悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ

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第一章 修復の絆編【第二話】

約束の不履行とその代償②

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「……そうか」

 ディートリヒの返事にマルセルはホッとする。これまでの過去がどうであれ、ディートリヒの関心がルクレツィアにあると分かったからには、これからは彼女の待遇を良くするために努めていこうと思った。

「…しかし、貴族たちには本当に困ったものだよ…」

 マルセルはハハッと軽く笑いながら帝国貴族たちに責任転嫁していた。そんな皇帝を冷めた目で見つめていたディートリヒが静かに口を開く。

「皇族が娘のために尽力していたのに…ではなぜ、俺の娘は泣いていたんだ?」

 その瞬間、マルセルの笑い声は途絶えて、そしてシン…と静まる室内にディートリヒの声だけが響いた。

「何故、俺の娘は自分に価値がないのだと思っている? 自分がノーマンだから嫌っているのかと、何故俺に尋ねてくる?」

 今日は快晴の天気で外の気温は温かく過ごしやすい。…はずなのに、室内の温度がどんどん冷えていく。氷王の怒りがそのまま文字通り空気を凍り付かせている。

「何故、俺の娘は見捨てないでくれと泣いていたんだ!?」
「ひぃ!?」

 ディートリヒの怒声とあまりの威圧感にマルセルは後ろへ仰け反った。すでに氷点下を超えた寒さにガタガタと身体が震えはじめ、そしてマルセルの髪や睫毛に霜が降りてきていた。

 マルセルはどうやらこの国の偉大な魔術師の怒りを買ったらしい。それも、誰もが『魔力なしノーマン』と蔑み取るに足らない娘のことが原因で…。

 この状況をどう抜け出せばいいのか、マルセルは頭の中で必死に考え続けた。

「…ルクレツィアは領地へ連れ帰る。もう皇族の保護は必要ない」

 ディートリヒはマルセルにそう告げながら、表には出さないが心の底からヴィレンの存在に感謝していた。あの竜がいなければ、自分はルクレツィアを守る事も出来なかっただろうから。

「……クラウベルク公爵に預けていた防衛前線の指揮権はどうなる…?」

 マルセルは凍えながらか細い声で尋ねた。

 マルドゥセル魔導帝国を他の勢力から守る防衛前線…ディートリヒがルクレツィアの保護を皇族に頼む代償として指揮官を引き受けていたものだ。

「…勿論、皇帝陛下へお返しする。それに伴い俺の兵も引き上げさせてもらうが」
「そ、それは非常に困る!」

 マルセルは怯えながらも異議を申し立てた。決して帝国の兵士は弱くないしディートリヒの権力に依存するような低い国力ではないが、それでもディートリヒがいればより屈強なものとなる。それこそ、周りの国を簡単に牽制できる程に。
 約10年間、帝国はそうして他国に優勢な関係を築いてきたのだ。

 そのディートリヒが退いたとなれば、彼の代わりを引き受けるのは帝国の兵士たちだ。そのための新たな兵を防衛前線に導入しなくてはならない、今までやらなくて良かったことをするなんて…帝国にとって大きな損害となる。

「帝国の兵士だけでも前線は保たれる筈だ、彼らは弱くない」

 ディートリヒの言葉にマルセルは悔しさから歯を食いしばる。

「勿論、帝国貴族として周りの貴族たちと同じように最低限の兵力は派遣するが、俺の領地の防衛力を割いてまで、力を貸す義理はもはや無い」
「…頼む、ディートリヒっ!」

 情けないがマルセルは彼に頭を下げた。そんな皇帝を静かに見つめてから…ディートリヒは言った。

「約束不履行、というやつだな」

 ディートリヒの言葉に、マルセルは下げていた頭を上げて目の前の彼を見る。その目には恐れの色が滲んでいた。

「先に約束を反故にしたのはそちらだ…」

 ルクレツィアの保護を怠り傍観していた皇族に責任があると…ディートリヒは言っている。

「あまりにも聞き分けが悪いと…お前の国が小さくなるぞ、マルセル」
「…………」

 かつて級友だった彼からの領地戦も厭わないと示唆するような言葉に、マルセルはそれ以上口を開かず項垂れてから頷いたのだった。
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