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♰26 旅立ち。
しおりを挟むグラー様の葬式は、盛大に行われた。
最高魔導師だったから、当然だろう。
騎士達は敬礼をし、魔導師達は魔力砲を打ち上げ、パンパンと空中で破裂音を鳴らす。
埋葬が終わったあと、私はベンチで一人、座っていた。
正しくはないか。キーンを抱き締めていたから、一人ではない。
でも喪失感は酷く大きくて、何も考えられなかった。
木漏れ陽を見上げて、ぼんやりとしてしまう。静かだ。
蝶の群れが横切って、思い出した。
「……そういえば、妖精さんのお迎えが来ないわね」
私は、ぽつりと声を溢す。
思えば、今日初めて、声を出した気がする。
「どうしようか、キーン。私はもう旅立たなくちゃ……」
膝の上で大人しくしているキーンを見下ろして、笑いかける。
「一緒に行く?」
どうしてだか、涙が零れた。
ここ数日、泣き通しだったのに、まだ溢れてくる。
キーンは私をじっと金色の瞳で見上げると、前足を私の胸に置いて、ぺろりっとざらついた舌で涙を舐めとってくれた。
それから、すりすりーっと頬擦りしてきてくれる。
珍しいキーンのじゃれつきが、返事だとわかった。
一緒に来てくれるとわかって、私は笑みと一緒に涙を溢す。
「やぁ、コーカ」
声をかけられて顔を上げれば、いつの間にかヴィア様が立っていた。
式に参列していたけれど、こうして会うのは久しぶりだと思える。
差し出してくれたハンカチを受け取り、涙を拭う。
「どうも……ヴィア様」
「そばにいてもいいかい?」
「はい。どうぞ」
断る理由もなく、断る気力もなく、私は頷いた。
ハンカチはピティさんに洗って返してもらおうと思ったけれど、隣に座る前にヴィア様は取ってしまう。
ヴィア様は何を言うことなく、そばにいてくれた。
それで喪失感が埋まるわけではないけれど、それでもいてくれたのだ。
彼なりの優しさと、気遣いだろう。
葬式の最中は、メテ様のそばにいた。メテ様がそばにいるようにと言ってきたのだ。
メテ様は魔導師だから、グラー様を見送る時、近くにいられるから、と。
彼なりの気遣いだったと思う。
メテ様だってグラー様を亡くしてつらいはずなのに……。
時折、グラー様と一緒に話していて涙ぐんでいたけれど、私は気付かないふりをした。
葬式中はそんな素振りも見せず、冷静そうに私のそばに立っていたっけ。
私は、メテ様になんて声をかけるべきなのだろう。
言葉はいらず、今のヴィア様のように、ただそばにいてあげればいいのだろうか。
それとも今は一人にしてあげるべきかもしれない……。
泣いている姿なんて、あまり見られたくないだろう。
メテ様にとっても、グラー様は師匠であり、この城の魔導師という職に導いてくれた存在らしい。
竜人族で恐れられているメテ様が、ここにいる理由だ。
恩人のために、いた。
だから、私と旅に行くなんて言い出したのだ。
グラー様は、もう長くはないと知っていたから……。
グラー様がいないなら、ここに留まる理由もない。私と同じだ。
――――早く旅立とう。
澄んだ水色の空を見上げて、そっと決意をする。
メラ様には悪いけれど、キーンと旅立つ。
グラー様が見守ってくれているのだから、早く行こう。
静かな時間は流れていき、夕方になるとヴィア様は私を部屋の前まで送ってくれた。
グラー様のお屋敷の相続の手続きは済んでいる。あそこは、私のものだ。
お屋敷の手入れをしてくれる人は、手配済み。だから当分は、心配ない。
ピティさんにも、旅立ちは言わず、ただ書き置きを残しておくことにした。
唐突で申し訳ないけれど、黙って旅立つ方がいいだろう。ピティさんは引き留めると思った。それにピティさんはヴィア様に伝えかねない。
ヴィア様も引き留めたがるに違いないから、ここは黙って旅立つことにした方がいいだろう。
「よし」
グラー様の葬式から、数日後。準備は整った。
なんでも収納出来るショルダーバッグを肩にかけて、バッグの上に子猫のキーンを乗せる。
