悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ

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第一章 修復の絆編【第五話】

おかえりとただいま

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 このまま城へと帰りそうな雰囲気に、ルクレツィアはチラリと後ろを振り返った。そして、タタタっと小走りに掛けては、グリムのお腹に飛び込むように抱き付いたのだ。

 ルクレツィアの予測不能な行動に驚くグリム。そんな彼を見上げながらルクレツィアは笑顔を浮かべて言った。

「貴方がオススメしてくれる本を読んだら、ちゃんと私の感想を聞いてね。約束よ!」

 そう言って、すぐにグリムから離れたルクレツィアは少し照れくさそうに頬を染めて、今度こそグリムに別れの意味を込めて小さく手を振ったのだった。

 ディートリヒやヴィレンとともに去っていくルクレツィアの後ろ姿を見つめながら、グリムは何だか変な気持ちになる。

(何だろう、この気持ち…)

 自分がこれまで感じた事のない気持ちだ。正体不明の感情にグリムは戸惑いつつも、しかし嫌な気持ちではない事を自覚する。

(心がムズムズする…そして…)

 温かい。グリムはそう思ったのだった。



 *



 ルクレツィアがディートリヒ達と共にイスラーク城へ戻ると、心配そうな顔をしたレイモンドと冷たい表情を浮かべるレオノーラが彼らを出迎えた。

「ルクレツィア様! ご無事でしたか…!」

 レイモンドはすぐに側まで駆けてきて、ルクレツィアの安否を確認するとホッと安堵したように表情を和らげたのだった。

 その後ろから、レオノーラがこちらへ近付いてきている姿が見える。ディートリヒに似た顔立ちの彼女は笑みを浮かべなければ冷淡そうに見える顔立ちのため、ルクレツィアは少し緊張して身構えてしまった。

「ルクレツィア様、どういうおつもりですか? 初日からこんなにも周りを振り回すなんて…」
「ご…ごめんなさい…」

 ルクレツィアが怯えた表情で謝ると、ヴィレンはレオノーラの言葉を聞いていられなかったのか前に飛び出して反論した。

「おい! ルーシーはわざと居なくなったわけじゃねぇんだ! 何も知らないくせに、ルーシーを責めるような事言うんじゃねぇ!」

 すると、レオノーラのディートリヒによく似た青紫色の瞳がギロリとヴィレンへ向けられる。

「…ヴィレン様、お黙りなさい」

 有無を言わせないレオノーラの鋭い眼光に、ヴィレンも思わず圧倒されて口を噤んだ。

「事情や経緯など、どうでも良いのです。私が言いたいのは…っ、」

 レオノーラはそう言い掛けて、そこで言葉を切る。怒られると俯いていたルクレツィアだったが、レオノーラの異変を感じて彼女を見上げた。

 そこには、怒った表情で目に涙を浮かべるレオノーラが自分を見下ろしている姿があった。

「…姉上。心配したと、素直にそう言えばいいだろう?」

 ディートリヒが呆れた表情で言うと、レオノーラは震える声で「うるさい」と呟いた。

「カレンに続き、この子の身にまで何かあったんじゃないかと思ったら…!」

 レオノーラはついに涙を流して、ルクレツィアに手を伸ばす。彼女に触れたレオノーラの手は冷たかった。初夏といえど肌寒い北の領地…レオノーラは城の外でずっと、ルクレツィアの帰りを待っていたのだ。

「ノーマンを理由に馬鹿にされないくらい、私が立派な淑女に育ててみせると思った矢先に、こんな心配をかけさせて…より一層教育に力を入れなければならないわね…」

 レオノーラはそう言うと、涙に濡れた目を細めて初めて小さく笑みを浮かべた。ルクレツィアがそんな彼女を見つめている間に、レオノーラに優しく抱き締められたのだった。

「…本当に、無事で良かったわ…」

 きっと、レオノーラのその小さな呟きはルクレツィアの耳にしか届いていないだろう。ルクレツィアは両手を持ち上げると、そっとレオノーラの背中に腕を回した。

(どうしてスペンサー夫人が、帝都の頃にお世話になった皇太子妃教育の先生と違うように思えたのか、今はっきりと分かった…)

 ルクレツィアは腕に力を入れる。

(先生と違ってスペンサー夫人の厳しさは、愛情からくる厳しさだったからなんだ…)

 ただレオノーラはしっかり公私を分ける人であって、自分は別に彼女から疎まれていないのだと分かると…ルクレツィアはレオノーラの事が大好きになった。

「さぁ、皆さん。外に居たら体が冷えてしまいますから…城の中へどうぞ。少し早めの晩餐にしましょう。ルクレツィア様の帰還を祝って、料理長が腕を振るった豪華な晩餐ですよ」

 レイモンドが場の空気を変えるように声を明るくして言った。

「あー、腹減った。ルーシー、中に入ろうぜ!」

 晩餐と聞いて目を輝かせたヴィレンが我先にと城の中へ駆けていく様子を見て、礼儀礼節に煩いレオノーラが「ヴィレン様、紳士に相応しい言葉遣いを心掛けてください!」と、堪らずヴィレンの後を追いかけて行く。

「さぁ、俺たちも行こうか。ルクレツィア」

 そう言って手を差し伸べてくるディートリヒと、その向こうで優しい笑顔を浮かべてこちらを振り返るレイモンドの姿。

 ルクレツィアは、北の領地に帰ってこられて良かったと心の底から思った。

『父親に我儘を言え。そしたらお前と友達に…お前をルーシーと呼んでやる』

(ヴィレン、私…貴方の言う通り、勇気を出して我儘を言ってみて良かった…!)

 父のディートリヒと、友人のヴィレンと、そしてレオノーラやレイモンドのように自分を大切に思ってくれる城の人々と共に居られるこの空間を、大切にしていきたいと強く思う。

「おかえり。ルクレツィア」
「お父様、ただいま!」

 ルクレツィアは心からの笑顔を浮かべて、ディートリヒと手を繋いだのだった。
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