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第六章
『嫉妬』の魔人バハムート
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アルフェンたちが向かった二番目の村でも、魔人は現れなかった。
そして三番目。魔人が出現する可能性が八割ある村にて。
アネルは、仲良くなった子供たちと一緒にボール遊びをしていた。
「ねーちゃんすっげぇ!!」
「おれ知ってる! これできるのすごい大人だけだ!!」
アネルは、足だけでボールを巧みに蹴り浮かせていた。
足の扱いはアネルにとって戦闘の要だ。ボールを使った繊細な動きは毎日かかさず行っている。その動きが、子供たちには魔法のように見えたそうだ。
アネルはボールをけり上げ、キャッチする。
「っと……はい、こんな感じ。どうかな?」
「すごい!」「お姉さん、わたしにも教えて!」「すっげー!」
ワラワラと子供たちが群がり、アネルを囲む。
弟や妹がいたアネルは、子供の扱いが得意……というより、子供が好きだった。
そんな光景を、アルフェンとウィルは遠くから眺めている。
「平和だなぁ……」
「ったく。魔人は本当に現れるのかね」
「……『予言』では、ここに現れる確率は八割らしい。さすがの生徒会たちも、戦闘準備をしているみたいだぞ」
「ああ……だが、府に落ちねぇな。なんで住人を避難させない」
「魔人が現れるのは明日。今日は荷物の整理をして、午後になったら隣村に移動することになっている。なるべくこの村を戦場にはしたくないけどな……って、お前、話聞いてたのかよ」
「忘れた」
ウィルはポケットから携帯用ボトルを取り出し蓋を開ける。
アルフェンは匂いでわかった。
「おま、酒かよ」
「オレにとっての燃料なんだよ」
「ったく……酔っぱらい」
「あいにく、この身体になってから酔ったことないんでね」
そう言い、ボトルを傾ける。
アルフェンも少し喉が渇いていた。
「フェニアから飲み物もらうか……」
「つまみももらおうぜ」
「……だな」
二人は、フェニアたちがいる村の宿へ歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
遊び疲れたアネルたちは木陰で休んでいた。
子供たちは、さきほどからひっきりなしにアネルに質問をする。
「お姉さん、すっごく強い召喚士なんでしょ?」
「んー、そうかもね」
「ねえちゃん、おれを鍛えてくれ!」
「そ、それは無理……アタシも修行中だから」
「おれ、ねえちゃんと一緒に冒険の旅にでたい!」
「ふふ、男の子だね。そうだね……もうちょっと大きくなったらね」
「やったー!」
アネルは、楽しかった。
任務ということを忘れそうになるくらい。平和だった。
だからこそ、油断した。
「お姉さん「やっほー……───滅ぼしに来たよ」ぶっふぇ?」
「え……」
褐色の少女が、アネルの目の前にいた少年の胸に、爪を突き刺した。
少年は吐血───目がぎゅるんと回り、血を吐いて倒れた。
「んー……けっこう小さい村ね。まぁいいや」
「な、なんで……? ねぇ、ねぇ!!」
「お、ねえさ……」
アネルは、少年を抱き起した。
少年は血を吐き、涙を流し……そのまま動かなくなった。
「い、いやぁぁぁーーーッ!!」
「おかあさぁぁーんっ!!」「ぱぱぁーーーっ!!」
残りの子供たちが逃げ出した。
だが、それは悪手───アネルは叫ぶ。
「───駄目ッ!!」
だが、遅かった。
褐色の少女がニヤリと笑い、口をガパッと開けたのだ。
「ガァッ!!」
口から炎が吐かれ、子供たちを一瞬で炭化させる。
断末魔の叫びもなく、子供たちは一瞬でこの世を去った。
褐色の少女───『嫉妬』の魔人バハムートは、口から残り火を吐きだす。
「フッ!! ……さぁて、十個めの村。今度はどうやって滅ぼそうかなぁ」
「───アンタ」
「ん? ───おおっ!?」
ドゴォン!!と、アネルの回し蹴りがバハムートの首をへし折ろうとした。だが、バハムートはその首狩りを腕を上げてガードする。あまりの衝撃に地面が砕け、バハムートの腕が痺れた。
