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第二部 第5章
571.魂の叫び
しおりを挟む深夜の事だ。部屋から出てきたエンツォは、真っ暗な廊下を静かに歩いていた。月の光もない新月の夜は、誰にも見つからないよう歩き回るにはうってつけだ。とはいえ、今回は目的地がある。
すぐそばの部屋の前で止まると、エンツォは音をたてないよう慎重に扉を開けた。その様子を、人ならざるものが見ているとも知らずに───
ーーーーーーーーーーーーーーー
扉がゆっくり開き、緊張で息を止めてしまう。心臓がドキドキして、息を止めた息苦しさから、呼吸音が出そうになって口を押さえる。
お父様が入ってきた。
『ベル、テオ、やっぱり来たよ!』
なーたんことナサニエルが、わたくしたちにこっそり耳打ちしてくるが、妖精の声は他の人には聞こえないのだから、耳打ちしなくてもいいのではないかしら、と思わなくもない。
真っ暗な部屋にずっと潜んでいるからか、目が慣れてきて、動く人影が見える。
まだ、もう少し⋯⋯今見つかってはいけませんわ。
心臓が早鐘を打つなかで、ぎゅっと握りつぶされたような、そんな傷みに似た感覚に、わたくしには影のような仕事はとてもできないと、改めて実感した。
あまりに緊張しているからか、隣にいるテオ様がぎゅっと手を握ってくれる。
大丈夫。ここにはテオ様も、妖精も影たちもいますわ。
わたくしの目の前にはベッドがある。そこへ徐々に近づいて来るお父様の姿に、唇を噛む。
ベッドには今、とある人物が眠っている。お父様はそれを覗き込むと、
「⋯⋯お前の身体をいただく」
ボソリと呟いたお父様の身体が傾いていき、ベッドの上へ倒れ込んだ。
この世界の魔法は、発動する時に光ったりするエフェクトが仕様なのだが、稀に何もないものもあるらしい。そういった魔法は、隠密行動を得意とする者には重宝されるそうだ。
アニメなら、こういう時は黒い靄とかで表現されるのだろう。
今ですわ!!
身体を乗っ取る前に呟いてくれて良かった。それが合図になったのだから。
魔法で明かりを灯せば、影が倒れた父を即座に抱き上げ部屋を出る。父の中には、もう別の魂は入っていない。なぜなら、
「お待ちしておりましたわ」
青白い炎のようなものを纏った人魂が、わたくしの目の前に浮かんでいたからだ。
『!? ⋯⋯っ、───』
声は聞こえない。しかし、動揺しているのはわかった。
「お父様の身体にいられないと思ったあなたは、ここに来ると思っておりましたのよ」
『───』
この人魂は、この場ではわたくしとテオ様にしか見えていないだろう。
テオ様は静かに悪霊を見ているが、腰の剣に手をかけ、警戒は怠らない。
剣で悪霊が斬れるかはわかりませんけれど、テオ様なら斬りそうですわ。
「あなたは、ロギオン国の二代目の国王ですわね?」
『───!?』
驚いているのは何となくわかるのだけれど、魂だからか、声が聞こえないのが不便ですわ⋯⋯
「どうして、その事をわたくしが知っているのか、不思議にお思いでしょう」
『⋯⋯』
「ロギオン国の事を調べているうちに、不審な死を遂げたあなたの事を知ったのですわ。思っていたよりたくさん、初代や二代目の資料が遺っておりましたのよ」
この悪霊は、やはりロギオン国の二代目国王で間違いない。初代と同様の能力を持ち、そして⋯⋯
「あなたがオリヴァーに憑依しようとして、できなかった理由、おわかりになりますか?」
『!?』
そう。二代目はわたくしの弟を次のターゲットにしていたのだ。
狙いが新素材なら、お父様は情報を残してはいないから、開発責任者のオリヴァーに目をつけると思っていたのよ。影にも妖精にも、お父様の動きを注視してもらっていたから、こうして待ち伏せできましたしね。
「あなたの憑依の条件は、身体の機能が正常に働いている意識の無い人間にのみ、取り憑く事ができるというものではなくて?」
『───!』
「何故知っているのか、と思いましたわね」
声が聞こえないから本当のところはわからないけれど。ここはこの場の雰囲気で進めさせてもらいますわ。
「あなたが父の身体を乗っ取った時の状況を考えれば、予想はつきますのよ。だからオリヴァーに、寝たふりをしてもらいましたの」
そして、意識の無い父を急いで部屋から運び出したのは、父の身体に戻ったりしないようにする為でしたのよ。
「お姉様⋯⋯、もういいでしょうか?」
寝たふりはもういいか、とオリヴァーが起き上がり、ベッドから降りる。人魂は先ほどよりもひと回り小さくなっていて、急がなくてはならないと気づく。どうして急ぐ必要があるのか、それは⋯⋯
「憑依できない魂は、長くは持ちませんのよね⋯⋯?」
『───!』
生きている人間にのみ憑依するという事は、自分が憑依して生きていられる状態のものにしか憑依できないという事だ。そして、入れ物から入れ物には素早く移る必要があるのではないか。おそらく剥き出しの魂は弱く、すぐに消滅してしまうから。そう予測をたててはいたが、この様子だとその通りなのだろう。
『───⋯⋯っ』
もしかしたら、死にたくない。生きたい、と言っているのかもしれませんわ⋯⋯
魂のみだが、助けて、助けて、と叫びが聞こえてくるようだ。
「何百年も、父親に言われるまま、奴隷として生きてきたのでしょう?」
『⋯⋯───』
もし彼が二代目なら、おそらく虐待され、父親の支配下におかれていたのだわ。だって初代は、自身の子孫を奴隷にするような男なのだ。同じ能力を持つ二代目をいいように使おうとするのは目に見えている。たとえ血を分けた子供であっても。
「そろそろ、解放されても良いのではなくて?」
『⋯⋯』
否定はしないのね⋯⋯。
『───』
揺れる人魂が、何故かわたくしには、泣きじゃくる子供のように見えましたのよ。
「大丈夫。このまま消滅はさせませんわ」
また大きく揺れる人魂。
手に持っていた魔石を見せるように、手のひらを広げれば、不安そうに震えている。
「ここには聖女様の魔法が込められておりますの」
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