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第二部 第2章
349.ハンカチ
しおりを挟む「……これは、ハンカチ?」
枢機卿が落としたものを拾い上げる。
「まぁ、子供用のハンカチですね」
「本当。どうして枢機卿猊下が子供用のハンカチをお持ちなのでしょうか?」
「枢機卿猊下はご結婚されておりませんし、お子様もいませんものね」
シスターたちが言うように、オリヴァーの手の中にあるのは小さな子供用のハンカチだった。
ハンカチの端には猫の刺繍がされていて、子供が好みそうだ。
「……枢機卿猊下にお渡し、」
バァン!
大きな音をたて、礼拝堂の扉が開く。びっくりした……と、ドッドッドッと鳴る胸に手を当て、ふぅっと息を吐いたオリヴァーが、扉の前に立つ人物を見た。
「っ……」
「枢機卿猊下……?」
明らかに慌てている。感情が表に出ている枢機卿に、オリヴァーは一歩下がって様子をうかがった。枢機卿はオリヴァーの手にあるハンカチを見ると、目を見開き……
「それは……っ」
「あ、こちらは枢機卿が落とされたようで、今お渡ししようと……」
「っ、触るな!」
ハンカチを差し出し、拾った事を伝えたつもりだったのだが、枢機卿はオリヴァーの手からひったくるように、そのハンカチを奪ったのだ。
「ぇ……」
「っ……」
枢機卿はそのまま足早に去っていった。
「……僕は、何か失礼な事をしてしまったのでしょうか……」
「そんな事はありませんよ」
「枢機卿猊下は、いつもはとても穏やかでお優しい方ですが、今日は虫の居所が悪かったのかもしれませんね」
シスターたちが口々に、呆然とするオリヴァーを慰めつつ、奥の部屋に案内する。オリヴァーは先程のハンカチの事が気になっていたが、ドニーズを探さなくては! とシスターたちの後をついていったのだ。
「───落としてしまってごめん……、大丈夫。私が……を、……から。もう少し待っていて───」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「とぅた、にぃに、じょぉこ?」
「はぁ……何で私が子守なんてしなきゃいけないんだか。この間もディバイン公爵の偽前妻に変装させられるし、なんの為にあんな事させられたのかもわからないし、ツイてない……」
「ぅ? ちゅいて、なぁい」
「そうよ。本当、ツイてないの」
抱き上げたフローレンスに適当に返事をする女性は、ディバイン公爵の前妻として、公爵に近付いたが、あんな化け物の妻になったあの女性には同情しかない。あんな恐ろしい男のそばにいれば、すぐに恐怖で心が壊れてしまうだろう、と考えながら急いでいる。
「フローレンスちゃん、あんたはぽやぽやだけど、聖女なんでしょう。それなら、あの方の役に立ってちょうだいね」
「ぅ?」
女性の話を理解出来ていないフローレンスは、首を傾げ、自分の親指をチュッチュと吸っている。
これが聖女だなんて、世も末だ。
女性は溜息を吐き、普段誰も使用しない書庫の扉を潜った。部屋の中には誰もおらず、12畳程の書庫には雑然と木の板や古い本が置かれていた。本だけでなく、ランタンやドレッサー、壊れた棚などが誇りを被っているので、どうやら書庫というよりは倉庫なのかもしれない。
「とぅたぁ? ない……」
女性はフローレンスの呟きを無視すると、迷う事もなく、奥の本棚の前まで移動し、ある本を開くと、中から鍵を取り出したのだ。その鍵をまた違う本の奥にあった鍵穴に差し込むと、棚が扉のように開いたではないか。
「ほぁ~!」
フローレンスはそれに喜んで声を上げるが、女性は「静かにして」と淡々と喋り、中に入ったのだ。
「よーてーたん……」
フローレンスは何もない場所を見て手を伸ばす。女性は、やっぱり気持ちの悪い子だと思ったが、そんな事よりもこの子供を早く連れて行かなくては、と先を急いだ。
本棚の裏側は何もない空間で、その壁にポツンと燭台があるだけだ。もちろん誰もいない。
よく見ると、燭台の根本にまた鍵穴があり、女性はそこにポケットから取り出した鍵を差し込んで回す。先程のものとは違う鍵だ。
そうして燭台を90度に倒すと、今度は壁が扉のように開いた。
「ウィーヌス様、お待たせいたしました」
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