャマンも見たことがないのは置いておいて。
驚きのあまり、聞き返してしまうレティシア。
「…………そうだ。座ってほしい」
一瞬言葉を飲み込んだバンジャマンは、また同じ言葉を繰り返す。しかも1度目より柔らかくした口調で。
(え。怖い。何が始まるの? 逃げられなくして、遂に折檻でもする気なのかしら?)
バンジャマンの常にない様子は、逆にレティシアに恐怖を与えた。何せ、バンジャマン達は怒っているはずという先入観がレティシアに植っているのだ。
レティシアの事を考えれば仕方のないことだ。
「……」
「……レティシア、話をしたいんだ。何もしないから座って欲しい」
驚きのあまり動けないレティシア。その態度にも怒る事なく、ジュスタンまでそんなことを言ってくる。
威圧的な態度でも、オドオドした態度でもない。ジュスタンの普通がどのくらいか知らないが、世間一般的な普通の態度だった。
思わず一緒に来てくれたルネとジョゼフの方を見る。気分は迷子になった幼子のようだ。
2人ともバンジャマン達に呆れた表情をしていたが、レティシアの様子を見て安心させるように頷いた。
「旦那様、私達もよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
ジョゼフが助け舟を出すように、バンジャマンに許可をとる。
それをあっさり許可したことにも驚くレティシア。バンジャマンの性格を考えれば、使用人がソファに座ることを許可するとは予想も出来なかった。
「ありがとうございます。さあ、お嬢様、どうぞ」
ルネとジョゼフが、レティシアを挟むように立つ。意図を察して、レティシアはソファの真ん中に腰掛けた。
両隣に2人が座る。それだけで心が落ち着くような気がした。
向かいのソファにはバンジャマンとジュスタンが座る。バンジャマンは言葉を選びながら、レティシアに話し出す。
「……先ほど、王家の方から早馬が来てな。レティシアの話も聞きたいと思った。話してくれるだろうか」
「……」
レティシアは想定外の連続で、思考がまともに働かない。
まさか、頭ごなしに否定するのではなく、レティシアの話を聞こうとする姿勢に驚愕するしかない。
何を言えば良いかわからず、レティシアは無言を貫く。
暫く気まずい沈黙が、執務室を満たしていた。
レティシアは縺れそうな舌を動かし、何とか言葉を紡ぐ。
「……わたくしの話というのは、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「向こうの話ばかり聞くのではなく、レティシアからも話を聞きたい。殿下からも話があっただろう? 令嬢が暴行事件を企て、お前が黒幕だと騒ぎ立てている、と」
「……」
本当にオデットの話をしている。あり得ないことの連続で、もしかして全く違う話をしているのかと思ったが、同じ話だった。
「今度は何を企んでいらっしゃるのですか?」
だからこそレティシアは信じられない。最早目の前にいるバンジャマン達は影武者を疑うレベルだった。
「……そう思うのも無理はない。だが、私達はレティシアから話を聞きたいと思っている」
「は……」
バンジャマンを激昂させるつもりで放った言葉も、冷静に同じことを繰り返される。
レティシアから、抜けた声が漏れる。
そして湧き上がってくる激情。レティシアはソファから立ち上がり、叫ぶように言った。
「何を……何を今更! 何なんですか⁉︎ 今までこういう時、どんな事を言ってきたか、覚えていますか⁉︎ 全くわたくしの話を聞かなかったくせに、随分虫がいいですね! そんな人達に、何も話すことはありませんわ!」
「……」
バンジャマンはレティシアを静かな目で見つめる。オレンジの瞳からは、敵意は感じられない。
「レティシア……。レティシアの言うことはもっともだ。それでも、俺たちは、お前の味方でありたい。だから、お前の口から話を聞きたい」
ジュスタンの青い瞳、レティシアと同じその瞳からも、以前のような敵意は感じられなかった。
そのことにレティシアは、絶望に近い感情が湧き上がってくるのを感じた。
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