悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第2章

57.ふざけるな

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 ここで絶望を感じる理由。レティシアは冷静に理解できていた。

 “何故今更”。実際先ほど放った言葉だ。

 レティシアはバンジャマン達とこれ以上関わりたくないのだ。例え心変わりが本当だろうと、レティシアには関係ない。

 バンジャマン達がもっと早く心変わりをしていたら、そう、レティシアに前世の記憶が戻る前だったら喜んだだろう。

 今までの事も、水に流せたかもしれない。

 けれどもう遅いのだ。今更。

(だって、記憶が戻らなければ、公爵達は今もクズのままでしょう? 記憶が戻る前もわたくしレティシアですが、それまでの努力はなんだったの?)

 イーリスの祝福の彼等を見てきたから知っている。記憶が戻らず、レティシアがイーリスの祝福と同じだったら間違いなくそのままだ。

 レティシアが行動を変えたから、バンジャマン達の行動が変わった。未来を変える事が出来たと考えても良いだろう。けれど、レティシアはこんな未来、望んでいない。

 レティシアの事を考えるのなら、改心なんてしなくていい。最期まで悪役のままレティシアの人生から退場してくれた方が良い。

 バンジャマン達が変わったからと言って、レティシアが赦す必要はない。そう分かっていても、こうして接触されるのが嫌なのだ。

 変わっていることを見るのが嫌だ。何故、相手が変わったからと言って、自分も受け入れなければならない。受け入れることすら苦痛だ。何も知らないところで勝手にしてくれれば文句は言わない。関わらないでほしい。

 これこそが絶望の原因だった。

「余計なことはしなくて結構ですわ。家族でもない女に、そのような時間を使う必要はないでしょう?」
「……いや、レティシア。お前は家族だ」

 バンジャマンのその言葉に、レティシアの中で何かが切れる。

「ふざけるな!」
「!」

 荒い口調に驚いたように、2人はレティシアを見る。

「あんた達が言ったんでしょうが‼︎ わたくしは家族ではないと! 挨拶すら無視して‼︎ それが自分の都合が悪くなったら取り消しか! 随分良い身分ですこと‼︎ 公爵家だからって、なんでも思い通りになるなんて思い上がりも良いところだわ‼︎」
「……」

 2人の顔色は悪い。

 それでも、ジュスタンが震える声で言った。
 
「レティシア……謝って済むことではないと分かっている。赦して欲しいなんて言わない。ただ、償いたいだけなんだ」
「っ!」

 レティシアにとってそれは呪詛に等しい。優しい言葉が全て、慰めになるわけではないのだ。むしろ、毒物を塗り込んだ鋭いナイフのようだ。

「あんた達が償いたいなんて知らねえよ‼︎」

 その言葉に、2人はびくりと体を震わせる。

 レティシアから、聞いたことない荒い口調で詰られているのも相当ダメージになっていそうだ。

「わたくしにはこれっぽっちも関係ない‼︎ ああ、そうね。極悪人が改心して努力していくなんて、お涙頂戴だものね! それで公爵家のイメージ回復でもするつもりかしら⁉︎」
「そんな事はしない! 公爵家の名誉より――」
「公爵家よりわたくしが大事なんて言ったらぶっ飛ばすわよ‼︎」
「え……」

 レティシアの態度に流石に言葉を返せなくなったらしい。遂に黙る2人に、レティシアはさらに追い討ちをかける。

「はっ! 馬鹿馬鹿しい。過去のご自分達を振り返ったらいかが? 今の発言がどれだけ薄っぺらいかよくわかるでしょうよ。気持ち悪い」
「っ。レティシア……」

 レティシアはもう隠す必要もないと、鳥肌がびっしり立った腕を擦る。その様子を見て、またダメージを受けたようだ。

 レティシアは考える。もっと公爵達に傷をつけてやりたい。そんな加虐性が一気に膨れ上がる。

「それで? わたくしが黒幕というお話でしたっけ? ……ええ! このわたくし、レティシア・ド・リュシリューが、オデット様に命じましたわ! リュシリュー公爵家の品位を落とすために!」
「お嬢様⁉︎」

 嘘の自白を始めたレティシアに、それまで黙っていたルネが声を上げる。

 嘘の自白など、計画になかったからだ。レティシアの見立てでは、前回と同じように罵るだけだろうと思っていた。

 だから黙っているだけでいいと考えていたのだが、あまりにも腹立たしいので冤罪だろうが何だろうが被ってやると、半ば自棄になっていた。

「レティシア……!」
「あんた達が改心するなんてあり得ない! わたくしは騙されないわ! そのメッキを剥がすために、事件を起こしてやったのよ! あははっ! そうよ! 第一王子の婚約者が首謀者と知れば、この家の評判だって落ちるわ! ざまあみろ!」
「……」

 狂ったように高笑いするレティシアに、バンジャマンもジュスタンも何も言えない。

 いや、何処かでまだ甘く見ていたのだろう。

 レティシアの憎しみを。哀しみを。恨みを。

 ここまでとは思っていなかった。明確にぶつけられる悪意が、容赦なくバンジャマン達を傷つけていく。

 それでも、バンジャマン達に傷つく資格はない。過去の自分達の所業が、レティシアという形になって返ってきているだけだ。

 因果応報。自業自得。

「さあ! どうせ償いたいなんて、パフォーマンスでしょう⁉︎ 本性を見せてみなさいよ! あんた達なんて人の皮被った屑なんだから! 屑の子供は屑でしょう⁉︎ 除籍するなりなんなりすればいいわ!」

 レティシアは正気ではなかった。

 笑いながら、レティシアは呪詛を吐く。
 
「あははっ! あはははは……はっ」

 高らかに笑っていると、急に目の前が暗くなった。

「⁉︎ レティシア⁉︎」
「お嬢様、しっかりしてください!」

 周りの声が遠くなる。前も後ろも上も下も分からなくなる。

(わたくし……死ぬのかしら……)

 急な体調の変化についていけず、死を予感した。

(でも、まあ。いっか)

 なんだかとても疲れた。

 このまま目を閉じて、その後目醒めなくてもいいかと思ってしまうほどに、体は重かった。

 その重さに抗わず、レティシアは意識を手放したのだった。
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