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嫉妬の影、救いの光 - 坊主頭の誓い
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第一章:嫉妬の火種
春の兆しに包まれた青葉高校の教室は、朝の日差しで明るく照らされていた。しかし、桜井美咲の心は春の陽光とは裏腹に、暗い影に覆われていた。普通の顔、普通の成績、彼女には目立つものが何一つなかった。一方、彼女の親友、高梨結衣はその全てを持っていた。成績優秀、スポーツ万能、そして学校一のイケメン、佐伯遼の心まで掴んでいた。
「美咲、聞いて!」結衣が放課後の教室で興奮気味に声をかけてきた。「遼くんがね、私のためにブレスレットを作ってくれたの!」彼女は手首に巻かれたカラフルなビーズのブレスレットを見せびらかした。
美咲は微笑を浮かべたが、その笑顔の裏には複雑な心境が渦巻いていた。「それはすごいね、すごくきれい…」と声を絞り出した。しかし、彼女の心は結衣への嫉妬でギリギリと音を立てていた。
放課後、美咲はひとり教室に残り、窓から校庭を眺めていた。結衣と遼が手をつないで歩いているのが見えた。その幸せそうな姿が美咲の胸を締め付けた。その時、結衣がブレスレットを机の上に忘れているのに気がついた。
美咲の手が震えながらブレスレットに伸びる。彼女自身も何をしようとしているのか理解できないまま、自動的に手が動いていた。そして、次の瞬間、美咲はブレスレットを握りしめ、教室を飛び出していた。
校庭の隅に来ると、彼女は深呼吸を一つした後、ブレスレットを手放した。静かに風に乗ってビーズが散らばり、美咲の心とともに、青春の一片がそこに捨てられたのだった。夜の帳が下りる頃、美咲の心は既に重い罪悪感で満たされていたが、それを表面に出すことはできなかった。
第二章:破滅への一歩
翌朝、美咲は教室に足を踏み入れるなり、結衣の落胆した声に引き寄せられた。「どうしたの?」と尋ねる声が静まり返った教室で響く。
結衣は涙ぐんでいた。「ブレスレットがないの…遼くんが私のために…」彼女の声は絶望に満ち、周囲の同情を誘った。美咲も心のどこかで結衣に同情していたが、もう一方の自分がその場から逃れたいと願っていた。
美咲は結衣に肩を貸し、「一緒に探そう」と提案したが、その言葉は空虚に感じられた。探すふりをしながら、美咲は心の中で自分を責め続けた。
放課後、校庭の隅で一人、美咲はブレスレットを捨てた場所を見つめていた。結衣が遼と歩いていく姿を眺めるたびに、嫉妬が疼いた。そして、その疼きが行動を引き起こしていた。
結衣はひたすら探し続けた。遼も結衣のために、放課後まで残って一緒になって教室や廊下を探していた。美咲はその光景を見ていることが辛くなり、次第に罪悪感で胸が締め付けられるようになった。
「きっと見つかるよ」と美咲は結衣に励ましの言葉をかけたが、その言葉が自分の耳には皮肉に聞こえた。その夜、美咲はほとんど眠れずに過ごした。布団に横たわりながら、自分のしたことの重大さを噛みしめ、結衣と遼の笑顔が頭の中をグルグルと回った。美咲にとって、この一夜はただ長く、冷たいものだった。
第三章:親の怒り
数日が経過し、ブレスレットの行方は依然として不明だった。結衣の悲しみは日増しに深くなり、美咲の罪悪感もまた募るばかりだった。あの日以来、美咲は結衣の悲痛な顔を忘れることができずにいた。
結衣の母親、高梨美和子は娘の落胆した様子に我慢がならなくなり、ついに学校へ直談判に出向いた。彼女の姿は、教室のドアが開くや否や、一目で知ることができるほど迫力があった。「結衣が毎日泣いているのよ。あんなに大切にしていたものを!」彼女の声は教室の隅々に響き渡った。
美咲はその場に凍りついてしまった。美和子は校長室にまっすぐ進んでいき、美咲の耳にはその後の激しい口論の声が漏れ聞こえてきた。「我が子にこんな思いをさせた責任を、どう取るつもりですか!」美和子の声が廊下を揺らした。
