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第五章
抗議するか、しないか
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朝食を終え、登校前のまったり時間で、新聞の内容に触れた。
ウィルはくだらなそうに新聞を投げる。
「ほんっと、一度魔人に滅ぼされないとわかんない馬鹿どもばかりだな」
だが、ウィルはあまり怒っているように見えない。
くだらなそうに新聞を投げ捨て、水のグラスを一気に飲んだ。
フェニアとサフィーは少し悲し気だ。
「ひっどい記事……見てよここ、『S級召喚士アルフェン・リグヴェータ、その姿まさに魔獣』だって。これ、モグの……ジャガーノートの姿だよね?」
「ひどいです……アルフェン、すっごく強くてかっこよかったのに」
「ま、別にどうでもいいよ」
アルフェンも興味なさそうにオレンジジュースを飲む。
意外にも、男二人はあまり関心がなさそうだ。
だが、メルは違った。ボロボロになった新聞を握りしめ、何度も足を組みかえている。
「抗議……ダメ、クソ親父に……どうする……弱み……だめね、証拠……ぶつぶつ」
一人でブツブツ何か喋っている。
怖いので、全員がスルーしていた。
アネルは、何度もため息を吐いている。戦った当事者として複雑らしい。
「はぁ……『容赦なき赤い悪魔』だって……アタシ、そんなに酷かった? 普通に戦っただけなのに……はぁぁぁ~」
「り、アネル。大丈夫です! 私はアネルのことカッコいいって思います!」
「ありがと、サフィー……」
アネルはげっそりとした笑顔でサフィーを見た。
すると、水を飲み干したウィルが立ち上がり、大きく背伸びする。
「お前ら、何か勘違いしてるようだから言っておく。オレらが戦ってるのは人気取りのためじゃねぇ。魔人をぶっ殺して魔帝を血祭りにあげるためだ。評判だの人気だのクソほどどうでもいい。そんなの、酒で流して飲み込んじまえ」
「遅れたーっ! この馬鹿ニスロク! 二度寝すんなって何度も言ってるだろー!」
「ごめんちび姉ぇ~……ぐぅ」
ウィルのセリフと被るように、男子寮からレイヴィニアとニスロクが下りてきた。二人ともS級の制服を着て、ツノを隠し髪・肌・目の色を変えている。
セリフを遮られたウィルは二人を睨む。
「む、なんだ? おい、なんでうちを睨む」
「ねむぃぃ~」
「うるさい。ったく……そろそろ登校時間だ」
ウィルはカバンを掴み、一人で行ってしまった。
アルフェンたちも後に続き、寮に残ったのはくしゃくしゃの新聞だけだった。
◇◇◇◇◇◇
S級校舎に入り席に着くと、ガーネットが入ってきた。
授業の前のホームルームだ。
「今朝の朝刊、見たね?」
「ちょーかん? なんだそれ? ニスロク、知ってるか?」
「しらなぁ~い……」
「ガキは黙ってろ。おいガーネット、続けろ」
「き、ウィル! おばあ様を呼び捨てで」
「おいお前、うちはガキじゃないって言ってるだろ!」
「うるせぇ。ガーネット、続けろ」
「ったく……礼儀がなってないガキだね」
フェニアがレイヴィニアをなだめ、サフィーはガーネットがそんなに気分を害していないことに驚いた。何度も飲みに行っているので、仲がよくなったのだろうか。
ガーネットは軽い咳ばらいをする。
「昨日の模擬戦、んで今日の朝刊……見たならわかると思うが、どうも王族が新聞社に圧力をかけて記事内容を変更……いや、書く内容は初めから決まってたみたいだね。まぁ、王子殿下がA級召喚士だからS級を擁護するわけないとは踏んでいたが、こうも露骨にくるとは」
「……申し訳ございません」
「王女殿下が謝ることではありません」
メルは申し訳なさそうに俯く。
「生徒会長。実力でアルフェンを降せなかったから、やり方を変えたようだね。なんとしてもS級の存在を消し去りたいようだ……等級至上主義、馬鹿みたいな連中だと思っていたが」
ガーネットはくだらなそうにつぶやく。
フェニアが、遠慮がちに挙手した。
「あの……王族の圧力って、もしかして国王陛下もですか……?」
「それはないでしょう」
と、メルが否定。
「兄ではない誰かの入れ知恵でしょうね。あの兄にそんな卑怯な考えが思いつくとは思えません。恐らく、新聞社にあらかじめ圧力をかけて、模擬戦で敗北した場合でもA級に有利な記事を掲載するようにとお兄様にお願いしたのでしょう。まぁ……誰だか想像は付きますが」
メルはアルフェンを見た。
アルフェンはため息を吐く。そんなの、リリーシャしかいない。
ガーネットは、面倒くさそうに言う。
「記事の件はまだいい。問題は……オズワルドだ。アルフェン、奴はお前を訴えると言っているぞ。罪状は名誉棄損罪と侮辱罪……模擬戦中、言われなき侮辱を受け、覚えのないことで攻め立てられたと言っている。そのせいで動揺し敗北したと職員室で吹聴している」
「はぁ……?」
「問題なのは、模擬戦を見ていたのはほとんど記者で、学園関係者がほとんどいなかったことだ。A級を擁護する記事が職員室に大量に置かれ、それを見た教師たちの前で対戦者のオズワルドが傷心状態で話す……さすがのシナリオだ。職員の中にはオズワルドに同情する教師も大勢いた」
「…………」
「アルフェン。嫌な予感がする……力では解決しない『何か』が来る」
「……なんだよ、それ」
アルフェンは、少しづつ苛立ち始めていた。
落とし前は付けたはず。リリーシャとダオームに完全勝利し、オズワルドにも報復した。それでも、あの三人は諦めるどころか、アルフェンを落とそうと躍起になっている。
アネルは、アルフェンに言った。
「アルフェン、どうするの……?」
「…………」
アルフェンは答えられない。
代わりに、ガーネットが答えた。
「今は様子見しな。メテオールもアルジャンも動いている……どうも、学園関係者だけじゃない気がする。あたしは模擬戦を見学できたのに、メテオールたちができなかった理由も気になるしねぇ」
「おい、売られた喧嘩は買うぞ」
「今はその時じゃない。いいかいウィル、余計なことするんじゃないよ」
「……チッ」
ウィルの舌打ちが、教室内に大きく響いた。
◇◇◇◇◇◇
A級との模擬戦から数日後。
学園内では、S級の人気に陰りが見え始め、A級~B級人気が再び再燃した。S級はあまりにも強く、魔人と魔帝に次ぐ『脅威』と見る者が増え始めたのである。
魔人討伐の功績はすっかり霞み、S級は露骨に嫌われたり舌打ちされたり舐められたりすることはなくなったが……その代わり、避けられたり、怯えられるようになった。
アルフェン、ウィル、アネルはもとより、戦闘をしていないフェニア、サフィーも周囲から避けられるようになった。これにはフェニアも参っている。
「購買でお買い物してただけなのに、店員さんもあたしを見て怯えるのよ……ちょっとヘコむわ」
「私もです。何も悪いことしていないのに……」
「アタシなんて、『ヒッ』とか『うわっ』とか叫ばれて避けられるのよ? もう参っちゃうわ……」
フェニアたちは、寮の談話室でお茶を飲んでいた。
購買にある喫茶店に行こうとしたが、いろいろ怯えられてしまうので自重したのだ。せっかく新しい喫茶店がオープンしたのに……と、フェニアは落ち込む。
すると、訓練を終えたアルフェンとウィルが帰ってきた。
「ただいまー」
アルフェンは挨拶するが、ウィルは無言だ。
ヴィーナスとの訓練も身に入っておらず、ずっとイライラしていた。
理由はもちろん、周囲の反応だ。
アネルは、ウィルに聞いた。
「ウィル、どうしたの?」
「……ほんっとウゼェ連中が多いんだよ。人のことチラチラ見て目ぇ反らしての繰り返し……言いたいことあんなら正面から来やがれってんだ」
「アンタが怖いから言えないんでしょ……ほら、お茶淹れるから」
「……フン」
ウィルはソファに座り、アネルがお茶の支度を始める。
意外にも聞きわけがいい。なんとなくアルフェンも座り、アネルの紅茶を飲む。
少しは落ち着いたと思ったら。
「アルフェン、いる?……ちょっと面倒なことになったわ」
メルが、疲れた表情で寮のドアを開けて入ってきた。
手には数枚の書類。どうにも嫌な予感しかない。
その書類を、テーブルに叩き付けて言う。
「……裁判所から出頭命令が出たわ。オズワルドに対する侮辱と名誉棄損で話がしたいって」
「はぁ?……それ、マジなのか?」
「マジよ。ったく……裁判所内にもいるみたいね。等級至上主義、オズワルドの息のかかった馬鹿が」
「模擬戦中の会話なんて証明しようがないだろ。侮辱だったらオズワルドのが圧倒的に多い」
「問題は、それを認める人が有能か無能かってところ。あんた、罪が認められたらS級の資格剥奪されて、犯罪者として『召喚封じ』嵌められて牢屋行きよ。その後は強制労働、たぶんリグヴェータ家は速攻であんたを切り捨てるでしょうね。辺境伯って地位を失いかねない」
「…………」
アルフェンは、両親の顔を思い浮かべた。
ニコニコ笑顔でアルフェンの肩を叩く父は、もしアルフェンが犯罪者になれば速攻で切り捨てる。今度こそリグヴェータ家から除名されるだろう。
「メル、どうすればいい?」
「……とりあえず、裁判所に行くわよ。わたしも付きそうから」
「え、別にいいよ」
「駄目。あんた一人じゃつまらないことで喧嘩しそうだしね」
「ウィルじゃあるまいし、俺はそんなことしない」
「おいテメェ、どういう意味だ?」
「……裁判所に行くのは明日。授業はお休みね。あたしもなんとか動いてみるから」
「わかった……」
予想以上に、面倒なことになっていた。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
アルフェンは、メルと一緒に『アースガルズ王立裁判所』へやってきた。
王城と似て、立派な外観の建物だ。アルフェンはこういう建物はどうも好きになれない。
メルは裁判所を見上げながら言う。
「今日は聞き取りだけ。いい、余計なことは言わないように」
「はいはい」
裁判所に入り、受付をすると……すぐに別室へ案内された。
アルフェンとメルが案内されたのは、簡素な部屋だった。
中央に椅子とテーブルがあり、記録用の係官が座る椅子テーブルがあるだけ。中には審問官が二人と記録員が一人いた。
「アルフェン・リグヴェータ。座れ」
「…………」
言われた通り、座る。
メルも座った。高圧的な言い方に少しイラっとしている。王族のメルが来ることは知っているはずでこの態度。メルは審問官の裏に兄か父、それか別の王族の雰囲気を感じた。
二人が座ると、審問官も座った。
「では、これよりアルフェン・リグヴェータが行ったオズワルド・ブラッシュ子爵への侮辱及び名誉棄損についての聞き取りを開始する」
「ちょっと、まだ罪は確定していないわよ。決めつけたような言い方は止めなさい」
「ふん。では第一の質問……先日行われたA級召喚士とS級召喚士の模擬戦時、アルフェン・リグヴェータはオズワルド子爵に証拠もなく犯罪者呼ばわりして動揺を誘い、不意打ちを行ったというのは本当か?」
「バッカないの? 話術も戦術の一つよ。それにその侮辱行為にあたる話に心当たりがなければ動揺なんてしないわ。オズワルドは明確に動揺していたし、犯罪……『F級生徒を見殺しにした』って指示を出したのは間違いないわ」
「……どうなんだ、アルフェン・リグヴェータ」
審問官はメルを無視した。
メルは無自覚に足を組み替える。
「侮辱もなにも、オズワルド先生は魔人襲来時に生徒会の指揮を執っていたのは間違いないですよ。アベルを疲弊させるためにF級を囮にして、生徒会には待機を命じたんだ。生徒を指揮する立場の教師が、生徒を見殺しにした。その現場にいた俺がその事実を確認しただけ……これのどこが侮辱なんです?」
「それがお前の答えか?」
「ええ。いくらもらってんのか知りませんけど、有罪にしたいならどうぞ。ただし俺もこの国を見限ります……別に、アースガルズ王国じゃなくても魔人狩りできるし」
「なっ」
これには、メルが驚いた。
アルフェンの本心だった。
「俺、リグヴェータ家とかどうでもいいし。魔人を狩れるならこの国じゃなくてもいい」
「そ、それじゃダメよ!! あんた、約束忘れたの!?」
「あー……まぁ」
メルは王になるために力を欲している。アルフェンとは協力関係だ。
さすがに、約束を反故するのはアルフェンも悪いと思っていた。
審問官は、アルフェンを睨む。
「……わかった。一つ言っておく。貴様の罪が確定すれば、S級召喚士の罪ということになる。S級という等級は取り消される。魔人討伐の功績で投獄や収容所送りは免れるだろうが……再びF級という等級が復活し、S級はそこに配属されるだろう」
「ふーん。そういう筋書きなのね。ねぇ、そろそろ教えてよ。そこまでしてS級を潰したいのは誰? 少し考えたけど……お父様がこんな回りくどいことするとは思えない。お兄様が入れ知恵されてやった可能性もあるけど、どうも違う……わたしの考えが正しければ」
メルは足を組み換え、審問官を睨む。
「……ヒルクライム叔父様、それかユウグレナ叔母様ってところね。違う?」
「…………」
「ビンゴ、ね」
メルは、一瞬だけ審問官の口元がわずかに歪んだのを見逃さなかった。
ゼノベクトの兄、そして姉だ。先代国王はなぜかこの二人を王候補から外し、ゼノベクトを後継者に命じたのだ。
理由は簡単。ヒルクライムとユウグレナは、恐ろしいほどの等級至上主義者だからだ。
二人は領地を与えられ、そこで領主をしているはず。
「チッ……S級のことをどこで聞きつけたのかしら。これではっきりした。A級召喚士の背後には叔父様と叔母様がいる。そうよね、審問官?」
「…………」
「ふん、黙っても無駄。わたしにはわずかな挙動で真偽を見分けることができる。等級至上主義者にとって、S級の台頭はよほど面白くないようね……ったく」
メルはくたびれたように呆れていた。
そして、スゥーっと目を細め審問官に言う。
「仕方ない。カードを一つ切るわ……審問官、叔父様と叔母様に伝えなさい。『仮面舞踏会を楽しみなさい』ってね」
「……?」
「伝えればいいわ。はぁ~あ……こんなところで見せるつもりなかったのに」
「……?」
アルフェンと審問官は思わず首を傾げ、互いに顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇◇
裁判所に行った翌日の朝だった。
アルフェンへの訴えが、全て退けられたとの報告が入ったのは。
ウィルはくだらなそうに新聞を投げる。
「ほんっと、一度魔人に滅ぼされないとわかんない馬鹿どもばかりだな」
だが、ウィルはあまり怒っているように見えない。
くだらなそうに新聞を投げ捨て、水のグラスを一気に飲んだ。
フェニアとサフィーは少し悲し気だ。
「ひっどい記事……見てよここ、『S級召喚士アルフェン・リグヴェータ、その姿まさに魔獣』だって。これ、モグの……ジャガーノートの姿だよね?」
「ひどいです……アルフェン、すっごく強くてかっこよかったのに」
「ま、別にどうでもいいよ」
アルフェンも興味なさそうにオレンジジュースを飲む。
意外にも、男二人はあまり関心がなさそうだ。
だが、メルは違った。ボロボロになった新聞を握りしめ、何度も足を組みかえている。
「抗議……ダメ、クソ親父に……どうする……弱み……だめね、証拠……ぶつぶつ」
一人でブツブツ何か喋っている。
怖いので、全員がスルーしていた。
アネルは、何度もため息を吐いている。戦った当事者として複雑らしい。
「はぁ……『容赦なき赤い悪魔』だって……アタシ、そんなに酷かった? 普通に戦っただけなのに……はぁぁぁ~」
「り、アネル。大丈夫です! 私はアネルのことカッコいいって思います!」
「ありがと、サフィー……」
アネルはげっそりとした笑顔でサフィーを見た。
すると、水を飲み干したウィルが立ち上がり、大きく背伸びする。
「お前ら、何か勘違いしてるようだから言っておく。オレらが戦ってるのは人気取りのためじゃねぇ。魔人をぶっ殺して魔帝を血祭りにあげるためだ。評判だの人気だのクソほどどうでもいい。そんなの、酒で流して飲み込んじまえ」
「遅れたーっ! この馬鹿ニスロク! 二度寝すんなって何度も言ってるだろー!」
「ごめんちび姉ぇ~……ぐぅ」
ウィルのセリフと被るように、男子寮からレイヴィニアとニスロクが下りてきた。二人ともS級の制服を着て、ツノを隠し髪・肌・目の色を変えている。
セリフを遮られたウィルは二人を睨む。
「む、なんだ? おい、なんでうちを睨む」
「ねむぃぃ~」