ピティさんがいない隙に、さっと部屋をあとにした。
あとは誰にも見つからず、城を出るだけだ。
何食わぬ顔で、出ていけばいい。
”聖女ではない”方の異世界人。自由は許されている。
旅立ちのドキドキと、誰かに会ってしまわないかというドキドキが合わさった。
「あ」
「……あら」
”げ”じゃなくて、”あ”で済ませた私を、誰かに褒めてほしい。
正面突破しようと一階に下りたら、廊下でバッタリと会ってしまったのだ。
聖女の座を奪ったレイナに。
ミルキーブラウンの髪をふんわりとカールさせて、薄紫色のドレスをまとっている。
護衛がついていない。どうやら、一人のようだ。
「ちょうどよかった。呼び出そうと思っていたのよ」
私はげんなりしてしまう。
せっかくの旅立ちの日に、絡まれるなんて最悪だ。
「大きな後ろ盾をなくしたんだから、いつでも追い出せるわよ! いい加減、ヴィア様達に近付くのはやめなさい!」
「別に追い出されてもかまいませんが」
にこり、と笑顔で返しておく。
「はっ? ……あ、ああ、そうだったわね。あなた、あのおじいちゃんのお屋敷をもらって行く宛てには困ってないのよね。あのおじいちゃんからもらえるものは全部もらって、したたかね!」
「……」
無視をして、そのまま足を進めてよかったけれど、、もう旅立つのだ。
それに、もやもやしたまま旅立つのは、よくない。
「グラー様だけではないですよ? あなたが欲しがった心も、いただきましたので」
きらりという効果音がぴったりなほど、私は笑顔で言い放つ。
「えっ、心? 誰の……?」
「誰でしょう?」
私は笑顔ではぐらかす。
ヴィア様とルム様のことだけれど、それを言い触らすのはよくないだろう。
「したたかなんて言葉、私よりあなたがお似合いですよ。本物ではないのに、そうだと言い張る度胸は……本当にしたたかですね!」
もちろん、嫌味を込めて、言い放つ。
”聖女のこと”だと理解したレイナは、カッとなった。
「”ー-火炎の渦よ、燃やし尽くせ--”!」
ギラギラと目の前が歪んだかと思えば、炎が現れる。
渦巻く火炎放射のように、私に向けて放ってきた。
私は水系の魔法を防ぐブレスレットしか、身につけていない。
なら、同じく魔法を使うしかないだろう。
私は無詠唱で大量の水を出して、相殺させた。
グラー様が言っていた個性とやらだろうか。蒸発する煙の中に、ラメが散りばめられるようにキラキラしていた。
「なっ、なんで、無詠唱で!?」
動揺するレイナは、まだ自分を聖女だと疑っていないのか。
まぁ、私が本物だと気付く前に、旅立つとしよう。
今度は足を進めようとしたけれど、金箔のような花びらが舞ったものだから、私は足を踏み出せなかった。
「わっ」
思わず、声を溢す。
ショルダーバッグの上に乗せていたはずのキーンが、子猫の姿を変えたからだ。
白い蛇ー-いや、違う。
私よりも、大きな白い龍の姿だ。
私を囲って守るように、とぐろを巻いて、ギロッとレイナを睨みつける。
そして、咆哮を飛ばす。
「ひいいっ!」と青ざめて、レイナは尻もちをつく。
「かっこいい姿ね、キーン」
私は微笑んで、白い龍の頬を撫でた。
すりっと頬擦りをしてくれるキーン。
咆哮を聞きつけて、城の中が慌ただしくなったので、慌ててキーンに元の姿に戻ってもらった。
駆け付けた騎士達は、倒れているレイナと立っている私を見る。
聖女を名乗るレイナと、聖女じゃない私を見た。
「どうなさったのですか!? 聖女様! 今の怪物のような声は一体!?」
「あっ、あの子が!! あの子があたしに魔法を使ってきたの!!」
青ざめたままのレイナの言葉を信じ、駆け付けた騎士達が私を敵と認定する。
「投獄しましょう!」
「聖女様に手を上げるとは、なんたる大罪! 今すぐ投獄だ!」
子猫の姿のキーンが唸る。
投獄は、ごめんだ。
メテ様が何度か使っていた転移魔法を試してみようか。
なんて、考えていれば。
「いいえ!! 追い出して!!」
レイナが金切り声を上げた。
