悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ

文字の大きさ
21 / 80
第一章 修復の絆編【第三話】

皇子の未練

しおりを挟む
「……あの黒髪…竜の…」

 オルク伯爵令嬢がポツリと呟いた言葉をエリーチカは聞き逃さなかった。

「伯爵令嬢! あの少年を知っているの!?」
「あっ…!」

 エリーチカが詰め寄ると、オルク伯爵令嬢はしまった。といった顔をして目を逸らす。

「…彼はヴィレン。竜族の少年だよ」

 オルク伯爵令嬢の代わりにユーリが答える。

「ルクレツィア嬢とは愛称呼びを許すほどに仲が良いらしい」

 そして、捨てられた男のような惨めな表情でユーリが言った。

 『竜』。そういえば、エリーチカの父親が話していたことを思い出す。
 どうやらクラウベルク公爵が竜を手なづけたらしい。まだ子どもだが、成長すれば公爵の…ひいては帝国の大きな力となるだろう——と。

(竜ってあの恐ろしく大きなトカゲのことでしょ? 公爵のペットなんて気にもしていなかったのに…)

 エリーチカはヴィレンを見る。滅多に見かけることのない竜族のことを人間はよく知らない。彼らが人の姿を持っているなど、聞いたこともなかった。

(あんなに美しい人が、その『トカゲ』だって言うの!?)

 そして、エリーチカはオルク伯爵令嬢に向き直ると、キッと睨み付けた。

 何故、この令嬢は竜を認識していながら自分に話さなかったのか…意図的に情報を伏せたのか。伯爵令嬢のくせに自分を欺こうとしたその行動が許せなかった。

 ルクレツィアがエリーチカの姿を見つけ、ディートリヒと別れるとヴィレンと共に彼女たちの元へと近付いた。

「エリーチカ公女様。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

 澄まし顔でカーテシーをするルクレツィア。エリーチカは突然のことで、口元をヒクヒクとさせながら挨拶を交わした。

 エリーチカは、ルクレツィアの隣に立ちこちらを冷めた目で見てくる竜族ヴィレンにチラリと目を向ける。

 見惚れるほどに美しい…が、ルクレツィアと同じ色をした瞳の瞳孔は獣のそれと同じで縦長だった。

(…やはり、この人は竜なんだわ…!)

 ヴィレンに恐怖心を抱いたエリーチカは目を逸らすように深くお辞儀をする。

「い、いらっしゃい。今日は楽しんでいかれてね」

 そして顔を上げると何とか笑顔を浮かべながらそう言って、エリーチカは友人たちを連れてその場から退散するように去って行ったのだった。

 残されたルクレツィアとヴィレン、そしてユーリ。

「先日ぶりだね、ルクレツィア嬢」
「あ、はい。その際はお時間を頂きありがとうございました、ユーリ殿下」

 二人の言う『先日』とは、出来上がった婚約解消の認可書にサインをした日のことだ。

 父親から婚約解消のことを告げられた時は、ユーリも驚き混乱したことで取り乱してしまったが、今落ち着いて考えればそこまで状況は悪くないことに気が付いた。

(親に決められていた婚約を解消しただけ。僕たちはまだ子供で、これからたっぷりと時間はあるのだからやり直せるはずだ)

 そう前向きに捉えていた。

 ユーリはヴィレンを見る。すぐにユーリの視線に気付いたヴィレンは「なんだよ」と顔を顰めていた。

(それに竜族と…人間が結婚することなんて不可能だ。僕たちとは種族が違うんだから)

 ルクレツィアの側で馴れ馴れしく侍るヴィレンには腹が立つが、二人には種族の壁というものがある。万が一にも結ばれることはあり得ない。

 だからユーリは、せいぜいそうやってルクレツィアの側にいて彼女を守っておけば良いとヴィレンに対して思っていた。

(…僕と彼女が結ばれる、その日まで君に彼女を預けるよ)

 ルクレツィアは公爵令嬢だから、『結婚』からは逃れられない。最後に自分の元へ戻ってくればそれでいいと、ユーリは自分にそう言い聞かせた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ
ファンタジー
ヴァインベルク公爵家のエリアーナは、魔力ゼロの『出来損ない』として家族に虐げられる日々を送っていた。16歳の誕生日、兄に突き落とされた衝撃で、彼女は前世の記憶――物理学を学ぶ日本の女子大生だったことを思い出す。 「この世界の魔法は、物理法則で再現できる!」 前世の知識を武器に、虐げられた運命を覆すことを決意したエリアーナ。そんな彼女の類稀なる才能に唯一気づいたのは、『氷の悪魔』と畏れられる冷徹な辺境伯カイドだった。 彼に守られ、その頭脳で自身を蔑んだ者たちを見返していく痛快逆転ストーリー!

公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

アラフォー幼女は異世界で大魔女を目指します

梅丸みかん
ファンタジー
第一章:長期休暇をとったアラフォー独身のミカは、登山へ行くと別の世界へ紛れ込んでしまう。その場所は、森の中にそびえる不思議な塔の一室だった。元の世界には戻れないし、手にしたゼリーを口にすれば、身体はなんと6歳の子どもに――。 ミカが封印の箱を開けると、そこから出てきたのは呪いによって人形にされた大魔女だった。その人形に「大魔女の素質がある」と告げられたミカは、どうせ元の世界に戻れないなら、大魔女を目指すことを決心する。 だが、人形師匠はとんでもなく自由すぎる。ミカは師匠に翻弄されまくるのだった。 第二章:巷で流れる大魔女の遺産の噂。その裏にある帝國の侵略の懸念。ミカは次第にその渦に巻き込まれていく。 第三章:異世界で唯一の友人ルカが消えた。その裏には保護部屋の存在が関わっていることが示唆され、ミカは潜入捜査に挑むことになるのだった。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

処理中です...