緊張が教室を支配していた。先生たちは困惑し、生徒たちは恐怖に顔を青ざめさせていた。美咲だけが何か言わなければならないという重圧を感じていた。結衣の涙、美和子の怒り、それらが美咲の心を押し潰しかけていた。
「遼くんに何があったの?」校長の声が重く教室に響いた。結衣は黙って首を横に振った。
そんな中、美咲は立ち上がった。「私です、私が捨てました…」全ての目が彼女に集中した。一瞬、教室には完全な沈黙が訪れた。結衣は信じられないという顔をして美咲を見た。そして、その瞬間、結衣と美和子の怒りが爆発した。
「どうして…どうしてこんなことを?」結衣の問いかけは悲しみに満ちていた。美咲はただ低く頭を下げ、涙が止まらなかった。美和子は冷たい視線を美咲に向けていた。「あんたなんか、この学校にいる資格なんてないわ!」と叫び、校長に退学処分を求めた。校長は困惑しつつも、何か策を講じなければならないプレッシャーを感じていた。
この時、美咲の将来が崖っぷちに立たされていた。一つの小さな嫉妬が、彼女の人生を大きく狂わせようとしていたのだ。
第四章:救済の提案
学校は騒然としていた。美和子の激しい主張により、校長も教師たちも緊急会議を開くことになった。美咲は教室の隅で震えていた。結衣の視線は氷のように冷たく、一度も美咲には戻らなかった。
会議から戻った担任の小林先生は、深刻な面持ちで美咲を見た。「美咲、お前のしたことは重大だ。しかし、お前が真摯に反省していることもわかっている。退学という結果だけが答えではないはずだ」と言葉を続けた。
校長は厳しい表情で「退学処分を避けるためには、美咲さんがどれだけ反省しているか、みんなに示す必要がある」と提案した。それには、何か大きな行動が求められることを意味していた。教室の空気は緊迫していた。
小林先生はゆっくりと美咲の方へと向き直り、「美咲、お前が本当に心から反省していると、皆に示せることは何かあるか?」と問いかけた。
美咲は青ざめながらも、固く頷いた。そして、彼女は自らの髪を指さし、「私、髪を切ります。坊主にして、皆の前で謝ります」と静かに言い放った。クラスメイトからは驚きの声が上がり、結衣は目を見開いていた。
「それで退学を免れるのなら…」と美咲は言葉を続けるのがやっとだった。その言葉に、校長は一瞬躊躇したが、美和子の怒りを鎮め、学校の名誉を保つための妥協案として、この提案を受け入れることにした。
教室を出て行く美咲の背中は小さく、決断の重みを一身に背負っているようだった。教室には緊張した沈黙が残った。誰もがこの出来事が青葉高校にとってどれほどの影響を与えるのか、その結果を予測できなかった。
第五章:髪切りの儀式
理容室の静けさは、朝の喧騒を遠くに感じさせる。美咲はチェアに座り、前に広がる鏡の中の自分を見つめていた。彼女の目は決意と不安で揺れ、心は静かな嵐に包まれていた。
小林先生がそっと彼女の隣に立ち、手に持つバリカンを見せながら静かに言った。「美咲さん、準備はいいですか?」
美咲は深く息を吸い込み、一瞬の躊躇を見せた後、小さな声で答えた。「はい、先生。お願いします。」
バリカンのスイッチが入り、その振動が美咲の手に伝わる。小林先生の手が美咲の額に触れ、彼女の髪を軽く持ち上げると、バリカンがその生え際にゆっくりと触れた。
「始めますね。」
美咲は目を閉じ、息を止めた。バリカンの刃が動き出し、彼女の長い髪を一気に切り落とす音が静かな部屋に響く。ひと束、またひと束と、黒い髪が床に静かに落ちていく。
バリカンの刃が美咲の額の生え際に触れると、彼女は思わず息を飲んだ。先生の手が確かに、ゆっくりと頭のてっぺんに向かって動き出した。
「すっ…」切れる髪の微かな音が聞こえる。鏡の中で一束の黒い髪が滑り落ち、床に静かに降り積もった。
「大丈夫かい?」小林先生の声に、美咲は小さく頷き返す。
