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第一章 修復の絆編【第七話】
【第七話】司書の悩み
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魔塔の魔術師達にとってルクレツィアとは…ノーマンではないとしても魔法が使えない時点で彼女に価値はないと考える者が多かった。
足繁く図書館に通うルクレツィアを白い目で見ては、魔法も使えないのに無意味な事を…と、鼻で笑う者もいた。マイロもそのうちの一人だった。
しかし、どんなに侮蔑的な目を向けられてもこの小さな少女は萎縮する事なく、前を向いて歩く。
『お前はお前のままでいいんだ』と、ヴィレンの温かな魔法の言葉が消えない炎としてルクレツィアの胸の中に灯っているから…もう、帝都の屋敷で卑屈になり一人泣いていた頃の彼女とは違うのだ。
今後、『ノーマン』と馬鹿にされたとしても、もうルクレツィアが下を向くことはない。
いくら侮蔑的な目で見られようと、笑顔を絶やさずに前を向き、健気で愛らしい小さな少女。彼女の笑顔と明るさに触れて、皆、ルクレツィアに絆されてきている…。
魔術師達の知るクラウベルク家とはディートリヒとレオノーラ、この二人である。二人とも、愛想笑いすら見せない何とも近寄りがたい人柄であるのに対し、ルクレツィアは愛らしさの権化…。
そこに癒しを見出す者達によって、ルクレツィアはクラウベルクの天使だと囁かれるようになっていた。
少しずつ、魔塔の雰囲気が変わってきていた。ルクレツィアが、魔法の使えない少女が、彼らを変えていったのだ。
ルクレツィアがヴィレンのおかげで変われたから、その小さな変化が周りにも影響をもたらした結果だった。
(一番変わったのは、統括魔術師のカイン様だよな…)
アスゲイルとレオノーラの一番目の息子であり、魔塔主であるディートリヒを補佐するカイン・スペンサー。
彼はレオノーラによく似た性格で、自分にも他人にも厳しく、そしてレオノーラ以上に冷淡だ。整った顔立ちだから余計に冷酷そうに見える…そして、カインは魔法以外には無関心な男だった。
美女よりも魔法、酒よりも魔法、金銭は…魔術研究に必要だから興味を示すかもしれないが、とにかく魔法以外には全く興味がないのだ。
だからマイロは…従姉妹とはいえ、ルクレツィアがこんなにも愛らしいとはいえ、魔法が使えない時点でカインは彼女に興味を持たないだろうと思っていた。
ところが…。
着席し、読書を始めたルクレツィアの姿を眺めながらマイロが考えに耽っていると、いつの間にか彼の隣に誰か立っていたのでマイロは驚いてそちらを振り返った。
見れば、背が高く全身黒尽くめの顔色が悪い陰気そうな男が立っている。
「何を読んでいる?」
マイロが何かを言う前に、男が主語もなくぶっきらぼうに尋ねてきた。
「えぇと…『世界研究全集・海の生物』です、カイン様」
つい先ほど、ルクレツィアに頼まれて本棚へ案内してあげたから、驚きつつも淀みなく答えられたマイロ。主語のない質問だったが、男…カインが誰の事を尋ねているのかなんてすぐに分かった。
カインの色素の薄い紫の瞳がマイロに向けられる。
「…そう言えば、最近発売された『深海図鑑~初級編~』という本がある。魔塔の魔術師達の勉強にもなるだろうから…」
「あ、はい。入荷しておきますね」
優秀な魔術師が集うこの魔塔で、誰が『初級編』を読むんだよ。と、心の中で突っ込みを入れながらも野暮なことは言わずに、マイロは二つ返事で頷いたのだった。
カインが誰のためにその図鑑を入荷したいのかは、一目瞭然だからだ。この魔塔の図書館には、一般書はあまり置いておらず、殆どが専門書だ。
だからルクレツィアは、同じ本を時間かけて何度も読み直しては、分からない専門用語はディートリヒやレオノーラに尋ねて何とか本の内容を理解していっていた。
そもそも子供向けの本なんて魔塔にあるわけがないのだ。その事にいち早く気付いたカインは、ルクレツィアが図書館に来るとこうしてやって来ては彼女の趣旨趣向を探り、マイロに新しく本を入荷するように指示を出す。
「あ。彼女、難しそうな顔をしていますよ。カイン様が教えて差し上げれば、仲良くなれるんじゃ…」
本を見つめるルクレツィアの表情が険しくなり、持参したメモ帳に何やら書き込んでいる。きっと後ほど、ディートリヒやレオノーラに尋ねる単語を書き取っているのだろう。
本心ではルクレツィアと仲良くなりたい雰囲気を醸し出すカインに、気を利かせてそう言いながらマイロがカインを振り向くと、そこには誰も居なかった。
(……いない)
恥ずかしいのか、照れているのか…カインはルクレツィアの周りをよくうろついてるクセに、話しかけようとしない。逆に話しかけられそうになると、すぐに逃げてしまう。
何だか…普段は隙のない冷淡で優秀な統括魔術師であるカイン・スペンサーのこんな一面を知ってしまい、マイロは複雑な心境だった。少し慣れてはきたとはいえ…。
(はぁ…最近は、俺の頭を悩ますタネが多すぎる…)
ルクレツィア、そしてカイン…さらにもう一人。中でも一番マイロを悩ませる者がいるのだ。
「ルーシー!」
バターン!と、大きな音を立てて開かれた図書館の扉から勢いよく現れた人物。
(来たな…)
マイロは苦い顔をする。彼の最大の悩みのタネがやって来た。
足繁く図書館に通うルクレツィアを白い目で見ては、魔法も使えないのに無意味な事を…と、鼻で笑う者もいた。マイロもそのうちの一人だった。
しかし、どんなに侮蔑的な目を向けられてもこの小さな少女は萎縮する事なく、前を向いて歩く。
『お前はお前のままでいいんだ』と、ヴィレンの温かな魔法の言葉が消えない炎としてルクレツィアの胸の中に灯っているから…もう、帝都の屋敷で卑屈になり一人泣いていた頃の彼女とは違うのだ。
今後、『ノーマン』と馬鹿にされたとしても、もうルクレツィアが下を向くことはない。
いくら侮蔑的な目で見られようと、笑顔を絶やさずに前を向き、健気で愛らしい小さな少女。彼女の笑顔と明るさに触れて、皆、ルクレツィアに絆されてきている…。
魔術師達の知るクラウベルク家とはディートリヒとレオノーラ、この二人である。二人とも、愛想笑いすら見せない何とも近寄りがたい人柄であるのに対し、ルクレツィアは愛らしさの権化…。
そこに癒しを見出す者達によって、ルクレツィアはクラウベルクの天使だと囁かれるようになっていた。
少しずつ、魔塔の雰囲気が変わってきていた。ルクレツィアが、魔法の使えない少女が、彼らを変えていったのだ。
ルクレツィアがヴィレンのおかげで変われたから、その小さな変化が周りにも影響をもたらした結果だった。
(一番変わったのは、統括魔術師のカイン様だよな…)
アスゲイルとレオノーラの一番目の息子であり、魔塔主であるディートリヒを補佐するカイン・スペンサー。
彼はレオノーラによく似た性格で、自分にも他人にも厳しく、そしてレオノーラ以上に冷淡だ。整った顔立ちだから余計に冷酷そうに見える…そして、カインは魔法以外には無関心な男だった。
美女よりも魔法、酒よりも魔法、金銭は…魔術研究に必要だから興味を示すかもしれないが、とにかく魔法以外には全く興味がないのだ。
だからマイロは…従姉妹とはいえ、ルクレツィアがこんなにも愛らしいとはいえ、魔法が使えない時点でカインは彼女に興味を持たないだろうと思っていた。
ところが…。
着席し、読書を始めたルクレツィアの姿を眺めながらマイロが考えに耽っていると、いつの間にか彼の隣に誰か立っていたのでマイロは驚いてそちらを振り返った。
見れば、背が高く全身黒尽くめの顔色が悪い陰気そうな男が立っている。
「何を読んでいる?」
マイロが何かを言う前に、男が主語もなくぶっきらぼうに尋ねてきた。
「えぇと…『世界研究全集・海の生物』です、カイン様」
つい先ほど、ルクレツィアに頼まれて本棚へ案内してあげたから、驚きつつも淀みなく答えられたマイロ。主語のない質問だったが、男…カインが誰の事を尋ねているのかなんてすぐに分かった。
カインの色素の薄い紫の瞳がマイロに向けられる。
「…そう言えば、最近発売された『深海図鑑~初級編~』という本がある。魔塔の魔術師達の勉強にもなるだろうから…」
「あ、はい。入荷しておきますね」
優秀な魔術師が集うこの魔塔で、誰が『初級編』を読むんだよ。と、心の中で突っ込みを入れながらも野暮なことは言わずに、マイロは二つ返事で頷いたのだった。
カインが誰のためにその図鑑を入荷したいのかは、一目瞭然だからだ。この魔塔の図書館には、一般書はあまり置いておらず、殆どが専門書だ。
だからルクレツィアは、同じ本を時間かけて何度も読み直しては、分からない専門用語はディートリヒやレオノーラに尋ねて何とか本の内容を理解していっていた。
そもそも子供向けの本なんて魔塔にあるわけがないのだ。その事にいち早く気付いたカインは、ルクレツィアが図書館に来るとこうしてやって来ては彼女の趣旨趣向を探り、マイロに新しく本を入荷するように指示を出す。
「あ。彼女、難しそうな顔をしていますよ。カイン様が教えて差し上げれば、仲良くなれるんじゃ…」
本を見つめるルクレツィアの表情が険しくなり、持参したメモ帳に何やら書き込んでいる。きっと後ほど、ディートリヒやレオノーラに尋ねる単語を書き取っているのだろう。
本心ではルクレツィアと仲良くなりたい雰囲気を醸し出すカインに、気を利かせてそう言いながらマイロがカインを振り向くと、そこには誰も居なかった。
(……いない)
恥ずかしいのか、照れているのか…カインはルクレツィアの周りをよくうろついてるクセに、話しかけようとしない。逆に話しかけられそうになると、すぐに逃げてしまう。
何だか…普段は隙のない冷淡で優秀な統括魔術師であるカイン・スペンサーのこんな一面を知ってしまい、マイロは複雑な心境だった。少し慣れてはきたとはいえ…。
(はぁ…最近は、俺の頭を悩ますタネが多すぎる…)
ルクレツィア、そしてカイン…さらにもう一人。中でも一番マイロを悩ませる者がいるのだ。
「ルーシー!」
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