猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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湯気の向こうの笑顔に誘われて

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 十一月は駆け足でやって来る。
来なくていいのになんて、たぶん生まれて初めて思った。
来なくていい。
汐たちのいない一か月なんて。

 あの円卓会議の後、私は汐とはあまり話せないままに十月の終わりを迎えてしまった。
今日こそはあの夜の言葉の真意を問うぞ、と意気込んで神社に出掛けていくものの。
タイミングが悪かったり、話せそうな時であっても顔を見ると何から言えばいいのかわからなくなってしまったり。
自分がこんなに、じれったいような性格だとは思わなかった。

 今日もあまり話せないままにバイトを終え、帰宅の途上にある。
陽が落ちるのが早くなったせいで、帰り道はもう真っ暗だ。
途中にある三重子さんのお家の明かりを頼りに歩く。
足元を照らすのに使っている懐中電灯の明かりに気づいたのだろう。
三重子さんが縁側からひょっこり顔をのぞかせた。

「里ちゃん。今帰りかい。お夕飯、おでんなんじゃけど一緒にどうじゃろ」

「いただきます」

 もう、即答だよ。
だってすっかり寒いし、お腹は空いてるし、三重子さんの後ろで明るい部屋に温かそうな湯気が見える。
これをスルーして帰れるほど、私は意志が強くない。
まんまと縁側から上がりこんで、お邪魔する。

 おでんだあああ。
お出汁のいい匂い。
大根のいい匂い。厚揚げに卵にこんにゃく、牛すじにゴボウ天、あ、じゃがいもなんて入れるんだ。
見るからにホクホクしてる。

 早速、手を洗って囲炉裏を囲む。
くつくつと小さく音を立てる鍋から、あがる湯気までが美味しそうだ。

「いただきます」

「はい、おあがりなさい」

 三重子さんの笑顔を見ると、倍おいしそうだ。
取り皿に、まずはお出汁を少しだけ頂いて、すする。

「あ、ちょっと甘い目なんだ。おでんの味って、家庭でそれぞれだね」

「うちは甘いのが好きな人が多かったんでねえ」

「美味しいよう、お出汁だけ飲み干しちゃいそう」

 うちのお母さんとは全く違う味だけど、それぞれに良さがあるんだなって思う。

「これ鶏肉とかもあいそう」

「明日、残った出汁で親子丼でも作ろうかね。里ちゃんも、食べに来てくれるじゃろ」

 それ絶対、おいしいやつ。
行きます行きますと頷いて、私はほこほこしながらオデンをいただく。

「そういえば、最近は汐ちゃんがよく来てくれるんじゃよ。今日はもう帰ってしまったけど」

「……んがくく」

 急に汐の名前を出されて、私は卵を喉に詰める。
……びっくりした。
私の考えてること、読まれたのかと思っちゃった。

 最近の私は、何をしていても頭のどこかで汐のことを考えている。
今も、おでん美味しいって思いながら、汐も食べたいんじゃないかなってふと考えるのだ。

「おかげで、ちょっと体調がいいんじゃよ」

「そっか……。三重子さんが心配で、来てくれてるのかもね」

 汐をなでていると体調がいい、とお年寄りはみんな言う。
実際、氏子であるお年寄りたちに、生気を少し分けているのだそうだ。
三重子さんは退院してから、めっきり足腰が弱くなったと言って以前ほどには遠出をしなくなった。

 それもあって、私はこっそり車の運転の練習をしている。
私がいろんな場所に連れていってあげられたらいいなって思ったから。

「墓参りくらいは、行きたいと思ってるんじゃけどねえ。汐ちゃんが来てくれると、行けそうな気がするし」

 お墓参り……。
隣村の御両親のところかな。
そこまで考えて、私はふと箸を止めた。

「ねえ、三重子さん。三重子さんのところのテレビって、ネットには繋がってる?」

「ああ、たしか設置するときに繋げてくれたはずじゃよ。使ったことはないけどねえ。防災の連絡がどうとかで、契約だけはしときなさいって言われとるし」

 そこはやはり機械には強くないようで、三重子さんは苦笑する。
お年寄りあるあるだ。

「ちょっと、ご飯食べながらでいいから、動画見てみない?」

「……動画?いいけど……私には使い方はわからんよ?」

「私が設定するから、大丈夫」

 たしか昨日、松里さんが汐たちの作った動画を試験的にネットに上げたらしいのだ。
どういうものが出来たのか、私はまだ見ていない。
今日は帰ったら、それを見ようと思っていたのだった。
スマホより、大きな画面で見たい。
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