「追放して!! 今すぐに!!」
追放か。それはそれは、好都合である。
「さっさと散れ。オレが連れ出す」
道を開けてもらおうとしたら、その声が響いた。
「メテオーラティオ様! 勝手に追放してはっ」
「散れって言ってんだろーが」
ギロリとメテ様は引き留めようとした騎士に凄んだ。
メテ様は私の手を取ると、引いて歩き出した。
追ってくる者は、いない。
「……メテ様。今日は、格好が違うのですね」
軍服にも似ていた魔導師の服ではない。分厚いコートを着ていた。
「もう魔導師じゃない、辞めたからな。晴れて自由の身だ。オレもコーカもな」
にやり、と口角を上げて笑いかけるメテ様。
「それで? どこから行く?」
「な、なんのお話でしょうか」
「旅立つんだろ。誤魔化すなよ。一緒に行くって言っただろう」
「いえ、承諾した覚えはありませんが」
そんな会話をしていたら、城壁のところまで来た。
そこにはヴィア様がいたものだから、驚いてしまう。
「やぁ、コーカ。メテ。待ったよ。行こう」
「え? 行こう、ってどこへ?」
「それは知らないけれど、旅立つのだろう?」
な、なんで、ヴィア様が知っているんだ!?
「同行するつもりなんですか!? 職務はどうするのです!?」
「私は私なりの目的があるんだ。”本物の聖女である君”にも、きっとこの呪いは解けない。だから直接、精霊に会いに行って解いてくれるように頼みに行くことにしたんだよ」
にこり、いつもの色気が溢れんばかりの笑みを向けてきた。
それは……真っ当な動機な気がする。
あれ? なんで、本物の聖女だって知っているんだ?
「それにこの前、そばにいていいって言ってくれたじゃないか」
一瞬、何を言われているのかわからなかったけれど、どうやらあのベンチの時のことらしい。
「言質は取ったよ?」
にこっと脅すように笑いかけてくる。
「ちょっ、違いますよ! あれはあの時限りのことだとばかり!」
「まだここにいたんですか? 叔父上」
反論しようとしたところで、馬が近付いてきた。
よく見れば、トリスター殿下とルム様が乗っている。
「と、トリスター殿下? な、何を?」
「グラー様に頼まれたのに、まだ剣術を教え足りないまま旅立たせるわけには行けませんからね。同行いたします」
にっこりとトリスター殿下は、馬の上で笑いかけてきた。
「何より、オレ一人にあの聖女を押し付けられてはたまりませんからね。別にあなたを好いているから追いかけるわけではありませんので」
そんなこと聞いていないけれど、もうツンデレの発言にしか聞こえない。
腹黒王子に、ツンデレを、追加するべきなのか。
その発言からして、私を本物だとは知らないみたい。まだ。
「……ぼ、僕は……コーカさんを好いているからついていきたいんです!」
馬から降りると、私と向き合って、ルム様は真っ赤な顔で告白した。
「だ、だめでしょうか……? グラー様の件……」
しゅん、と俯くルム様は、グラー様の死を予知したことを気に病んでいるらしい。
「グラー様の件は、何も悪くありませんよ。ルム様」
「コーカさん……」
微笑んで気に病むことはないと伝えたあと、きっぱりと告げる。
「しかし、これとそれは別です。ルム様にもお仕事があるじゃないですか!」
「仕事なら、ちゃんと果たせます! 何か災厄が起きれば知らせればいいだけですから!!」
いや、そういう問題ではなくて。
「はぁー。もういないよな? 魅了した男は。増えたら困る。早く行くぞ」
メテ様は、面倒くさそうに頭を掻いた。
「ええっ?」
「旅か、心が躍るね。君と一緒なら、なおさら胸が高鳴るよ」
戸惑う私に、ヴィア様が甘く笑いかける。
メテ様は私の手を放すことなく、握ったまま城門をくぐった。
旅立ち日和な爽快な空だった。
グラー様へ。
今日、私は旅立ちましたよ。
これから第二の人生を歩んでいきますね。
P.S.逆ハーがついてきました。
end
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