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Case27.魔の館の変死体⑥
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彼女の悲鳴に胸が痛まないわけではなかった。もしかしたら、私は犯人より残酷なことをしているのではないか、とすら思う。
でも、こうでもしなければ、犯人たちは罪を認めない。大勢の前で突きつけなければ、何も変わらない。
「どれほどの罪を犯したか、お分かりですか?」
悲痛な叫びを上げ、大粒の涙をこぼす彼女を見つめた後、私は尋ねた。肯定は欲していなかった。ただ許さないと言いたいだけだ。
手錠をかける音と共に、柱時計が時を刻んだ。
ーカイリ『魔の館の変死体』最終章ー
※
「まずは事件の整理です。
被害者は泉龍寺真人さん、23歳。天宮家の長女・小夜さんの婚約者。事件発生は8月7日の深夜12時半頃で、全身の骨を折られたことによって死亡した。犯人は複数人おり、全員が成人した男女だと考えられています」
海里は心なしか早口だった。天宮家の人間は全員椅子に腰掛けており、海里は1人立って推理をしていた。
「私が現場に来た日、一瞬絞殺を疑いました。首に糸が巻きついていましたからね。ですが、その可能性はすぐに否定された。首に糸の痕は残っておらず、吉川線もなかったためです。
何より、あんな細い糸で人の首を絞めようとしたら、先に糸の方が限界を迎えます。そのため、絞殺ではなく骨を折られたという奇怪な死因なんです」
「奇怪? 骨を折って亡くなることはあるんじゃないですか? 転落死とか」
「いい質問ですね、秋平さん。確かに、骨折が原因で亡くなることはあります。
しかし今回は、人為的に全身の骨が折られていた。犯人は、余程の殺意を持って彼を殺害したのです。そうでなければ、全身の骨を折るだなんて面倒なことしませんから」
秋平が頷くのを見ると、海里は龍から1本の紐を受け取った。
「春菜さん。これが何か分かりますか?」
「えっと、和弓の弦・・・・ですか?」
「はい。当初、被害者の体に巻きついていたのはこれです。最も、これは現物ではありませんが」
「真人お兄ちゃんは、それでこーそくされてたの? でも、真人お兄ちゃんがこーそうされたなんて、お兄ちゃん言ってなかったよね?」
夏弥の質問に、海里は頷いた。
「ええ、その通り。私も勘違いしていたのですが、真人さんは拘束されていたのではありません。これは、力の足りない人間が、骨を折るための補助道具として使われたんです」
「ほじょ?」
夏弥の問い海里は頷く。
「物は試し、ということで。犯人の1人が取った方法を実演しましょう」
海里は龍と頷き合った。龍が小夜を呼び寄せると、海里は説明を続ける。
「あそこの手摺り。何か妙だと思いませんか?」
海里は大広間の扉の右斜め前にある、階段の手摺りを指差した。踊り場より少し低い場所である。春菜は示された手摺りを見つめ、首を傾げた。
「歪んでる?」
「はい。春菜さん。あの手摺りは、以前からああなっていましたか?」
「いいえ。この家に建築の欠陥はありませんし、使用人も掃除に気をつけています。手摺りが歪むなんてことはありませんよ」
「ありがとうございます。
和豊さん。あなたは、この家の全ての部屋に防犯カメラを設置していると仰いましたね?」
「ああ。侵入者のこともあるし、怪しい動きをした奴がいればすぐに警察へ突き出せるようにな。それが何だ?」
「あの手摺りが、事件前に歪んでいたか否かを、証明する道具になったのですよ。こちらをご覧ください。」
そう言って、海里は龍から受け取ったパソコンを開き、全員に画面を見せた。そこには2つの映像があり、踊り場近くの手摺りが映っている。
「皆さんから見て右が事件前、左が事件後です。ほら、事件後の手摺りは歪んでいるでしょう? 掃除に気を使い、天宮家の方々すら慎重に過ごすこの家で、こんなミスが起こることはまずあり得ない。この手摺りは、犯行の際に使われたと考えるのが自然なのですよ」
「すごい・・・・。でも、実演するって? 使われたってのも、よく分からないし」
春菜は首を傾げた。海里はゆったりと言う。
「弦を使い、被害者の骨を折ったのは女性です。ですから、小夜さんに同じことをやって頂き、人の骨が折れるかどうかを確かめます。手摺りを利用してね。
小夜さん、お願いします」
小夜は海里から弦を受けると、歪んだ手摺りの右隣の手摺りに弦を括り付けた。
だが、そこで秋平が声を上げる。
「ちょっと待ってください。普通の弦の長さだったら、真人義兄さんまで届きませんよね? 大広間で殺されたなら、尚更です。犯人は、弦同士を括り付けて使ったんですか?」
「その通りです。綾美さん」
突然名前を呼ばれた綾美は、落ち着かない様子で返事をした。
「は、はい。何でしょう?」
「小夜さんたちは弓道をやっていますよね? そして、弓矢の予備は本宅にもあるとお聞きしています」
「え・・ええ。私もやっていましたから、幼い頃からやらせています。本宅の倉庫にも別宅の倉庫にも、予備が置いてあります」
「ありがとうございます。
犯人は、本宅の倉庫から弦を盗みました。ただし、1つだけです。一気に無くなっていたら、泥棒と勘違いされてしまいますから。残りは店で買って繋げれば、長い弦が出来上がる」
小夜は既に予備の弦と渡された弦を括り、1つの紐にしていた。同時に龍の部下が大広間に入り、殺害現場である部屋の中央に男性のマネキンを置いた。
「これは普通のマネキンより硬いものです。硬さは成人男性の一般的な骨と同じだと思ってください」
海里がそう言うと、小夜は輪っかにした弦をマネキンの胴にかけた。怪我防止の手袋を嵌め、弦の端を持つ。
「では、引いてください」
小夜は、一気に弦を引いた。全員が手すりの方に注目する。しばらくして、ぼきり、と鈍い音がした。
「本当に折れちゃった・・・・」
春菜は感嘆の声を上げた。秋平と夏弥も、目を瞬かせている。
「これで骨が折れる証明ができましたね。まあ小夜さんは弓道をやっていますし、普通の女性より力はあるでしょう。犯人は力を合わせて弦を引いたかもしれませんが、いずれにしても、骨が折れることは間違い無いです。中々不思議なやり方ですけどね」
海里の説明に、全員が呆気に取られていた。彼は手摺りから弦を外し、マネキンを片づける。
「今回の殺害動機は、天宮家が隠蔽して来た事件を知られ、世間に公開すると言った真人さんを邪魔に思ったからです。真人さんが過去の事件を知ったのは、小夜さんたち4人の口からでしょうね」
海里は1度言葉を止め、犯人たちを睨みつけた。少し声を大きくして、彼は言い放つ。
「家を守るために隠蔽工作を行い続け、あまつさえ娘の婚約者を“邪魔”の一言で殺めた。
一体・・・・どれほど面子が大事なんですか? 和豊さん、和彦さん、綾美さん」
静寂が訪れた。子供たち4人の瞳に怒りが現れる。
「あなた方3人が、この殺人事件の犯人だ。そうでしょう?」
3人は何も言わなかった。しばらくして、和豊が微笑を浮かべた。
「証拠はあるのか? 私たちが多くを隠蔽したことは、子供らも知っている。私たちだけ疑うなど、あまりに程度の低い話だ。寧ろ、婚約者であった小夜の方が動機を抱きやすいはず」
龍は眉を顰めた。こんな簡単に自分の子供が殺人犯だと言い切れる彼の心情が理解できなかった。海里は和豊を睨みつける。
「なるほど、証拠ですか。自分たちが犯人であると認める気はないのですね?」
「当然だろう。犯人だと言われて、“はいそうです”、と認める馬鹿がどこにいる? お前がこれまで立ち合った事件に、そんな馬鹿がいたのか?」
「最もですね。では、証拠をお見せしましょう」
海里は笑い、自分のスマートフォンとパソコンを接続させた。
「先日、小夜さんたちからある“情報”を提供されたのですよ。事件当日の、大広間の監視カメラの映像です」
和豊の眉が微かに動いた。海里は再びパソコンを開き、画面を見せる。
「この映像、よく見てください。時間は24時15分・・・・亡くなる少し前ですね。真人さんがここに来る直前、彼は小夜さんと話をしていました。これは、その後です。台所に水を飲みに来たのでは、と春菜さんから証言がありました」
「・・・・それで?」
「この映像はおかしいんですよ。一部が切り取られている、という感じですね。ご覧になってください」
海里は春菜から渡された映像を見せた。夏弥は映像を見て叫ぶ。
「あー本当だ! 真人お兄ちゃんがいなくなった後、映像がゆがんでる! しかもその間、たくさんの、ちがう声が聞こえた‼︎」
「夏弥!」
綾美の顔が青ざめた。海里は満足そうに笑う。
「そして、ようやく見つけましたよ。ここから抜き取られた、犯行時の映像を」
「は?」
その瞬間、初めて和豊の顔色に焦りが浮かんだ。海里は気にせず続ける。
「随分苦労したそうですが、人が消した以上、復元できると言われたらしく、データが発掘されたそうです。
と、いうことなので。どうぞ、ご覧になってください。あなた方が犯人であるという、紛れもない証拠を」
海里は再生ボタンを押した。
全員が、見るに耐えない殺害の瞬間に絶句した。
真人は、綾美と話して部屋に戻ろうとした所を襲われていた。和彦に口を塞がれ、逃げられないよう和豊に足の骨を折られ、綾美に胴の骨を折られ、腕を、指を、肩を、腰を、最後に、首を。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! いや・・いや! どうして、どうして! どうして、いつも・・・・‼︎」
叫んだのは小夜だった。龍は映像を見せることを反対していたが、海里は映像を使わなければ3人が罪を認めないこと、小夜たちも確信を得られないこと訴え、やむなく見せることを決めた。
「姉さん、ダメだ‼︎ これ以上・・見ちゃダメだ! 姉さん・・・・‼︎」
秋平が庇うように姉を抱きしめた。春菜は震えながら、夏弥が映像を見ないよう、自分の胸の中に小さな体を押し込んでいる。
小夜は大粒の涙を溢していた。震える肩を両手で抱き、唇を噛み締めている。海里は3人を睨みつけ、言った。
「和豊さん、和彦さん、綾美さん。あなた方は、ご自分の娘を、姪を、ここまで追い詰めた。それが、どれほどの罪か、お分かりですか?
家のため、自分たちのため、多くの人々を踏み躙り、子供たちの大切な存在を奪ってまで・・・・自分たちの存在に拘る意味は何なのですか?
私には、分かりませんよ。ここまで残酷なことができるあなた方のことを、まるで理解できない」
冷たい瞳だった。どんな理由があろうと、理解も納得もできないーーそんな意志が宿っていた。
龍がゆっくりと口を開く。
「今までの隠蔽工作・・・・賄賂・殺人・虐待。現在、全てを捜査中だ。世間も、彼女たちも、お前たちを決して許さないだろう。もちろん、俺たちも許しはしない。
天宮和豊・和彦・綾美。泉龍寺真人の殺害及び、諸々の余罪で逮捕する」
時計の針が、午後12時を指した。柱時計から聞こえた音は、酷く虚しく、苦しく、館中に響き渡っていた。
※
「本当に、ありがとうございました」
事件の1週間後、子供たちを代表して、小夜が警視庁へ挨拶に来た。海里も事後処理のために来ており、龍と共に彼女を迎え入れた。
「とんでもない。私は、やるべきことをやっただけです。皆さんが落ち着いてくださったのであれば、それで十分」
「ええ。私たちに礼など不要ですよ。
ところで・・・・小夜さん、1つお聞きしてても?」
「何でしょう」
「“自由になる”、と仰っていましたね。あれは一体、何だったのですか? 黒田さんから、事件の2日前に行われた宴会で最終の打ち合わせをした、なんて曖昧なことをお聞きしましたが」
龍の言葉に、小夜は満足そうに笑った。腰掛けた椅子に全身を預け、ゆっくりと口を開く。視線は天井にあった。
「ずっと前から弟妹たちと忠義ーー黒田の名前ですーーと決めていたことなんです。あの家から、両親と叔父から逃げて、自分たちだけで自由に生きようって。でも、ただ逃げ出すだけでは意味がないので、両親と叔父が起こした過去の事件を全て調べていました」
「えっ?」
驚く2人に対し、小夜は冷静に続けた。
