大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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黒猫のシオン

第620話、シオンとミュディ

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 黒猫族のシオン。
 年齢は十六歳。腰まであるクセッ毛のロングヘアで、今はポニーテールにしている。
 髪色、目の色はルミナと同じ黒。ずっと野生で生活していたせいか、言葉遣いも粗暴で羞恥心も薄い。誰かに触れられるのを極端に嫌がり、触れると激しく威嚇する。
 
 同じ黒猫族のルミナは、幼いせいか村にすぐ馴染んだ。とはいえ、他者に心を開かず、決められた人にしか触れることを許さないなど、まだまだ棘はあるが。
 だが、シオンはルミナと違い、棘だらけだった。
 集団生活に慣れるつもりがない。今は、シルメリアの傍でいろいろ日常生活について指導してもらっているが……ルミナとの大きな違いがあった。
 それは、暴れること。

「ふっしゃぁぁぁぁぁ!! もう嫌だ!! 掃除とかなんでアタシがやらなきゃいけないんだ!!」
「それがルールだからです。働かざる者、食うべからずですよ」
「もう嫌だ!! ここから出ていく!!」
「そうですか。では、このおやつは私が食べてしまいますね」
「!!」

 シルメリアは、アルラウネドーナツをシオンに見せる。
 甘くフワフワなドーナツ。野生では決して手に入らない美味さ。
 果物や木の実でも甘いモノはある。だが、ドーナツやケーキとは比べ物にならない甘味だ。
 シオンは、ごくりと喉を鳴らす。

「それと……村を出るのは構いません。ですが、村の食糧庫を漁ったり、窃盗などをしたら……私は、あなたを許さないので、そのつもりで」
「っ!!」

 ゾワリと、シルメリアから殺気があふれ出る。
 シオンもそれは考えた。黒猫族の隠密性なら、隠れて村に侵入することも不可能ではない。現に、ルミナも捕まったとはいえ、この村で何度か盗み食いをしていたのだから。
 だが、もう二度とシルメリアは盗み食いなど許さないだろう。
 シオンは、シルメリアに決して勝てない。
 そもそも……シルメリアだけじゃない。銀猫族という種族は、オーガやリザード族とは比べ物にならないくらい、戦闘に秀でた種族だった。

「村を出て、どうするつもりですか? あなたは黒猫族……孤独な種族ということは知っています。ですが、あなたと同族のルミナは、仕事をして、お金を稼いで、お菓子を買って食べています。ルミナよりも年上のあなたが、なぜそれをできないのですか?」
「…………知るか」
「……まぁ、そうでしょうね」

 シルメリアも厳しいことを言うが、シオンの気持ちもわかる。
 ずっと、孤独だったのだ。
 お金の価値を知らず、食事は狩るか、木の実や果物を食べて生きてきた。
 ねぐらも、掃除なんてしたことがない。いきなり掃除をしたり、働いたりするのは難しい。
 だからこそ、村でしっかり教育をしたいのだが……シオンは、なかなかなじまない。

「……シオン。難しいのはわかっています。ですが、ここで生きるにはルールを守らなければいけません。この大自然にもルールがありますよね? それと同じ、ルールを守って下さい」
「ルール……」
「黒猫族のルール。ありますよね?」
「…………」

 黒猫族のルール。
 同族の獲物には手を出さない。死した同族を見た場合、埋葬する。
 苦しむ同族がいたら、楽にしてやる。
 これらは、黒猫族のルール。幼い頃、母親から習うルールだ。
 
「シオン」
「…………」

 シルメリアは、シオンの頭をそっと撫でた。

「もう少し、頑張ってみませんか?」
「…………ん」

 シオンは、ムスッとしながら小さく頷いた。
 
 ◇◇◇◇◇◇

 シオンは、屋敷の屋根で横になり大きな欠伸をした。

「仕事、お金……美味いもの食いたいけど、めんどくさいことが多すぎる」

 ムスッとしながらもう一度欠伸をする。
 村で食べる食事は、どれも美味い。
 そして、ケーキやドーナツ。これらの甘味はとにかくシオンを刺激した。永遠に食べ続けてもいいとさえ思えるくらい、美味かった。
 ぼんやりと、ドーナツの味を思い出していると。

「ん……?」

 屋敷に向かう一人の少女。
 手提げバッグを持ち、そこからいい匂いが漂っている。
 シオンは屋根から飛び降りた。

「きゃっ!?」
「くんくん……お前、あいつの番だな?」
「つ、つがい?」
「あいつの匂いする。それと、そのカバンからもいい匂い」
「え、えっと……あなたは確か、シオンちゃん?」
「ん」

 シオンは頷き、ミュディのバッグをジーっと見つめた。
 ミュディはクスっと笑い、シオンに言う。

「クララベルちゃんのところでドーナツをもらったの。よかったら、一緒に食べない?」
「食べる!!」
「ふふ。じゃあ、わたしの部屋に行こうか」

 シオンは、ミュディの部屋へ。
 ミュディは、自分で紅茶を淹れ、シオンへ差し出す。
 シオンは一気に煽り、噴き出した。

「あっちゃぁぁぁぁぁ!? うぇぇぇぇ!!」
「だ、大丈夫!? あ、そっか。猫舌」
「ひぃぃ……」

 シオンは舌を出し、ミュディの出した水を一気に飲み干す。
 ミュディは零した紅茶を拭きながら、シオンにドーナツを出した。

「ごめんね。お詫びに、たくさん食べてね」
「!! やった、食べるぞ!!」

 シオンは、ドーナツに喰らいつく。
 ガツガツと一気に四個ほど食べ、満面の笑みを浮かべた。

「ふふ、おいしい?」
「ん。あまくてフワフワだ。まるでお前みたいだな」
「え? わたし?」
「ああ。おまえ、すっごくフワフワしてる。くんくん……それに、いい匂いするぞ」
「そ、そうかな?」
「あいつの番だろ。もぐもぐ」
「う、うん。つがい、だけど……」

 シオンはドーナツを飲み込み、水を飲んだ。

「っぷは。うまい。なぁ、あいつの番になれば、毎日ご飯食べられるんだろ」
「んー……番じゃなくても、ご飯は食べられるよ?」
「あいつ、ここで一番偉いんだろ? 偉いやつの番は、何もしなくてもご飯が食えるはずだ」
「確かに、そういうところもあるけど……わたしたちは違うよ。ちゃんとみんなお仕事して、それでご飯を食べているの。シオンちゃんも、お仕事してるでしょ?」
「無理やりな。あの銀猫、怖いし強い。アタシじゃ逃げられない」
「そうなんだ。でも、お仕事した後に食べるご飯は、すっごく美味しいよ」
「わからん。アタシが見たのは、一人の女に、大勢の男たちが食べ物いっぱい貢いでた。ヒトじゃないけどな」
「ヒトじゃない?」
「ああ。みんなリザード族みたいな感じだった。自分たちのこと、始祖の種族とか言ってたぞ」
「へぇ……龍人族みたいな感じかなぁ?」

 ミュディは首を傾げた。
 そして、シオンはドーナツ最後の一個を手に取る。

「男は、女に貢ぐ。それがアタシの見た女の在り方だ。ここは変だ。ここ、男も女もみんな働いてる。みんな嫌そうじゃないし、お前も楽しそうだ」
「そうだね。お仕事はすっごく楽しいよ? ね、シオンちゃん。シオンちゃんは、何かやりたいことないの?」
「美味しいモノ、いっぱい食べたい」
「そっかぁ……」
「……ん?」

 と、シオンはミュディの机を見た。
 そこに、金属板に傷を付けて模様を描く、彫金細工があった。

「なんだ、それ」
「これ? これは彫金なの。アクセサリーを作ったりしてるんだけど、なかなか上手くいかなくてね」
「ふーん」
「興味あるなら、やってみる?」
「いいけど」

 ミュディは、彫金用に作ってもらった拡大鏡と、ノミとハンマーをシオンへ。
 すると、シオンは「いらない」と拡大鏡を拒否。見本となる彫金プレートを見て、ノミとハンマーを手にして、板に傷をつけ始めた。
 それから数分後。

「ほれ、できたぞ」
「どれどれ……えっ」

 そこにあったのは、見本と全く同じ、彫金細工だった。
 首飾り用の金属プレートには、星や月、太陽などが彫られている。これらはエルダードワーフから借りた見本で、練習用にミュディが借りた物であった。
 だが、全く同じものが目の前にある。

「こ、これ……シオンちゃんが?」
「ずっと見てただろ」
「す、すごい……全く同じ、だよね」
「同じく掘っただけだ。簡単だろ」
「……し、シオンちゃん。これ、お仕事になるよ」
「?」

 こうして、シオンは彫金師として働くことになった。

 ◇◇◇◇◇◇

 ◇◇◇◇◇◇

「おい、できたぞ」
「どれどれ……わぁ、すごいねぇ」
「適当に掘っただけだ」

 シオンは、彫金師として働き始めた。
 本人は「この板に適当に掘ればいい? それが仕事? ならやる」と、彫金をよく理解していない。エルダードワーフの工房で働ける腕前なのだが、なぜかミュディの部屋で、ミュディがいる時しか仕事をしない。
 どうも、ミュディが気に入ったようだ。
 暴れることもなく、ミュディにくっついて甘えたり、お菓子を食べたり。ミュディが部屋にいるとミュディの依頼で彫金師として働いている。
 最近では、ベッドも風呂も食事も一緒なのだとか。

「シオンちゃん、これ彫ってみない?」
「おやつくれるならやる」
「ふふ、クッキーあるよ?」
「じゃあやる」

 すっかりミュディの飼い猫となったシオンは、今日もミュディの部屋で彫り物をする。
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