継母の心得 〜 番外編 〜

トール

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番外編 〜クレヨンと鉛筆 〜

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ボクは帝都でしがない画材屋を経営している。
昔はボクも画家を目指していたけれど、挫折して父の画材屋を継いだ、何の面白味もない中途半端な男だ。

それでも頑張ってみようと、一念発起して画材も作ってみたけど、今じゃ埃をかぶってやる気もなくした。

そんなある日、うちの画材店にこの世のものとは思えないほど美しく、絶対高位貴族だ! という気品を醸し出した紳士がやって来たんだ。

「い、いらっしゃい、ませ……」

失礼な対応をしたら首が飛ぶ。物理的に。

驚くほど冷え冷えとした雰囲気で、目があっただけでこちらが凍りそうなほどで、ボクは目も合わせられず震えているだけだった。

「子供でも簡単に絵を描けるものはあるか」

ぼ、ボクに、話しかけているのかな……?? それにしては店内をゆっくりと見ているし……。

「店主、絵の具ではなく、子供でも簡単に描くことができ、色も様々なものがある。というのが理想なのですが」

呆然としていると、お付きの方がもう一度探しているものを教えてくれた。

さ、探さないと……っ

「旦那様、確か奥様は、顔料とロウを混ぜて固めたものがあれば、と仰っておりましたよね」
「ああ……、これは、何だ」

ボクが作った、隅で埃をかぶっている画材を一瞥したその方は、お付きの方にそう言って、それを手に取らせた。

「店主、こちらは何でしょうか?」

「そ、それは、ボクが作った、簡単に下絵が描けるチョークというものです!」

でも、紙がないと意味のないものなんだよね……。

「旦那様……もしかして、奥様が仰っていたのはこれのことではありませんか」
「……これは、他に色はあるのか」
「は、はい! ございます!! すぐにお持ちします」

こうして、高貴な御方に、ボクの作ったカラーチョークを5色全てご購入いただいたのだ。

「売れた……。たった一つだけど、ボクが作った画材が、あんな高貴な御方に、手に取っていただけて……売れたんだ……っ」

高貴な御方がお帰りになった後、暫く呆然としていたけれど、何だか泣けてきて、作った意味があったんだって、そう思えて、なくしていたやる気が、少し湧いてきた気がした。

その数ヶ月後のことだ。

「店主、私の主が話を聞きたいと仰っております。お時間をいただけますか」

突然美しい女性がやって来て、そう言われ、よくわからないうちに、あの高貴な御方と同じくらい美しい女性が店に入ってきて……、

「お忙しい所申し訳ありませんわ。カラーチョークについてお伺いしたいのだけど、お時間よろしいかしら? お忙しいようでしたら出直しますわ」

誰もいない店内で、全く忙しくはないのだけれど、女神のように美しい女性は、平民のボクに気遣ってくれている。

「あ、だ、大丈夫で、ござ、ます!」
「ありがとう存じますわ」

とても謙虚な方で、ボクの中で貴族のイメージが随分変わった。

「カラーチョークを製造されている方を知りたいのです」
「え!? どうしてカラーチョークのことを!?」
「夫からプレゼントでいただいたのですが、とても魅力的な商品で、ぜひ製造者にお会いしたいのですわ」

などと仰ったので、仰天してしまった。
まさか、あの高貴な御方の奥様!? さすが奥様もお美しい……いや、こんな美しい女性に、ボクのカラーチョークをプレゼントした!? しかも興味を持ってくださった!?

色んな感情が一気に湧いてきて、頭の中はパニックだ。

「店主、聞いていますか? 奥様が製造者をお知りになりたいと仰っております。どうか紹介していただけませんか」

お付きの方にそう言われて、ハッとする。

「つ、作ったのはボクで、ござ、んす! すいませんっ」
「まぁ! あなたがカラーチョークを作られたのね! でしたら、相談なのですが、ぜひ、カラーチョークをわたくしの店に卸していただけないかしら?」
「え!? あのまったく売れないものをですか!?」
「これからは紙も安価で手に入る時代になりますわ。カラーチョークは、子供たちの必需品になるはずです!」

埃をかぶっていた画材が、必需品? とてもじゃないけど、信じられない事だった。

「不安であれば、卸していただけるものは全て買い取りますわ。不良品でない限り、そちらへ返品することはいたしません」
「はぁ……、その条件であればかまいません」
「それと、先程から気になっておりましたこちら……インク無しで黒色の線を引いたり、絵や文字を描けるものではなくて?」

女神が指差したのは、黒鉛と粘土と水を練り合わせ、乾燥させたあと焼き上げてかためたチョークだった。チョークとは言っても、カラーチョークとは全然違う。
高貴な御方にカラーチョークが売れてから、少しやる気を出して新たに作ったものだった。

でも、乾燥して書きにくいんだよな……。

「そうです。でもこれは、薄付きであまり役には立たないかもしれません……」
「そんな事ありませんわ! 素晴らしい発明です! 鉛筆の芯とここで出会うなんて……っ」
「えんぴつ……??」
「あ、いえ。これはわたくしが支援する画家にプレゼントしますので包んでくださいまし」
「は、はいっ! ありがとうございます」
「あと、熱い油を染み込ませると、滑らかな書き心地になるかもしれませんわ」
「へ?」

こうして、女神の店にカラーチョークと黒いチョークを卸すようになったのだが……、ボクは想像もしていなかった。

この十年後、この画材屋はクレヨンや鉛筆が主力商品になるという事を。

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