「っつぅ~……へぇ、やるじゃん」
「アンタ……なに? なんで? どうして殺したの?」
「決まってんじゃん。それがウチの仕事だから。それにしてもアンタ、なかなかやるね。今の蹴り、まともに喰らったらヤバかったかも」
アネルの両足は、すでに『カドゥーケウス』に変化していた。
装甲が展開し、蒸気が噴き出す。形状が変化し、片足に四つずつ、合計八つの『噴射口』が展開される。
バハムートはアネルの両足を見て、眉をピクリと動かした。
「ああ、あんたも『混じった』やつか……ほんと、何考えてんだか。馬鹿じゃん?」
「───黙れ」
「ん、怒ってるの? ああ、安心して。あんたもちゃんと───」
───アネルの姿が一瞬で消え、バハムートの背後へ。
そのまま繰り出された踵落としが、バハムートの脳天に突き刺さった。
「ぐがっ!?」
ものすごい衝撃音と共に、バハムートが地面に激突し、巨大なクレーターが形成される。
バハムートは頭から緑色の血を出し、それを指で拭い……ペロッと舐めた。
「やるじゃん……あぁ、痛ったぁ~」
「───許さない」
「へぇ? ……いい殺気じゃん」
アネルは、相手が『嫉妬』の魔人ということに気付いていない。
だが、目の前で殺された子供が、自分の弟や妹と重なった。
アネルの中に、ぐつぐつと煮えたぎる熱───怒りがわいてきた。
「アンタは絶対に許さない!! アタシが……アタシがブッ倒してやる!!」
「いいね、あんたすっごくいいよ。じゃあ……遊ぼうか!!」
アネルとバハムート。二人の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
バハムートは口から緑色の血を「ペッ」と吐きだし、首をゴキゴキ鳴らす。そして両腕、両足をしっかり柔軟運動させ、アネルに向き直った。
「さーて。ウチとやるってんなら気合入れなよ。ウチ、あっちの世界じゃ最強レベルの召喚獣なんだから」
「……だから何? アタシ、アンタを許さないんだから!!」
両足のブースターユニットが火を噴き、アネルの『バスターキック』がバハムートの腹に突き刺さる。
ズドン!!と爆音が響くが……アネルは目を見張る。
「っつぅ……やるね」
「なっ……う、受け止めた!? アタシの蹴りを」
「らぁっ!!」
「わぁっ!?」
バハムートはアネルの前蹴りを正面から両手で摑んで受け止め、そのまま思いきりぶん投げた。
投げられたアネルは、ブースターユニットをふかし空中で態勢を整える。
すると───狂気の笑みを浮かべたバハムートが、両拳を握り迫ってきた。
「ヒャァッハァ!!」
「っぐぅっ!?」
すかさず、『カドゥーケウス』の装甲を開き足を上げる。
バハムートの拳は装甲に直撃───なんと、亀裂が入る。
アネルは痛みに顔を歪めた。いくら金属の脚でも、アネルの脚なのだ。痛みはリンクしている。
だが、気合で痛みを振り切った。
「っだぁぁっ!!」
「!?」
アネルは、殴られた衝撃を利用し反転。さらにブースターをふかし、バハムートの拳の威力プラスブースターの噴射の速度を合わせた回転蹴りを繰り出した。
防御から一転、反撃。これは完全なアネルの戦闘センスによる切り替えだった。
能力を使用しない接近戦ではアルフェンよりも強いアネルの蹴りは、拳を突き出したままの無防備なバハムートの脇腹に命中した。
「~~~ッ!! げはぁっ!?」
バハムートは吐血、地面を転がった。
そして、脇腹を押さえすぐに立ち上がる。何度かさすり、「ペッ」と口から血を吐く。
長い白髪をブンブン振り、アネルを睨み笑った。
「やるじゃん」
「……どういう身体してんのよ。今の一撃、人間だったら即死級の一撃なのに」
「ウチは召喚獣だよ? 効いたけど……この程度じゃ死なない」
「だったら……死ぬまで蹴る!!」
両足のブースターをふかし、アネルは飛んだ。
ブースターは合計八つ。一つ一つの噴射を自在に制御し、空中で複雑な動きをして敵を翻弄する『立体軌道』を使い、バハムートを惑わした。
だが、バハムートはニヤリと笑う。
「忘れた? ウチは召喚獣……『能力』があるんだよ!!」
召喚獣もまた、人間とは段違いの身体能力を持つ。
