元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

文字の大きさ
33 / 40

33、シェイラの帰還

しおりを挟む
 オーギュストのもとに捜索人からの手紙が届いた。「ジョディはすでにペナンにいない。おそらくストラルトに向かったようだ」とのことだった。カルバ子爵からの連絡で、「ラディー子爵のいた傭兵団が、ペナン入りしていて、すぐに出て行った」と書いてあった。捜索人と捜索隊は、その後一緒に北上している。

(それはつまり、傭兵団が先にジョディを確保した可能性が高いということだ)

 手紙を机の上でぐしゃっと握りしめた。捜索隊は、捜索人に傭兵団の話をしなかったから後れを取った。

(ジョディの確保に失敗した! くそっ)

 オーギュストは悔しがった。このまま追いかけても、もう無駄だろう。オーギュストは捜索を中止すると、カルバ子爵に手紙を書いた。

(ここのところまったく上手くいかない。——若い頃は上手くいっていたのに、今はすべてが手からすり抜けていくようだ……)

 オーギュストは、椅子の背にもたれかかった。

 オーギュストがバートン家でただ一人になった理由、それはすべてオーギュストがやったことだった。 母は病ですでに亡くなっていた。
 当時は他国とも小競り合いがあり、魔獣の出没も多かった。二番目と三番目の兄は、騎士として従軍していた。それを利用し、兵士に金を握らせて二番目の兄を戦闘中に殺した。次に別の兵士に最初の兵士と三番目の兄を同じように戦闘中に殺させた。
 二人がいなくなり、多少資金が増えたオーギュストは、次に暗殺者を雇って二番目に雇った兵士を街で殺し、長男を街中で馬車に引かせて事故死させた。
 父は長男がなくなったときに、それがオーギュストの仕業だと気がついた。都合がよすぎると問い詰めてきたが、オーギュストは白を切った。父との仲は険悪になり、父はオーギュストを後継者にしなかった。しびれを切らしたオーギュストは、暗殺者に父と懇意の貴族の名で毒入りのワインを送らせ、父を毒殺した。送り主の貴族は、送っていないということで、犯人は不明になった。
 もう一人末の妹がいて、不幸続きで婚約者もいなかった。それもオーギュストが断っていたからだ。
 妹は父の死におびえ、兄に寄り添った。オーギュストは妹の肩に手を回した。

『お兄様、私怖いわ』
『大丈夫、お前がそんなことを思うことももうないから』

 オーギュストは、妹が目に入らない位置で嫌な微笑みを浮かべた。妹は旅行に行った途中で誘拐にあい、馬車から御者とメイドだけ降ろされた。数日後、谷底で妹が乗った馬車が発見された。
 オーギュストは、財産の分散を防ぐために全員を殺したのだ。政治資金は潤沢にでき、仲間を増やし、邪魔な者は消していった。

(上手くいかなくなったのは、オリアナが逃げてからだ……)

 クリストファーもいなくなり、グレーテ王女との結婚がなくなった。グレーテ王女はクリストファーと結婚したがっていたから、絶好のチャンスだったのに! 思い出しても腹がつ。机を強く叩いた。その時、ブレンダがドアをノックした。中から聞こえた音に、ブレンダは驚いた。ドアを開けずに声をかけた。

「また来ます」

 ブレンダは水差しを持って戻っていく。ふと、疑問に思っていたことが頭に浮かぶ。

(未だにマーゴットはそのままだわ)

 それが不自然だった。スーザンが口を割らないはずがない。
 ブレンダが毒に気がついたのは、ニナリアの事件がきっかけだったが、思い返せばおかしなことは以前にもあった。クリストファーがまだいたときの料理長が、突然倒れたのだ。その後、料理長は自宅療養中に強盗に襲われて亡くなっていた。

(メイド仲間が言ったことは、あながち嘘ではなかったわね……)


 王子宮に滞在しているニナリアは、外に出られない状態だった。ここで、薬を作るわけにもいかないので、メイドたちに相談してみた。逆に希望を聞かれたので、すっかり忘れていたダンスやマナーのレッスンを受けさせてもらうことにした。

(フフフ、これで上達してアレンを驚かせてやるわよ)

 グレーテ夫人からは、ニナリアが刺繍道具を持っていないと言ったので、結局プレゼントが届いた。ニナリアは、かわいい裁縫箱と色とりどりの刺繍糸を見て、ほぉ~っと感嘆した。

(とっても素敵だ。刺繍も教わって、ハンカチに刺繍をしてアレンにあげようっと)

 デザインは、ストラルトのベリーとその花にしようと思った。まずは夫人にお礼の手紙を書いた。


 ストラルトのアレンのもとに、リーダーからジョディを保護したと連絡が入った。ジョディは自分から本名をリーダーに名のった。もう逃げる心配がないと思ったからだ。手紙には、リーダーたちはストラルトに向かうと書いてあった。

「よし」

 アレンは吉報を得ると、早速シェイラを追い出すことにした。
 シェイラはアレンに呼び出された。執務室にシェイラとベニーが入ると、アレンは立って出迎えた。

「シェイラ嬢がここに来たのは、侯爵にニナリアの様子見るように言われたからですよね。ニナリアも首都にいますので、そろそろお帰りになっても良い頃だと思いました」
「え?」

 突然の言葉にシェイラは驚いた。ニナリアがいなくなっても、再び食事に招待したりと、アレンは変わらずに接してくれていた。でも、滞在理由から考えるとそう言われても仕方がない。ニナリアは、子爵に入れ替えの話はしなかったようだとシェイラは思った。返す言葉に困った。アレンは戸惑った様子で伝えた。

「ニナリアが、王子宮で宿泊していると連絡があったのです」
「何ですって!」

 シェイラは驚いて声に出した。それは聞き捨てならなかった! 

(どういうことなの⁉)

 祖父がニナリアを呼び戻すことは分かっていたが、その後どうするつもりだったのか?

(まさか私ではダメだから、ニナリアと王子を結婚させるつもりなの⁉)

 それなら、自分の子供に侯爵家を継がせると言ったのも納得できる。祖父の狙いは、国を自分のものにすることだ。そのためなら嫁ぐ娘はどちらでもいい……。

(もし、ニナリアが王子妃になったら、私は、一生ニナリアにかしずかなければならないの? そんなの許せないわ!!)

 アレンはシェイラの様子を見ていた。気遣うように話しかける。

「私もそのことで王宮に行くつもりです。留守になりますから、先にシェイラ嬢は帰られたほうがいいでしょう」
「……分かりました」

(お祖父様に会って確かめなければ……!)

 ベニーも話を聞いて驚いていた。シェイラとベニーは執務室を急いで出て行く。アレンは上手くいったとニヤリと笑った。
 シェイラはすぐに荷造りをすると、その日のうちに、侯爵家から乗って来た馬車で帰って行った。アレンは早速、王子に報告の手紙を書いた。


 帰りの馬車の中は、鬱々としていた。自分にできないことを、やすやすとやってのけるニナリアに、シェイラは激しく嫉妬していた。

(王子宮に泊まっているのも、伯父様の子供だから王子が厚遇したのよね)
(私はどうして、お父様とお母様の子なのかしら……)

 同乗しているベニーとキミーは、シェイラの機嫌の悪さにハラハラしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~

紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。 しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。 そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。 優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。 「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」 初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。 これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。 真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました

緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。 エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。 ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。 なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。 番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく… 〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

修道院パラダイス

恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。 『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』 でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。 ◇・◇・◇・・・・・・・・・・ 優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。 なろうでも連載しています。

氷の参謀、うっかり拾った天使に勝てない——おやつと陽だまりで国が回る恋。

星乃和花
恋愛
【完結済:全11話+@】 冷えた石壁に囲まれた王宮作戦室。氷の異名をとる参謀アークトは、戦でも交渉でも“最短”を選び取る男。そんな彼の作戦室に、ある日まぎれ込んだのは、温室の庭師見習いソラナと、蜂蜜の香り。 彼女がもたらすのは「人と場の温度を整える」力。湯気低めの柑橘茶“猫舌温”、蜂蜜塩の小袋、会議前五分の「温度調律」。たったそれだけで、刺々しい議題は丸く、最難関の政敵すら譲歩へ。 参謀は国を守る最短を次々と実現する一方で、恋だけは“最長で温めたい”と密かに葛藤。「難しい顔禁止です」と両手で頬をむにっとされるたび、氷は少しずつ解けていく。 戦いに強い男が、掌の温度には勝てない。年の差。理性×天然のじれ甘宮廷ラブコメ。

処理中です...