大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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オーベルシュタイン、二度目の冬

第429話、迷子の白狐

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 久しぶりに天気のいい冬空だ。
 空は青く、空気が澄んで気持ちいい。日差しが大地の雪を照らしキラキラ光り、天気がいいので子供たちは外で雪合戦をして遊んでいる。
 天気はいいが、宴会場でドラゴンチェスを楽しむ者、図書館で読書を楽しむ者、お風呂にゆっくり浸かる者、お酒を飲んで酔い潰れる者───村は、いつもと変わらない。
 そういう俺も、薬院で薬の調合や新薬開発をしていた。
 以前採取したカビを培養し、抗菌作用のある天然苔と合わせている。
 普通の人からすれば汚いカビや苔だが、それは人の感性でそう感じるだけであり、自然界ではありふれた菌や植物なのだ。

「……うん、いい感じ」

 俺は白衣に眼鏡をかけ、薬液を見た。
 培養したカビを溶かし、不純物を取り除くと、透き通った薬液になる。
 体内の菌を殺す薬だ。だが、これだけでは殺せない菌がある。
 俺が目指すのは、どんな菌でも殺す薬……もちろん、人体に無害な物。

「……でも、まだ足りないな」

 こんな言葉がある。
 『人を殺すのは簡単だ。人を殺さず菌を殺すのが最も難しい』と。
 病気になるのは悪い菌や腫瘍が悪さをするから。実は、その菌や腫瘍を殺すのはたやすい。でも……人を殺さないように菌を殺すのが最も難しい。
 それをしないようにするのが医学であり、薬学である。

「本当に、薬学って面白いな……」

 俺は眼鏡をずらし、大きく息を吐く。

「ふぅ……今日はここまでにして、少し休憩するか」

 今日の実験はここまで。
 道具や素材をしまい……ふと、薬品棚の隅に置いてある小箱が目に入る。
 中を開けると、そこにはエリクシールが入っていた。

「……これが量産できれば、薬師はいらないな」

 それが素晴らしいことなのは間違いない。
 でも……なぜか寂しい、そうなってほしくないと感じる自分がいた。
 小箱をしまい、白衣を脱ぐ。
 ソファに座り、大きく伸びをした。

「またカビの採取に行かないとな……」

 とりあえず、熱いカーフィーが飲みたかった。

 ◇◇◇◇◇◇

 熱いカーフィーを飲み、午後は洞窟にカビと苔の採取に出かけた。
 バルギルドさんと二人で森に入り、村から少し離れた洞窟を目指して歩く。
 天気もいいし、いい運動になるね。

「いやぁ、いい天気ですね」
「……ああ」

 バルギルドさん、相変わらず無口。
 でも、この人とはもう三年ほどの付き合いだ。決して不機嫌ではなく、穏やかで無口で優しい人ってことはよーくわかっている。
 歩くこと三十分。目的地が近づいてきた……が、バルギルドさんが俺を手で制した。

「……待て、妙だ」
「え」
「見ろ……足跡がある」

 洞窟に、足跡が続いていた。
 もしかして、何かが洞窟内に……おいおい、この洞窟は大事なカビ採取場なのに。以前に来た時は動物や魔獣がいた形跡はなかったぞ。
 バルギルドさんは、指をペキッと鳴らす。

「害を成す魔獣なら容赦はしない。だが……ただねぐらを探して入り込んだ魔獣なら見逃したい。それでいいだろうか」
「はい。わかりました……じゃあ、行きましょう」
「ああ」

 バルギルドさんが一人で行くより、俺も一緒に入った方が安全だ。
 言っておく。安全なのは俺。バルギルドさんが怪我するわけないし、一人で洞窟に入って外で待ってる俺が魔獣に襲われないとも限らない。ちくしょう、ちょっと情けない。
 足跡が続く洞窟に、俺とバルギルドさんは踏み込んだ。

