悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ

文字の大きさ
66 / 80
第一章 修復の絆編【第六話】

おちる

しおりを挟む
 金色に輝く使役鎖がヴィレンの身体に巻き付いて、彼はついに地面へと墜落する。

「…幽鬼族があいつを『調教テイム』しようとしている」

 グリムの焦った言葉に、ルクレツィアはハッとして青褪めた。

「やめて!」

 悲痛な叫び声を上げてヴィレンを見ると、鎖に抑え付けられながら彼は咆哮を上げていた。意識を失いながらも、最後の力を振り絞って抗っているような…。

 ルクレツィアはグリムの腕の中で力いっぱいに暴れて、「うわ!?」と驚く彼の意表を付いて腕の中から飛び出す。

 「近づいちゃ駄目だ!」と叫ぶグリムの声が後ろから聞こえたが、ルクレツィアは構わずにヴィレンの元へと真っ直ぐに走った。

 まだ残っている魔獣はいる。ルクレツィアの存在に気付いた魔獣達から彼女を守るために、グリムも召喚獣を召喚して魔獣からルクレツィアを守った。

 いつも泣いてばかりのルクレツィア。身を守る力も無ければ、何の役にも立たない自分だけれど…この時だけは、ヴィレンを助けたいという強い気持ちがルクレツィアを勇敢に動かしていたのだった。

「ヴィレン!」

 ルクレツィアがそのままヴィレンの元へと駆けて行くと、竜の姿をしたヴィレンは苦しそうに地面の上で暴れていた。

 ルクレツィアは構わずに両手を伸ばし、ヴィレンの小さな体を持ち上げると、ギュッと彼を抱き締めたのだった。

 ヴィレンの体を締め上げる使役鎖が目に入る。全てはこれのせいだ…ルクレツィアは鎖を握り締めた。

 ルクレツィアは、ふと思ったのだ。

 自分はずっと、ディートリヒと離れて暮らしていたけれど、それはディートリヒの魔力に当てられないようにするためだった。

(帝都にも、お父様の他にいっぱい魔術師がいるのに、どうしてお父様だけ駄目だったんだろう…?)

 それは…。

 ルクレツィアは鎖を掴む手に力を入れた。

 それはきっと、ルクレツィアの中に流れる異世界人の血が魔力を無意識に吸収してしまう性質を持っているからだ。だから、普通の環境なら緩やかに溜まる魔力も、大きすぎる魔力を持つディートリヒの側ではすぐに魔力が満杯になってしまうんだ。

(アラクネの魔力を、ヴィレンに届く前に私が吸収すれば…!!)

 今度は無意識じゃない、自らの意思で。大切な友人を救うために。

 ルクレツィアの体の中に、勢いよく魔力が流れ込んでいく。すると、ヴィレンの瞳に再び光が宿り…。

「ルーシー…」

 グググ。と、鎖に抵抗するように彼女の腕の中でヴィレンが体を捩って起き上がろうとしていた。

「ルクレツィア! そんな事をすればお前の体が…やめろ!」

 娘が今何をしているのか理解したディートリヒは、青褪めた表情で叫ぶ。アラクネも邪魔はさせないとルクレツィアに向けて魔獣を放った。

「っ…守護の宿木ドライアド! 彼らを守るんだ!」

 グリムは召喚獣を喚び出して、ルクレツィア達を魔獣から守ってやった。

 ルクレツィアとヴィレンの周りの地面から何本もの小枝が勢いよく生えていった。それは大きな集合体となり、一本の木よりも太い堅固な巨木となる。

 下では木の根がザワザワと動き続け、上の方は女性の上半身へと変化していった。その女性の頭から幾つも生えた枝には青々とした葉が生い茂っていた。まるで髪の毛のようにも見える。

 ドライアドの木はルクレツィアとヴィレンを飲み込むように自分の腹の中へ…つまりは木の中へと閉じ込めてしまった。ドライアドが二人を腹の中に飲み込んだことで彼女達に魔獣の牙が届くことはない。

 ドライアドの中では、身構えていたルクレツィアが恐るおそる周りを見渡すと、一面が茶と緑に埋め尽くされている空洞になっていた。

 至る所にこびり付いている光る苔のようなもののおかげで、中はとても明るい。幻想的で綺麗な光景だが、今はそれよりもヴィレンだ。

 ルクレツィアは自分の身体が熱くなっていくのを感じながらも、ニコッとヴィレンに笑いかけた。

「この鎖をすぐに外してあげるからね」

 でも…大量の魔力を吸い込んだ事で、ディートリヒが恐れていたように魔力がルクレツィアの体を蝕んでいた。発熱で朦朧とする頭で彼女は何とか使役鎖を握るが…限界だったのか、ルクレツィアは倒れてしまう。

 するとヴィレンは竜の姿から人の姿となり、ルクレツィアの体を素早く受け止めた。

「…ルーシーの体、熱い…」

 ヴィレンは悲しそうな顔をして、自分の腕の中に倒れ込む弱りきったルクレツィアを見下ろしながら言った。

「どうしてこんな事をしたんだよ…ルーシーが、魔力を吸収したら…こうなる事くらい分かるだろ…」

 ヴィレンがルクレツィアの体の中に溜まった魔力を吸うと、ルクレツィアはゆっくりと目を開いた。

「俺、ルーシーが傷付くことだけは絶対に嫌だよ…」

 それが例え、ルクレツィア自身の行いであっても、ヴィレンは許せないと思った。

 すると何故かルクレツィアは力なく笑っていて…。

「なんで笑うんだよ。俺は怒ってるんだぞ」
「だって…」

 ルクレツィアが言った。

「私も、ヴィレンが傷付くことが嫌なんだもん…」

 だから例え体が魔力に侵されようと厭わない。それでヴィレンを助けられるなら。

 ヴィレンは目を大きく開いて彼女を見つめる。

 顔色を悪くしたルクレツィアがニコリと笑うと同時に解けた鎖…身体が自由になったヴィレンは何も考えずに、まず目の前のルクレツィアを強く抱きしめた。

(自分が傷付こうとも俺を助けようとしてくれる女の子なんて、初めてだ…)

 ヴィレンは、自分が強いと自負している。魔王国でも、まだ子供のヴィレンに勝てる竜はそんなに多くいない。

 だからヴィレンは他人の誰かに庇われた事もないし、助けようと手を差し伸べられた事もない。そもそも、最強種の竜は皆が自身の力を誇示することに誇りを持っている。親は子を全力で守るが、基本的には弱き者は淘汰される種族なのだ。

 そしてこの腕の中にいる少女は、確かに自分が『守るべき者』と認識している女の子だ。明らかに自分よりもその子の方が弱いのに…。

「ルーシー、ずっと俺の側にいて」

 そう言いながら、ヴィレンの胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。

 ヴィレンにとってルクレツィアはとても大事で大切な『宝石女の子』だ。それは変わらない。でも…。

(なんだ…このどうしようもなく込み上がる苦しい気持ち…)

 これまでとは違う知らない感情に彼は気付く。

 ヴィレンが本当の意味で恋に落ちたのは、きっとこの瞬間なのだろう。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ
ファンタジー
ヴァインベルク公爵家のエリアーナは、魔力ゼロの『出来損ない』として家族に虐げられる日々を送っていた。16歳の誕生日、兄に突き落とされた衝撃で、彼女は前世の記憶――物理学を学ぶ日本の女子大生だったことを思い出す。 「この世界の魔法は、物理法則で再現できる!」 前世の知識を武器に、虐げられた運命を覆すことを決意したエリアーナ。そんな彼女の類稀なる才能に唯一気づいたのは、『氷の悪魔』と畏れられる冷徹な辺境伯カイドだった。 彼に守られ、その頭脳で自身を蔑んだ者たちを見返していく痛快逆転ストーリー!

公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

アラフォー幼女は異世界で大魔女を目指します

梅丸みかん
ファンタジー
第一章:長期休暇をとったアラフォー独身のミカは、登山へ行くと別の世界へ紛れ込んでしまう。その場所は、森の中にそびえる不思議な塔の一室だった。元の世界には戻れないし、手にしたゼリーを口にすれば、身体はなんと6歳の子どもに――。 ミカが封印の箱を開けると、そこから出てきたのは呪いによって人形にされた大魔女だった。その人形に「大魔女の素質がある」と告げられたミカは、どうせ元の世界に戻れないなら、大魔女を目指すことを決心する。 だが、人形師匠はとんでもなく自由すぎる。ミカは師匠に翻弄されまくるのだった。 第二章:巷で流れる大魔女の遺産の噂。その裏にある帝國の侵略の懸念。ミカは次第にその渦に巻き込まれていく。 第三章:異世界で唯一の友人ルカが消えた。その裏には保護部屋の存在が関わっていることが示唆され、ミカは潜入捜査に挑むことになるのだった。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

処理中です...