小説探偵

夕凪ヨウ

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Case36.若女将の涙⑤

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「本当に暴くんだね?」
 その問いは、私の覚悟を確認しているようでも、私の心を気遣っているようでもあった。
 恐らく、どちらの意味も含んでいるのだろう。そして私は、そのどちらもありがたいと思う。でも、逃げるわけにはいかなかった。辿り着いた真実から、目を逸らすことはできなかった。
「構いません。それが私の・・・選んだ道、ですから」
 躊躇いがちな口調に自分の迷いが感じ取れた。無意識のうちに両目を閉じる。嫌だ、という叫びには蓋をした。
「旅館に戻りましょう。これ以上、ここで捜査をする必要はありません」
 固い自分の声がやけに大きく聞こえた。
 これから明らかにする真実が、幽鬼のように迫っている気がした。

       ーカイリ『若女将の涙』第5章ー

            ※

『2人目の犠牲者が出た?』
「はい。しかも、雪美さんの許嫁・・・・いえ、もう夫と呼んでも差し支えありませんね」
 ため息混じりに海里は言った。龍はその声を聞いた後、呟く。
『連続殺人か・・・・だが、少し妙だな』
 未だ重い気持ちを抱える海里に対して、龍は冷静に続けた。
『犯人が、“何を望んでいるのか”分かりにくい。鍵のレプリカを作って本物の鍵を隠すーー確かにそれは、捜査を多少なりとも遅くさせられただろう。だが、一時凌ぎだ。お前の言っていた通り明らかに偽物と分かる以上、隠す必要は感じられない。
 それに反して、白骨の見つかるタイミングと殺人のタイミングはほぼ同時だ。これは確かに捜査の混乱を引き起こすが、同時に進展もする。
 人目につかない場所で榊雪美を殺したのに、なぜお前に白骨を発見させ、目の前で榊渉を殺したのか・・・・なぜそんなにのか、まるで分からない』
 海里は落雷に打たれたような衝撃を覚えた。龍の言う通り、犯人の行動には一貫性がない。捜査を邪魔していると思えば、鍵に誘導されるように白骨が発見され、ほぼ同時に自分たちの目の前で第2の殺人を犯した。
 しかも殺人に関しては、証拠こそないものの、狙撃という手の内を明かしたことになる。無茶苦茶な話だった。
「犯人は、謎が暴かれることを望んでいる?」
『かもな。だが犯人の心情がどうであれ、2人・・・・もしかすると10年前を含めて3人殺しているかもしれない奴だ。警戒は怠るな』
「はい」
 どこまでも冷静さを失わない龍の言葉に、海里は落ち着きを取り戻して頷いた。
 すると、龍は話題を変えるように、心なしか声を明るくして続ける。
「榊渉はお前に何を伝えようとしたんだ? 死ぬ間際、何か言っていたんだろ?』
「ええ。“なぜ雪美さんが私を招き入れた理由が分からないんだ”、と。
 雪美さんは事件のことを知られたくなかった。しかし、私が泊まりにくれば知ってしまう可能性もある。現に、他の友人は10年間招いたこともないと、昨日の夜本人から聞いたんです。それなのに、どうして私を招き入れたんでしょう?」
 龍は、しばらくの間電話越しで黙っていた。すぐに返ってくると思っていた返事がないため、海里は首を傾げる。同時に、龍の声が聞こえた。
『本当に分からないのか?』
「お分かりになるんですか?」
 首を傾げたまま尋ね返すと、電話越しで龍の息を吐く音が聞こえた。
『・・・・いや・・お前自身で答えを見つけろ。そこは、俺が踏み込むところじゃないからな』
「はあ・・・・? 何はともあれ、ありがとうございました。参考にします」
 海里は電話を切ると、部屋に入って渉の遺体を見た。京都府警曰く、凶器はライフル銃だということだった。
 海里は渉の遺体に手を合わせた後、そっとブルーシートを捲る。
「何をしているのですか?」
「いえ、何か・・・・残された物が無いかと思いまして。鍵がない以上、彼の部屋に入ることもできませんから」
「・・・・そうですね」
 京都府警は海里の落ち着き払った様子に困惑していた。いくら探偵とは言え、目の前で命が失われれば、驚き、嘆くかと思ったが、彼には全くそんな素振りがなかったからである。
 海里はそんな心配げな様子を気に留めることなく、渉の遺体の検分を続けていた。


