小説探偵

夕凪ヨウ

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Case115.人形屋敷は呪いの渦中⑤

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「・・・・お金がほしかったの」
 圭介の問いと家族の視線に耐えかねたのか、美菜子は諦めたようにそうつぶやいた。
「大学生になって、これまでと違って勉強もしたけど、やっぱり遊びたくて。バイトの給料はもちろんあったけど、計画無しに使ってたら、あっという間に失くなっちゃって・・・・。初めは給料だけだったのに、徐々に貯金してた銀行のお金を引き出して、でも、それすら危なくなって」
「・・・・1人暮らしの生活費すら足りなくなったから、急いでお金を手に入れる必要があったーーと?」
 圭介の問いに美菜子は頷き、続けた。
「そう。でも変な所で働くのは嫌だし、バイトを増やしたら遊べないでしょ? だから、何か高価な物を売れないかなって思ったの。だけど、自分にはそういうのなくて・・・・その時、実家の人形を思い出した」
 佳代子は口元を抑え、妹の言葉に終始驚いていた。清子は何も言わず、しかし娘を見ることはない。奏は、不思議そうに目を瞬かせていた。
「人形は昔から怖かったから、正直言って見るのも触るのも嫌だった。でも、お金のためなら仕方ない、生活のためなら仕方ない・・・・って。そんな言い訳をしたの。
 それに、見た通りたくさんあるし、1個くらい売ったって誰も気づかないって・・・・そう思って」
「なるほど。でも、奏ちゃんは普段から人形と遊んでいたから、すぐに失くなったことにも壊れたことにも気がついた。
 しかし、美菜子さんを含め家族が犯人だと思いもしない佳代子さんは、人形が失くなったことや壊れたこと、それを1番に気がついたのが奏ちゃんであることを、美菜子さんには言わなかった。だからこそ、美菜子さん。あなたはそれを知らずに売り続けていた・・・・」
 あーもう、何で俺が謎解きじみたことなんてやってんだよ。除霊に来たのに家族で犯人探しなんて、やりたくねえし、今すぐやめたい。でも、本人が認めちまった以上、もう後には退けないしなあ。
 美菜子は圭介の言葉に頷き、ため息をついて言った。
「人形って高く売れるのね。古い物だから、大した値段なんてつかないと思ってた。でも、だからかな。たくさんお金が入って来たから、やめられなくなっちゃった」
 癖になったってことかよ。そういや、盗癖とかいう言葉があったっけ。何度も同じことをやって、味を占めて、金に目が眩んでーーってことか。世間で騒がれる万引き犯とかも、同じ気持ちなのかねえ。
「それで3体ほど売り飛ばしたということですね。まあ、その件はご家族で話し合われるとして・・・・美菜子さん。もう1つ、お聞きしたいことがあります」
 そう言うなり、圭介は清子に頼んで持って来てもらっていた、壊れた人形の入った木箱を引き寄せた。ゆっくりと蓋を開け、美菜子に見せる。
「これも美菜子さんが?」
 無惨に壊れた人形を見るなり、美菜子はギョッとして目を見開いた。
「そんな、違う。私は、もちろんダメなことだけど、売っただけ。壊してなんかいない」
 嘘はーー多分ついてないんだろうな。俺の一言で事情まで打ち明けて盗んで売ったことを認めた以上、それ以上何かを隠す必要はない。となると・・・・破損の犯人は別にいるってことか。あーマジでややこしいな。まだ謎解き残ってんのかよ。
 圭介がそんなことを頭の中でぼやいていると、美菜子は震えながら、清子の前に手をついて頭を下げた。伸びた指先と背中は、育ちの良さを感じさせた。
「ごめんなさい。お母さんの反対を押し切って家を出て、遊び呆けて、犯罪までして・・・・本当にごめんなさい」
 清子はしばらく何も言わず、しかし、やがて体ごと美菜子の方を向き、口を開いた。
「あなたが盗んでいることは、初めから予想が付いていました。昔からお金のやりくりが苦手なあなたが、1人暮らしで上手くお金を使っているとは思えなかった。でも、あなたは意固地なところがあるから、困っていることも言わないし、仕送りも断っていたのでしょう。
 だからこそ、奏から人形が失くなったと聞いた時、もしかしてと思ったんです。でも、あなたを問いただす気は起きなかったし、声をかけなかった私にも責任はある。そう思って、昨日神道さんが帰られた後、もし本当にあなたが盗んでしまっていた場合、警察に行くよう説得しようと、佳代子と話していたんです」
「お母さん・・・・」
 清子は弱々しく笑っていた。圭介と出会った昨日には見せなかった、優しい笑顔だった。
「美菜子。今後はきちんと相談してくれないかしら。お父さんの遺産も私の貯金もあるし、援助はできるから。どこから無駄遣いが減らせるか、じっくり考えることも一緒にやるから。・・・・ねえ? 佳代子」
「はい」
 母の問いに佳代子は迷わず頷いた。美菜子は目に涙を溜めながら口を開く理
「お姉ちゃん・・・・私、奏ちゃんの大切な物を・・・・」
「いいの。あなたが盗んでいたことに驚いていないわけじゃないけど、危ないことに関わっていなくてほっとしてるの。お正月以来、ほとんど連絡もして来ないから、心配していたのよ? 姉妹なんだから、悩みがあるなら気軽に話して。私は、あなたの力になりたいんだから」
「・・・・うん」
 美菜子は佳代子に抱きついた。
 すると、終始驚いていた奏が、ゆっくりと美菜子に近づき、彼女の頬に小さな両手を添えた。
「美菜子おばちゃん。あのね、お人形はね、こわいだけじゃないんだよ。着物の種類がたくさんあって、お花とか、鳥さんとか、食べものとか、とにかく、たくさんあるんだ。
 だから、こわくないところ、わたしが教えてあげる! そうしたら、美菜子おばちゃんも、お人形がこわくなくなるから!」
 少しずれているような気もしたが、それは、奏なりの精一杯の慰めの言葉だった。そして、その言葉を聞くなり、美奈子は溜めていた涙をこぼす。
「奏ちゃん・・・・ありがとう」
 ・・・・居づらいな。ま、これで人形が失くなった件は片がついた。今後どうするかは家族次第。
 後は、人形の破損に除霊・・・・。いや、俺の仕事は除霊だけなんだよ。ぶっちゃけ、失くなったのも壊されたのも、幽霊の仕業である方が俺個人としては良かったんだよ。でも、仕方ねえか。違和感を抱いたまま、なあなあに終わらせるのは、嫌だからな。