「…………」
「…………(ごくり)」

 緊張で唾を呑む俺。
 一応、杖を出しておく。

「あ、明かりは必要ですかね」
「……いや、見える……それと、聞こえる」
「え」
「何か奥にいる。小さいな……」
「…………(ごくっ)」

 やばい、緊張してきた。
 俺は杖を握りしめ、バルギルドさんの後ろを追う。
 なんと大きく頼りになる背中か。俺もこんなムキムキの背中になりたい。

「…………これは」
「バルギルドさん?」
「…………いたぞ村長。だが、これは……子供か?」

 洞窟の奥に、小さな子供が丸くなっていた。
 女の子だろうか。白いショートヘアに白く尖った獣耳、獣人なのは間違いない。
 着ている服も独特だ。ヴォルカヌス様が着ていたキモノに似ている。
 だが、それよりも気になったのは……少女の尻尾だった。

「尻尾が……四本?」
「見たことがない種族だ。恐らく、狐の獣人……」
「狐……」

 俺はそっとしゃがみ、女の子の頭を撫でる。
 不思議と恐怖はない。それに……女の子の目には涙の跡があった。
 たぶん、一人で森を彷徨い、この洞窟で寝てしまったんだろう。

「きゅぅ……んん」
「怪我は……していない。熱もないな。体調は問題なさそうだ」
「ん……えっ」
「あ」

 少女が起きた。
 俺と目が合い、ガバッと離れて震えだす。

「ひ、ひぃ……わ、わ、わらわ、たべても美味しくないのじゃ!!」

 少女は、大きな四本のモフモフ尻尾をゆらゆらさせ、俺からバルギルドさんに視線を移す。

「ひぃぃっ!? お、お、鬼ぃぃぃぃ~~~っ!?」
「む、オレのことか」
「あうあう……ふぁぁ」

 じょろじょろ~~っと、少女は盛大にお漏らしした……なんか悪いことしたな。
 とりあえず、誤解を解こうと話しかける。

「落ち着いて。きみを食べたりしないよ。俺たちは近くの村に住んでて、この洞窟にカビを採取に来たんだ。そこできみが寝てたから……その、驚かせてごめんね」
「う、ぅぅぅ……わ、わらわは、わらわは」
「大丈夫。きみをどうにかしようなんて考えてない。お家は近いのかい? 家まで送っていこうか?」
「う、ぅぇぇぇ~~~~……」

 あらら、少女が泣きだしちゃった。
 どうしようかな……ミュディとか連れてくればよかったな。
 とりあえず頭を撫で、キツネ耳を揉む。

「うぅ……き、気持ちいいのじゃ」
「よしよし。大丈夫大丈夫……さ、泣き止んで」
「うう……ひっく」
「よし。さ、洞窟から出てお家に帰ろう。送っていくからさ」
「……無理なのじゃ」
「え?」
「わらわ、自分の家がどこかわからないのじゃ……母さまとはぐれて、村に帰れなくて……ひっく」
「そ、そうなの? どこから来たとか、どのくらい歩いたとか」
「わからん。わらわ、魔法で転移して……村の場所がわからないから、近いのかも遠いのかも……う、うぅぅ……母さまぁ~~~ぁぁ、父さまぁぁ~~~っ……」

 女の子はまた泣きだしてしまった。
 さすがに、このまま放置しておけない。
 
「仕方ない……俺たちと一緒に来るかい? うちの村でご飯食べて、お家に帰る方法を一緒に探そう。それまでは家でゆっくりしていいから」
「ひっく……うん、ありがとうなのじゃ」
「よしよし」

 頭を撫でると、ようやく少女は落ち着いた。
 目をごしごし拭い、俺をジーっと見る。

「あ、俺はアシュト。こっちはバルギルドさん。きみは?」
「カエデ……『妖狐ようこ族』のカエデ」

 こうして、久しぶりに新しい種族と出会った。
 妖狐族。狐族の上位種で、複数の尾を持つ希少種族。
 
「じゃ、行こうか」
「うむ。案内を頼むのじゃ」

 俺はカエデと手を繋ぎ、緑龍の村へ歩きだした。
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