大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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日常編⑳

第607話、ココロと一緒にオーベルシュタインへ

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 ある日。俺とココロで薬草の調合をしていた。
 新薬開発と研究も、俺たちの仕事だ。薬師は怪我や病気の手当てだけじゃないからな。
 様々な種族が住むこの世界で、薬が効く種族と効かない種族もいる。人間にとっては薬でも、蟲人にとっては毒となる薬もある。
 あらゆる種族に効く万能の霊薬エリクシールがあればいいんだけど、そういうわけにはいかない。いろんな薬を作り、後世に残すのも薬師の仕事だ。
 俺はシビレ草の根をナイフで細かく刻みながら言う。

「ココロ。俺の先生から教わった言葉で、こんなのがある。『実は、あらゆる病気を治す薬を作るのは容易い。だけど、薬を飲んだ人を死なせないように病気を治す薬を作るのは至難の業』って」
「なるほど……先生の先生って、ビッグバロッグ王国王宮薬師のシャヘル様ですよね」
「ああ。俺の恩師だ」
「すごいです。シャヘル様、わたしたちエルフにとって、最高の薬師なんです。わたし、いつか会ってみたいです」
「機会があれば、一緒にビッグバロッグ王国に行くか。俺も先生に見せたい論文とかあるし……」

 あと、俺の書きかけの論文を編集して出版したことも聞きたい……先生のことだし、ノリノリでやったと思うんだけど、あれは書きかけだし殴り書きだから恥ずかしい。
 細かく刻んだシビレ草の根をココロに渡す。
 ココロは、それをすり鉢に入れてゴリゴリすりおろす。
 その間、俺はパラライ草の葉を刻んだ。
 
「シビレ草の根、パラライ草。シビレ草の根は摂取すると痺れ、眩暈を引き起こす毒草だ。でも、ビッグバロッグ王国の薬学研究所の最新データによると、シビレ草の根は体内の腫瘍を小さくする効果がある。シビレ草の根の毒素を、パラライ草で打ち消せば、体内の腫瘍を小さくすることができる薬品ができる」
「腫瘍……今までは、手術でしか取り除けない難病でしたよね。『透視』の魔法適性を持つ魔法師の力で体内を調べて、上級手技の資格を持つ医師が執刀して取り除く。手術の間、薬師が薬で体調をコントロールしなくちゃいけないし……」
「そういや、手術の手技って等級があるんだったな」

 俺はシャヘル先生から手技を習った。
 『透視』の魔法適性を持つ魔法師も先生の部下でいたし。一年くらいは勉強しながら手術の助手もやったな。
 一人で手術をしたのはルネアの腕を接合した時が初めてだった。

「先生はすごいです。知識も、手術も……」
「ははは。手技はシャヘル先生とエンジュから教わったからな」

 今のところ、村で手術が必要になるほど大きな怪我はない。
 手足を深く切って皮膚縫合くらいかな。
 パラライ草とシビレ草を調合し、精製水で薄め液状にする。
 スライム製試験管に、黄色い薬品ができあがった。

「実験にはネズミを使うんだけど……」
「あの、エルフの里では実験用に『メディカルマウス』っていう魔獣を使っていました。オーベルシュタインにいるかどうかわかりませんけど……」
「メディカルマウス? ああ、シャヘル先生も使ってたな。あらゆる病気にかかりやすいマウスだけど、どんな病気でも死なない実験用ネズミだって」

 メディカルマウス。
 どんな病気にもなり、どんな病気でも死なないネズミ。不思議なことに、死ぬときは必ず怪我か老衰という変なネズミだ。こいつを病気にして新薬を投与し観察するのが薬品実験では当たり前だった。
 病気でぐったりしたり、メシも食えないほど弱るけど、なぜか死なない。しかも寿命も三十年くらいあるし……まるで、神様が薬品実験するためだけに作り出したようなネズミだ。
 
「メディカルマウスか。実験用に何匹か欲しいな。ヒュンケル兄に手配してもらうか」
「ヒュンケル?」
「ああ。俺の兄貴みたいな人。ビッグバロッグ王国の騎士なんだ」
「へぇ~」
「よし、さっそく連絡してみるか」

 俺は、窓際で日光浴させている『リンリン・ベル』に手を伸ばす。
 花に触れ、ヒュンケル兄の元にあるリンリンベルを呼ぶように念じると、声がした。

『おう、アシュトか?』
「ヒュンケル兄、久しぶり。元気してる?」
『変わらねぇ毎日さ。毎日毎日、仕事仕事……お前んとこで息抜きしたいぜ』
「あはは。いつでも来てよ。あのさ、実は頼みがあるんだ」
『頼みか。厄介ごとじゃなきゃ何でも言いな』
「うん。あのさ、メディカルマウスっていうネズミを何匹か欲しいんだ。シャヘル先生に聞けばわかると思う」
『メディカルマウスな。わかった、用意しておく。そっちに送るか?』
「うん───」