「何で・・・・」
 突然、海里が声を震わせた。五十嵐は不思議そうに彼を見る。
「江本さん?」
「これ・・・・鍵ですよね? どうして、渉さんがーー」
 渉の懐には全ての部屋の鍵があった。持ち手には少し欠けている所があり、雪美の部屋の鍵を取ったことが伺えた。
「榊雪美を殺したのは榊渉?」
 五十嵐の推測に、海里はすぐ疑問を呈した。
「そうだとしたら渉さんは誰に殺されたのですか? 鍵の件で嘘をついていたことは明白ですが、狙撃なんて面倒な手、計画無しに取れる手ではありません」
 分からない。雪美さんと渉さんを殺した犯人は別の人間なのか? いや、そもそも、渉さんが本当に雪美さんを殺したのか? 彼は、私に何かを伝えようとした。鍵を隠していただけで、犯人と言い切ることは難しい。
「鍵を持っていたことを隠した・・・・女将が持つはずの鍵を・・なぜ渉さんが? 雪美さんが彼に渡したとしても、彼女の部屋の鍵だけ失くなっているなんて・・・・」
「・・・・江本さん。1度、狙撃をしたと思われる場所に行きませんか? 何かあるかもしれません」
「そうですね。そうしましょう」
 五十嵐の提案により、海里は彼女たちと共に渉を狙撃したであろう、旅館の斜め前にある林の中に入った。中は木が生い茂っており、まだ初秋だったが紅葉は盛りを迎えていた。海里は、日当たりの良さと地下水の存在が理由だろうかーーなど、事件と関係のないことを考えた。
 そんな海里の思考を途切れさせたのは、五十嵐の声だった。
「先輩! この縄は・・・・‼︎」
 林を捜索していた五十嵐が、大木の下に落ちている縄を発見したのだ。かなり長く太い縄で、成人男性が使っても問題なさそうに見えた。
「犯人が登るために使ったのか? だが、この木を見る限り、登れない高さじゃないと思うんだがなあ」
 縄の側にある木は、太いだけで高さはなかった。幹と枝が足場になり、寧ろ登りやすそうである。
「・・・・登れる服装ではなかったのでは?」
 海里の言葉に彼らは首を傾げた。彼は続ける。
「いくらこの木が登りやすいと言っても、例えばーー着物で木登りはしないでしょう? 襷をしていても、必ず裾が邪魔になる。着替えることもできたのでしょうが、犯人はそんな暇がなかった。もしくはーー渉さんをあのタイミングでしか殺せなかった」
「殺せなかった・・・・なぜ?」
「それは分かりません。ただ、縄を使って登ったことに間違いはないでしょう」
 海里はそう言い終わると、木の枝を掴んで問題の木を登った。1番高く太い枝に座り、旅館を見る。視線の先には、雪見の部屋の窓が見えた。渉の姿も見える距離だった。
「なるほど。ここからであれば狙撃できますね。林は邪魔になりませんし、京都府警の方々からは死角になります」
 五十嵐も続いて登り、同じ角度で写真を撮った。他の警察官は写真を見て頷き、犯人の足跡が無いかを調べ始めた。
「しかし・・・・仮に着物だとすると、従業員か? 今朝見たところ、旅館の着物を使っている客もいたが、調べるとキリが無いし・・・・」
 警察官の言葉に海里はすぐ答えた。
「従業員と決めつけるのは早計ですね。彼らはこうしている間にも仕事をしている。今は梨香子さんが指示を出していますし、渉さんを殺す暇があるとは思えない」
「証拠は?」
「ありませんよ。犯人の手がかりすら、何も無いのですから」
 海里が溜息混じりにそう言うと、再び彼のスマートフォンが鳴った。今度は玲央からだ。
「どうされました?」
『龍に頼まれて、そっちの事件の資料集めをしているところなんだ。逐一事件の様子は聞いてるから状況説明は必要ないよ』
「わざわざありがとうございます。何か分かりました?」
『うん。江本君が送ってきた犯人からの脅迫状の話。あれ、墨の汚れがあったんだ。本当にごくわずか、だけどね』
「墨? あれはボールペンで書いてありましたよね?」
 玲央は「ああ」と言って続けた。
『だからこそ変だと思ったんだ。現物がないから時間はかかったけど、墨の成分とか諸々調べてもらった結果、だと判明したんだ。老舗の旅館だから、食品とか備品とか、決まった店から仕入れてるみたいでね。
 で、気になってその店に連絡したところ、
 その発言を咀嚼するのには、しばし時を要した。
「・・・・えっ? ちょっと待ってください。では、従業員の方は、誰1人として居場所を知らないから、脅迫状に付くことはあり得ないと?」
『そういうこと。あの紙に動かされた形跡は無いんだろう? つまり、あの脅迫状を書いたのは、榊家の人間なんだ』
 海里は絶句した。玲央の調べに誤りが無ければ、この事件は、家族内で殺し合っていることになる。
「まさか・・そんな・・・・」
『あともう1つ。写真で送って来た榊雪美の遺体の話』
「雪美さんの遺体・・・・?」
 海里が眉を顰めると、玲央は少しばかり声を小さくして言った。
『・・・・あの遺体、おかしいよ』
「おかしい? なぜです?」
『彼女は夜のうちに殺害されたんだろう? それなのに、どうして血が渇いていないの? 彼女の遺体から流れる血は、5分前に殺されたような、鮮やかな血だった。時間が経てば血は凝固するのに、それが全くないなんて、ありえない』
 その瞬間、海里の中で全てが繋がった。雪美と渉が殺された理由も、彼が鍵を隠していた理由も、遺体発見時の違和感も、犯人の目的も。
「・・・・ありがとうございます、玲央さん」
『え?』
 玲央の驚きは、礼を言われることではないという気持ちからの驚きだった。
『・・・・本当に暴くんだね? この事件は、君にとって良い結果をもたらさない。それどころか心苦しくさせる』
 玲央もまた、事件の真相に辿り着いていた。妙に歯切れ悪く遺体の件を伝えたのは、海里の気持ちを考えてのことだった。
 海里は少し迷った後、静かに答える。
「構いません。それが私の選んだ道ですから」
 海里は電話を切ると、警察官たちの方を見た。
「旅館に戻りましょう。これ以上、ここで捜査をする必要はありません」
「江本さん・・・・分かったのですか?」
「はい。宿泊客は部屋の中にいたままで、従業員の方だけをロビーに集めてください」
「梨香子さんは?」
 海里は少し言葉に詰まった後、ゆっくりと言葉を続けた。
「必要ありません。彼女には聞かせなくていい。もう、何も聞きたくないでしょうから」
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