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第一章 修復の絆編【第六話】
少女の傷と呪い
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森の奥へと逃げて行くルクレツィア。
「ルーシー!?」
遠くにいて彼らのやり取りが聞こえていないヴィレンは、何が起こったのか分からず慌てて彼女の後を追いかけようと竜の翼を生やした。
そして、ダークエルフの特性上、彼らの会話が全て聞こえていたグリムは不機嫌そうな表情でニックを見つめている。
ヴィレンが飛び立とうとした瞬間、彼らの後ろから夥しい数の遠吠えが聞こえてきた。
振り返れば、そこには魔獣大発生にも近い数の魔獣の大群が押し寄せてきているではないか。
「だぁ! こいつら、どけ! 俺はルーシーのところに…!」
炎を吐き、鉤爪で引き裂いても次から次へとキリがない魔獣の数。ヴィレンは思ったように行動出来ずに苛立ちながら魔獣を屠っていった。
そう、まるでヴィレン達にルクレツィアの後を追わせないようにしているかのような何かの意思を感じる…。
例年では考えられない程に増えている魔獣の数。さっきまで姿も見せなかった魔獣が突然こんなにも現れるなんて。
「こいつら、どっから湧いてきたんだ!?」
イクスは驚きながらも剣を構えて、ルクレツィアの逃げて行った方へと目を向ける。
そこに一番近くに立っているのはニックだ。
「ニック! ルクレツィアを追いかけて保護しろ!」
イクスはそれだけを叫び、押し寄せる魔獣の攻撃を剣で防いだ。
ニックもやっと山の異常事態に気付いたのか、青褪めた表情で頷くとすぐにルクレツィアの後を追ったのだった。
*
ガサガサと草を掻き分けてルクレツィアは山の奥へと走った。後ろを振り返るとニックが追いかけてくる。だから、怖くてまた走った。
「おい! 待て!」
後ろから聞こえてくるニックの怒鳴り声にルクレツィアは涙を流しながら逃げた。しかし、所詮は子供の足。ニックの長い足にすぐ追い付かれてしまい、ルクレツィアの体はあっという間にニックによって抱えられたのだった。
「うぁああ! お父様ぁ! ヴィレンー!」
ニックの腕の中でパニックになりながら泣き叫ぶルクレツィアに、彼は焦った気持ちから思わず「黙れ!」と、強く怒鳴ってしまう。
ビクリと肩を揺らして恐怖に青褪めた顔で口を噤んだルクレツィアがニックを見た。彼女の紫色の瞳には、今ニックの姿をした魔物が映っている…。
「………お前が、舐めた事をするから…少し脅かしてやるつもりで魔獣を見せたんだ。…攻撃する意図は無かった…」
いくら相手が下に見ているノーマンとはいえ、10歳の女の子に対して先ほどの自分の行動は大人げなかったとバツが悪そうに言い訳をしたニック。
しかし、彼のプライドなのか謝罪を口にする事はなかった。
ルクレツィアは止まらない涙を荒々しく手で拭い続けながら、震える小さな声で言うのだ。
「…魔法が使えないだけなのに、どうして皆は私のことを嫌うの…?」
初めて口にする、ルクレツィアの思い…。これを口にしてしまうと、本当に自分は嫌われ者なのだと認めてしまっているようで、今まで絶対に口に出さなかったのに。
ルクレツィアはヴィレンと出会いディートリヒとの仲を修復して、思っていたのだ。『自分の大切な人たちに認められていればそれでいい』、と。…そう言い聞かせていたのだ。でも、本当は…。
そりゃあ、悲しいよ、苦しいよ。無条件に嫌われて周りに疎外される孤独感を、簡単に忘れられるわけなんてない。
どうしてありのままの自分では愛して貰えないのか…ルクレツィアが誰よりも一番知りたいんだ。
ルクレツィアはヴィレンと一緒に居られる事を幸せに思っている。彼が笑うと、ルクレツィアも嬉しくて笑顔になる。
でも時々…ヴィレンの淀みのない笑顔が眩しすぎて、羨ましくなるのだ。
「…どうして皆、そんな目で私を見るの…」
ルクレツィアも彼の隣で同じように笑っていたいのに、ヴィレンやディートリヒ以外の人たちの目が怖くて上手く笑えなくなる。
それはルクレツィアの心に刻まれた傷と呪い。彼女から笑顔を奪う『差別』の呪いだ…。
「私…皆に悪いこと何もしないよ、邪魔にならないように静かにできるよ…ただ、皆の仲間に入れてほしいだけなの…」
ルクレツィアの項垂れた呟きに、ニックは何の言葉も返せないでいた。それどころか、一人の幼い少女が憔悴して涙を流す様子を見て何故か心が痛み戸惑っていた。
(これは…罪悪感? 俺、ノーマン相手に罪悪感を感じているのか…? なぜ?)