「真人も一緒に逃げるはずでした。でも、あの夜に殺されて、それは叶わなかった。だけど、あの子たちと尽くしてくれた忠義は自由にしてあげたくて、4人と話し合って、自由になるための作戦を実行することにしたんです」
意味が分からなかった。小夜は視線を2人へ戻し、柔らかい笑みを浮かべたまま言う。
「東堂さん。昨日の夕方、警視庁に天宮家の過去の事件の証拠が全て来たでしょう? あれ、私が仕組んだんです。昨日の16時に、全ての証拠が行き届くよう、準備を済ませておいた。
あの時間、両親と叔父は本宅にいて、私たちは別宅にいる予定でした。そして、焦っている3人の目を盗み、逃げる。本宅も別宅も、昨日無事売り払えましたから、マスコミが駆けつける事態も防げました」
2人は呆気に取られた。小夜は静かに声を立てて笑う。
「予定外のことは起きましたが、上手く行きました。事件も解決して頂いて、本当に全てを明らかにして頂いて・・・・お2人には、感謝してもしきれません」
「ちょ、ちょっと待ってください。初めから・・・・全部分かっていたのですか? 今回の事件の犯人も、過去の事件の真相も、何もかも」
焦る海里に対して、小夜は冷静に頷いた。
「はい。でも、話さないことは父たちの目を欺くために必要でした。身を守るためにも。だから、責められたとしても逮捕される理由はありません。刑法にも背いていませんし」
小夜は立ち上がり、再び2人に頭を下げた。警視庁を出て行こうとする彼女は肩越しに2人を見て、言った。
「江本さん。妹さん、早く目覚めるといいですね。
東堂さんは、ご家族と話し合う時間を取られてもいいと思いますよ」
海里と龍は目を見開いた。小夜は微笑を浮かべ、更に驚くべきことを口にした。
「いい物語は書けそうですか?」
その言葉に海里は眉を動かした。やはり、彼女は全て知っていたのだ。何もかも見透かした小夜の発言に感服し、海里は失笑して答える。
「ええ。今までにないほど、いい物語が書けそうですよ」
「それは良かった。また、お会いしましょう。お2人とも」
この後、2人は彼女に再会する。彼女の存在は、海里や、彼がこれから出会う人々を翻弄して行くのだが・・・・それは、もう少し先の話。
でも、こうでもしなければ、犯人たちは罪を認めない。大勢の前で突きつけなければ、何も変わらない。
「どれほどの罪を犯したか、お分かりですか?」
悲痛な叫びを上げ、大粒の涙をこぼす彼女を見つめた後、私は尋ねた。肯定は欲していなかった。ただ許さないと言いたいだけだ。
手錠をかける音と共に、柱時計が時を刻んだ。
ーカイリ『魔の館の変死体』最終章ー
※
「まずは事件の整理です。
被害者は泉龍寺真人さん、23歳。天宮家の長女・小夜さんの婚約者。事件発生は8月7日の深夜12時半頃で、全身の骨を折られたことによって死亡した。犯人は複数人おり、全員が成人した男女だと考えられています」
海里は心なしか早口だった。天宮家の人間は全員椅子に腰掛けており、海里は1人立って推理をしていた。
「私が現場に来た日、一瞬絞殺を疑いました。首に糸が巻きついていましたからね。ですが、その可能性はすぐに否定された。首に糸の痕は残っておらず、吉川線もなかったためです。
何より、あんな細い糸で人の首を絞めようとしたら、先に糸の方が限界を迎えます。そのため、絞殺ではなく骨を折られたという奇怪な死因なんです」
「奇怪? 骨を折って亡くなることはあるんじゃないですか? 転落死とか」
「いい質問ですね、秋平さん。確かに、骨折が原因で亡くなることはあります。
しかし今回は、人為的に全身の骨が折られていた。犯人は、余程の殺意を持って彼を殺害したのです。そうでなければ、全身の骨を折るだなんて面倒なことしませんから」
秋平が頷くのを見ると、海里は龍から1本の紐を受け取った。
「春菜さん。これが何か分かりますか?」
「えっと、和弓の弦・・・・ですか?」
「はい。当初、被害者の体に巻きついていたのはこれです。最も、これは現物ではありませんが」
「真人お兄ちゃんは、それでこーそくされてたの? でも、真人お兄ちゃんがこーそうされたなんて、お兄ちゃん言ってなかったよね?」