 一旦人形の収納部屋に戻ろうと、圭介が立ち上がりかけた時、屋敷がかすかに揺れていた。季節外れの冷気が部屋に満ち、奏のくしゃみが聞こえる。地震? の一言が耳に届くが、スマートフォンは何も知らせなかった。
 その瞬間、圭介は勢いよく立ち上がった。驚く佳代子たちを他所に、鋭い視線で部屋を見渡す。
「神道さん?」
 清子の声が飛んだが、圭介は答えなかった。
 冷気が深まっていく中、何かが割れる音、または倒れる音、そして壊れる音がした。ハッとして障子越しに窓ガラスを見ると、いつのまにか入ったヒビが広がっている。
 ーーまずい。
 圭介がそう思うのと、窓が完全に割れ、破片が圭介たちに向かって飛び散ってくるのが同時だった。
「伏せろ!」
 清子たちは誰もが奏を庇うように身を縮めた。圭介はすぐさまショルダーバッグの内ポケットを探り、普通の御守りより一回りほど大きい物を取り出す。それは、下の方が丸く膨らんでいた。
 一見して御守りとしか思えない袋の紐を、圭介は躊躇うことなく開け、中にある物を取り出した。それは朱色の紐がついた、小さな鈴だった。
 朱色の紐を左手の中指に通して持つと、圭介は鈴を振って音を鳴らした。そして、心地の良い音が響いたーーと同時に、破片が空中で一瞬停止し、真っ逆さまに床に落ちた。しかし、家は揺れており、何かが落ちたり壊れたりする音も止んでいなかった。
「え? 何で?」
 美菜子は信じられないものを見た、と言わんばかりの視線を向けていた。収まったのかと佳代子が身を捻ると、圭介は「動くな!」と叫んで全員の動きを制する。彼は鈴を持ったまま奏の方を向き、手を伸ばして言った。
「奏ちゃん! その人形、ちょっと貸してくれ!」
「え?」
「壊すわけじゃないんだ! とにかく早く!」
 奏は混乱しながらも佳代子に人形を渡し、佳代子が圭介に渡した。礼を言って受け取った彼は、刀のケースのチャックを開け、中から刀を取り出した。鞘は黒を基調とし、切先の方に満月の模様があった。
 刀を見た佳代子たちはギョッとし、思わず佳代子が声を上げる。
「神道さん⁉︎ 何を・・・・」
!」
 圭介は刀を抜き放ち、勢いよく真っ逆さまに畳に置いた人形へと振り下ろした。しかし、彼は人形に切先が当たる瞬間に勢いを殺し、驚くほど優しく人形の額に切先を当てた。
 その瞬間、家の揺れや何かが倒れたり壊れたりする音が、一斉に消えた。畳には窓ガラスの破片が散乱しており、一歩でも踏み出せば怪我をするのは明白だった。
「神道さん・・・・今のは一体・・・・」
 清子が身を起こして尋ねた。圭介は安堵の息を吐きながら納刀し、彼女に向き直る。
「ポルターガイスト、と呼ばれるものです」
「ぽる・・・・何です? それ」
 わからないのも無理はないと思いつつ、圭介は澱みなく答えた。
「ポルターガイストは、人が触れていないのに物体が移動したり、破壊されたり、物を割っているような、叩いているような音がしたり・・・・様々な現象のことを指します。
 まあ端的に言うと、霊が起こす現象であり、先ほどのものがそれに当てはまるということです」
 佳代子たちは言葉を失っていた。圭介はため息にも似た長い息を吐き出し、続ける。
「この場ではっきりとさせておきます。この屋敷には、確実に幽霊がいる。それも、かなり強い力を持った、幽霊です」
                    