ニックは、マルドゥセル魔導帝国の帝都で生まれノーマンは蔑むべき存在だと教えられて育った。そして、偉大なる魔術師であるディートリヒに幼い頃から強く憧れており、両親には家業を継げと言われたがそれを振り切って『雪銀の魔兵団』の入団試験を受けたのだ。
ディートリヒへの憧れだけで、イクス率いる第一隊の隊員に所属出来るほどの実力を身に付けてきた。
団員の誰もがニックを認め、隊長であるイクスにも評価されてきた。それも全て、ディートリヒに少しでも近付きたいための、彼の血の滲む努力の結晶だ。
だから…ニックが憧れた完璧なディートリヒにひとつの欠点でもあってはならないのだ。
そしてルクレツィアはディートリヒのたった一つの欠点…汚点だ。自分が憧れて止まない魔術師に、あの蔑むべき魔力なしの娘がいるなんて…到底許せる筈なかった。
「ルーシー!?」
遠くにいて彼らのやり取りが聞こえていないヴィレンは、何が起こったのか分からず慌てて彼女の後を追いかけようと竜の翼を生やした。
そして、ダークエルフの特性上、彼らの会話が全て聞こえていたグリムは不機嫌そうな表情でニックを見つめている。
ヴィレンが飛び立とうとした瞬間、彼らの後ろから夥しい数の遠吠えが聞こえてきた。
振り返れば、そこには魔獣大発生にも近い数の魔獣の大群が押し寄せてきているではないか。
「だぁ! こいつら、どけ! 俺はルーシーのところに…!」
炎を吐き、鉤爪で引き裂いても次から次へとキリがない魔獣の数。ヴィレンは思ったように行動出来ずに苛立ちながら魔獣を屠っていった。
そう、まるでヴィレン達にルクレツィアの後を追わせないようにしているかのような何かの意思を感じる…。
例年では考えられない程に増えている魔獣の数。さっきまで姿も見せなかった魔獣が突然こんなにも現れるなんて。
「こいつら、どっから湧いてきたんだ!?」
イクスは驚きながらも剣を構えて、ルクレツィアの逃げて行った方へと目を向ける。
そこに一番近くに立っているのはニックだ。
「ニック! ルクレツィアを追いかけて保護しろ!」
イクスはそれだけを叫び、押し寄せる魔獣の攻撃を剣で防いだ。
ニックもやっと山の異常事態に気付いたのか、青褪めた表情で頷くとすぐにルクレツィアの後を追ったのだった。
*
ガサガサと草を掻き分けてルクレツィアは山の奥へと走った。後ろを振り返るとニックが追いかけてくる。だから、怖くてまた走った。
「おい! 待て!」
後ろから聞こえてくるニックの怒鳴り声にルクレツィアは涙を流しながら逃げた。しかし、所詮は子供の足。ニックの長い足にすぐ追い付かれてしまい、ルクレツィアの体はあっという間にニックによって抱えられたのだった。
「うぁああ! お父様ぁ! ヴィレンー!」
ニックの腕の中でパニックになりながら泣き叫ぶルクレツィアに、彼は焦った気持ちから思わず「黙れ!」と、強く怒鳴ってしまう。
ビクリと肩を揺らして恐怖に青褪めた顔で口を噤んだルクレツィアがニックを見た。彼女の紫色の瞳には、今ニックの姿をした魔物が映っている…。
「………お前が、舐めた事をするから…少し脅かしてやるつもりで魔獣を見せたんだ。…攻撃する意図は無かった…」
いくら相手が下に見ているノーマンとはいえ、10歳の女の子に対して先ほどの自分の行動は大人げなかったとバツが悪そうに言い訳をしたニック。
しかし、彼のプライドなのか謝罪を口にする事はなかった。
ルクレツィアは止まらない涙を荒々しく手で拭い続けながら、震える小さな声で言うのだ。
「…魔法が使えないだけなのに、どうして皆は私のことを嫌うの…?」
初めて口にする、ルクレツィアの思い…。これを口にしてしまうと、本当に自分は嫌われ者なのだと認めてしまっているようで、今まで絶対に口に出さなかったのに。
ルクレツィアはヴィレンと出会いディートリヒとの仲を修復して、思っていたのだ。『自分の大切な人たちに認められていればそれでいい』、と。…そう言い聞かせていたのだ。でも、本当は…。
そりゃあ、悲しいよ、苦しいよ。無条件に嫌われて周りに疎外される孤独感を、簡単に忘れられるわけなんてない。
どうしてありのままの自分では愛して貰えないのか…ルクレツィアが誰よりも一番知りたいんだ。
ルクレツィアはヴィレンと一緒に居られる事を幸せに思っている。彼が笑うと、ルクレツィアも嬉しくて笑顔になる。
でも時々…ヴィレンの淀みのない笑顔が眩しすぎて、羨ましくなるのだ。
「…どうして皆、そんな目で私を見るの…」
ルクレツィアも彼の隣で同じように笑っていたいのに、ヴィレンやディートリヒ以外の人たちの目が怖くて上手く笑えなくなる。
それはルクレツィアの心に刻まれた傷と呪い。彼女から笑顔を奪う『差別』の呪いだ…。
「私…皆に悪いこと何もしないよ、邪魔にならないように静かにできるよ…ただ、皆の仲間に入れてほしいだけなの…」
ルクレツィアの項垂れた呟きに、ニックは何の言葉も返せないでいた。それどころか、一人の幼い少女が憔悴して涙を流す様子を見て何故か心が痛み戸惑っていた。
(これは…罪悪感? 俺、ノーマン相手に罪悪感を感じているのか…? なぜ?)
ニックは、マルドゥセル魔導帝国の帝都で生まれノーマンは蔑むべき存在だと教えられて育った。そして、偉大なる魔術師であるディートリヒに幼い頃から強く憧れており、両親には家業を継げと言われたがそれを振り切って『雪銀の魔兵団』の入団試験を受けたのだ。
ディートリヒへの憧れだけで、イクス率いる第一隊の隊員に所属出来るほどの実力を身に付けてきた。
団員の誰もがニックを認め、隊長であるイクスにも評価されてきた。それも全て、ディートリヒに少しでも近付きたいための、彼の血の滲む努力の結晶だ。
だから…ニックが憧れた完璧なディートリヒにひとつの欠点でもあってはならないのだ。
そしてルクレツィアはディートリヒのたった一つの欠点…汚点だ。自分が憧れて止まない魔術師に、あの蔑むべき魔力なしの娘がいるなんて…到底許せる筈なかった。
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