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婚約破棄?お兄ちゃんと結婚するのでOKです!
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「アリスちゃん。今日この瞬間を持って、君との婚約を破棄させてもらうよ」
宮殿で行われた、盛大な夜会。
王族といえど無視することはできない身分の人々が集まるこの場で、私は突然、王子に婚約を破棄された。
「なんでか、知りたい?知りたいよね。教えてあげるよ」
王子——タイダはそう言うと手元の紙切れに目を落とし、こほん、と一つ咳払いをする。
その表紙に、締まりのない口から唾が大量に紙切れにかかった。
「アリス。君は、三ヶ月前から今までにわたって、ウィーデルス家のレヴィ・ウィーデルスに対して、数々の非道な行いをしてきたね」
私は、無言のままだ。
と言うより、呆気にとられて、声が出ない。
「例えば、聖女のような彼女に向かって、酷い暴言を吐く。あるいは、彼女を階段から突き落とし、大怪我を負わせる。これらの行為が行われたと、レヴィ嬢は証言している」
よく見ると、王子の傍らに、じゃらじゃら音がなるほど沢山のネックレスを身につけたレヴィが、しおらしく佇んでいる。
私が貴族学院で出会った頃の彼女とは、ずいぶん雰囲気が違うようだ。
タイダは私が自分の方を見ていないことに気づいたようで、不機嫌そうにもう一つ咳払いをする。
今度はその拍子に鼻水が飛び出し、でっぷりとした腹についた。
「このような者は、僕の婚約相手として相応しくない。よって、婚約は破棄!僕は、レヴィちゃんと結婚するんだ!」
一方的にまくし立てると、タイダはレヴィの方を向いて、にこっと笑う。
彼の口臭は相当酷いはずだが、レヴィは眉一つ動かさない。
ざわつく会場の真ん中で、皆の視線を一身に浴びながら、私は震えていた。
まさか、こんなことになるなんて。
こんな理想的な展開が、現実に起こるなんて。
「わっかりましたぁ!」
素っ頓狂な声が飛び出す。
タイダがぎょっとした様子でこちらを向いた。
「このアリス・ワンダー、この度の婚約破棄の申し出、喜んでお受けいたします!」
満面の笑みで私は宣言する。
そして、タイダの傍にいる、一人の屈強な兵士に向かって大きく手を振った。
「——だって、お兄ちゃん!約束、守ってよね!」
兵士ははぁ、と嘆息して、兜を外す。
涼しげな目元、高い鼻、端整な顔立ち。
彼は、私の自慢のお兄ちゃん、王国一の近衛兵ルイス・ワンダーだ。
「こんなところで『お兄ちゃん』はやめてくれよ、アリス。俺の面子が立たない」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃない」
ルイスは頭を抱えながらこちらに歩み寄る。
「約束、覚えてるわよね?王子との婚約が無しになったら、私と結婚してくれるっていう」
「いや、確かに言ったけど......」
「けど、何よ!いい加減お兄ちゃんも、観念しなさい」
困り果てた様子のルイスに、私は勝ち誇った笑みを浮かべる。
夢にまで見た光景が、そこにはあった。
「何、さっき王子が言ったこと気にしてるの?私がそんなことする訳ないことくらい、お兄ちゃんならわかるでしょ」
「いや、そりゃそうだけど。問題は、そういうことじゃなくて......」
そう言いながら、ルイスも諦めつつあるのがわかる。
もうひと押しで、彼は私のものになるだろう。
あぁ、なんて素晴らしいこと。
「......いや、いやいやいや。どういうこと!?」
大切な話し合いに割り込んできたのは、レヴィだ。
どういうことも何も。
私はルイスのことが大好きで、ルイスと結婚したかった。ルイスも私のことをとても大切に扱ってくれる。
この国では兄妹での結婚も、非常に稀なことではあるが認められている。多少周りから奇異の目で見られようと、私たちには問題のない話だ。
でも、私には生まれた時からの許嫁がいる。それが、この国の第二王子、タイダ。
彼のことなどこれっぽっちも好きではないが、親同士の話し合いで決まったこと。相手は王子、こちらから婚約を解消してくれと頼むことなど、言語道断だ。
だから、私はずっと夢見ていた。
小説のように、いつか、何か大いなる誤解があって、皆の前で婚約を破棄される瞬間を。
でもあくまでそれは夢で、現実には私はあの臭いデブと一生を共にしなければならないのだと、そう嘆いていた。
それが、今叶った。
事情を一切知らない彼女にそんなことを言っても仕方がないので、私はただ一言、こう言った。
「私、お兄ちゃんと結婚します!」
高い身分の人々が集まるこの夜会で、それを宣言するということ。
それは、この結婚を後戻りできない、確定されたものにするということだ。
ルイスががっくりと項垂れる。
でも、私は彼の口元に微かな笑みが浮かんだのを知っている。結局、彼も本気で嫌がっている訳ではない。
こんなはずじゃなかった。
レヴィは目の前で繰り広げられる喜劇のような光景を見ながら、絶望に近い感情を抱いていた。
彼女は王子にすり寄り、地位を得たいのだとばかり思っていた。
貴族学院の頃から、彼女は勉強をしているそぶりもないのにいつも良い成績で、そういう嫌な女だと思っていた。
だから、アリスの人生設計をめちゃくちゃにしてやろうと、そう思っただけだったのに。
「......何だかよくわからないけど、アリスちゃんも幸せそうでよかった」
タイダが能天気に笑い、こちらを振り向く。
「僕たちも、幸せになろうね。レヴィちゃん」
むせ返るような臭気が、鼻をつんと刺激する。
醜悪な豚が、こちらをじっと見つめていた。
