悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ

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第一章 修復の絆編【第七話】

【第七話】ノーマンの呪い

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「ああぁ…! 僕は、幸せ者です!」

 ルクレツィアが帝都を離れてまだ一ヶ月くらいしか経っていないというのに、ジェイが寝る間も惜しんで描き続けたというデザイン画集…改めて、カタログブックはとても厚みがあった。

 ディートリヒに言われて今あるドレスを全て引っ張り出してきたジェイは、そのドレスを試着するルクレツィアの姿を見て、感極まっている様子だ。

 ディートリヒは満足そうに頷き、ヴィレンは「俺とルーシーのお揃いの服はねーの!?」と、目を輝かせている。

 グリムとレイモンドは微笑ましそうにその光景を眺めていた。そしてレオノーラは…。

 パシャー、パシャーと、無言で写真機のシャッターを切り続けている。勿論、ルクレツィアを撮影しているのだ。

「あの…レオノーラ様…」

 いい加減、見て見ぬふりが出来なくなったレイモンドが苦笑いを浮かべながら彼女に声を掛けた。

 レオノーラはそこでやっと、写真機から顔を上げた。その顔はいつも通りの冷たい目付きで無表情なのだが、長年の付き合いであるレイモンドは彼女のその表情に何処となく満足した様子を感じとっていた…。

「……やはり、女の子はいいわね」

 と、表情ひとつ変えずに小さな声で呟くレオノーラ。

 スペンサー侯爵であるアスゲイルとの間に息子が二人いるレオノーラだが、次男は夫に似てむさ苦しい屈強な男に、長男は誰に似たのか気難しい偏屈な男に育ってしまった。
 そんなレオノーラは、女の子に憧れを抱いていたのだ。

「ジェイ…と言いましたね?」

 レオノーラに話しかけられたジェイは緊張した面持ちで彼女を見る。

「ここまでの素晴らしいドレス…いさぎよく貴方の才能を認めます。そして、我がスペンサー侯爵家は貴方の店に出資致しましょう」
「え!?」

 レオノーラの言葉にジェイは驚愕する。

「ほ、本当ですか?」
「当たり前です。口約束とはいえ、このレオノーラ・スペンサー。約束は決して反故に致しません」

 ジェイの反応に少し眉を顰めつつも、レオノーラが胸を張ってそう宣言した。すると、ジェイは目の周りを赤くさせて、涙目になる。

「嬉しい、です…! そうなれば、僕が今考えている親子のペアルックラインの実現も夢じゃない!」

 その瞬間、ソファーに腰を下ろしていたディートリヒがガタリと立ち上がった…。

「…ジェイ。俺もお前に出資する」
「…え?」

 ジェイはポカンとした表情でディートリヒを振り返る。大物貴族スペンサー家に続いて、北の覇者クラウベルク家からの出資の申し出に頭が付いていかないようだ。

「だから、早く。そのペアルックラインの制作に取り掛かるんだ…いいな?」

 偉大なる魔術師に凄まれ、覇気ある声と態度にジェイはすくみ上がった。「は、はいぃ!!」と、思わず敬礼してしまい、一も二もなく上官に絶対服従の一兵卒のような気分だった。

 何はともあれ、ジェイのような無名デザイナーの店にクラウベルクとスペンサーが後援するというのは前代未聞の話だ。

 いくらノーマンの店だからといっても、まず、北の帝国貴族は必ずこの店を注目するだろう。

 ずっと埋もれてきていたジェイの才能が正当に評価される日は、そう遠くはないのかもしれない。

「……そんな…信じられない…」

 当の本人はまだこの幸運すぎる事実を受け入れられないのか、不安そうな表情で呟いた。

「何です? 我々が支援することに、何か不満があるのですか?」

 すぐにレオノーラの鋭い視線と共に言葉が飛んで来た。ジェイは慌てて「いえ、不満なんてあるわけありません!」と、答えては浮かない顔をしていた理由を話し始める。

「こんな幸運がノーマンの僕なんかに起こり得るなんて…まるで夢みたいで……僕、明日死ぬんじゃないかって不安になったんです…」

 感極まった表情で涙目になりながら答えるジェイ。

「ジェイ。お前、どんだけ卑屈なんだよ。お前の実力が認められたって事だろ? もっと胸を張れよ!」

 ジェイの話を聞いてヴィレンがカラッと笑いながら言っていたが、ルクレツィアにはジェイの気持ちが痛いほどによく分かる。

(…きっとジェイも呪いにかかってるんだ。前の私みたいに…)

 『魔力なしノーマン』だと指をさされてきた人生。それは次第に、本人達が『ノーマンで生まれた自分が悪いのだ』という罪の意識に蝕まれていく。

 それはその人から笑顔を奪い、俯かせ、周りの視線に敏感になり、毎日を怯えながら暮らすようになる呪いなのだ。ヴィレンと出会う前のルクレツィアもそうだった。

 ルクレツィアは隣に立つヴィレンの手を掴んで手を繋ぐと、ジェイに向き直った。

「『自分なんか』じゃないよ。ジェイは凄いじゃない、こんな素敵なドレスをいくつも作って…まるで、ドレスの魔術師みたいだわ!」

 ルクレツィアがニコッと笑うと、ジェイが泣き出しそうな顔になる。

「『自分は自分のままでいい』…だよね、ヴィレン」
「おう! 個性ってやつだな!」

 そう言って笑い合う少年少女を、ジェイは涙に潤む目で眩しそうに細めては、心からの笑顔を浮かべて眺めていたのだった。
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