大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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日常編⑳

第606話、クララベルとレイチ

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 ある日、クララベルは悩んでいた。

「ん~~~……」

 自室で、ノートを広げて何やら書き込んでいる。書き込んでは消し、書き込んでは消してを繰り返し、ノートはボロボロになっていた。
 ペンを口に加え、机に突っ伏すクララベル。口を動かすと、ペンがゆらゆら揺れた。
 行儀が悪いと言われそうだが、今は一人なので文句を言う人は誰もいない。
 クララベルはペンを手に取り、くるくると器用に回す。

「思いつかないなぁ……新作レシピ」

 悩みの理由は、新作お菓子のアイデアだ。
 夏はスイカ、秋はサツマイモを使ってお菓子を作った。夏と秋が過ぎ、また春がやってきた。それに合わせてお菓子を作ろうと思ったのだが、何もアイデアが出てこない。
 せっかく、宿題も終わって仕事も休みなのに、時間がもったいない。
 アシュトもローレライも仕事。シェリーは魔法学園。エルミナはミュディを連れて釣りに行ってしまい、クララベルは一人だ。
 ランスローも、メージュと一緒に出掛けてしまった。相談する相手がいない。

「はぁ~……お散歩でもしてこよっと」

 クララベルは立ち上がり、背伸びをする。
 ずっと座って考え込んでいたおかげで、肩が凝っていた。
 首をコキコキ鳴らし、腕を回してコリを取る。

「よーし! 図書館にいる姉さまのところに行こっ」

 クララベルは、ローレライのいる図書館へ向かった。

 ◇◇◇◇◇◇

 図書館は、すごく混んでいた。
 
「わわ、いっぱい……なんだろ。あ、ゴーヴァン!」
「これはこれはクララベル様」

 ローレライの騎士、ゴーヴァンだ。
 エプロン姿で、忙しそうに動き回っている。
 どんなに忙しくても、クララベルに声を掛けられたからには立ち止まり一礼する。
 クララベルは、図書館を見回し聞いてみた。

「なんか忙しそうだね。いつもこんなに混んでたっけ?」
「いえ。今日は、製糸場や農園がお休みなので、そこに務める天使族や悪魔族が皆、この図書館を利用しに来たのですよ」
「そうなんだー……姉さま、忙しい?」
「ええ。休む間もなく働いておられます」

 収穫、作物の選別や納品を終わり、農園は数日お休み。
 製糸場も、納品を終えて休み。この二つの休みが重なり、大勢が図書館を利用しているのだ。クララベルは気付いていないが、タヌスケ商店や浴場なども賑わっている。
 すると、忙しそうに本を運ぶローレライがいた。クララベルには気付いていない。
 
「忙しそう……ゴーヴァン、邪魔してごめんね」
「いえいえ。あの、ローレライ様に何かお伝えしましょうか?」
「ん-ん。だいじょうぶ。お仕事がんばってね」

 そう言って、クララベルは図書館を出た。
 本を読まないのに長居しては仕事の邪魔になるだろう。
 クララベルは、村を歩きながら考える。

「お店も混んでるだろうな……お風呂も混んでるだろうし、ごはん処も」

 大衆食堂の前を通りかかったが、やはり混んでいた。
 今日はどこもかしこも人が多い。村が賑わっているのはいいことだ。
 でも、なんとなくのんびりしたいクララベル。

「そうだ。川でのんびりしよっと」

 村を流れる川の傍には、東屋が建っている。
 夏の間は人気の場所だったが、今は村外れということもありあまり人がいない。
 クララベルのいる場所からなら、解体場を通る方が速い。
 解体場も、クララベルはあまり近寄らない。せっかくなので通ってみることにした。

 ◇◇◇◇◇◇

 解体場では、巨大な牛の魔獣を解体するデーモンオーガ一家がいた。
 巨大な鉈で首を切断し、ツノを切り、内臓を取り出す。内臓は壺に入れておくと、銀猫たちが回収して丁寧に下処理し、牛ホルモンとして振舞われる。
 なんとなく解体を眺めていると、バルギルドがクララベルに気が付いた。
 目が合い、バルギルドが近づいてくる。

「む……何か用事か?」
「ん-ん。なんとなく見てたの」
「……何か、悩んでいるのか?」
「え」

 さすがに驚いた。
 確かに悩んでいたが、まさかバルギルドに気付かれるとは思っていなかった。
 バルギルドは、クララベルを見て腕組みする。

「ねぇ、なんで悩んでるってわかったの?」
「うまく言えんが……眼でわかった」
「眼で?」
「ああ。憂いを帯びたような、迷いがあるような……すまん、やはり上手く言えん」
「あはは。すごいねー……あのね、バルギルドさん、相談していい?」
「オレにか? むぅ……アーモかネマ、ノーマのがいいかもしれん」
「頼りになる男の人に聞いてみたいの!」
「……村長はいいのか?」
「お兄ちゃん、今は忙しい……あ、忙しい? 邪魔してたらごめんね」
「構わん」

 解体は、魔犬族の男子三人がメインでやっている。それにデーモンオーガ一家が手を貸すように解体をしている。このペースなら、十分もかからず終わるだろう。
 クララベルは、バルギルドに新作レシピが思いつかないことを相談する。

「菓子か……」
「うん。バルギルドさん、お菓子とか食べる?」
「ああ。酒のつまみに少しな」
「んー……夏と秋はすぐにアイデア浮かんだけど、今はさっぱりなの」
「むぅ……待て、そういえば」

 バルギルドは少し悩み、何かを思いついたように解体場の小屋へ。
 それから、小さくゴツゴツした赤い実を持ってきた。
 初めて見る実に、クララベルは首を傾げる。

「なに、これ?」
「先日、森に実っていた。表皮は硬くゴツゴツしているが、皮を剥くと……」

 バルギルドは、ミスリル製のナイフで赤い実を二つに割る。
 すると、真っ白で瑞々しい果肉が見えた。さらに、甘く食欲をそそる香りも。
 クララベルは驚く。

「え、え、なにこれ」
「エイラが見つけた実だ。味は甘く独特な味で、そのうち村長に見せようと思っていた……食うか?」
「食べて大丈夫なの?」
「ああ。デーモンオーガに毒は効かないから検証できなかったが、魔犬の三人が美味い美味いといって食べていた。特に腹を壊すこともなかったし、大丈夫だろう」
「わぁ……じゃあ、食べてみる」

 クララベルは、白い果肉を指ですくって食べてみた。
 
「ふわ……おいしいっ! これ、美味しいよ!」
「ふ……」
「わぁ、種もすっごく大きい……果肉はぷるぷる、食感も楽しい。ゼリーとかにしたらいいかな? 他にもいろいろ使えそう!」
「どうだ? アイデアは浮かんだか?」
「うん! ありがと、バルギルドさん! あの、この実もっとある?」
「ああ。いくつか収穫した。持っていけ」
「ありがと!」

 クララベルは、赤い実を全て袋に入れた。
 すると、デーモンオーガの青年ブランが、魔獣の骨をしゃぶりながら現れた。

「お、旦那にクララベル、何してんの? まさか旦那、こんな子供にぶひゃぁっ!?」
「では、失礼する」
「ありがと! お菓子できたら最初に食べてね」
「ああ、楽しみにしている」

 殴られ地面にめり込んだブランを引っこ抜き、バルギルドは解体に戻った。
 クララベルは、赤い実を一つ手に取り眺めてみる。

「これ、どんな名前かな? お兄ちゃんに聞いてみよっ」

 クララベルは、悩みを忘れてアシュトの元へ走り出した。

 ◇◇◇◇◇◇

 アシュトに赤い実を見せると、不思議そうにしていた。

「初めて見た。これ、食べ物……なのか?」
「うん。すっごく美味しかったよ! お兄ちゃん、調べてー」
「はいはい。どれ……」

 アシュトは『緑龍の知識書』を開く。クララベルは真っ白なページにしか見えないが、アシュトは本を見ながら解説してくれた。

「これは『レイチ』っていう果物の実だな。大昔、『龍眼』って呼ばれる神聖な果物だったらしい。表皮は硬いけど皮を剥けば独特な甘みと風味で、位の高い人物しか食べられなかったみたいだ。主に、南の暖かい地域でしか採れないみたいだけど……ああ、夏が来たから育ったのか。種もあるし、育てられそうだ」
「レイチ……」
「ああ。昔は、ゼリーにして食べたみたいだ。クララベルなら作るの得意だろう?」
「うん!」
「あと、リキュール……お酒の原料にもなる。エルミナが喜びそうだ」
「お兄ちゃん、種植えれば木になる?」
「ああ。俺の魔法で育てられる……よし、やってみるか」
「やったぁ! えへへ、じゃあわたしはこれでゼリー作ってみるね」
「お、いいね。食べてみたいな」
「もちろん、お兄ちゃんにも食べてもらうね!」

 クララベルは、レイチの実を抱えてキッチンへ。
 キッチンでは、ミュアが洗い物をしていた。

「にゃあ。クララベルお姉ちゃん」
「ミュア! ちょうどよかった、お手伝いして!」
「にゃう?……それ、なぁに?」
「レイチの実。すっごくおいしいよ! これでゼリーを作ってみるね」
「にゃうー!」

 ミュアはパッパと洗い物を終え、クララベルの手伝いに入った。
 といっても、作るのは簡単だ。
 レイチの実をほぐし、ゼラチンと砂糖を入れて煮詰め、少しだけお酒を入れて冷やし固めるだけ。
 小分けにして冷蔵庫に入れ、二時間ほど待つことに。
 待つ間、レイチの種を集めアシュトの元へ。アシュトは「どこに植えようかな……」と言って出て行った。
 クララベルは、ミュアと一緒に二時間ほどお喋りして過ごす。
 そして二時間後。ゼリーが完成した。
 冷蔵庫から取り出し、さっそくミュアと試食する。

「にゃあ。なんか白いね」
「レイチゼリー……どんな味かな? じゃあ、いただきますっ」
「にゃうー」

 スプーンで掬い、ぱくりと口の中へ。
 すると───二人の顔が、一気にほころんだ。

「お、おいしぃぃっ……なにこれ、すごぉい」
「にゃあああ……すごくおいしい!」

 レイチのゼリーは、すごく甘くておいしかった。
 独特な甘さ、レイチならではの味。ゼリーによく合い、おやつにピッタリだ。食後のデザートにもなるし、少しお酒を多く入れれば、飲酒時のデザートにも最適だ。
 これは大当たり。クララベルは、さっそくアシュトにも持っていく。
 アシュトにゼリーを食べてもらうと、やはり大絶賛だった。

「これは美味いな!! レイチ……位の高い人物しか食べれないってのも納得だ。これが酒にもなるなんて……でも、風味とか、酒っぽい気がするな。これ、バーでデザートとして出すのもいいかも」
「お兄ちゃん、レイチの木、いっぱいよろしくね!」
「ああ。ウッドに増やしてもらおう」
「うん! あ、わたし、バルギルドさんに持って行かなきゃ」
「え、バルギルドさん?」
「うん。レイチ、バルギルドさんにもらったの」

 クララベルは、レイチゼリーをバスケットに入れて解体場へ。
 残ったレイチゼリーはミュアにあげた。マンドレイクとアルラウネ、ライラ、ルミナ、アセナとコルンなどにあげるそうだ。
 解体場に行くと、デーモンオーガ一家はちょうど休憩をしていた。

「バルギルドさんっ!」
「む……」
「えへへ、これできたの。みんなで食べてっ」
「そうか……ありがとう」

 クララベルがバスケットを開けると、レイチゼリーが現れた。
 バルギルド以外はわけがわからず「?」と首を傾げるが、バルギルドとクララベルは笑っていた。
 ブランは、ニヤニヤしながら言う。

「いやー、旦那が悩んでるクララベルに赤い実を渡してさ。優しい旦那のおかげでクララベルは「死にたいのか、貴様?」滅相もございません!!」

 ブランは速攻で頭を下げた。
 すると、シンハとエイラがゼリーに手を伸ばす。

「よくわかんねーけど、食っていいんでしょ? いただきっ」
「あ、わたしも食べるの!」
「あたしもいただきますっ! キリンジも、ほらほら」
「ああ、じゃあ……クララベルさん、いただきます」

 デーモンオーガ一家は、満足そうにゼリーを食べていた。
 クララベルは、改めてバルギルドに言う。

「バルギルドさん、レイチの実、ありがとう!」
「気にするな……」
「えへへ。あのね、お兄ちゃんが種を植えて増やしてくれるから、またゼリーを持ってくるね」
「ああ。期待している」

 クララベルはもう一度お礼を言い、解体場を後にした。
 バスケットの中には、まだ少しだけゼリーが残っている。
 向かったのは、図書館。
 ピークが過ぎたのか、中に人はあまりいない。
 そして、たまたま歩いていたローレライと目が合った。

「あらクララベル、どうしたのかしら?」
「えへへ。姉さま、すっごくおいしいお菓子を作ってきたの! 一緒に食べよっ」
「仕方ないわね……さ、こっちにいらっしゃい」
「うん!」

 クララベルの作ったレイチゼリーにローレライは大満足。ゴーヴァンにも食べさせ、食べられなかったランスローがゴーヴァン相手に愚痴を言いまくるのだが、それはまた別のお話。
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