バハムートは大きく口を開け、迫るアネルに向けて青いブレスを吐きだした。
「───えっ!?」
青いブレスはアネルの右足に直撃───なんと、脚が凍り付いた。
噴射口が凍り付き、アネルは空中でバランスを崩す。すると……そのタイミングを待っていたかのように飛び出したバハムートの蹴りがアネルには見えた。
神業とも言える左足だけの噴射口制御で、アネルはバハムートの蹴りを回避───だが、完全に回避できず、左足を削られた。
「あ、っがぁぁぁっ!?」
「チィィッ!! 避けんじゃねぇよ!!」
左足の噴射口が砕け、金属部品や歯車がバラバラと落ちる。装甲の一部が割れ、機械部分がむき出しになってしまった。
アネルは地面に落下し、何度も転がる……打ち身や打撲、さらに顔や手など皮膚が露出している部分から血が出た。
すると───バハムートはさらに口を開けた。
アネルは気合を入れ、その場から転がる。
だが───間に合わない。
「ギャァァァァァァァァガガガガガガガガガガッ!?」
感電した。
紫のブレスがアネルの身体を覆った瞬間、全身が痺れたのだ。
バチバチ、バチバチとバハムートの口から紫電が見えた。
「痺れたかな?」
「あ、ぐ、ぁ……」
「これがウチの能力。『龍王炎』さ。ウチ、いろんな属性の炎を自在に吐けるんだよ。単純に燃やすのも、凍らせるのも、電気を吐くことだってできる」
「な、にそ、れ……」
「フン。種明かしは終わり……あんた、強かったし、楽に殺しはしないよ」
「あぐぅっ……」
バハムートは、アネルの髪を掴んで持ち上げる。
そして、凍り付いた右足を思い切り踏み砕いた。
「い、ガァァァッ!?」
「へぇ~、こんな鉄の脚なのに痛いんだ。これ、皮膚? 金属バラバラになっちゃったわ」
右足が、膝下から砕け散った。
人生二度目の四肢喪失。左足も全く動かず、アネルは武器を失った。
そして、バハムートはニヤリと笑う。
「あんたは最後に始末してやるよ。見せてやる……ウチが村を徹底的に殺し壊すところ。ウチに手傷を負わせた報いを受けるんだね」
「や、やめ……」
「やなこった」
バハムートは、アネルを引きずって歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ~? ……ったく、なによこれ。もしかして被ったのぉ?」
村に入ってすぐ、異変に気付いた。
村は、地獄のような光景だった。
大量の魔獣が村の外から押し寄せていたのだ。
「チッ……ミドガルズオルムか。襲う村、被ったわけかぁ……ったく、ここはウチが唾つけた村だってのにぃ」
「…………」
「お? あれ、あんたの仲間? 似たような黒いの着てるし……あ、ミドガルズオルム、戦ってるね」
アネルにも見えた。
ミドガルズオルムと呼ばれている青年が、アルフェンと向かい合っていた。
ウィルはいない。村に入り込んだ魔獣は、フェニアやリリーシャたちで対処している。
そして……恐れていたことが起きてしまった。
「お?……ああ、来た来た。見なよ。住人がこっちに逃げてくる。ああ、ミドガルズオルムの魔獣から逃れようと、魔獣がいない場所を狙って逃げたんだ」
住人が、こちらに向かってくるのが見えた。
赤ん坊を抱いた母親、老夫婦、父に手を引かれる子供、少年少女……それらが、アネルとバハムートのいる場所へ向かって走ってくる。
「だ、め……ダメ!! こっち来ない「うるせーよ」っが!?」
バハムートはニヤニヤ笑い、アネルの頭を踏みつけた。
そしてしゃがみ込み、アネルの口を押さえ顔を掴む。
「お好みのコースは? 丸焼き、氷漬け、感電死、鎌鼬によるバラバラ死、水死、圧死……なんでもいいよ? ウチならできる」
「やめて、やめて、やめてぇぇぇぇ!! お願いやめて!!」
そして───住人が来た。
立ち止まり、バハムートを……アネルを見た。
小さな男の子が、アネルを見て叫ぶ。
「おねえちゃん!! おいお前、おねえちゃんに酷いことするな!!」
アネルがこの村に来て仲良くなった男の子だった。
バハムートは嗤う。
「安心しなよ。酷いことはしない……酷いことされるのは、お前たちだからさ!!」
「やめてぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
「スゥ───…………ガァァァァッ!!」
バハムートの口から吐き出された炎が、逃げてきた住人たちを焼く。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」
「あづいぃぃぃぃっ!!」「いぎゃぁぁぁっ!!」
「ママァァーーーーーーっ!!」「ぎぃぃぃぃっっ!!」
わざと、火力を押さえていた。
一瞬で炭化しないように、全身丸焦げのまま住人たちは転げまわる。
「ぁ……ぁ……」
「うっひゃひゃひゃ!! 見てよ、地面でのたうち回って踊ってるみたい♪」
アネルは見た。
アネルを庇おうとしていた男の子が───黒焦げになった手を伸ばしたのを。
アネルは、その手を掴もうと手を伸ばす……が、届かなかった。
「あ、あぁあ……あ、あぁぁ」
ボロボロと涙がこぼれた。
アネルはまた救えなかった。
力があったのに。ずっと頑張ってきたのに。
「はぁ~あ……おしまいかぁ。じゃあもういいや。ウチ、ミドガルズオルムに文句言ってこなきゃ。じゃあね」
「───ごぷっ」
バハムートの爪が、アネルの背中を貫いた。
◇◇◇◇◇◇
『───アネル!』
◇◇◇◇◇◇
可愛らしい、女の子の声がした。
いつの間にかしゃがみ込んでいたアネルは顔を上げる。
すると、そこにいたのは───。
『アネル!』
「───ピンク」
可愛らしい桃色の小さな蜘蛛、アネルの召喚獣ピンクだった。
ピンクは、半透明になっていた。アネルが手を伸ばすが触れられない。
「ピンク……」
『アネル……ごめんね』
「え……?」
『わたし、アネルに恨まれるかもって思ってた……アネルに生きてほしいから、わたしの全部をアネルにあげて、アネルは必要のない力を背負って……今、こうして苦しんでる』
「ピンク……」
『わたし、アネルに生きててほしい。わたし、アネルが大好き。わたし、アネルが』
「ピンク、アタシもピンクが大好きだよ」
『え……?』
「恨んでなんかいない。アタシは、ピンクがくれた力のおかげで生きている。あのね、聞いて……アタシ、仲間ができたの。家族はもういないし、ピンクもいないけど……大事な友達や仲間ができたの」
『ほんと? アネル、寂しくないの?』
「ピンクがいないからちょっと寂しい……でも、アタシは大丈夫。夢も忘れていない。頑張ってるよ」
アネルはピンクに触れようと手を伸ばす。
透き通った身体に触れることはできないが、それでもピンクの暖かさを感じた。
『わたしの大好きなアネル。よかった、本当によかった……』
「……ピンク?」
ピンクの身体がふわりと浮かぶ。
そして、キラキラと輝きだした。
『アネル。負けないで……アネルなら、きっと大丈夫。わたし、本当の意味で、アネルと一つになる。アネル……負けないで』
「ピンク……うん! アタシ、負けないから! これからもっと頑張るから! ユメも叶えてみせる! だから……一緒に、一緒に頑張ろう!」
『うん!』
ピンクが粒子となり、アネルの身体に吸い込まれていった───。
◇◇◇◇◇◇
バハムートは、アネルの背中から爪を引き抜き、ミドガルズオルムに文句を言うため歩きだす。
そして───気が付いた。
「あん?───まーだ生きてたの?」
「…………」
アネルが立ち上がっていた。
壊れた左足だけで立ち上がり、うつむいているので表情は見えない。
「ったく、しぶと───」
アネルが顔を上げた瞬間、バハムートの背すじが凍り付いた。
アネルの眼が、今までにないくらい輝いて見えたのだ。
「ピンク───いこう」
アネルは微笑み、胸を押さえ───笑った。
「『完全侵食』」
アネルが呟いた瞬間、アネルの両足が一瞬で復元された。
復元だけではない。形状が変わり大きくなる。さらに侵食が進み、脚だけでなく全身を赤い装甲が覆いつくした。
身長約ニメートル、真紅の全身鎧だった。
下半身は貴婦人のスカートのように装甲が広がり、上半身は細身で女性的なラインだ。顔の部分は女性の仮面をかぶったようで、どこか機械的に見え、後頭部からは桃色の髪が腰まで伸びていた。
バハムートは、一筋の汗を流す。
「嘘……また、交わったの?」
完全侵食状態のアネルは、構えを取った。
「いくよ『カドゥーケウス』……本気でブッ潰す!!」
バハムートとアネルの戦いが、再び始まった。
そして三番目。魔人が出現する可能性が八割ある村にて。
アネルは、仲良くなった子供たちと一緒にボール遊びをしていた。
「ねーちゃんすっげぇ!!」
「おれ知ってる! これできるのすごい大人だけだ!!」
アネルは、足だけでボールを巧みに蹴り浮かせていた。
足の扱いはアネルにとって戦闘の要だ。ボールを使った繊細な動きは毎日かかさず行っている。その動きが、子供たちには魔法のように見えたそうだ。
アネルはボールをけり上げ、キャッチする。
「っと……はい、こんな感じ。どうかな?」
「すごい!」「お姉さん、わたしにも教えて!」「すっげー!」
ワラワラと子供たちが群がり、アネルを囲む。
弟や妹がいたアネルは、子供の扱いが得意……というより、子供が好きだった。
そんな光景を、アルフェンとウィルは遠くから眺めている。
「平和だなぁ……」
「ったく。魔人は本当に現れるのかね」
「……『予言』では、ここに現れる確率は八割らしい。さすがの生徒会たちも、戦闘準備をしているみたいだぞ」
「ああ……だが、府に落ちねぇな。なんで住人を避難させない」
「魔人が現れるのは明日。今日は荷物の整理をして、午後になったら隣村に移動することになっている。なるべくこの村を戦場にはしたくないけどな……って、お前、話聞いてたのかよ」
「忘れた」
ウィルはポケットから携帯用ボトルを取り出し蓋を開ける。
アルフェンは匂いでわかった。
「おま、酒かよ」
「オレにとっての燃料なんだよ」
「ったく……酔っぱらい」
「あいにく、この身体になってから酔ったことないんでね」
そう言い、ボトルを傾ける。
アルフェンも少し喉が渇いていた。
「フェニアから飲み物もらうか……」
「つまみももらおうぜ」
「……だな」
二人は、フェニアたちがいる村の宿へ歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
遊び疲れたアネルたちは木陰で休んでいた。
子供たちは、さきほどからひっきりなしにアネルに質問をする。
「お姉さん、すっごく強い召喚士なんでしょ?」
「んー、そうかもね」
「ねえちゃん、おれを鍛えてくれ!」
「そ、それは無理……アタシも修行中だから」
「おれ、ねえちゃんと一緒に冒険の旅にでたい!」
「ふふ、男の子だね。そうだね……もうちょっと大きくなったらね」
「やったー!」
アネルは、楽しかった。
任務ということを忘れそうになるくらい。平和だった。
だからこそ、油断した。
「お姉さん「やっほー……───滅ぼしに来たよ」ぶっふぇ?」
「え……」
褐色の少女が、アネルの目の前にいた少年の胸に、爪を突き刺した。
少年は吐血───目がぎゅるんと回り、血を吐いて倒れた。
「んー……けっこう小さい村ね。まぁいいや」
「な、なんで……? ねぇ、ねぇ!!」
「お、ねえさ……」
アネルは、少年を抱き起した。
少年は血を吐き、涙を流し……そのまま動かなくなった。
「い、いやぁぁぁーーーッ!!」
「おかあさぁぁーんっ!!」「ぱぱぁーーーっ!!」
残りの子供たちが逃げ出した。
だが、それは悪手───アネルは叫ぶ。
「───駄目ッ!!」
だが、遅かった。
褐色の少女がニヤリと笑い、口をガパッと開けたのだ。
「ガァッ!!」
口から炎が吐かれ、子供たちを一瞬で炭化させる。
断末魔の叫びもなく、子供たちは一瞬でこの世を去った。
褐色の少女───『嫉妬』の魔人バハムートは、口から残り火を吐きだす。
「フッ!! ……さぁて、十個めの村。今度はどうやって滅ぼそうかなぁ」
「───アンタ」
「ん? ───おおっ!?」
ドゴォン!!と、アネルの回し蹴りがバハムートの首をへし折ろうとした。だが、バハムートはその首狩りを腕を上げてガードする。あまりの衝撃に地面が砕け、バハムートの腕が痺れた。
「っつぅ~……へぇ、やるじゃん」
「アンタ……なに? なんで? どうして殺したの?」
「決まってんじゃん。それがウチの仕事だから。それにしてもアンタ、なかなかやるね。今の蹴り、まともに喰らったらヤバかったかも」
アネルの両足は、すでに『カドゥーケウス』に変化していた。
装甲が展開し、蒸気が噴き出す。形状が変化し、片足に四つずつ、合計八つの『噴射口』が展開される。
バハムートはアネルの両足を見て、眉をピクリと動かした。
「ああ、あんたも『混じった』やつか……ほんと、何考えてんだか。馬鹿じゃん?」
「───黙れ」
「ん、怒ってるの? ああ、安心して。あんたもちゃんと───」
───アネルの姿が一瞬で消え、バハムートの背後へ。
そのまま繰り出された踵落としが、バハムートの脳天に突き刺さった。
「ぐがっ!?」
ものすごい衝撃音と共に、バハムートが地面に激突し、巨大なクレーターが形成される。
バハムートは頭から緑色の血を出し、それを指で拭い……ペロッと舐めた。
「やるじゃん……あぁ、痛ったぁ~」
「───許さない」
「へぇ? ……いい殺気じゃん」
アネルは、相手が『嫉妬』の魔人ということに気付いていない。
だが、目の前で殺された子供が、自分の弟や妹と重なった。
アネルの中に、ぐつぐつと煮えたぎる熱───怒りがわいてきた。
「アンタは絶対に許さない!! アタシが……アタシがブッ倒してやる!!」
「いいね、あんたすっごくいいよ。じゃあ……遊ぼうか!!」
アネルとバハムート。二人の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
バハムートは口から緑色の血を「ペッ」と吐きだし、首をゴキゴキ鳴らす。そして両腕、両足をしっかり柔軟運動させ、アネルに向き直った。
「さーて。ウチとやるってんなら気合入れなよ。ウチ、あっちの世界じゃ最強レベルの召喚獣なんだから」
「……だから何? アタシ、アンタを許さないんだから!!」
両足のブースターユニットが火を噴き、アネルの『バスターキック』がバハムートの腹に突き刺さる。
ズドン!!と爆音が響くが……アネルは目を見張る。
「っつぅ……やるね」
「なっ……う、受け止めた!? アタシの蹴りを」
「らぁっ!!」
「わぁっ!?」
バハムートはアネルの前蹴りを正面から両手で摑んで受け止め、そのまま思いきりぶん投げた。
投げられたアネルは、ブースターユニットをふかし空中で態勢を整える。
すると───狂気の笑みを浮かべたバハムートが、両拳を握り迫ってきた。
「ヒャァッハァ!!」
「っぐぅっ!?」
すかさず、『カドゥーケウス』の装甲を開き足を上げる。
バハムートの拳は装甲に直撃───なんと、亀裂が入る。
アネルは痛みに顔を歪めた。いくら金属の脚でも、アネルの脚なのだ。痛みはリンクしている。
だが、気合で痛みを振り切った。
「っだぁぁっ!!」
「!?」
アネルは、殴られた衝撃を利用し反転。さらにブースターをふかし、バハムートの拳の威力プラスブースターの噴射の速度を合わせた回転蹴りを繰り出した。
防御から一転、反撃。これは完全なアネルの戦闘センスによる切り替えだった。
能力を使用しない接近戦ではアルフェンよりも強いアネルの蹴りは、拳を突き出したままの無防備なバハムートの脇腹に命中した。
「~~~ッ!! げはぁっ!?」
バハムートは吐血、地面を転がった。
そして、脇腹を押さえすぐに立ち上がる。何度かさすり、「ペッ」と口から血を吐く。
長い白髪をブンブン振り、アネルを睨み笑った。
「やるじゃん」
「……どういう身体してんのよ。今の一撃、人間だったら即死級の一撃なのに」
「ウチは召喚獣だよ? 効いたけど……この程度じゃ死なない」
「だったら……死ぬまで蹴る!!」
両足のブースターをふかし、アネルは飛んだ。
ブースターは合計八つ。一つ一つの噴射を自在に制御し、空中で複雑な動きをして敵を翻弄する『立体軌道』を使い、バハムートを惑わした。
だが、バハムートはニヤリと笑う。
「忘れた? ウチは召喚獣……『能力』があるんだよ!!」
召喚獣もまた、人間とは段違いの身体能力を持つ。
バハムートは大きく口を開け、迫るアネルに向けて青いブレスを吐きだした。
「───えっ!?」
青いブレスはアネルの右足に直撃───なんと、脚が凍り付いた。
噴射口が凍り付き、アネルは空中でバランスを崩す。すると……そのタイミングを待っていたかのように飛び出したバハムートの蹴りがアネルには見えた。
神業とも言える左足だけの噴射口制御で、アネルはバハムートの蹴りを回避───だが、完全に回避できず、左足を削られた。
「あ、っがぁぁぁっ!?」
「チィィッ!! 避けんじゃねぇよ!!」
左足の噴射口が砕け、金属部品や歯車がバラバラと落ちる。装甲の一部が割れ、機械部分がむき出しになってしまった。
アネルは地面に落下し、何度も転がる……打ち身や打撲、さらに顔や手など皮膚が露出している部分から血が出た。
すると───バハムートはさらに口を開けた。
アネルは気合を入れ、その場から転がる。
だが───間に合わない。
「ギャァァァァァァァァガガガガガガガガガガッ!?」
感電した。
紫のブレスがアネルの身体を覆った瞬間、全身が痺れたのだ。
バチバチ、バチバチとバハムートの口から紫電が見えた。
「痺れたかな?」
「あ、ぐ、ぁ……」
「これがウチの能力。『龍王炎』さ。ウチ、いろんな属性の炎を自在に吐けるんだよ。単純に燃やすのも、凍らせるのも、電気を吐くことだってできる」
「な、にそ、れ……」
「フン。種明かしは終わり……あんた、強かったし、楽に殺しはしないよ」
「あぐぅっ……」
バハムートは、アネルの髪を掴んで持ち上げる。
そして、凍り付いた右足を思い切り踏み砕いた。
「い、ガァァァッ!?」
「へぇ~、こんな鉄の脚なのに痛いんだ。これ、皮膚? 金属バラバラになっちゃったわ」
右足が、膝下から砕け散った。
人生二度目の四肢喪失。左足も全く動かず、アネルは武器を失った。
そして、バハムートはニヤリと笑う。
「あんたは最後に始末してやるよ。見せてやる……ウチが村を徹底的に殺し壊すところ。ウチに手傷を負わせた報いを受けるんだね」
「や、やめ……」
「やなこった」
バハムートは、アネルを引きずって歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ~? ……ったく、なによこれ。もしかして被ったのぉ?」
村に入ってすぐ、異変に気付いた。
村は、地獄のような光景だった。
大量の魔獣が村の外から押し寄せていたのだ。
「チッ……ミドガルズオルムか。襲う村、被ったわけかぁ……ったく、ここはウチが唾つけた村だってのにぃ」
「…………」
「お? あれ、あんたの仲間? 似たような黒いの着てるし……あ、ミドガルズオルム、戦ってるね」
アネルにも見えた。
ミドガルズオルムと呼ばれている青年が、アルフェンと向かい合っていた。
ウィルはいない。村に入り込んだ魔獣は、フェニアやリリーシャたちで対処している。
そして……恐れていたことが起きてしまった。
「お?……ああ、来た来た。見なよ。住人がこっちに逃げてくる。ああ、ミドガルズオルムの魔獣から逃れようと、魔獣がいない場所を狙って逃げたんだ」
住人が、こちらに向かってくるのが見えた。
赤ん坊を抱いた母親、老夫婦、父に手を引かれる子供、少年少女……それらが、アネルとバハムートのいる場所へ向かって走ってくる。
「だ、め……ダメ!! こっち来ない「うるせーよ」っが!?」
バハムートはニヤニヤ笑い、アネルの頭を踏みつけた。
そしてしゃがみ込み、アネルの口を押さえ顔を掴む。
「お好みのコースは? 丸焼き、氷漬け、感電死、鎌鼬によるバラバラ死、水死、圧死……なんでもいいよ? ウチならできる」
「やめて、やめて、やめてぇぇぇぇ!! お願いやめて!!」
そして───住人が来た。
立ち止まり、バハムートを……アネルを見た。
小さな男の子が、アネルを見て叫ぶ。
「おねえちゃん!! おいお前、おねえちゃんに酷いことするな!!」
アネルがこの村に来て仲良くなった男の子だった。
バハムートは嗤う。
「安心しなよ。酷いことはしない……酷いことされるのは、お前たちだからさ!!」
「やめてぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
「スゥ───…………ガァァァァッ!!」
バハムートの口から吐き出された炎が、逃げてきた住人たちを焼く。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」
「あづいぃぃぃぃっ!!」「いぎゃぁぁぁっ!!」
「ママァァーーーーーーっ!!」「ぎぃぃぃぃっっ!!」
わざと、火力を押さえていた。
一瞬で炭化しないように、全身丸焦げのまま住人たちは転げまわる。
「ぁ……ぁ……」
「うっひゃひゃひゃ!! 見てよ、地面でのたうち回って踊ってるみたい♪」
アネルは見た。
アネルを庇おうとしていた男の子が───黒焦げになった手を伸ばしたのを。
アネルは、その手を掴もうと手を伸ばす……が、届かなかった。
「あ、あぁあ……あ、あぁぁ」
ボロボロと涙がこぼれた。
アネルはまた救えなかった。
力があったのに。ずっと頑張ってきたのに。
「はぁ~あ……おしまいかぁ。じゃあもういいや。ウチ、ミドガルズオルムに文句言ってこなきゃ。じゃあね」
「───ごぷっ」
バハムートの爪が、アネルの背中を貫いた。
◇◇◇◇◇◇
『───アネル!』
◇◇◇◇◇◇
可愛らしい、女の子の声がした。
いつの間にかしゃがみ込んでいたアネルは顔を上げる。
すると、そこにいたのは───。
『アネル!』
「───ピンク」
可愛らしい桃色の小さな蜘蛛、アネルの召喚獣ピンクだった。
ピンクは、半透明になっていた。アネルが手を伸ばすが触れられない。
「ピンク……」
『アネル……ごめんね』
「え……?」
『わたし、アネルに恨まれるかもって思ってた……アネルに生きてほしいから、わたしの全部をアネルにあげて、アネルは必要のない力を背負って……今、こうして苦しんでる』
「ピンク……」
『わたし、アネルに生きててほしい。わたし、アネルが大好き。わたし、アネルが』
「ピンク、アタシもピンクが大好きだよ」
『え……?』
「恨んでなんかいない。アタシは、ピンクがくれた力のおかげで生きている。あのね、聞いて……アタシ、仲間ができたの。家族はもういないし、ピンクもいないけど……大事な友達や仲間ができたの」
『ほんと? アネル、寂しくないの?』
「ピンクがいないからちょっと寂しい……でも、アタシは大丈夫。夢も忘れていない。頑張ってるよ」
アネルはピンクに触れようと手を伸ばす。
透き通った身体に触れることはできないが、それでもピンクの暖かさを感じた。
『わたしの大好きなアネル。よかった、本当によかった……』
「……ピンク?」
ピンクの身体がふわりと浮かぶ。
そして、キラキラと輝きだした。
『アネル。負けないで……アネルなら、きっと大丈夫。わたし、本当の意味で、アネルと一つになる。アネル……負けないで』
「ピンク……うん! アタシ、負けないから! これからもっと頑張るから! ユメも叶えてみせる! だから……一緒に、一緒に頑張ろう!」
『うん!』
ピンクが粒子となり、アネルの身体に吸い込まれていった───。
◇◇◇◇◇◇
バハムートは、アネルの背中から爪を引き抜き、ミドガルズオルムに文句を言うため歩きだす。
そして───気が付いた。
「あん?───まーだ生きてたの?」
「…………」
アネルが立ち上がっていた。
壊れた左足だけで立ち上がり、うつむいているので表情は見えない。
「ったく、しぶと───」
アネルが顔を上げた瞬間、バハムートの背すじが凍り付いた。
アネルの眼が、今までにないくらい輝いて見えたのだ。
「ピンク───いこう」
アネルは微笑み、胸を押さえ───笑った。
「『完全侵食』」
アネルが呟いた瞬間、アネルの両足が一瞬で復元された。
復元だけではない。形状が変わり大きくなる。さらに侵食が進み、脚だけでなく全身を赤い装甲が覆いつくした。
身長約ニメートル、真紅の全身鎧だった。
下半身は貴婦人のスカートのように装甲が広がり、上半身は細身で女性的なラインだ。顔の部分は女性の仮面をかぶったようで、どこか機械的に見え、後頭部からは桃色の髪が腰まで伸びていた。
バハムートは、一筋の汗を流す。
「嘘……また、交わったの?」
完全侵食状態のアネルは、構えを取った。
「いくよ『カドゥーケウス』……本気でブッ潰す!!」
バハムートとアネルの戦いが、再び始まった。
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