「大丈夫です。…続けてください。」
バリカンが一度に扱うには多すぎる髪を払いながら、小林先生は慎重に刃を進めた。刈り取られた髪が重力に従い、無数の黒い雪のように降り注ぐ。その度に美咲は目を閉じ、心の中で何かを囁いていた。
美咲の頭の形がだんだんと明らかになり、バリカンの刃がその輪郭をなぞるように動いた。小林先生は一本一本の髪に敬意を表するかのように、丁寧にそれらを削ぎ落としていった。
バリカンが彼女の頭を一周し、髪を短く整えていく。鏡の中で、美咲の新しい姿が徐々に現れてくる。彼女はその変化を静かに受け入れ、心の中で何度も自分に言い聞かせた。「これでいい。これが私の決断だ。」
切り落とされた髪が床に積もっていく中、小林先生は丁寧に彼女の頭を整えていった。最後に、バリカンが彼女の頭の後ろを通り過ぎ、美咲の長い髪は完全になくなった。
小林先生はバリカンを置き、細かい髪を払い落とすと、美咲の坊主頭に優しく触れた。
「終わりましたよ。」小林先生がバリカンを置き、美咲の新しい姿を鏡で見せる。
美咲はゆっくりと目を開け、鏡の中の自分を見た。一瞬の驚きの後、彼女の顔にはある種の解放感が浮かんだ。「これが、新しい私…」彼女は自分の声に少し驚きながらも、新しい自分に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます、先生。これで新しいスタートが切れます。」美咲の声は震えていたが、その中には確かな決意が感じられた。
理容室を出る時、美咲の足取りは軽く、彼女の顔には新たな希望の光が見えていた。彼女の心の重荷は少し軽くなり、新しい道への一歩を踏み出した瞬間だった。
後日談:坊主頭の彼女と優しい言葉
学校の門を潜る瞬間、美咲の心臓は重い鉛のように沈んでいた。門をくぐると、周囲のざわめきが彼女の耳に届く。一歩一歩、彼女は自分の足音と共に教室へ向かった。彼女の坊主頭が生徒たちの間でささやかれる音が、耳障りに感じられた。自分の席に着くと、彼女はもはや堪えきれず、頬を伝う涙を静かに拭った。
教室の隅、孤独と静寂に包まれて涙を流す美咲の肩に、突然温かな手が触れる。彼女はビクッとして顔を上げた。そこには、意外にも高橋くんが立っていた。彼の表情は穏やかで、目には優しさが宿っていた。
「大丈夫?」高橋くんの声は、美咲の緊張をほぐすかのように柔らかかった。
美咲は言葉を詰まらせながら、「ごめんなさい、こんな姿を見せてしまって…」と小さく呟いた。
高橋くんは膝を曲げて美咲の目線に合わせ、真剣な表情で言った。「美咲がこんなにも強い決断をしたこと、みんな知ってる。だから、頭を上げて。君は何も悪くないんだから。」
「でも、みんなに笑われるのが怖いの…」美咲の声は震えており、不安でいっぱいだった。
「笑ってる人たちは、君の持つ勇気をまだ知らないんだ。僕は君を尊敬してる。そして、僕だけじゃない。きっと、僕みたいに思ってる人が他にもいるはずだよ。」
その言葉に、美咲は少し驚いたように彼の目を見つめ返した。彼の目は、深い理解と共感をもって彼女を見つめていた。
「本当に…?」美咲の声は小さく、しかし希望を求めるようだった。
高橋くんは優しい微笑みを浮かべながら頷いた。「うん、本当だよ。だから、頭を上げて。一緒に前を向こう。」
その瞬間、高橋くんの手が、躊躇いつつも美咲の坊主頭に触れた。彼の指が軽く頭皮を撫でると、ジョリジョリとした心地良い感触が美咲を包み込んだ。彼女はその感触に少し照れくさいように微笑み、頭皮の新鮮な感覚に心を奪われた。
その触れ合いは、美咲にとって予期せぬ優しさの表現だった。高橋くんの行動によって、彼女の中で何かが変わり始めていた。彼の温かさ、理解、そして無言の支持が、美咲の心に新たな光を灯した。
彼女はゆっくりと頷き、まだ乾いていない涙を拭い去った。彼の優しさが、美咲の恥じらいを勇気に変え始めた。その瞬間から、美咲は高橋くんを新しい目で見始め、彼に対する深い感謝と、もしかしたらそれ以上の感情が芽生え始めていた。
春の兆しに包まれた青葉高校の教室は、朝の日差しで明るく照らされていた。しかし、桜井美咲の心は春の陽光とは裏腹に、暗い影に覆われていた。普通の顔、普通の成績、彼女には目立つものが何一つなかった。一方、彼女の親友、高梨結衣はその全てを持っていた。成績優秀、スポーツ万能、そして学校一のイケメン、佐伯遼の心まで掴んでいた。
「美咲、聞いて!」結衣が放課後の教室で興奮気味に声をかけてきた。「遼くんがね、私のためにブレスレットを作ってくれたの!」彼女は手首に巻かれたカラフルなビーズのブレスレットを見せびらかした。
美咲は微笑を浮かべたが、その笑顔の裏には複雑な心境が渦巻いていた。「それはすごいね、すごくきれい…」と声を絞り出した。しかし、彼女の心は結衣への嫉妬でギリギリと音を立てていた。
放課後、美咲はひとり教室に残り、窓から校庭を眺めていた。結衣と遼が手をつないで歩いているのが見えた。その幸せそうな姿が美咲の胸を締め付けた。その時、結衣がブレスレットを机の上に忘れているのに気がついた。
美咲の手が震えながらブレスレットに伸びる。彼女自身も何をしようとしているのか理解できないまま、自動的に手が動いていた。そして、次の瞬間、美咲はブレスレットを握りしめ、教室を飛び出していた。
校庭の隅に来ると、彼女は深呼吸を一つした後、ブレスレットを手放した。静かに風に乗ってビーズが散らばり、美咲の心とともに、青春の一片がそこに捨てられたのだった。夜の帳が下りる頃、美咲の心は既に重い罪悪感で満たされていたが、それを表面に出すことはできなかった。
第二章:破滅への一歩
翌朝、美咲は教室に足を踏み入れるなり、結衣の落胆した声に引き寄せられた。「どうしたの?」と尋ねる声が静まり返った教室で響く。
結衣は涙ぐんでいた。「ブレスレットがないの…遼くんが私のために…」彼女の声は絶望に満ち、周囲の同情を誘った。美咲も心のどこかで結衣に同情していたが、もう一方の自分がその場から逃れたいと願っていた。
美咲は結衣に肩を貸し、「一緒に探そう」と提案したが、その言葉は空虚に感じられた。探すふりをしながら、美咲は心の中で自分を責め続けた。
放課後、校庭の隅で一人、美咲はブレスレットを捨てた場所を見つめていた。結衣が遼と歩いていく姿を眺めるたびに、嫉妬が疼いた。そして、その疼きが行動を引き起こしていた。
結衣はひたすら探し続けた。遼も結衣のために、放課後まで残って一緒になって教室や廊下を探していた。美咲はその光景を見ていることが辛くなり、次第に罪悪感で胸が締め付けられるようになった。
「きっと見つかるよ」と美咲は結衣に励ましの言葉をかけたが、その言葉が自分の耳には皮肉に聞こえた。その夜、美咲はほとんど眠れずに過ごした。布団に横たわりながら、自分のしたことの重大さを噛みしめ、結衣と遼の笑顔が頭の中をグルグルと回った。美咲にとって、この一夜はただ長く、冷たいものだった。
第三章:親の怒り
数日が経過し、ブレスレットの行方は依然として不明だった。結衣の悲しみは日増しに深くなり、美咲の罪悪感もまた募るばかりだった。あの日以来、美咲は結衣の悲痛な顔を忘れることができずにいた。
結衣の母親、高梨美和子は娘の落胆した様子に我慢がならなくなり、ついに学校へ直談判に出向いた。彼女の姿は、教室のドアが開くや否や、一目で知ることができるほど迫力があった。「結衣が毎日泣いているのよ。あんなに大切にしていたものを!」彼女の声は教室の隅々に響き渡った。
美咲はその場に凍りついてしまった。美和子は校長室にまっすぐ進んでいき、美咲の耳にはその後の激しい口論の声が漏れ聞こえてきた。「我が子にこんな思いをさせた責任を、どう取るつもりですか!」美和子の声が廊下を揺らした。
緊張が教室を支配していた。先生たちは困惑し、生徒たちは恐怖に顔を青ざめさせていた。美咲だけが何か言わなければならないという重圧を感じていた。結衣の涙、美和子の怒り、それらが美咲の心を押し潰しかけていた。
「遼くんに何があったの?」校長の声が重く教室に響いた。結衣は黙って首を横に振った。
そんな中、美咲は立ち上がった。「私です、私が捨てました…」全ての目が彼女に集中した。一瞬、教室には完全な沈黙が訪れた。結衣は信じられないという顔をして美咲を見た。そして、その瞬間、結衣と美和子の怒りが爆発した。
「どうして…どうしてこんなことを?」結衣の問いかけは悲しみに満ちていた。美咲はただ低く頭を下げ、涙が止まらなかった。美和子は冷たい視線を美咲に向けていた。「あんたなんか、この学校にいる資格なんてないわ!」と叫び、校長に退学処分を求めた。校長は困惑しつつも、何か策を講じなければならないプレッシャーを感じていた。
この時、美咲の将来が崖っぷちに立たされていた。一つの小さな嫉妬が、彼女の人生を大きく狂わせようとしていたのだ。
第四章:救済の提案
学校は騒然としていた。美和子の激しい主張により、校長も教師たちも緊急会議を開くことになった。美咲は教室の隅で震えていた。結衣の視線は氷のように冷たく、一度も美咲には戻らなかった。
会議から戻った担任の小林先生は、深刻な面持ちで美咲を見た。「美咲、お前のしたことは重大だ。しかし、お前が真摯に反省していることもわかっている。退学という結果だけが答えではないはずだ」と言葉を続けた。
校長は厳しい表情で「退学処分を避けるためには、美咲さんがどれだけ反省しているか、みんなに示す必要がある」と提案した。それには、何か大きな行動が求められることを意味していた。教室の空気は緊迫していた。
小林先生はゆっくりと美咲の方へと向き直り、「美咲、お前が本当に心から反省していると、皆に示せることは何かあるか?」と問いかけた。
美咲は青ざめながらも、固く頷いた。そして、彼女は自らの髪を指さし、「私、髪を切ります。坊主にして、皆の前で謝ります」と静かに言い放った。クラスメイトからは驚きの声が上がり、結衣は目を見開いていた。
「それで退学を免れるのなら…」と美咲は言葉を続けるのがやっとだった。その言葉に、校長は一瞬躊躇したが、美和子の怒りを鎮め、学校の名誉を保つための妥協案として、この提案を受け入れることにした。
教室を出て行く美咲の背中は小さく、決断の重みを一身に背負っているようだった。教室には緊張した沈黙が残った。誰もがこの出来事が青葉高校にとってどれほどの影響を与えるのか、その結果を予測できなかった。
第五章:髪切りの儀式
理容室の静けさは、朝の喧騒を遠くに感じさせる。美咲はチェアに座り、前に広がる鏡の中の自分を見つめていた。彼女の目は決意と不安で揺れ、心は静かな嵐に包まれていた。
小林先生がそっと彼女の隣に立ち、手に持つバリカンを見せながら静かに言った。「美咲さん、準備はいいですか?」
美咲は深く息を吸い込み、一瞬の躊躇を見せた後、小さな声で答えた。「はい、先生。お願いします。」
バリカンのスイッチが入り、その振動が美咲の手に伝わる。小林先生の手が美咲の額に触れ、彼女の髪を軽く持ち上げると、バリカンがその生え際にゆっくりと触れた。
「始めますね。」
美咲は目を閉じ、息を止めた。バリカンの刃が動き出し、彼女の長い髪を一気に切り落とす音が静かな部屋に響く。ひと束、またひと束と、黒い髪が床に静かに落ちていく。
バリカンの刃が美咲の額の生え際に触れると、彼女は思わず息を飲んだ。先生の手が確かに、ゆっくりと頭のてっぺんに向かって動き出した。
「すっ…」切れる髪の微かな音が聞こえる。鏡の中で一束の黒い髪が滑り落ち、床に静かに降り積もった。
「大丈夫かい?」小林先生の声に、美咲は小さく頷き返す。
「大丈夫です。…続けてください。」
バリカンが一度に扱うには多すぎる髪を払いながら、小林先生は慎重に刃を進めた。刈り取られた髪が重力に従い、無数の黒い雪のように降り注ぐ。その度に美咲は目を閉じ、心の中で何かを囁いていた。
美咲の頭の形がだんだんと明らかになり、バリカンの刃がその輪郭をなぞるように動いた。小林先生は一本一本の髪に敬意を表するかのように、丁寧にそれらを削ぎ落としていった。
バリカンが彼女の頭を一周し、髪を短く整えていく。鏡の中で、美咲の新しい姿が徐々に現れてくる。彼女はその変化を静かに受け入れ、心の中で何度も自分に言い聞かせた。「これでいい。これが私の決断だ。」
切り落とされた髪が床に積もっていく中、小林先生は丁寧に彼女の頭を整えていった。最後に、バリカンが彼女の頭の後ろを通り過ぎ、美咲の長い髪は完全になくなった。
小林先生はバリカンを置き、細かい髪を払い落とすと、美咲の坊主頭に優しく触れた。
「終わりましたよ。」小林先生がバリカンを置き、美咲の新しい姿を鏡で見せる。
美咲はゆっくりと目を開け、鏡の中の自分を見た。一瞬の驚きの後、彼女の顔にはある種の解放感が浮かんだ。「これが、新しい私…」彼女は自分の声に少し驚きながらも、新しい自分に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます、先生。これで新しいスタートが切れます。」美咲の声は震えていたが、その中には確かな決意が感じられた。
理容室を出る時、美咲の足取りは軽く、彼女の顔には新たな希望の光が見えていた。彼女の心の重荷は少し軽くなり、新しい道への一歩を踏み出した瞬間だった。
後日談:坊主頭の彼女と優しい言葉
学校の門を潜る瞬間、美咲の心臓は重い鉛のように沈んでいた。門をくぐると、周囲のざわめきが彼女の耳に届く。一歩一歩、彼女は自分の足音と共に教室へ向かった。彼女の坊主頭が生徒たちの間でささやかれる音が、耳障りに感じられた。自分の席に着くと、彼女はもはや堪えきれず、頬を伝う涙を静かに拭った。
教室の隅、孤独と静寂に包まれて涙を流す美咲の肩に、突然温かな手が触れる。彼女はビクッとして顔を上げた。そこには、意外にも高橋くんが立っていた。彼の表情は穏やかで、目には優しさが宿っていた。
「大丈夫?」高橋くんの声は、美咲の緊張をほぐすかのように柔らかかった。
美咲は言葉を詰まらせながら、「ごめんなさい、こんな姿を見せてしまって…」と小さく呟いた。
高橋くんは膝を曲げて美咲の目線に合わせ、真剣な表情で言った。「美咲がこんなにも強い決断をしたこと、みんな知ってる。だから、頭を上げて。君は何も悪くないんだから。」
「でも、みんなに笑われるのが怖いの…」美咲の声は震えており、不安でいっぱいだった。
「笑ってる人たちは、君の持つ勇気をまだ知らないんだ。僕は君を尊敬してる。そして、僕だけじゃない。きっと、僕みたいに思ってる人が他にもいるはずだよ。」
その言葉に、美咲は少し驚いたように彼の目を見つめ返した。彼の目は、深い理解と共感をもって彼女を見つめていた。
「本当に…?」美咲の声は小さく、しかし希望を求めるようだった。
高橋くんは優しい微笑みを浮かべながら頷いた。「うん、本当だよ。だから、頭を上げて。一緒に前を向こう。」
その瞬間、高橋くんの手が、躊躇いつつも美咲の坊主頭に触れた。彼の指が軽く頭皮を撫でると、ジョリジョリとした心地良い感触が美咲を包み込んだ。彼女はその感触に少し照れくさいように微笑み、頭皮の新鮮な感覚に心を奪われた。
その触れ合いは、美咲にとって予期せぬ優しさの表現だった。高橋くんの行動によって、彼女の中で何かが変わり始めていた。彼の温かさ、理解、そして無言の支持が、美咲の心に新たな光を灯した。
彼女はゆっくりと頷き、まだ乾いていない涙を拭い去った。彼の優しさが、美咲の恥じらいを勇気に変え始めた。その瞬間から、美咲は高橋くんを新しい目で見始め、彼に対する深い感謝と、もしかしたらそれ以上の感情が芽生え始めていた。
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