継母の心得

トール

文字の大きさ
133 / 369
第二部 第2章

349.ハンカチ

しおりを挟む


「……これは、ハンカチ?」

枢機卿が落としたものを拾い上げる。

「まぁ、子供用のハンカチですね」
「本当。どうして枢機卿猊下が子供用のハンカチをお持ちなのでしょうか?」
「枢機卿猊下はご結婚されておりませんし、お子様もいませんものね」

シスターたちが言うように、オリヴァーの手の中にあるのは小さな子供用のハンカチだった。
ハンカチの端には猫の刺繍がされていて、子供が好みそうだ。

「……枢機卿猊下にお渡し、」

バァン!
大きな音をたて、礼拝堂の扉が開く。びっくりした……と、ドッドッドッと鳴る胸に手を当て、ふぅっと息を吐いたオリヴァーが、扉の前に立つ人物を見た。

「っ……」
「枢機卿猊下……?」

明らかに慌てている。感情が表に出ている枢機卿に、オリヴァーは一歩下がって様子をうかがった。枢機卿はオリヴァーの手にあるハンカチを見ると、目を見開き……

「それは……っ」
「あ、こちらは枢機卿が落とされたようで、今お渡ししようと……」
「っ、触るな!」

ハンカチを差し出し、拾った事を伝えたつもりだったのだが、枢機卿はオリヴァーの手からひったくるように、そのハンカチを奪ったのだ。

「ぇ……」
「っ……」

枢機卿はそのまま足早に去っていった。

「……僕は、何か失礼な事をしてしまったのでしょうか……」
「そんな事はありませんよ」
「枢機卿猊下は、いつもはとても穏やかでお優しい方ですが、今日は虫の居所が悪かったのかもしれませんね」

シスターたちが口々に、呆然とするオリヴァーを慰めつつ、奥の部屋に案内する。オリヴァーは先程のハンカチの事が気になっていたが、ドニーズを探さなくては! とシスターたちの後をついていったのだ。


「───落としてしまってごめん……、大丈夫。私が……を、……から。もう少し待っていて───」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「とぅた、にぃに、じょぉこ?」
「はぁ……何で私が子守なんてしなきゃいけないんだか。この間もディバイン公爵の偽前妻に変装させられるし、なんの為にあんな事させられたのかもわからないし、ツイてない……」
「ぅ? ちゅいて、なぁい」
「そうよ。本当、ツイてないの」

抱き上げたフローレンスに適当に返事をする女性は、ディバイン公爵の前妻として、公爵に近付いたが、あんな化け物の妻になったあの女性には同情しかない。あんな恐ろしい男のそばにいれば、すぐに恐怖で心が壊れてしまうだろう、と考えながら急いでいる。

「フローレンスちゃん、あんたはぽやぽやだけど、聖女なんでしょう。それなら、あの方の役に立ってちょうだいね」
「ぅ?」

女性の話を理解出来ていないフローレンスは、首を傾げ、自分の親指をチュッチュと吸っている。

これが聖女だなんて、世も末だ。

女性は溜息を吐き、普段誰も使用しない書庫の扉を潜った。部屋の中には誰もおらず、12畳程の書庫には雑然と木の板や古い本が置かれていた。本だけでなく、ランタンやドレッサー、壊れた棚などが誇りを被っているので、どうやら書庫というよりは倉庫なのかもしれない。

「とぅたぁ? ない……」

女性はフローレンスの呟きを無視すると、迷う事もなく、奥の本棚の前まで移動し、ある本を開くと、中から鍵を取り出したのだ。その鍵をまた違う本の奥にあった鍵穴に差し込むと、棚が扉のように開いたではないか。

「ほぁ~!」

フローレンスはそれに喜んで声を上げるが、女性は「静かにして」と淡々と喋り、中に入ったのだ。

「よーてーたん……」

フローレンスは何もない場所を見て手を伸ばす。女性は、やっぱり気持ちの悪い子だと思ったが、そんな事よりもこの子供を早く連れて行かなくては、と先を急いだ。

本棚の裏側は何もない空間で、その壁にポツンと燭台があるだけだ。もちろん誰もいない。
よく見ると、燭台の根本にまた鍵穴があり、女性はそこにポケットから取り出した鍵を差し込んで回す。先程のものとは違う鍵だ。

そうして燭台を90度に倒すと、今度は壁が扉のように開いた。

「ウィーヌス様、お待たせいたしました」


しおりを挟む
感想 11,966

あなたにおすすめの小説

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。