身体に、ぞわりと悪寒が走る。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ——。
宮殿で行われた、盛大な夜会。
王族といえど無視することはできない身分の人々が集まるこの場で、私は突然、王子に婚約を破棄された。
「なんでか、知りたい?知りたいよね。教えてあげるよ」
王子——タイダはそう言うと手元の紙切れに目を落とし、こほん、と一つ咳払いをする。
その表紙に、締まりのない口から唾が大量に紙切れにかかった。
「アリス。君は、三ヶ月前から今までにわたって、ウィーデルス家のレヴィ・ウィーデルスに対して、数々の非道な行いをしてきたね」
私は、無言のままだ。
と言うより、呆気にとられて、声が出ない。
「例えば、聖女のような彼女に向かって、酷い暴言を吐く。あるいは、彼女を階段から突き落とし、大怪我を負わせる。これらの行為が行われたと、レヴィ嬢は証言している」
よく見ると、王子の傍らに、じゃらじゃら音がなるほど沢山のネックレスを身につけたレヴィが、しおらしく佇んでいる。
私が貴族学院で出会った頃の彼女とは、ずいぶん雰囲気が違うようだ。
タイダは私が自分の方を見ていないことに気づいたようで、不機嫌そうにもう一つ咳払いをする。
今度はその拍子に鼻水が飛び出し、でっぷりとした腹についた。
「このような者は、僕の婚約相手として相応しくない。よって、婚約は破棄!僕は、レヴィちゃんと結婚するんだ!」
一方的にまくし立てると、タイダはレヴィの方を向いて、にこっと笑う。
彼の口臭は相当酷いはずだが、レヴィは眉一つ動かさない。
ざわつく会場の真ん中で、皆の視線を一身に浴びながら、私は震えていた。
まさか、こんなことになるなんて。
こんな理想的な展開が、現実に起こるなんて。
「わっかりましたぁ!」
素っ頓狂な声が飛び出す。
タイダがぎょっとした様子でこちらを向いた。
「このアリス・ワンダー、この度の婚約破棄の申し出、喜んでお受けいたします!」
満面の笑みで私は宣言する。
そして、タイダの傍にいる、一人の屈強な兵士に向かって大きく手を振った。
「——だって、お兄ちゃん!約束、守ってよね!」
兵士ははぁ、と嘆息して、兜を外す。
涼しげな目元、高い鼻、端整な顔立ち。
彼は、私の自慢のお兄ちゃん、王国一の近衛兵ルイス・ワンダーだ。
「こんなところで『お兄ちゃん』はやめてくれよ、アリス。俺の面子が立たない」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃない」
ルイスは頭を抱えながらこちらに歩み寄る。
「約束、覚えてるわよね?王子との婚約が無しになったら、私と結婚してくれるっていう」
「いや、確かに言ったけど......」
「けど、何よ!いい加減お兄ちゃんも、観念しなさい」
困り果てた様子のルイスに、私は勝ち誇った笑みを浮かべる。
夢にまで見た光景が、そこにはあった。
「何、さっき王子が言ったこと気にしてるの?私がそんなことする訳ないことくらい、お兄ちゃんならわかるでしょ」
「いや、そりゃそうだけど。問題は、そういうことじゃなくて......」
そう言いながら、ルイスも諦めつつあるのがわかる。
もうひと押しで、彼は私のものになるだろう。
あぁ、なんて素晴らしいこと。
「......いや、いやいやいや。どういうこと!?」
大切な話し合いに割り込んできたのは、レヴィだ。
どういうことも何も。
私はルイスのことが大好きで、ルイスと結婚したかった。ルイスも私のことをとても大切に扱ってくれる。
この国では兄妹での結婚も、非常に稀なことではあるが認められている。多少周りから奇異の目で見られようと、私たちには問題のない話だ。
でも、私には生まれた時からの許嫁がいる。それが、この国の第二王子、タイダ。
彼のことなどこれっぽっちも好きではないが、親同士の話し合いで決まったこと。相手は王子、こちらから婚約を解消してくれと頼むことなど、言語道断だ。
だから、私はずっと夢見ていた。
小説のように、いつか、何か大いなる誤解があって、皆の前で婚約を破棄される瞬間を。
でもあくまでそれは夢で、現実には私はあの臭いデブと一生を共にしなければならないのだと、そう嘆いていた。
それが、今叶った。
事情を一切知らない彼女にそんなことを言っても仕方がないので、私はただ一言、こう言った。
「私、お兄ちゃんと結婚します!」
高い身分の人々が集まるこの夜会で、それを宣言するということ。
それは、この結婚を後戻りできない、確定されたものにするということだ。
ルイスががっくりと項垂れる。
でも、私は彼の口元に微かな笑みが浮かんだのを知っている。結局、彼も本気で嫌がっている訳ではない。
こんなはずじゃなかった。
レヴィは目の前で繰り広げられる喜劇のような光景を見ながら、絶望に近い感情を抱いていた。
彼女は王子にすり寄り、地位を得たいのだとばかり思っていた。
貴族学院の頃から、彼女は勉強をしているそぶりもないのにいつも良い成績で、そういう嫌な女だと思っていた。
だから、アリスの人生設計をめちゃくちゃにしてやろうと、そう思っただけだったのに。
「......何だかよくわからないけど、アリスちゃんも幸せそうでよかった」
タイダが能天気に笑い、こちらを振り向く。
「僕たちも、幸せになろうね。レヴィちゃん」
むせ返るような臭気が、鼻をつんと刺激する。
醜悪な豚が、こちらをじっと見つめていた。
身体に、ぞわりと悪寒が走る。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ——。
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