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第13話 秘密のお茶会
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天気もよく、気持ちの良い庭園でのお茶会には、マリアンヌさんと私しかいなかった。
白いカップに入った紅茶を、お互い口に運ぶ。
あ、薔薇の香り。美味しい~。
マリアンヌさんは白いカップを、手にしたソーサーに置き、先に話し始めたのは、彼女のほうからだった。
「ねえ、ミツキ。私とレイは家族だけど、血は繋がっていないの」
唐突に、彼女が言った。
「え?」
マリアンヌさんが何を思ってかはわからないけれど、カップをテーブルにゆっくりと戻した彼女は、伏し目がちに話しを続けた。
「レイはね、私の亡くなった夫と別の女性との間に生まれた子なの」
「っ!?」
「私と夫は家同士の結婚で、私が幼い頃にすでに決まっていたの。でも、夫は決して結ばれてはいけない女性と出会ってしまった。そして、私との結婚が正式に決まって、その女性も実家を出て、夫の前から姿を消してしまったの。だけど、そのときには、お腹の中にレイがいてね。夫は知らなかったんだけど」
「そんな……」
マリアンヌさんは寂しそうな笑みを、少しだけ口元に浮かべていた。
「そのあと、夫と私が結婚して、しばらく経っても子供が出来なかった。あ、でも誤解しないで。私達は年が離れていたけれど、夫婦として仲も良かったと思うわ。夫は、私にとても優しくしてくれていたし、少なくとも私は夫をとても愛していたの。あるとき、夫がレイとその女性を町で見つけたの。でもね、レイのお母様は、そのときには病に侵されていてね、死が近いことがわかってしまった。私達には子供がいなかったから、レイを引き取ることにしたの。彼が、9歳の時だったわ」
なぜ彼女が、私にこんな話をするのかわからなかったけど、私はレイのことをちゃんと知りたいと思った。
「レイのお母様は、グラディアス家の姫君だったの。この国でランドルフ家とグラディアス家は王家の次に力を二分するほどの大貴族で、この両家が婚姻関係を結べば王家の脅威ともなるし、当時は両家の仲もとくに悪かったから、そんな2つの家が結びつくなんてことはあり得なかった。だから、二人の恋は秘密だったの」
まるでロミオとジュリエット……
「でもね、お母様が隠したかったのには、もう一つ理由があるの。この国で有力な貴族には、それぞれ特化した能力があることを知ってるかしら」
「……いいえ」
「ランドルフ家は草木の緑や大地の加護を受けるように、風に関係する力も持っていて、その力が強いものが当主に選ばれる。大抵は直系の者が多いのだけれど。それは先程も話したわね」
「はい。……じゃあ、もしかしてレイのお母様も……」
「ええ、そう。彼女もまた直系の姫で、グラディアス家の強い力を持っていたんだと思うわ。それぞれ違う特殊能力を強く持った者同士の子供って、どうなるかしら」
考えたら怖い。幼い子どもなら、なおさらだ。
マリアンヌさんは私の考えを肯定するように、こくりと頷いた。
レイのお母さんは、レイを守りたかったんだ。
「利用しようとする者、脅威に感じる者、それぞれだと思うわ」
「レイの力は……」
「それはわからない。本人が、ほとんど力を使おうとしないから」
きっと、レイも知られないように、隠しているんだ。
「レイのお母様が誰なのかは、ごく一部の者しか知らないの。今は、私と筆頭執事のセバスチャンだけ。グラディアス家にも、薄々気づいてる者もいるのでしょうけど、今は彼がランドルフ家の当主だから、確信もないことで、周りも下手に何も出来ないんだと思うわ」
マリアンヌさんは、なんてことのない茶飲み話をするように、何でもない顔をしながら、紅茶の入ったカップに口をつける。
「あの……マリアンヌさん。どうして、そんな大切な話を私に?」
「ん?貴方は聞いても他言しないでしょう?」
マリアンヌさんは小首をかしげて、にっこりと笑った。
か、可愛いだけに、怖い……
わかってるわよね、と念を押されたようだ。
「まあ、そうですね。この国に知り合いもいませんし」
内心、たじたじになってしまう。
「レイがね……」
「?」
「家族以外の他人を屋敷に連れて来たの、初めてなの」
「そう、なんですか?」
「ええ。貴方のことが放っておけなかったのでしょうね」
え?……そ、そうなのかな?
そんなふうに言われちゃったら、嬉しく思っちゃうかも?
「彼が9歳のときに、初めて出会ったあの日から、レイは私にとって大切な弟なの。今もそれは変わらない」
弟?
昨夜のハグをして挨拶をする二人の光景が、脳裏に蘇る。
姉と弟?
そんなふうには見えなかったけど。
もしかして、レイはそうは思っていないのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
「レイは、私たち家族や家の者たちを守るために、当主として頑張ってくれてる。それは、彼の血から逃れられないことなんだけれど。でもね、私は彼にも、レイ自身の時間を生きてほしいの」
「彼の、時間?」
「ええ」
マリアンヌさんは小さく溜息をついて、手元のカップに入った紅茶に視線を落とした。
「きっと、レイはこの家と私たち家族を守ろうと、それだけで今はここにいる。キースが、家督を継げる年齢になったら、当主はキースに譲るつもりで、それまでは自分が守るって思ってるんだと思うの。でもね、ミツキ。私は、レイにも自分のことを大切にして、自分のためにこれからを生きて欲しいって思ってる」
彼女が本当に彼のことを心配していることが伝わってくる。人がどう生きようと自由だと言うかも知れない。けれど、彼女の気持ちもよく分かる。
「レイには、このことは……」
「ええ、何度か。でも彼は、わかった、大丈夫だ、ってそればかりで、ただ笑うだけ。私が言ってもダメなの」
それは、彼女のことも、レイが守りたい人だから……
「難しいですね」
「でもね、ミツキなら彼を変えられるかも知れない」
「ええ!?そんなの無理ですよ」
「ええ、もちろん、無理にとは言わない。ただ、あなたと一緒に過ごすことで、何かが変わるかも知れないって、そう思ったの。ミツキとレイ、少し似ているところがあるから」
「え……そうですかぁ」
あ、露骨にトーンダウンしちゃったかな。マリアンヌさんがクスクス笑う。
私、あんな仏頂面してるかな。つい両手で頬を触ってしまう。
「ふふっ、私と出会った頃のあの子にね」
そのあとも私とマリアンヌさんは、二人だけの秘密のお茶会をしばらく楽しんだ。
午後からは、勉強も終わったアリシアとキースに誘われて、3人で庭で遊んだ。
久しぶりに子供たちと全力で遊んだから、くたくたになった頃、仕事から戻ってきたレイの姿が見えた。
気づかなかったのだけど、彼は離れたところから、私たちが遊ぶ姿を、少しの間見ていたようだった。
「わあい、お帰りなさぁい!」
駆け寄る子供たちに合わせて、私も子供のようにレイに向かって
「おかえりなさい!」
て、つい元気に、満面の笑みで言ってしまった。
レイは少し驚いたようだったけど、そこはさらりと流してくれた。
「子ども達と遊んでくれてたのか」
「あ、ううん。私が遊んでもらったの。この国のいろんな遊びを教えてもらって楽しかったわ」
「そうか、それは良かっ……た、っ、」
て、最後まで言い終わらないうちに、彼はすっと後ろを向き、何やら手で口元を隠してる。
え?笑ってる?
なんで???
と、不思議に思ってたら、ふと自分の胸元が目に入って、ぎょっとした。
子供たちと全力で遊んだお陰で、もともと少しだけ大きめだった胸元が更に緩んでしまって、むなしくドレスと胸元の間に空間が出来ていた。
「明日、仕立て屋を呼ぼう」
ほんのり耳を赤くして、レイが言った。後ろを向いたままの彼の肩が揺れている。
ちょっと、今、胸元見て笑ったでしょ!?
絶対、そうですよねっ!?
白いカップに入った紅茶を、お互い口に運ぶ。
あ、薔薇の香り。美味しい~。
マリアンヌさんは白いカップを、手にしたソーサーに置き、先に話し始めたのは、彼女のほうからだった。
「ねえ、ミツキ。私とレイは家族だけど、血は繋がっていないの」
唐突に、彼女が言った。
「え?」
マリアンヌさんが何を思ってかはわからないけれど、カップをテーブルにゆっくりと戻した彼女は、伏し目がちに話しを続けた。
「レイはね、私の亡くなった夫と別の女性との間に生まれた子なの」
「っ!?」
「私と夫は家同士の結婚で、私が幼い頃にすでに決まっていたの。でも、夫は決して結ばれてはいけない女性と出会ってしまった。そして、私との結婚が正式に決まって、その女性も実家を出て、夫の前から姿を消してしまったの。だけど、そのときには、お腹の中にレイがいてね。夫は知らなかったんだけど」
「そんな……」
マリアンヌさんは寂しそうな笑みを、少しだけ口元に浮かべていた。
「そのあと、夫と私が結婚して、しばらく経っても子供が出来なかった。あ、でも誤解しないで。私達は年が離れていたけれど、夫婦として仲も良かったと思うわ。夫は、私にとても優しくしてくれていたし、少なくとも私は夫をとても愛していたの。あるとき、夫がレイとその女性を町で見つけたの。でもね、レイのお母様は、そのときには病に侵されていてね、死が近いことがわかってしまった。私達には子供がいなかったから、レイを引き取ることにしたの。彼が、9歳の時だったわ」
なぜ彼女が、私にこんな話をするのかわからなかったけど、私はレイのことをちゃんと知りたいと思った。
「レイのお母様は、グラディアス家の姫君だったの。この国でランドルフ家とグラディアス家は王家の次に力を二分するほどの大貴族で、この両家が婚姻関係を結べば王家の脅威ともなるし、当時は両家の仲もとくに悪かったから、そんな2つの家が結びつくなんてことはあり得なかった。だから、二人の恋は秘密だったの」
まるでロミオとジュリエット……
「でもね、お母様が隠したかったのには、もう一つ理由があるの。この国で有力な貴族には、それぞれ特化した能力があることを知ってるかしら」
「……いいえ」
「ランドルフ家は草木の緑や大地の加護を受けるように、風に関係する力も持っていて、その力が強いものが当主に選ばれる。大抵は直系の者が多いのだけれど。それは先程も話したわね」
「はい。……じゃあ、もしかしてレイのお母様も……」
「ええ、そう。彼女もまた直系の姫で、グラディアス家の強い力を持っていたんだと思うわ。それぞれ違う特殊能力を強く持った者同士の子供って、どうなるかしら」
考えたら怖い。幼い子どもなら、なおさらだ。
マリアンヌさんは私の考えを肯定するように、こくりと頷いた。
レイのお母さんは、レイを守りたかったんだ。
「利用しようとする者、脅威に感じる者、それぞれだと思うわ」
「レイの力は……」
「それはわからない。本人が、ほとんど力を使おうとしないから」
きっと、レイも知られないように、隠しているんだ。
「レイのお母様が誰なのかは、ごく一部の者しか知らないの。今は、私と筆頭執事のセバスチャンだけ。グラディアス家にも、薄々気づいてる者もいるのでしょうけど、今は彼がランドルフ家の当主だから、確信もないことで、周りも下手に何も出来ないんだと思うわ」
マリアンヌさんは、なんてことのない茶飲み話をするように、何でもない顔をしながら、紅茶の入ったカップに口をつける。
「あの……マリアンヌさん。どうして、そんな大切な話を私に?」
「ん?貴方は聞いても他言しないでしょう?」
マリアンヌさんは小首をかしげて、にっこりと笑った。
か、可愛いだけに、怖い……
わかってるわよね、と念を押されたようだ。
「まあ、そうですね。この国に知り合いもいませんし」
内心、たじたじになってしまう。
「レイがね……」
「?」
「家族以外の他人を屋敷に連れて来たの、初めてなの」
「そう、なんですか?」
「ええ。貴方のことが放っておけなかったのでしょうね」
え?……そ、そうなのかな?
そんなふうに言われちゃったら、嬉しく思っちゃうかも?
「彼が9歳のときに、初めて出会ったあの日から、レイは私にとって大切な弟なの。今もそれは変わらない」
弟?
昨夜のハグをして挨拶をする二人の光景が、脳裏に蘇る。
姉と弟?
そんなふうには見えなかったけど。
もしかして、レイはそうは思っていないのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
「レイは、私たち家族や家の者たちを守るために、当主として頑張ってくれてる。それは、彼の血から逃れられないことなんだけれど。でもね、私は彼にも、レイ自身の時間を生きてほしいの」
「彼の、時間?」
「ええ」
マリアンヌさんは小さく溜息をついて、手元のカップに入った紅茶に視線を落とした。
「きっと、レイはこの家と私たち家族を守ろうと、それだけで今はここにいる。キースが、家督を継げる年齢になったら、当主はキースに譲るつもりで、それまでは自分が守るって思ってるんだと思うの。でもね、ミツキ。私は、レイにも自分のことを大切にして、自分のためにこれからを生きて欲しいって思ってる」
彼女が本当に彼のことを心配していることが伝わってくる。人がどう生きようと自由だと言うかも知れない。けれど、彼女の気持ちもよく分かる。
「レイには、このことは……」
「ええ、何度か。でも彼は、わかった、大丈夫だ、ってそればかりで、ただ笑うだけ。私が言ってもダメなの」
それは、彼女のことも、レイが守りたい人だから……
「難しいですね」
「でもね、ミツキなら彼を変えられるかも知れない」
「ええ!?そんなの無理ですよ」
「ええ、もちろん、無理にとは言わない。ただ、あなたと一緒に過ごすことで、何かが変わるかも知れないって、そう思ったの。ミツキとレイ、少し似ているところがあるから」
「え……そうですかぁ」
あ、露骨にトーンダウンしちゃったかな。マリアンヌさんがクスクス笑う。
私、あんな仏頂面してるかな。つい両手で頬を触ってしまう。
「ふふっ、私と出会った頃のあの子にね」
そのあとも私とマリアンヌさんは、二人だけの秘密のお茶会をしばらく楽しんだ。
午後からは、勉強も終わったアリシアとキースに誘われて、3人で庭で遊んだ。
久しぶりに子供たちと全力で遊んだから、くたくたになった頃、仕事から戻ってきたレイの姿が見えた。
気づかなかったのだけど、彼は離れたところから、私たちが遊ぶ姿を、少しの間見ていたようだった。
「わあい、お帰りなさぁい!」
駆け寄る子供たちに合わせて、私も子供のようにレイに向かって
「おかえりなさい!」
て、つい元気に、満面の笑みで言ってしまった。
レイは少し驚いたようだったけど、そこはさらりと流してくれた。
「子ども達と遊んでくれてたのか」
「あ、ううん。私が遊んでもらったの。この国のいろんな遊びを教えてもらって楽しかったわ」
「そうか、それは良かっ……た、っ、」
て、最後まで言い終わらないうちに、彼はすっと後ろを向き、何やら手で口元を隠してる。
え?笑ってる?
なんで???
と、不思議に思ってたら、ふと自分の胸元が目に入って、ぎょっとした。
子供たちと全力で遊んだお陰で、もともと少しだけ大きめだった胸元が更に緩んでしまって、むなしくドレスと胸元の間に空間が出来ていた。
「明日、仕立て屋を呼ぼう」
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