            ※

「幽霊⁉︎」
 騒ぎを聞きつけて早めに帰ってきた麟太郎は目を丸くした。圭介は冷静に頷く。
「心霊現象が起こりましたから。念のために人為的な痕跡がないか調べましたが、案の定見当たらない。この屋敷には、確実に幽霊がいます」
「そんな・・・・本当に・・・・」
 半信半疑で依頼が来るのは、珍しいことではなかった。圭介は鷹揚に頷く。
「信じられないのも無理はありません。依頼に来られる方は、誰もが本当にいることを信じられない」
「・・・・そういうものですか。・・・・その・・早速除霊を?」
 麟太郎の質問に、圭介は静かに首を振った。
「いいえ。屋敷全体にいるのか、どこか一部にいるのか・・・・それがわからあい以上、下手に除霊はできません。加えて、人形が破損した件は人間がやった可能性が高い。依頼を受けた以上、除霊はしますが、私1人で全てを解決することは不可能です」
 こちらの事情は明確に伝えるべきだ。下手に力の解釈を広げられて、破壊の犯人まで見つけてくれ、なんて頼まれちゃ困る。できないことはできないと言い、任せるべきところは任せてもらう。そういう線引きは、この仕事では重要だ。
 そして、迷う依頼人に対し、助け舟も出す必要がある。
「一先ず、佳代子さんたちをどこかに避難させることはできませんか? 心霊現象は、そんな簡単に収まらない。何を狙って起こしたかは不明ですが、今この屋敷にいるのは危険すぎる。麟太郎さんも、できれば避難して頂きたいんです」
「避難、ですか。・・・・少し待っていてください。妻と話してきます」
 麟太郎が出て行くと、遠くの方で佳代子と話し合う声が聞こえた。圭介はそれを聞き流しつつ、窓ガラスが散乱した部屋を思い浮かべ、続けて要塞のように固く閉じられた蔵を思い浮かべる。その瞬間、ため息が漏れた。
 こうなった以上、なりふり構っていられない。30年前に子供が行方不明になった一件も、存在したはずの巨大な日本人形が消えた一件も、きっと今回の幽霊騒ぎに繋がっている。依頼をきっちりとこなすためにも、強引だろうがやってやるさ。
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