「うるさい。ったく……そろそろ登校時間だ」
ウィルはカバンを掴み、一人で行ってしまった。
アルフェンたちも後に続き、寮に残ったのはくしゃくしゃの新聞だけだった。
◇◇◇◇◇◇
S級校舎に入り席に着くと、ガーネットが入ってきた。
授業の前のホームルームだ。
「今朝の朝刊、見たね?」
「ちょーかん? なんだそれ? ニスロク、知ってるか?」
「しらなぁ~い……」
「ガキは黙ってろ。おいガーネット、続けろ」
「き、ウィル! おばあ様を呼び捨てで」
「おいお前、うちはガキじゃないって言ってるだろ!」
「うるせぇ。ガーネット、続けろ」
「ったく……礼儀がなってないガキだね」
フェニアがレイヴィニアをなだめ、サフィーはガーネットがそんなに気分を害していないことに驚いた。何度も飲みに行っているので、仲がよくなったのだろうか。
ガーネットは軽い咳ばらいをする。
「昨日の模擬戦、んで今日の朝刊……見たならわかると思うが、どうも王族が新聞社に圧力をかけて記事内容を変更……いや、書く内容は初めから決まってたみたいだね。まぁ、王子殿下がA級召喚士だからS級を擁護するわけないとは踏んでいたが、こうも露骨にくるとは」
「……申し訳ございません」
「王女殿下が謝ることではありません」
メルは申し訳なさそうに俯く。
「生徒会長。実力でアルフェンを降せなかったから、やり方を変えたようだね。なんとしてもS級の存在を消し去りたいようだ……等級至上主義、馬鹿みたいな連中だと思っていたが」
ガーネットはくだらなそうにつぶやく。
フェニアが、遠慮がちに挙手した。
「あの……王族の圧力って、もしかして国王陛下もですか……?」
「それはないでしょう」
と、メルが否定。
「兄ではない誰かの入れ知恵でしょうね。あの兄にそんな卑怯な考えが思いつくとは思えません。恐らく、新聞社にあらかじめ圧力をかけて、模擬戦で敗北した場合でもA級に有利な記事を掲載するようにとお兄様にお願いしたのでしょう。まぁ……誰だか想像は付きますが」
メルはアルフェンを見た。
アルフェンはため息を吐く。そんなの、リリーシャしかいない。
ガーネットは、面倒くさそうに言う。
「記事の件はまだいい。問題は……オズワルドだ。アルフェン、奴はお前を訴えると言っているぞ。罪状は名誉棄損罪と侮辱罪……模擬戦中、言われなき侮辱を受け、覚えのないことで攻め立てられたと言っている。そのせいで動揺し敗北したと職員室で吹聴している」
「はぁ……?」
「問題なのは、模擬戦を見ていたのはほとんど記者で、学園関係者がほとんどいなかったことだ。A級を擁護する記事が職員室に大量に置かれ、それを見た教師たちの前で対戦者のオズワルドが傷心状態で話す……さすがのシナリオだ。職員の中にはオズワルドに同情する教師も大勢いた」
「…………」
「アルフェン。嫌な予感がする……力では解決しない『何か』が来る」
「……なんだよ、それ」
アルフェンは、少しづつ苛立ち始めていた。
落とし前は付けたはず。リリーシャとダオームに完全勝利し、オズワルドにも報復した。それでも、あの三人は諦めるどころか、アルフェンを落とそうと躍起になっている。
アネルは、アルフェンに言った。
「アルフェン、どうするの……?」
「…………」
アルフェンは答えられない。
代わりに、ガーネットが答えた。
「今は様子見しな。メテオールもアルジャンも動いている……どうも、学園関係者だけじゃない気がする。あたしは模擬戦を見学できたのに、メテオールたちができなかった理由も気になるしねぇ」
「おい、売られた喧嘩は買うぞ」
「今はその時じゃない。いいかいウィル、余計なことするんじゃないよ」
「……チッ」
ウィルの舌打ちが、教室内に大きく響いた。
◇◇◇◇◇◇
A級との模擬戦から数日後。
学園内では、S級の人気に陰りが見え始め、A級~B級人気が再び再燃した。S級はあまりにも強く、魔人と魔帝に次ぐ『脅威』と見る者が増え始めたのである。
魔人討伐の功績はすっかり霞み、S級は露骨に嫌われたり舌打ちされたり舐められたりすることはなくなったが……その代わり、避けられたり、怯えられるようになった。
アルフェン、ウィル、アネルはもとより、戦闘をしていないフェニア、サフィーも周囲から避けられるようになった。これにはフェニアも参っている。
「購買でお買い物してただけなのに、店員さんもあたしを見て怯えるのよ……ちょっとヘコむわ」
「私もです。何も悪いことしていないのに……」
「アタシなんて、『ヒッ』とか『うわっ』とか叫ばれて避けられるのよ? もう参っちゃうわ……」
フェニアたちは、寮の談話室でお茶を飲んでいた。
購買にある喫茶店に行こうとしたが、いろいろ怯えられてしまうので自重したのだ。せっかく新しい喫茶店がオープンしたのに……と、フェニアは落ち込む。
すると、訓練を終えたアルフェンとウィルが帰ってきた。
「ただいまー」
アルフェンは挨拶するが、ウィルは無言だ。
ヴィーナスとの訓練も身に入っておらず、ずっとイライラしていた。
理由はもちろん、周囲の反応だ。
アネルは、ウィルに聞いた。
「ウィル、どうしたの?」
「……ほんっとウゼェ連中が多いんだよ。人のことチラチラ見て目ぇ反らしての繰り返し……言いたいことあんなら正面から来やがれってんだ」
「アンタが怖いから言えないんでしょ……ほら、お茶淹れるから」
「……フン」
ウィルはソファに座り、アネルがお茶の支度を始める。
意外にも聞きわけがいい。なんとなくアルフェンも座り、アネルの紅茶を飲む。
少しは落ち着いたと思ったら。
「アルフェン、いる?……ちょっと面倒なことになったわ」
メルが、疲れた表情で寮のドアを開けて入ってきた。
手には数枚の書類。どうにも嫌な予感しかない。
その書類を、テーブルに叩き付けて言う。
「……裁判所から出頭命令が出たわ。オズワルドに対する侮辱と名誉棄損で話がしたいって」
「はぁ?……それ、マジなのか?」
「マジよ。ったく……裁判所内にもいるみたいね。等級至上主義、オズワルドの息のかかった馬鹿が」
「模擬戦中の会話なんて証明しようがないだろ。侮辱だったらオズワルドのが圧倒的に多い」
「問題は、それを認める人が有能か無能かってところ。あんた、罪が認められたらS級の資格剥奪されて、犯罪者として『召喚封じ』嵌められて牢屋行きよ。その後は強制労働、たぶんリグヴェータ家は速攻であんたを切り捨てるでしょうね。辺境伯って地位を失いかねない」
「…………」
アルフェンは、両親の顔を思い浮かべた。
ニコニコ笑顔でアルフェンの肩を叩く父は、もしアルフェンが犯罪者になれば速攻で切り捨てる。今度こそリグヴェータ家から除名されるだろう。
「メル、どうすればいい?」
「……とりあえず、裁判所に行くわよ。わたしも付きそうから」
「え、別にいいよ」
「駄目。あんた一人じゃつまらないことで喧嘩しそうだしね」
「ウィルじゃあるまいし、俺はそんなことしない」
「おいテメェ、どういう意味だ?」
「……裁判所に行くのは明日。授業はお休みね。あたしもなんとか動いてみるから」
「わかった……」
予想以上に、面倒なことになっていた。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
アルフェンは、メルと一緒に『アースガルズ王立裁判所』へやってきた。
王城と似て、立派な外観の建物だ。アルフェンはこういう建物はどうも好きになれない。
メルは裁判所を見上げながら言う。
「今日は聞き取りだけ。いい、余計なことは言わないように」
「はいはい」
裁判所に入り、受付をすると……すぐに別室へ案内された。
アルフェンとメルが案内されたのは、簡素な部屋だった。
中央に椅子とテーブルがあり、記録用の係官が座る椅子テーブルがあるだけ。中には審問官が二人と記録員が一人いた。
「アルフェン・リグヴェータ。座れ」
「…………」
言われた通り、座る。
メルも座った。高圧的な言い方に少しイラっとしている。王族のメルが来ることは知っているはずでこの態度。メルは審問官の裏に兄か父、それか別の王族の雰囲気を感じた。
二人が座ると、審問官も座った。
「では、これよりアルフェン・リグヴェータが行ったオズワルド・ブラッシュ子爵への侮辱及び名誉棄損についての聞き取りを開始する」
「ちょっと、まだ罪は確定していないわよ。決めつけたような言い方は止めなさい」
「ふん。では第一の質問……先日行われたA級召喚士とS級召喚士の模擬戦時、アルフェン・リグヴェータはオズワルド子爵に証拠もなく犯罪者呼ばわりして動揺を誘い、不意打ちを行ったというのは本当か?」
「バッカないの? 話術も戦術の一つよ。それにその侮辱行為にあたる話に心当たりがなければ動揺なんてしないわ。オズワルドは明確に動揺していたし、犯罪……『F級生徒を見殺しにした』って指示を出したのは間違いないわ」
「……どうなんだ、アルフェン・リグヴェータ」
審問官はメルを無視した。
メルは無自覚に足を組み替える。
「侮辱もなにも、オズワルド先生は魔人襲来時に生徒会の指揮を執っていたのは間違いないですよ。アベルを疲弊させるためにF級を囮にして、生徒会には待機を命じたんだ。生徒を指揮する立場の教師が、生徒を見殺しにした。その現場にいた俺がその事実を確認しただけ……これのどこが侮辱なんです?」
「それがお前の答えか?」
「ええ。いくらもらってんのか知りませんけど、有罪にしたいならどうぞ。ただし俺もこの国を見限ります……別に、アースガルズ王国じゃなくても魔人狩りできるし」
「なっ」
これには、メルが驚いた。
アルフェンの本心だった。
「俺、リグヴェータ家とかどうでもいいし。魔人を狩れるならこの国じゃなくてもいい」
「そ、それじゃダメよ!! あんた、約束忘れたの!?」
「あー……まぁ」
メルは王になるために力を欲している。アルフェンとは協力関係だ。
さすがに、約束を反故するのはアルフェンも悪いと思っていた。
審問官は、アルフェンを睨む。
「……わかった。一つ言っておく。貴様の罪が確定すれば、S級召喚士の罪ということになる。S級という等級は取り消される。魔人討伐の功績で投獄や収容所送りは免れるだろうが……再びF級という等級が復活し、S級はそこに配属されるだろう」
「ふーん。そういう筋書きなのね。ねぇ、そろそろ教えてよ。そこまでしてS級を潰したいのは誰? 少し考えたけど……お父様がこんな回りくどいことするとは思えない。お兄様が入れ知恵されてやった可能性もあるけど、どうも違う……わたしの考えが正しければ」
メルは足を組み換え、審問官を睨む。
「……ヒルクライム叔父様、それかユウグレナ叔母様ってところね。違う?」
「…………」
「ビンゴ、ね」
メルは、一瞬だけ審問官の口元がわずかに歪んだのを見逃さなかった。
ゼノベクトの兄、そして姉だ。先代国王はなぜかこの二人を王候補から外し、ゼノベクトを後継者に命じたのだ。
理由は簡単。ヒルクライムとユウグレナは、恐ろしいほどの等級至上主義者だからだ。
二人は領地を与えられ、そこで領主をしているはず。
「チッ……S級のことをどこで聞きつけたのかしら。これではっきりした。A級召喚士の背後には叔父様と叔母様がいる。そうよね、審問官?」
「…………」
「ふん、黙っても無駄。わたしにはわずかな挙動で真偽を見分けることができる。等級至上主義者にとって、S級の台頭はよほど面白くないようね……ったく」
メルはくたびれたように呆れていた。
そして、スゥーっと目を細め審問官に言う。
「仕方ない。カードを一つ切るわ……審問官、叔父様と叔母様に伝えなさい。『仮面舞踏会を楽しみなさい』ってね」
「……?」
「伝えればいいわ。はぁ~あ……こんなところで見せるつもりなかったのに」
「……?」
アルフェンと審問官は思わず首を傾げ、互いに顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇◇
裁判所に行った翌日の朝だった。
アルフェンへの訴えが、全て退けられたとの報告が入ったのは。
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※小説家になろうにて掲載中
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
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