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後日譚
後日譚212.子狐は連行された
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シグニール大陸にあるアクスファースという獣人の国は、首都スプリングフィルドの周辺以外では大気に満ちている魔力の影響で四季が巡っているのだと考えられている。
首都スプリングフィルドの気候が都合よく安定しており過ごしやすいのは、それを目的として人が集まり街を作ったからだろう。
首都から離れれば離れるほど四季の変化は顕著になり、異常気象も起きやすくなる。
そんなところに町を作る事になったのは、農業で民を賄う必要があった農耕民族の長だった。外敵から防衛しやすく、作物を育てやすい土地が足りなかったのもあるし、未開の地はどこの勢力の物でもなかったから勢力を拡大する事も目的の一つだった。
強者が命じれば行くしかない。元々は王都に少し近い所で兵士として頭角を現し始めていた狐人族のクラリーとエリオネルが開拓地の長として派遣されたのはもう二十年以上前の事である。
そうして、襲撃者や天候と戦いつつ、少しずつ少しずつ村を大きくして、やっと町と呼べるようになるころには生活が安定してきた頃に生まれたのが末っ子であるエドガスである。
素の身体能力も高く、魔法の適性もあった彼は、両親から戦い方を学ぶ事によって成人前であるのにも関わらず、大人顔負けの力を有していた。
町の大人で彼に勝てるのは片手で数える事ができるほどになっていた。小さな町だ。増長するな、という方が難しい。力が全てという考え方が根底にある獣人の国であればなおさらだ。
「姉ちゃんが本当に幸せに過ごしているか、確かめるのは弟の義務だよな、うん」
大好きだった姉が身売りしてから同じ思いをせずに済むように力をつけてきた彼だったが、幸いな事に町人が身売りをする必要に迫られるくらいの不作や襲撃に会っていなかったので力を発揮する場所がなかった。
だが今日、ふらりと返ってきた姉と、その夫と名乗る男が現れた事によって「今まで鍛えてきたのはこの時のためかもしれない」と思うようになっていた。もしも姉が酷い目に遭わされているのであれば、助け出す事も視野に入れなければならない。
姉とその夫であるシズトとかいう少年が使った魔道具『転移陣』は姉の部屋に設置してある事は見送った事で知っていた。使い方も当然見ていたので分かる。
エドガスの両親は夜の見回りをするために不在である。今が向こうに行く絶好の機会だった。
「えっと、確かここに魔力を流して……」
転移陣に乗ったエドガスは、転移陣に魔力を流した。魔道具に刻まれた魔法陣が淡く光り輝く。だが、それだけだった。
エドガスは込める魔力が足りないのか? と思いながら魔力を流し続けたが、転移陣が起動する事はなかった。
翌朝、エドガスはいつもよりも少し遅く起きた。魔法陣が使えないかと夜遅くまで粘っていたからなのだが、両親には「魔力をコントロールする練習をしていたんだ」と嘘を吐いた。
(時間帯が悪かったのか?)
なんて事を思いつつ、眠たい目を擦りながら部屋を出ると、扉の前に仁王立ちしたメイド服を着た姉の姿があった。
「ね、姉ちゃん? あれ、次来るのは一ヵ月後とか言ってなかったっけ?」
「その予定だったわよ。昨日、シズト様と久しぶりに楽しく過ごして、朝はシズト様の寝顔をのんびり眺めて……そこからシズト様のために料理を作ろうと思ってたのに、誰かが夜中までこっちに来ようとしていたって聞いたらご飯を作るどころじゃないでしょ?」
エドガスの姉エミリーは、眉間に皺を寄せながら赤い目で弟のエドガスを睨んでいた。自慢の手入れが行き届いた綺麗なモフモフの尻尾はブワッと膨らんでいて、彼女の怒りが数年間あっていなかったエドガスにもしっかりと伝わっていた。
(昔もこんな感じで怒ってたな)
なんて、懐かしんでいるエドガスには余裕があった。鍛錬を続けた事によって魔法が使えない姉に負ける要素がなかったからだ。
「状況的にアンタしかいないわけなんだけど、昨日の夜は私の部屋で何をしていたのかしら?」
「いや、俺はちゃんと寝てたけど……?」
「お父さんたちが仕事で外に出てても私たちが家で変な事をしてたら気付かれたの忘れたのかしら? ……あくまで白を切るのね。まあいいわ。そんなに向こうに行きたいなら連れてってあげるわよ」
「え、ちょ、姉ちゃん? なんかめっちゃ力強くね!?」
エドガスの寝間着の襟首を掴んだエミリーは、ぐいぐいとエドガスを引っ張っていく。
「仕事が大変だろうからって、シズト様が魔道具とかいろいろ作ってくれたのよ。いたずらっ子とか泥棒鳥とか追いかけまわすのにも苦労するからこの服を魔道具化してくれてて、この力はそのうちの一つね。私だって、魔道具を使うくらいはできるのよ?」
ずるずると引き摺られるエドガスはその言葉を聞きつつも、どこか楽観視していた。この程度の力であればいつでも抜け出せる、と。
どのみち転移陣の向こう側には行こうと思っていたのだ。大人しくしていれば連れて行ってくれるのであれば、大人しくしておこうとエドガスは抵抗を止めて、エミリーの部屋まで引き摺られるのだった。
首都スプリングフィルドの気候が都合よく安定しており過ごしやすいのは、それを目的として人が集まり街を作ったからだろう。
首都から離れれば離れるほど四季の変化は顕著になり、異常気象も起きやすくなる。
そんなところに町を作る事になったのは、農業で民を賄う必要があった農耕民族の長だった。外敵から防衛しやすく、作物を育てやすい土地が足りなかったのもあるし、未開の地はどこの勢力の物でもなかったから勢力を拡大する事も目的の一つだった。
強者が命じれば行くしかない。元々は王都に少し近い所で兵士として頭角を現し始めていた狐人族のクラリーとエリオネルが開拓地の長として派遣されたのはもう二十年以上前の事である。
そうして、襲撃者や天候と戦いつつ、少しずつ少しずつ村を大きくして、やっと町と呼べるようになるころには生活が安定してきた頃に生まれたのが末っ子であるエドガスである。
素の身体能力も高く、魔法の適性もあった彼は、両親から戦い方を学ぶ事によって成人前であるのにも関わらず、大人顔負けの力を有していた。
町の大人で彼に勝てるのは片手で数える事ができるほどになっていた。小さな町だ。増長するな、という方が難しい。力が全てという考え方が根底にある獣人の国であればなおさらだ。
「姉ちゃんが本当に幸せに過ごしているか、確かめるのは弟の義務だよな、うん」
大好きだった姉が身売りしてから同じ思いをせずに済むように力をつけてきた彼だったが、幸いな事に町人が身売りをする必要に迫られるくらいの不作や襲撃に会っていなかったので力を発揮する場所がなかった。
だが今日、ふらりと返ってきた姉と、その夫と名乗る男が現れた事によって「今まで鍛えてきたのはこの時のためかもしれない」と思うようになっていた。もしも姉が酷い目に遭わされているのであれば、助け出す事も視野に入れなければならない。
姉とその夫であるシズトとかいう少年が使った魔道具『転移陣』は姉の部屋に設置してある事は見送った事で知っていた。使い方も当然見ていたので分かる。
エドガスの両親は夜の見回りをするために不在である。今が向こうに行く絶好の機会だった。
「えっと、確かここに魔力を流して……」
転移陣に乗ったエドガスは、転移陣に魔力を流した。魔道具に刻まれた魔法陣が淡く光り輝く。だが、それだけだった。
エドガスは込める魔力が足りないのか? と思いながら魔力を流し続けたが、転移陣が起動する事はなかった。
翌朝、エドガスはいつもよりも少し遅く起きた。魔法陣が使えないかと夜遅くまで粘っていたからなのだが、両親には「魔力をコントロールする練習をしていたんだ」と嘘を吐いた。
(時間帯が悪かったのか?)
なんて事を思いつつ、眠たい目を擦りながら部屋を出ると、扉の前に仁王立ちしたメイド服を着た姉の姿があった。
「ね、姉ちゃん? あれ、次来るのは一ヵ月後とか言ってなかったっけ?」
「その予定だったわよ。昨日、シズト様と久しぶりに楽しく過ごして、朝はシズト様の寝顔をのんびり眺めて……そこからシズト様のために料理を作ろうと思ってたのに、誰かが夜中までこっちに来ようとしていたって聞いたらご飯を作るどころじゃないでしょ?」
エドガスの姉エミリーは、眉間に皺を寄せながら赤い目で弟のエドガスを睨んでいた。自慢の手入れが行き届いた綺麗なモフモフの尻尾はブワッと膨らんでいて、彼女の怒りが数年間あっていなかったエドガスにもしっかりと伝わっていた。
(昔もこんな感じで怒ってたな)
なんて、懐かしんでいるエドガスには余裕があった。鍛錬を続けた事によって魔法が使えない姉に負ける要素がなかったからだ。
「状況的にアンタしかいないわけなんだけど、昨日の夜は私の部屋で何をしていたのかしら?」
「いや、俺はちゃんと寝てたけど……?」
「お父さんたちが仕事で外に出てても私たちが家で変な事をしてたら気付かれたの忘れたのかしら? ……あくまで白を切るのね。まあいいわ。そんなに向こうに行きたいなら連れてってあげるわよ」
「え、ちょ、姉ちゃん? なんかめっちゃ力強くね!?」
エドガスの寝間着の襟首を掴んだエミリーは、ぐいぐいとエドガスを引っ張っていく。
「仕事が大変だろうからって、シズト様が魔道具とかいろいろ作ってくれたのよ。いたずらっ子とか泥棒鳥とか追いかけまわすのにも苦労するからこの服を魔道具化してくれてて、この力はそのうちの一つね。私だって、魔道具を使うくらいはできるのよ?」
ずるずると引き摺られるエドガスはその言葉を聞きつつも、どこか楽観視していた。この程度の力であればいつでも抜け出せる、と。
どのみち転移陣の向こう側には行こうと思っていたのだ。大人しくしていれば連れて行ってくれるのであれば、大人しくしておこうとエドガスは抵抗を止めて、エミリーの部屋まで引き摺られるのだった。
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