 と、ここで思い付き、ココロを見た。
 ココロは首を傾げる。

「いや、転移魔法のマークもしてあるし、俺が取りに行くよ。それに、新薬の意見をシャヘル先生にも聞いてみたいし、俺の弟子も紹介したいしね」
『弟子? ああ、フレキは卒業したんだっけか。わかった。準備ができたら連絡する』
「ありがとう、ヒュンケル兄……じゃあ」

 連絡が終わり、俺はココロに振り帰った。

「というわけで、ビッグバロッグ王国に行くぞ。シャヘル先生を紹介するよ」
「え、えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「長く村を空けれないから、数日しか滞在できないと思うけど。ふふ、ビッグバロッグ王国に行ったことは?」
「なな、ないです。その、故郷を出てからずっと魔法学園の宿舎でしたし……ドラゴンロード王国に匹敵する大国家、ビッグバロッグ王国になんて……」
「あはは。さて、ディアーナに留守のことを伝えてくるか」

 それから数日後。
 ヒュンケル兄から「準備できたぜ」と連絡をもらった。ビッグバロッグ王国には二日ほど滞在する。今回は帰省ではないので、行くのは俺とココロのみ……と、思ったんだが。

「にゃあ」
「みゃう。お前らだけ行くの、ずるいぞ」
「にゃう。わたしもお世話がかりで行くー」

 ミュアちゃんとルミナが一緒に行くことになった。
 まぁ、ミュアちゃんは屋敷に預けるか。エクレールとスサノオにも会わせたいし、リュドガ兄さんが二人の侍女を雇ったっていうし。しかも猫族の。
 ルミナは一緒に連れていく。メディカルマウスに興味を持ってたし、シャヘル先生にも会いたいだろう。
 
 というわけで、あっという間にビッグバロッグ王国に出発する日になった。

 ◇◇◇◇◇◇

 ミュディたちに二日ほど留守にすることを伝え、転移魔法を発動。
 到着したのは、エストレイヤ家にある俺の部屋。

「わ、本がいっぱいあるお部屋です……ここは?」
「俺の部屋。さて、兄さんたちに挨拶……と思ったけど、たぶん仕事中だな。父上か、母上」
『もきゅ~』

 と、ルミナが連れてきたニコニコアザラシのモフ助が鳴いた。
 
「どうした、モフ助」
『きゅぅぅ』

 モフ助は窓の外が気になるらしい。
 窓を開けると庭が見えた。母上が管理している庭園が見える。
 お、花壇に白いモフモフした生物がいる……あれは、母上が連れ帰ったニコニコアザラシだな。
 モフ助はこいつに反応したのか。

「友達か。モフ助、会いに行こう」
「お、おいルミナ」
「先に行ってろ。あたい、後で行く」

 ルミナは窓から飛び降りた……ここ、三階だけど。
 モフ助を仲間の傍へ置くと、キューキュー鳴き再開を喜んでいる。そして、母上がルミナに気付き、傍へ。ルミナが一言二言喋ると、母上の視線が上へ、俺たちの元へ向いた。

「あら、アシュト!! 帰ってきたのね」
「ただいま帰りました、母上!! すみません、父上の元へ行きますので!!」

 窓越しの会話。
 母上は頷き、ルミナとモフ助の相手を始めた。

「よし、父上のところに行くか」
「はは、はい……せ、先生のお父上」
「にゃあー」
「大丈夫。挨拶したらシャヘル先生のところに行くからさ」
「は、はいぃ」

 俺の部屋を出て、父上の部屋へ。
 道中、メイドや執事たちが頭を下げた。いきなり帰ってきて驚かせただろうな。
 父上の部屋のドアをノックすると、「入れ」と聞こえてきた。
 ドアを開けると……いた、父上だ。
 爵位は兄さんに譲ったけど、全ての仕事から解放されるわけじゃない。今も、王城で騎士の仕事をしている兄さんの代わりに、書類の整理をしている。

「失礼します、父上」
「ん? おお。アシュトか」
「いきなりで申し訳ございません。シャヘル先生に用事がありまして……転移魔法の座標を俺の部屋に設定したので、いきなり帰ってきました。あはは」
「ははは。しばらくこちらにいるのか?」
「いえ、二日ほど。実験用動物を受け取りに来ただけですので」
「そうか。なら、夕食くらいは食べていけるのだろう?」
「はい。では今夜」
「うむ。ああ、スサノオとエクレールにも会っていけ」
「はい」
「と……そちらの方は?」
「はうっ……」
「こちらはココロ。俺の弟子で薬師です」
「はははは、はじめましてっ!! ここ、ココロです!!」

 ココロは緊張してガチガチだ。まぁ、父上ってオーラがあるからな。
 自覚しているのか、父上は優しく微笑んだ。

「ゆっくり過ごしてくれ。すまんがアシュト、仕事が溜まっていてな」
「はい。邪魔して申し訳ございません。では、失礼します」
「うむ。今夜、リュドガたちが帰ってきたら食事にしよう。とっておきにワインを開ける。ココロさん、きみも楽しみにしてくれ」
「は、ふぁいっ!!」

 ココロは盛大に噛み、顔を赤らめた。
 エクレールとスサノオの元へ行くと、ミュアちゃんより年下のネコミミ姉妹と一緒にいた。
 二人ともメイド服を着ている。新しい侍女たちか。
 四人で読書をしているようだな。

「あ、ねこだ!」
「ねこ。遊びに来たんだ!」
「にゃあ。遊びに来た! にゃうー……そっちの子は?」
「わたしのねこ!」
「ぼくのねこ!」
「「にゃうー」」
「にゃうー」

 わけわからん……でも、かわいい。
 まぁいい。ミュアちゃんはここに置いて行くか。

「ミュアちゃん、俺とココロは用事を済ませてくるから、ここで遊んでて」
「にゃあ。わかったー」
「やったぁ! ねこ、みんなで遊ぼう!」
「むー、ねこじゃなくてミュアなのにぃ」

 うんうん。子供は仲良しでいいな。
 正門に出ると馬車が手配してあった。父上が用意してくれたのかな。
 御者に行先を伝え、ココロと乗り込む。

「ふわわ……立派な馬車ですね」
「だなぁ。さすがエストレイヤ家の馬車だ」

 馬車は、シャヘル先生の家に向かって走り出した。

 ◇◇◇◇◇◇

 シャヘル先生の家。
 先生は、家の庭に椅子とテーブルを置き、読書をしていた。
 俺に気付くと立ち上がり、笑顔で手を振ってくれる。

「シャヘル先生。お久しぶりです」
「お久しぶりです、アシュトくん。元気そうで何よりです」

 にっこり笑うシャヘル先生……やっぱ変わらないな。
 シャヘル先生は、俺の後ろでガチガチになっているココロを見た。

「彼女は……ああ、新しい弟子ですね?」
「はい。ココロと言います。先生と同じエルフです」
「はじめまして、ココロさん。シャヘルと申します」
「は、はじめまして!! こ、ココロです!!」

 ココロは勢いよく頭を下げた。
 そして、さらに勢いよく頭を上げる。

「あの!! シャヘル様の著書は全部読みました!! その、わたし……シャヘル様に憧れて、薬師になろうと思って、その」
「ははは。ありがとうございます。こんな半分隠居している爺さんに憧れるなんて、嬉しいような恥ずかしいような」
「そ、そんなことありません!! その」

 ココロは緊張してるのかワタワタ手を振る。
 すると、どこからともなくルミナが俺の隣に現れた。
 モフ助をテーブルの上に置き、シャヘル先生をジッと見る。

「これはこれは。お久しぶりです、ルミナさん」
「ん」
『もきゅ』
「ふふ、ちゃんと勉強していますか?」
「ごろごろ……してる」

 シャヘル先生がルミナを撫でると、喉がゴロゴロ鳴る。
 ルミナはココロを押しのけ、シャヘル先生に言う。

「メディカルマウス。見せて」
「ああ、そうでしたね……お待ちください」

 シャヘル先生は家の中へ。
 すると、ココロがムスッとする。

「むー、ルミナ。私とシャヘル様の会話を遮らないでください」
「うるさい。あたいはメディカルマウスが見たいんだ」
「ほら、二人とも喧嘩するなって」
「うー、先生」
「みゃうー」

 シャヘル先生が戻ってきた。
 手には大きめの籠があり、中に大きなメディカルマウスが三匹いる。
 二匹は昼寝をして、一匹は餌の木の実をカリカリかじっている。
 真っ白で目が赤い大きなネズミ。メディカルマウスの見た目はそんな感じだ。

「メディカルマウス……みゃう、大きいな」
「アシュトくん、知っているとは思いますが」
「はい。薬物実験後は速やかに解毒剤の処方を、ですね」
「ええ。病で死ぬことはないとはいえ、苦しむのは変わりありません。実験後は、この子たちに大好物の果物をあげるようお願いします」
「はい」
「みゃあ。かわいいぞ」

 ルミナはメディカルマウスを触っていた。
 ココロも、指でちょいちょい突いている。

「さて、アシュトくん。いろいろ話したいことがあります」
「俺もです。先生に、見て欲しい論文もありますし」

 二日間、俺とココロはシャヘル先生と薬学、医学の話をした。
 ミュアちゃんはエクレールたちといっぱい遊び、ルミナは母上と一緒に庭園の手入れやメディカルマウスの世話なんかをしていた。
 あっという間の二日間だった。
 ココロも最初は緊張していたが、一日でシャヘル先生に喰らい付くように質問攻めをした。
 憧れ、尊敬する人物と話をできて、幸せなようだ。
 帰るとき、ココロは興奮しながら言う。

「先生、私もシャヘル様に見てもらえるような論文を書きます!!」
「うん、頑張って」

 シャヘル先生との出会いは、ココロにとって最高の刺激だったようだ。
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