夏弥の質問に、海里は頷いた。
「ええ、その通り。私も勘違いしていたのですが、真人さんは拘束されていたのではありません。これは、力の足りない人間が、骨を折るための補助道具として使われたんです」
「ほじょ?」
夏弥の問い海里は頷く。
「物は試し、ということで。犯人の1人が取った方法を実演しましょう」
海里は龍と頷き合った。龍が小夜を呼び寄せると、海里は説明を続ける。
「あそこの手摺り。何か妙だと思いませんか?」
海里は大広間の扉の右斜め前にある、階段の手摺りを指差した。踊り場より少し低い場所である。春菜は示された手摺りを見つめ、首を傾げた。
「歪んでる?」
「はい。春菜さん。あの手摺りは、以前からああなっていましたか?」
「いいえ。この家に建築の欠陥はありませんし、使用人も掃除に気をつけています。手摺りが歪むなんてことはありませんよ」
「ありがとうございます。
和豊さん。あなたは、この家の全ての部屋に防犯カメラを設置していると仰いましたね?」
「ああ。侵入者のこともあるし、怪しい動きをした奴がいればすぐに警察へ突き出せるようにな。それが何だ?」
「あの手摺りが、事件前に歪んでいたか否かを、証明する道具になったのですよ。こちらをご覧ください。」
そう言って、海里は龍から受け取ったパソコンを開き、全員に画面を見せた。そこには2つの映像があり、踊り場近くの手摺りが映っている。
「皆さんから見て右が事件前、左が事件後です。ほら、事件後の手摺りは歪んでいるでしょう? 掃除に気を使い、天宮家の方々すら慎重に過ごすこの家で、こんなミスが起こることはまずあり得ない。この手摺りは、犯行の際に使われたと考えるのが自然なのですよ」
「すごい・・・・。でも、実演するって? 使われたってのも、よく分からないし」
春菜は首を傾げた。海里はゆったりと言う。
「弦を使い、被害者の骨を折ったのは女性です。ですから、小夜さんに同じことをやって頂き、人の骨が折れるかどうかを確かめます。手摺りを利用してね。
小夜さん、お願いします」
小夜は海里から弦を受けると、歪んだ手摺りの右隣の手摺りに弦を括り付けた。
だが、そこで秋平が声を上げる。
「ちょっと待ってください。普通の弦の長さだったら、真人義兄さんまで届きませんよね? 大広間で殺されたなら、尚更です。犯人は、弦同士を括り付けて使ったんですか?」
「その通りです。綾美さん」
突然名前を呼ばれた綾美は、落ち着かない様子で返事をした。
「は、はい。何でしょう?」
「小夜さんたちは弓道をやっていますよね? そして、弓矢の予備は本宅にもあるとお聞きしています」
「え・・ええ。私もやっていましたから、幼い頃からやらせています。本宅の倉庫にも別宅の倉庫にも、予備が置いてあります」
「ありがとうございます。
犯人は、本宅の倉庫から弦を盗みました。ただし、1つだけです。一気に無くなっていたら、泥棒と勘違いされてしまいますから。残りは店で買って繋げれば、長い弦が出来上がる」
小夜は既に予備の弦と渡された弦を括り、1つの紐にしていた。同時に龍の部下が大広間に入り、殺害現場である部屋の中央に男性のマネキンを置いた。
「これは普通のマネキンより硬いものです。硬さは成人男性の一般的な骨と同じだと思ってください」
海里がそう言うと、小夜は輪っかにした弦をマネキンの胴にかけた。怪我防止の手袋を嵌め、弦の端を持つ。
「では、引いてください」
小夜は、一気に弦を引いた。全員が手すりの方に注目する。しばらくして、ぼきり、と鈍い音がした。
「本当に折れちゃった・・・・」
春菜は感嘆の声を上げた。秋平と夏弥も、目を瞬かせている。
「これで骨が折れる証明ができましたね。まあ小夜さんは弓道をやっていますし、普通の女性より力はあるでしょう。犯人は力を合わせて弦を引いたかもしれませんが、いずれにしても、骨が折れることは間違い無いです。中々不思議なやり方ですけどね」
海里の説明に、全員が呆気に取られていた。彼は手摺りから弦を外し、マネキンを片づける。
「今回の殺害動機は、天宮家が隠蔽して来た事件を知られ、世間に公開すると言った真人さんを邪魔に思ったからです。真人さんが過去の事件を知ったのは、小夜さんたち4人の口からでしょうね」
海里は1度言葉を止め、犯人たちを睨みつけた。少し声を大きくして、彼は言い放つ。
「家を守るために隠蔽工作を行い続け、あまつさえ娘の婚約者を“邪魔”の一言で殺めた。
一体・・・・どれほど面子が大事なんですか? 和豊さん、和彦さん、綾美さん」
静寂が訪れた。子供たち4人の瞳に怒りが現れる。
「あなた方3人が、この殺人事件の犯人だ。そうでしょう?」
3人は何も言わなかった。しばらくして、和豊が微笑を浮かべた。
「証拠はあるのか? 私たちが多くを隠蔽したことは、子供らも知っている。私たちだけ疑うなど、あまりに程度の低い話だ。寧ろ、婚約者であった小夜の方が動機を抱きやすいはず」
龍は眉を顰めた。こんな簡単に自分の子供が殺人犯だと言い切れる彼の心情が理解できなかった。海里は和豊を睨みつける。
「なるほど、証拠ですか。自分たちが犯人であると認める気はないのですね?」
「当然だろう。犯人だと言われて、“はいそうです”、と認める馬鹿がどこにいる? お前がこれまで立ち合った事件に、そんな馬鹿がいたのか?」
「最もですね。では、証拠をお見せしましょう」
海里は笑い、自分のスマートフォンとパソコンを接続させた。
「先日、小夜さんたちからある“情報”を提供されたのですよ。事件当日の、大広間の監視カメラの映像です」
和豊の眉が微かに動いた。海里は再びパソコンを開き、画面を見せる。
「この映像、よく見てください。時間は24時15分・・・・亡くなる少し前ですね。真人さんがここに来る直前、彼は小夜さんと話をしていました。これは、その後です。台所に水を飲みに来たのでは、と春菜さんから証言がありました」
「・・・・それで?」
「この映像はおかしいんですよ。一部が切り取られている、という感じですね。ご覧になってください」
海里は春菜から渡された映像を見せた。夏弥は映像を見て叫ぶ。
「あー本当だ! 真人お兄ちゃんがいなくなった後、映像がゆがんでる! しかもその間、たくさんの、ちがう声が聞こえた‼︎」
「夏弥!」
綾美の顔が青ざめた。海里は満足そうに笑う。
「そして、ようやく見つけましたよ。ここから抜き取られた、犯行時の映像を」
「は?」
その瞬間、初めて和豊の顔色に焦りが浮かんだ。海里は気にせず続ける。
「随分苦労したそうですが、人が消した以上、復元できると言われたらしく、データが発掘されたそうです。
と、いうことなので。どうぞ、ご覧になってください。あなた方が犯人であるという、紛れもない証拠を」
海里は再生ボタンを押した。
全員が、見るに耐えない殺害の瞬間に絶句した。
真人は、綾美と話して部屋に戻ろうとした所を襲われていた。和彦に口を塞がれ、逃げられないよう和豊に足の骨を折られ、綾美に胴の骨を折られ、腕を、指を、肩を、腰を、最後に、首を。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! いや・・いや! どうして、どうして! どうして、いつも・・・・‼︎」
叫んだのは小夜だった。龍は映像を見せることを反対していたが、海里は映像を使わなければ3人が罪を認めないこと、小夜たちも確信を得られないこと訴え、やむなく見せることを決めた。
「姉さん、ダメだ‼︎ これ以上・・見ちゃダメだ! 姉さん・・・・‼︎」
秋平が庇うように姉を抱きしめた。春菜は震えながら、夏弥が映像を見ないよう、自分の胸の中に小さな体を押し込んでいる。
小夜は大粒の涙を溢していた。震える肩を両手で抱き、唇を噛み締めている。海里は3人を睨みつけ、言った。
「和豊さん、和彦さん、綾美さん。あなた方は、ご自分の娘を、姪を、ここまで追い詰めた。それが、どれほどの罪か、お分かりですか?
家のため、自分たちのため、多くの人々を踏み躙り、子供たちの大切な存在を奪ってまで・・・・自分たちの存在に拘る意味は何なのですか?
私には、分かりませんよ。ここまで残酷なことができるあなた方のことを、まるで理解できない」
冷たい瞳だった。どんな理由があろうと、理解も納得もできないーーそんな意志が宿っていた。
龍がゆっくりと口を開く。
「今までの隠蔽工作・・・・賄賂・殺人・虐待。現在、全てを捜査中だ。世間も、彼女たちも、お前たちを決して許さないだろう。もちろん、俺たちも許しはしない。
天宮和豊・和彦・綾美。泉龍寺真人の殺害及び、諸々の余罪で逮捕する」
時計の針が、午後12時を指した。柱時計から聞こえた音は、酷く虚しく、苦しく、館中に響き渡っていた。
※
「本当に、ありがとうございました」
事件の1週間後、子供たちを代表して、小夜が警視庁へ挨拶に来た。海里も事後処理のために来ており、龍と共に彼女を迎え入れた。
「とんでもない。私は、やるべきことをやっただけです。皆さんが落ち着いてくださったのであれば、それで十分」
「ええ。私たちに礼など不要ですよ。
ところで・・・・小夜さん、1つお聞きしてても?」
「何でしょう」
「“自由になる”、と仰っていましたね。あれは一体、何だったのですか? 黒田さんから、事件の2日前に行われた宴会で最終の打ち合わせをした、なんて曖昧なことをお聞きしましたが」
龍の言葉に、小夜は満足そうに笑った。腰掛けた椅子に全身を預け、ゆっくりと口を開く。視線は天井にあった。
「ずっと前から弟妹たちと忠義ーー黒田の名前ですーーと決めていたことなんです。あの家から、両親と叔父から逃げて、自分たちだけで自由に生きようって。でも、ただ逃げ出すだけでは意味がないので、両親と叔父が起こした過去の事件を全て調べていました」
「えっ?」
驚く2人に対し、小夜は冷静に続けた。
「真人も一緒に逃げるはずでした。でも、あの夜に殺されて、それは叶わなかった。だけど、あの子たちと尽くしてくれた忠義は自由にしてあげたくて、4人と話し合って、自由になるための作戦を実行することにしたんです」
意味が分からなかった。小夜は視線を2人へ戻し、柔らかい笑みを浮かべたまま言う。
「東堂さん。昨日の夕方、警視庁に天宮家の過去の事件の証拠が全て来たでしょう? あれ、私が仕組んだんです。昨日の16時に、全ての証拠が行き届くよう、準備を済ませておいた。
あの時間、両親と叔父は本宅にいて、私たちは別宅にいる予定でした。そして、焦っている3人の目を盗み、逃げる。本宅も別宅も、昨日無事売り払えましたから、マスコミが駆けつける事態も防げました」
2人は呆気に取られた。小夜は静かに声を立てて笑う。
「予定外のことは起きましたが、上手く行きました。事件も解決して頂いて、本当に全てを明らかにして頂いて・・・・お2人には、感謝してもしきれません」
「ちょ、ちょっと待ってください。初めから・・・・全部分かっていたのですか? 今回の事件の犯人も、過去の事件の真相も、何もかも」
焦る海里に対して、小夜は冷静に頷いた。
「はい。でも、話さないことは父たちの目を欺くために必要でした。身を守るためにも。だから、責められたとしても逮捕される理由はありません。刑法にも背いていませんし」
小夜は立ち上がり、再び2人に頭を下げた。警視庁を出て行こうとする彼女は肩越しに2人を見て、言った。
「江本さん。妹さん、早く目覚めるといいですね。
東堂さんは、ご家族と話し合う時間を取られてもいいと思いますよ」
海里と龍は目を見開いた。小夜は微笑を浮かべ、更に驚くべきことを口にした。
「いい物語は書けそうですか?」
その言葉に海里は眉を動かした。やはり、彼女は全て知っていたのだ。何もかも見透かした小夜の発言に感服し、海里は失笑して答える。
「ええ。今までにないほど、いい物語が書けそうですよ」
「それは良かった。また、お会いしましょう。お2人とも」
この後、2人は彼女に再会する。彼女の存在は、海里や、彼がこれから出会う人々を翻弄して行くのだが・・・・それは、もう少し先の話。
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現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
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