56 / 67
湯気の向こうの笑顔に誘われて
しおりを挟む◇
十一月は駆け足でやって来る。
来なくていいのになんて、たぶん生まれて初めて思った。
来なくていい。
汐たちのいない一か月なんて。
あの円卓会議の後、私は汐とはあまり話せないままに十月の終わりを迎えてしまった。
今日こそはあの夜の言葉の真意を問うぞ、と意気込んで神社に出掛けていくものの。
タイミングが悪かったり、話せそうな時であっても顔を見ると何から言えばいいのかわからなくなってしまったり。
自分がこんなに、じれったいような性格だとは思わなかった。
今日もあまり話せないままにバイトを終え、帰宅の途上にある。
陽が落ちるのが早くなったせいで、帰り道はもう真っ暗だ。
途中にある三重子さんのお家の明かりを頼りに歩く。
足元を照らすのに使っている懐中電灯の明かりに気づいたのだろう。
三重子さんが縁側からひょっこり顔をのぞかせた。
「里ちゃん。今帰りかい。お夕飯、おでんなんじゃけど一緒にどうじゃろ」
「いただきます」
もう、即答だよ。
だってすっかり寒いし、お腹は空いてるし、三重子さんの後ろで明るい部屋に温かそうな湯気が見える。
これをスルーして帰れるほど、私は意志が強くない。
まんまと縁側から上がりこんで、お邪魔する。
おでんだあああ。
お出汁のいい匂い。
大根のいい匂い。厚揚げに卵にこんにゃく、牛すじにゴボウ天、あ、じゃがいもなんて入れるんだ。
見るからにホクホクしてる。
早速、手を洗って囲炉裏を囲む。
くつくつと小さく音を立てる鍋から、あがる湯気までが美味しそうだ。
「いただきます」
「はい、おあがりなさい」
三重子さんの笑顔を見ると、倍おいしそうだ。
取り皿に、まずはお出汁を少しだけ頂いて、すする。
「あ、ちょっと甘い目なんだ。おでんの味って、家庭でそれぞれだね」
「うちは甘いのが好きな人が多かったんでねえ」
「美味しいよう、お出汁だけ飲み干しちゃいそう」
うちのお母さんとは全く違う味だけど、それぞれに良さがあるんだなって思う。
「これ鶏肉とかもあいそう」
「明日、残った出汁で親子丼でも作ろうかね。里ちゃんも、食べに来てくれるじゃろ」
それ絶対、おいしいやつ。
行きます行きますと頷いて、私はほこほこしながらオデンをいただく。
「そういえば、最近は汐ちゃんがよく来てくれるんじゃよ。今日はもう帰ってしまったけど」
「……んがくく」
急に汐の名前を出されて、私は卵を喉に詰める。
……びっくりした。
私の考えてること、読まれたのかと思っちゃった。
最近の私は、何をしていても頭のどこかで汐のことを考えている。
今も、おでん美味しいって思いながら、汐も食べたいんじゃないかなってふと考えるのだ。
「おかげで、ちょっと体調がいいんじゃよ」
「そっか……。三重子さんが心配で、来てくれてるのかもね」
汐をなでていると体調がいい、とお年寄りはみんな言う。
実際、氏子であるお年寄りたちに、生気を少し分けているのだそうだ。
三重子さんは退院してから、めっきり足腰が弱くなったと言って以前ほどには遠出をしなくなった。
それもあって、私はこっそり車の運転の練習をしている。
私がいろんな場所に連れていってあげられたらいいなって思ったから。
「墓参りくらいは、行きたいと思ってるんじゃけどねえ。汐ちゃんが来てくれると、行けそうな気がするし」
お墓参り……。
隣村の御両親のところかな。
そこまで考えて、私はふと箸を止めた。
「ねえ、三重子さん。三重子さんのところのテレビって、ネットには繋がってる?」
「ああ、たしか設置するときに繋げてくれたはずじゃよ。使ったことはないけどねえ。防災の連絡がどうとかで、契約だけはしときなさいって言われとるし」
そこはやはり機械には強くないようで、三重子さんは苦笑する。
お年寄りあるあるだ。
「ちょっと、ご飯食べながらでいいから、動画見てみない?」
「……動画?いいけど……私には使い方はわからんよ?」
「私が設定するから、大丈夫」
たしか昨日、松里さんが汐たちの作った動画を試験的にネットに上げたらしいのだ。
どういうものが出来たのか、私はまだ見ていない。
今日は帰ったら、それを見ようと思っていたのだった。
スマホより、大きな画面で見たい。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
家族みんなで没落王族に転生しました!? 〜元エリート家族が滅びかけの王国を立て直します〜
パクパク
恋愛
交通事故で命を落とした家族5人。
目覚めたら、なんと“滅び寸前の王国の王族一家”に転生していた!?
政治腐敗・軍の崩壊・貴族の暴走——あらゆる問題が山積みの中、
元・国会議員の父、弁護士の母、情報エリートの兄、自衛隊レンジャーの弟は、
持ち前の知識とスキルで本気の改革に乗り出す!
そして主人公である末娘(元・ただの大学生)は、
ひとりだけ「何もない私に、何ができる?」と悩みながらも、
持ち前の“言葉と優しさ”で、庶民や貴族たちの心を動かしていく——。
これは、“最強の家族”が織りなす、
異世界王政リスタート・ほんのりコメディ・時々ガチの改革物語!
満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事
六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました!
京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。
己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。
「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
キャラ文芸
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞
第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮
鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~
【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。
ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。
でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる