31 / 103
お試しの居場所編(前)
22 初めての恋煩いの待ち時間。(数斗視点)
しおりを挟む指先に、熱が残っている気がする。
眠りから覚めた俺は、柔らかな肌の感触ではなく、冷たい無機物。
掴んで引き寄せれば、替えて日が浅い新しい携帯電話。
タンッと画面を人差し指で叩いて、時間を確認する。
規則正しく生活で、起床時間は決まっていたのに、なかなか寝付けなかったせいで、いつもより一時間も寝過ごしてしまった。
通知はない。
彼女から、連絡はまだ来ていなかった。
……まだ寝ているのかな。
ふぅー、と息を吐いてから、前髪を掻き上げて、一度枕に顔を埋めた。
顔を上げたら、ロックを解除する。
そうすれば、昨日寝落ちるまで見ていた写真が、一番に映った。
遊園地のアトラクションの列に並んでいる最中に、撮った写真。
ツーショット写真が欲しかったけれど、流石にそんなチャンスはなく、撮れるだけ一緒に撮った。
最悪な腹黒女も、不快なことに、彼女にくっ付いている。
けれど、俺とも寄り添う近さにいてくれた。
ふわっと柔らかい笑みを浮かべた彼女。
俺が一目惚れした古川七羽ちゃん。
ふわりとカールさせたセミロングの茶髪に包まれた小顔。
パッチリお目めは、ブラウン色。カラコンじゃないのに、綺麗な瞳だ。
程よい量の上向き睫毛は、ほんのりの赤色とラメを瞼に乗せていて、ぷっくらした唇はオレンジ寄りの赤色を塗っている。
それだけのナチュラルメイク。十分、可愛く着飾っている。
そんな可愛い七羽ちゃんに、夢中なのに。
編集でスタンプを貼り付けて隠したこの腹黒女は、酷く言っていたもの全てが、俺にとっては愛しいものだけ。
連絡、来ないかな……。
寄り添うように、俺の隣に写真に映ってくれる彼女から。
……俺は起きたってことは、メッセージを送って知らせておこう。
既読はつかない。
寝ているだろう。
今日一日、遊び疲れた身体を休ませるために確保した日だ。
昨日は、あんな小柄な身体で動き回っていたし、足の疲労は酷いだろう。
それに、精神的苦痛も受けたのだ。
眠り込んでいるかもしれない。
……大丈夫だろうか。七羽ちゃん。
ぼんやりと画面を見つめていても、連絡は来ない。
ベッドから起き上がって、朝の支度を済ませる。
携帯電話は片時も放さず、時折確認したが、七羽ちゃんからの連絡はなし。
大丈夫だろうか。いや、寝ているんだ。
俺から電話をするのは、疲れて眠っている邪魔になる。
ソファーに深く腰掛けて、携帯電話をひたすら見つめた。
写真をまた眺めて、はぁーっとため息を吐く。
まだ連絡が来ない。
うーん、と呻いて、ソファーの背凭れに額を押し付けた。
不安と期待が、右往左往。
【初恋を拗らせている気分】
なんて、新一に向かって、メッセージを送ってしまった。
【いやそのまんまだろ(笑)本命童貞ってヤツだな】
容赦ない返信。苦笑を零す。
【確かに。正真正銘の初恋だよ(苦笑)どうすればいいか、わからないよ。昨日なんて、フラれると思った。焦った】
そうありのままのメッセージを送った。
【どした? 詳しく。つか、電話しろ。今休憩中だし】
【無理。七羽ちゃんの連絡待ち】
【おいコラ、優先順位。拗らせ初恋男め】
ククッと、喉を震わせて笑ってしまう。
新一は、呆れながら笑っているに違いない。
しょうがないじゃないか。待ってるんだから。
メッセージアプリで、昨夜のフラれそうだった雰囲気を話す。
【褒められているのにフラれそうに感じるって相当じゃん】
【決定打を言われたら、死ねた】
【ねばれよ】
【無理かな。もう七羽ちゃんなら俺のハート壊せる】
【ブロークンハート】
【ブロークンハート】
【あの天使に?(笑)】
【あの天使に(笑)今日疲れてなければ、二人で会ってくれるって言ってくれたんだけど……どうしよ】
【おれの助言、役に立つ?】
【立つよ】
【すまん。休憩時間終わった。がんば】
仕事に戻ってしまったのか。ガクリと項垂れた。
真樹も仕事中だから、応答しないだろう。
煩いだろうと思って、通知を止めていたグループメッセージを見てみれば、大騒ぎだ。
沢田の本性暴露で、炎上中。火消しをした試みた痕跡があっても、すでにメッセージアプリのアカウントも削除したらしい。逃亡か。
自業自得だ。
俺が坂田と別れたから、それを絶好の機会と飛びついては、障害だとみなした七羽ちゃんに、いい人の分厚い仮面を被ってすり寄り、悪意を浴びせた。
俺も真樹も毒牙にかかるところだったし、七羽ちゃんも散々な酷い悪口を多く書かれてしまって、傷付いたはず。
目を閉じれば、ポロポロと涙を落とす苦しげな顔が浮かんだ。
沢田に向かって怒りをぶつけていた時も、つらそうに顔を歪めていた姿。
傷だらけの天使。
……って、誰かが言ってた。あ、真樹か。
過去のトラウマから、周囲の感情に敏感になるくらい、気を張って生きてきた。
捻くれるどころか、過去は過去と乗り越えて、前向きに生きようとしている子。
傷だらけだとしても、その瞳から見える心が綺麗だから、一目惚れしたんだ。
守りたい。彼女が一人で泣いてしまわないように。
これから、俺に守らせてほしいな……。
ソファーに横たわって目を閉じたら、嫌に沈黙が気になった。
いつも、無音が日常だというのに。
昨日行きの車の中で、七羽ちゃんから聞き出した音楽をダウンロードしていたので、それを流してみる。
カラオケに行こう、と話したけど、予定はまだ立てていない。
七羽ちゃんが好きだっていうアーティストのこの曲、練習してみようか。
歌詞を検索して、口ずさむ。
そうして、時間が過ぎていく。
やっぱり、七羽ちゃんは疲れて起きられないのかな。
会えないのは寂しいけど、疲れているなら休ませてあげないと。
沈んだ気持ちのまま、七羽ちゃんのツブヤキをなんとなく、下へスクロールしていきながら、見てみた。
俺達と飲んで”大好きだ”って、ツブヤキをしたのが最後。
……結局、この”大好き”に、俺は含まれているのだろうか……。
俺と電話をしていた仕事帰りが楽しいって、書いた文面は嬉しすぎる……。
七羽ちゃんの好きなものを聞き出しながら、他愛ない会話の10分くらいの通話をしていた。
俺も、今日も電話して楽しかった、とか、可愛い、とか。
そんなツブヤキばっかしたけど、見たかな?
察したみたいで、恥ずかしがって見ていなさそう。
俺の好意には引き腰でも、拒絶はしない。嫌われていないどころか、彼女だって俺を好きになってくれているはず。
押せばいけるけれど、下手な押し方は、彼女が逃げそうだから、二の足を踏む。
どんな風に手を差し伸べれば、手を取って踏み出してくれるだろうか……。
好きだから付き合いたい。
そう思って、俺の胸に飛び込んでもらうには……やっぱり、もっと好きになってもらうべきだよな。
好きになってもらおうとする、って自発的にすることは初めてだから、次は何をしたらいいだろうか……。
スキンシップ。嫌がらないんだよな。
頭撫でても抵抗しないし、むしろ気持ちよさそうに大きな目を細めるし、安堵だってしてくれていると思う。
手も繋いでくれるし…………。
ん? もしかして、七羽ちゃん、スキンシップが好きで、抵抗がないだけ?
新一にも、頭撫でられたもんな……?
昨日も肩を抱き寄せたら…………あぁ、首に鼻が当たってゾクッとしたな。あの接触は、ドキッとした。
つい、七羽ちゃんの鼻先が、かすめた首元をさする。
俺の香水の匂いを確認して、とは言ったけど、本当に僅かに残っていたであろう香水の、俺の匂いを嗅いでくるとは……。
七羽ちゃん、意外と積極的な行動をするんだよな。
出会ったきっかけも、ナンパから逃れるために、咄嗟に真樹と知り合いのフリで乗り切ったり。
昨日のソフトクリームにかぶり付いたのも、胸を貫かれた……。
……汚れないようにと、髪を耳にかける仕草。色っぽかった。
そんな七羽ちゃんは、フルーツの匂いがするんだよな。マンゴーが好きとは言ってたけど、そんな香水、あるっけ……? 甘い、イチゴのような香りだったかな。
…………食べちゃいたい。
通知を知らせるバイブで、意識を携帯電話の画面に戻す。
なんと。七羽ちゃんからメッセージの通知!
【おはようございます。早いですね! 昨日はそのまま寝ちゃったので、ちょっとシャワー行ってきます!】
ごめんなさいの絵文字と敬礼の顔文字を加えたメッセージを見て、飛ぶように起き上がる。
よかった。起きたんだ。
会えるかな? どこで会う? 何する?
一人で、グルグルと考える。
二人で会う。どこかに連れて行ってあげよう。
でも、七羽ちゃんの疲労が残っていることを考慮してあげなきゃ。
そうなると……どこで、何をすればいいんだ?
疲れない、デート。そのワードで、検索。
カフェデート? 癒しのために植物園とか水族館? ん~。
あっという間に20分が過ぎた頃、七羽ちゃんからシャワーが終わったとメッセージが届いた。
七羽ちゃんの意見をもらって、今日の予定を立てようとすれば。
【足がパンパンにむくんでいるので、足マッサージ中です】
やっぱり疲れたんだな。
立ち仕事で足が疲れた時に、ネットで買ったお手頃なマッサージ機があるって、電話で聞いたことある。
んー、スパとかで癒してもらうかな。……いや、それだとあまり一緒にいられないか。温泉で混浴なんて、頷くわけが……。
あれ? 今、七羽ちゃんって、風呂上がり? 正しくは、シャワー終わりだけど。
……すっぴん、では?
まだ髪が濡れてて、顔がほてったすっぴん姿が、見れるのでは……?
見てみたい。
そんな好奇心で、テレビ電話をかけてみた。
三コールで繋がる。
キョトンとした顔の七羽ちゃんが映し出された。
え、可愛い……。
〔あれ!? テレビ通話!? 間違えた!?〕
気付かずに出てしまった七羽ちゃんは、慌ててカメラレンズを覆ってしまったようで、真っ黒になってしまった。
でも、ちゃんと、見てしまった……。
濡れてペタンとした茶髪。くりんとした大きな目とほてった顔。
画面越しでは、はっきりとはわからないけれど、メイクをしなくても、やはり変わらず、可愛い。
というか、睫毛、変わってないよね? つけ睫毛、最初からつけてなかった?
何より衝撃だったのは、七羽ちゃんが際どいキャミソール姿だったからだ。
肩にタオルをかけていたけど、首元も胸元も晒すキャミソールだった。
なんなら、胸の膨らみの間まで、見えてしまったのだ。
ドドドッと、心音が強く高鳴る。
本命童貞だとか、拗らせた初恋だとか、初めての恋煩いだとか。
正直、情けない言葉が、ぐるぐると頭の中を回る。
それでも。
待ち焦がれた想い人からの連絡と無防備な姿に。
この上ない、ときめきと喜びを覚えた。
32
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
単純に婚約破棄したかっただけなのに、生まれた時から外堀埋められてたって話する?
甘寧
恋愛
婚約破棄したい令嬢が、実は溺愛されていたというテンプレのようなお話です。
……作者がただ単に糸目、関西弁男子を書きたかっただけなんです。
※不定期更新です。
最高魔導師の重すぎる愛の結末
甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。
いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。
呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。
このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。
銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。
ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。
でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする……
その感は残念ならが当たることになる。
何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる