小説探偵

夕凪ヨウ

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Case22.魔の館の変死体①

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 煌びやかなシャンデリアの元に集う礼服。最上級の物だけを揃えた食事。飛び交う本心を隠した笑みと言葉。
 この場に存在する全てのものが、彼女には煩わしかった。冷ややかな視線で場を見渡し、横目で両親を見る。下手な作り笑いは気味が悪かった。 
 テーブルに置かれたワイングラスにも、手をつける気にはならない。思わず溜息が漏れた。
「お嬢様」
 執事に呼ばれ、ようやく視線を和らげた。「どうしたの?」と尋ねると、執事は声を潜める。
「本当によろしいのですね? 2日後、計画を実行されること、お変わりありませんか?」
 確認に来たのだと、彼女は理解した。頷きながらテーブルに置かれたワイングラスをようやく手に取り、一口飲む。味はしなかった。
「成功させなければ、あの子たちに自由はない。あの子たちを自由にするためなら、私は手段なんて選ばない。覚悟は変わらないわ。あなたもそうでしょう?」
「もちろんです。しかし、必ず警察は駆けつけてきます」
 分かっているとばかりに彼女は俯く。しかし、ここで立ち止まることは許されなかった。
「その点に関しては問題ないわ。私たちは何食わぬ顔で過ごせばいい。そして2日後、全てに決着をつけるのよ」


            ※

                    
 海里は自宅で編集者と電話をしていた。先月出版した『氷の女王』の発行部数を連絡されていたのだ。
「そうですか。今回も売れ行きは好調なんですね」
『ああ、素晴らしいよ。トリックだけでなく、犯人の思いもよく感じ取れる。読者も気に入ってくれているし、このまま上がり続けるだろう』
「ありがとうございます。以前の2つの事件も執筆中ですから、出来次第送ります」
『そうしてくれ。じゃあまた』
 電話を切ると、海里はソファーに体を沈めた。息を吐き、一眠りしようと毛布に手をかける。その時、再び電話が鳴った。
「うん? 編集者さん、言い忘れたことがあったんでしょうか・・・・え、東堂さん?」
 海里は事件のことだと直感し、通話ボタンを押した。
「もしもし? 事件ですか?」
『ああ。お前、K町の天宮あまみや家を知ってるか?』
「天宮グループの天宮家ですか? ええ、名前も自宅も知っていますよ。
 確か元は財閥で、解体された後、天宮グループと名前を変えて現在まで残っている資産家一家ですよね。現当主の和豊かずとよさんは、インターネット会社の社長も兼任しているとか」
『そうだ。今からそこに来てくれ。変死体が出た』

                    
            ※


 天宮家に到着した海里は、なぜか悪寒がした。美しい洋館が、酷く恐ろしく見えたからだ。
 真白い壁と茶色の扉は傷1つなく、庭にある花々は白の洋館を際立たせていた。黒い門は大きく、威圧感はあるものの、威厳も感じる。空を見上げると雲一つない晴天で、洋館は陽光に照らされている。なぜ恐ろしく見えるのか、自分でも分からなかった。
 しばらく洋館を見つめた後、海里は躊躇いがちにインターフォンを押した。すると、ゆっくりと巨大な黒い門が開き、1人の青年が歩いて来た。
「江本海里様ですね。お待ちしておりました」
「わざわざありがとうございます」
 海里は笑って礼を述べた。同時に、青年の顔に見覚えがあると気がつく。
「・・・・あれ? あなたは・・・・以前の爆破事件の時、避難所となっていた洋館の執事の方では?」
「はい。事件解決のことは後から耳にして、驚きました。何もなかったとはいえ、危険が潜んでいたことは事実。改めて、お礼申し上げます」
 青年は深々と頭を下げた。細身の体と燕尾服がよく似合っている。精悍な顔立ちは、良家に仕える執事らしかった。
「そんなに畏まらないでください。お名前は?」
「黒田と、お呼びください」
 黒田はそう言って、海里を洋館の中に招き入れた。門を潜ると自動的に閉まり、鍵が掛かる音もした。
 随分厳重だと思いつつ、黒田に続いて庭を抜けた。芝生の中央に作られた道を通り抜けて黒田が玄関扉を開けると、奥から複数人の話し声が聞こえた。


 玄関を通り過ぎると長い廊下が現れた。避難所となっていた屋敷より遥かに大きい。床には赤い絨毯が敷かれ、壁には絵画や剥製、廊下の左右には棚や机に置かれた壺などの置物があった。
 途方もない値段に違いない、などと考えていると、黒田は立ち止まり、扉が開放された大広間ーーこちらもやはり避難所となっていた屋敷より大きいーーを指し示した。
 中には大勢の警察官がおり、その中央に指示を出している龍の姿があった。他の刑事より頭一つ身長が高いため、よく目立っている。彼は海里に気がつくと、ゆったりと視線を移した。
「わざわざ呼び出して悪いな。仕事中だったか?」
「いえ。もう本になっていて、編集者の方と電話で話していただけなので。
 それで・・・・こちらが、先ほど仰られた変死体ですか」
 海里の前には首と手足に紐が巻かれ、全身の骨が折られている若い男の遺体があった。口元からは乾いてはいるが、血が流れ、苦痛に歪んだ顔は事件の悲惨さを物語っている。体格は普通であり、力のある人物には押さえ込まれるだろうと思われた。
 しばらく遺体を凝視していた海里だったが、首と手足に巻かれた紐を見て目を丸くする。
「これ、ただの糸ですよね? こんな物では、絞殺することも骨を折ることもできません。明らかに他殺であるのに、吉川線はなく、縛られた痕も見当たらない・・・・。一体、どういうことなのでしょう?」
「俺も全く分からない。
 ただ、鑑識作業が終わってからじゃないと遺体の捜査はやりにくいからな。先に天宮家への事情聴取をやることになっているから、加わるだろ?」
「はい」
 刑事たちが天宮家の人間を呼びに行った数分後、2階から2人の男女が降りて来た。大広間の四方に階段があるため、姿を確認するのに少し時間を要した。現れた男女は、見たところ中高生くらいだった。
 彼らは神妙な面持ちで、ブルーシートが掛けられた遺体を一瞥し、海里と龍の前へ行く。
「初めまして。天宮秋平しゅうへいです。こちらは妹の春菜はるな。他に姉と弟がいますが、1度に来ても迷惑でしょうし、先に2人だけで来ました」
 礼儀のなった落ち着いた口調だった。年齢よりも大人びた雰囲気に驚きつつ、海里は笑みを浮かべて頷く。
「お気遣いありがとうございます。カイリです。よろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします」
「では、秋平さんからお話を伺ってもよろしいですか? 春菜さんは、少し刑事さんと待っていてください」
「分かりました」
 春菜は頷いた。兄妹揃って、非常に整った顔立ちをしている。幼さの中に明確な美しさがあり、立っているだけで注目を集めると思われた。
 海里は以前新聞で見た天宮和豊と妻の姿を思い出し、遺伝子の強さを感じた。
「客間の一室を事情聴取の場としてお借りしています。行きましょう」
 龍は出来る限り優しい声音を出した。秋平は深く頷き、2人に続いて歩き始めた。


 客間は大広間の中にある扉を潜り、その扉から見て、廊下の右側に並ぶ部屋の一室にあった。
 客間もやはり豪華な部屋で、花柄のソファーとガラスの机、大きな窓があった。3人はソファーに腰掛け、秋平が一息ついたのを見計らい、海里は尋ねる。
「まず、亡くなられていたのはどなたですか? 天宮家の方でしょうか?」
「違うと言えば違いますが、正しいと言えば正しいです。彼は泉龍寺真人せんりゅうじまさと。俺たちの姉、小夜さよの婚約者です」
 婚約者、という言葉に2人は眉を動かす。朝起きて広間を見たら、婚約者が無惨に死んでいるなど、たまったものではないだろう。海里は続ける。
「では、小夜さんが事情聴取を後にされたのも・・・・」
「・・・・はい」
 秋平は小さく頷いた。彼の表情にも確かな悲しみが見える。海里は柔らかく頷いて続ける。
「昨夜、泉龍寺さんが殺害された時間、どこで何をされていましたか? 死亡推定時刻は深夜2時から3時頃とのことなので、その時間の行動を教えてください」
「部屋で寝ていました。最近は夜遅くまで勉強をしていたので、昨日はゆっくり寝ようと思って、22時にはベッドに入ったんです」
「そうなんですね。では、泉龍寺さんの悲鳴を聞いたり、犯人の姿を見たりしましたか?」
「聞いていませんし、見ていません。眠っていたせいかもしれませんが」
 秋平は酷く冷静だった。2人は子供にしては落ち着きすぎている彼の態度を、少し不気味だと感じる。
 その時、聞き覚えのない声が飛んだ。
「お兄ちゃん、お客さん?」
夏弥なつや! 姉さんと部屋で待ってろって言っただろ。どうしてここが分かったんだ?」
 客間の扉から少年が顔を出していた。よほどゆっくり開けたのか、海里たちは音を聞き取れなかった。
 夏弥と呼ばれた少年は、兄の質問にゆっくりと答える。
「こっそりついてきたの。春菜お姉ちゃんに聞いたら、こっちの方に行ったよって言うから」
「弟さんですか? 全然気がつきませんでした」
 海里の冗談めかした口調に、秋平も笑みをこぼした。
「まだ8歳なので好奇心旺盛なんです。夏弥、部屋に戻りなさい。姉さんと一緒にいなきゃダメだろ」
「いやだ! お兄ちゃんと一緒にいる‼︎」
「夏弥!」
 兄弟喧嘩が始まりそうになったので、龍は間に入った。
「まあそう怒らずに。弟さんにも話は伺う予定でしたから、それが少し早まったと考えませんか?」
 秋平は申し訳なさそうにしつつも、龍の助け舟を受け入れ、頷いた。
「ほら夏弥、こっちおいで」
 そう言われるなり、夏弥は客間の扉を閉め、ソファーへよじ登って秋平の膝の上に座った。8歳と考えると、かなり子供らしい。龍は夏弥を怖がらせぬよう、ゆったりとした口調で彼に尋ねた。
「昨日の夜は、お家にいたのか?」
「うん。春菜お姉ちゃんに絵本読んでもらって、7時にはおやすみしたよ。その後のことは、よくわかんない」
「そうか。真人さんのことは、どう思ってた?」
 龍は敢えて分かりやすいよう、苗字ではなく名前で尋ねた。途端に、夏弥の顔が花が咲くように明るくなる。
「大好き! やさしいし、おべんきょうも教えてくれるし、小夜お姉ちゃんともすっごく仲が良いんだ!」
 はにかんだ表情は眩しいほどに可愛らしかった。しかし、夏弥は「でも」と言いながら眉根を寄せる。
「お父さんとお母さんと、おじさんは、あんまり仲良くしていなかったみたいだけど・・・・」
 夏弥が声を落としながら俯いた。龍は尋ねる。
「仲良くなかった? どうしてだ?」
「分かんない・・・・でも多分・・小夜お姉ちゃんが大切だったからじゃないかな。お父さん、小夜お姉ちゃんを“あととり”にするって言ってたから」
 違う。そんな理由で仲良くしないなら、初めから婚約させるべきじゃない。別に反対する理由があったと考える方が自然だ。普通に考えれば、天宮グループの跡取りである娘に相応しくないから、で納得できるけれど、もしそうなら婚約をしなかったら良かったという話に戻る。これは彼の嘘なのか? いや、8歳の子供にそんなこと・・・・
「その顔やめろ」
 眉を顰めた海里を見て、龍はすぐさま嗜めた。その声で、海里は我に返る。
「あ・・すみません。では秋平さん。春菜さんを呼んでくれませんか?」
「えっ? もう良いんですか? 俺たちを疑っているのでは?」
「否定はしませんが、現状で特定することは不可能です。お2人の話を聞く限り、泉龍寺さんはあなた方兄妹と仲が良かった。疑う気にはなりません」
 海里の言葉に2人は安心したように頷いて退出した。そして、2人と入れ違いで春菜が部屋に入って来る。
「事件が起きた直後に申し訳ありません」
 海里は改めて謝罪を口にしたが、春菜は簡潔に答えた。
「事件解決のためですから」  
 淡々とした口調は、大人っぽい容姿と相待って距離を感じた。しかし、すぐに表情を暗くしてーーどこか子供らしさが現れたーー春菜は呟く。
「真人お義兄様が死んでしまうなんて思わなかった。もうすぐ・・・・お姉様と結婚するはずだったのに」
 その言葉で、命を絶たれたことの重みが増した気がした。海里はか細い声で応じる。
「そうだったんですね。しかし、ご両親は反対しているとお聞きしましたが」
 海里がそう言うと、春菜は笑った。嘲笑とも取れる苦い笑みである。
「あいつらは、お姉様を駒として置いておきたいだけです。興味があるのはお姉様の頭脳だけで、愛情なんて微塵もない。
 何もかも自分中心で考える父も、父に従うだけの母も叔父も、ただのクズ。真人お義兄様を殺したと言っても、何の驚きもありません」
 侮蔑と怒りを帯びた口調に、海里は目を丸くし、思わずフォローにもならない言葉を口走る。
「そんなに仲が悪いのですか? 仮にも血の繋がった・・・・」
 家族でしょう、と続ける前に春菜が怒鳴った。
「そんなこと関係ない‼︎ 寧ろあいつらの血が自分に入っているだなんて思うと、ゾッとする! 
 私たちは、絶対にあいつらの支配下から逃れるの! 何があっても、どんな手を使っても、絶対に・・・・‼︎」
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