小説探偵

夕凪ヨウ

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Case117.人形屋敷は呪いの渦中⑦

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「あ、開きました」
 古びた南京錠が外されると、刑事たちは数人がかりで鎖を外した。掃除もされていない引き戸を開けると、耳をつんざくような嫌な音が響く。
 蔵の中は、その名の通り物置だった。どのくらい開けていないのか、埃やゴミ、虫の死骸が溜まっており、刑事たちはマスクをせざるを得なくなった。
「俺、手伝った方がいいか?」
 様子を見ていた圭介が尋ねると、玲央がすぐに答えた。
「いや、いいよ。あくまで警察の捜査の範囲内でやってるから、民間人が入るとややこしい」
「だろうな。無理言って悪いけど、頼むわ」
 庭で圭介と同様様子を見ている海里は、除霊の依頼を受けた時から今に至るまでの詳細を彼に聞き出していた。時折海里の質問が入り、答えを得ると頷いたり首を傾げたりしていた。
 そんな2人の様子を見ながら、アサヒも中に入っていた。他の鑑識課員たちがやると言ったのだが、彼女は言い出したのは自分だと言って部下たちを中には入れなかった。これは、何か文句を言われた時に、上司の指示でやったという言い訳を通すためのものだった。そのため、捜索に当たるのは龍、玲央、アサヒの3人という、他の刑事たちにとっては落ち着かない状況だった。
「・・・・ここ、何かある」
 しばらく捜索した後、玲央はそう言いながら屈み、床の中央部分を叩いた。そこは、周囲の床と違って雑草などが地面から貫通しておらず、かと言って伐採された形跡もなく、おまけに酷く冷たかった。龍とアサヒも同じことを思ったのか、頷き合った。
「床板を剥がそう。佳代子さん、ハンマーか何か・・・・板を壊せる物はありませんか?」
「西の蔵にあると思います。取って来ますね」
 佳代子はすぐにその場から離れ、少ししてハンマーを持って来た。玲央は礼を言いながらそれを受け取り、中央の床から釘を抜き、改めて板を叩いた。甲高い音が聞こえ、海里は目を丸くする。
「今の音・・・・もしかして、金属でしょうか?」
「多分。江本君、これ持ってて」
 海里がハンマーを受け取ると、龍たち3人は床板を剥がした。かなり古いのか、釘ないと驚くほど簡単に剥がれた。
 そして、その下にはーー
「扉? 鉄製、よね」
「鍵はないな。引いたら開けられる」
 そう言うなり、龍と玲央が左右の扉の持ち手を掴んで引いた。同時にガコっと音がして、ゆっくりと扉がスライドする。錆びてはいなかった。
 扉が開き切ると、アサヒがスマートフォンを取り出し、奥を照らした。そして、中の物を見るなり、アサヒが驚きを交えた声でつぶやく。
「・・・・本当にあったのね」
 そこには、巨大な日本人形があった。泥汚れは付いているものの、土の中に埋まっていたわりには綺麗である。その1体の日本人形は、上から見ると龍や玲央と同じほどに見えた。
「取り敢えず出してみよう。神道君が言っていたのはこれかもしれない」


 ローブや鎖を蔵から引っ張り出し、数十分かけて、海里たちは何とか人形を取り出した。圭介は、取り出された人形をまじまじと見つめる。
「180cmより少し上の大きさ・・・・資料と一致してるな。でも、絵の具が禿げちまってるな」
「確かに禿げてるようにも見えますが」
 同じように見ていた海里はそうつぶやき、言葉を続けた。
「多分、未完成なんだと思います。紅も塗られていませんし、着物の柄も白い部分が多いですから」
 海里の言葉に圭介は「なるほど」と頷いた。
 アサヒは他の鑑識が取った写真を見て、目を見開いた。人形の隣に屈み、顔や胸の部分を叩く。
「空洞がある。いや、それ自体はおかしくないかもしれないけど・・・・ここ見て」
 アサヒが示したのは、人形の右脇腹辺りにある小さな南京錠だった。
「鍵を探している時間はないな。こじ開けるしかない」
 ノミを使って南京錠を壊すと、人形は側面の部分で半分に開いた。さほど力を入れずに完全に開き、中が明瞭になる。
「何だ、これ? 汚れか?」
「そう見えますけど、多分、炭ですよ」
 圭介と海里はそれぞれに意見を述べ、同時にやけに形作られた炭だと感じた。すると、アサヒが頷きつつ口を開く。
「それもあるでしょうね。あれ貸して」
 部下がアサヒに渡したのは、ルミノール液だった。彼女は礼を言いながら受け取り、炭に吹きかける。幸い、蔵の中が闇に包まれているためか、結果はすぐに判明した。
「発光してる・・・・! 外側には、内側のような汚れはないよね。つまりーー」
「ええ。
 海里は絶句し、呆然としながらつぶやいた。
「つまり、こういうことですか? 30年前、行方不明になった子供は人形の中で死んだ。焦げている部分は人型に見えなくもないことから、焼死の可能性が高い?」
 驚きを隠せない海里に対し、圭介は冷静に答えた。
「そうすれば、誘拐でもない子供が見つからなかった理由になる。そして、この家にいる霊も恐らくはーーー」
「死んだ子供の霊・・・・⁉︎」
 海里たちは頭を抱えた。人形の中に入れることはもちろん、そこで焼死するなど普通ではない。なぜそんな不可思議なことが起こるのか、まるで意味がわからなかった。
「とにかく、ここから先は鑑識の仕事よ。龍たちは引き続き清子さんの件を捜索して。幽霊だか何だか知らないけど、事件が起こったことは事実。簡単に一緒くたにはできないんだから」
                   

 圭介たちは、1度屋敷の中に戻り、話し合いを始めた。
「神道君の言葉を疑っていたわけじゃないけど、まさか本当にあんなものがあるなんて思わなかったな。この家は、一体何を隠しているんだろう?」
「まだ詳しくは分かりませんが、1つだけはっきりしていることがあります。それが、30ということ」
「当てはまる人間は現時点で仲村清子だけか。だが、数年前に逝去した仲村孝一も候補に入れないとな」
「う~ん・・・。でも30年前だから、清子さんの両親も存命だった可能性はあるんじゃない?」
 一気に候補者が増え、圭介たちは肩を落とした。詳しい話は佳代子たちに聞くしかないが、現在彼女たちは清子の件を含めて混乱に陥っており、とてと話を聞ける状況ではなかった。
 圭介はため息をつき、口を開く。
「調べるしかないよなあ。30年前って言ったら俺や海里は生まれてないけど、あんたたちはギリ生まれてるだろ? 親から何か聞いてねえの?」
「記憶にないなあ。第一、1度目を通した事件は覚えているし」
 あっさりとそう言った玲央に、圭介は目に見えてわかるほどドン引きしていた。龍も驚く様子がなく、同様だと一目でわかる。圭介は気持ちを切り替えるように咳払いをし、言葉を続ける。
「とにかく、調べ直すしか・・・・」
 そう言った瞬間、圭介のスマートフォンがコール音を発した。彼は上着の胸ポケットから取り出して画面を見るなり、気まずそうに顔を歪める。おもむろに通話ボタンを押し、緩慢な動作で耳に押し当てた。
「・・・・もしもし?」
『お前、今どこだ』
 きつい口調が海里たちの耳にも聞こえた。彼らは不思議そうに視線を向けるが、圭介はすぐさま視線を逸らし、仕方ないというように口を開く。
「依頼人の家だよ。事件見て連絡してきたんだろ? 何か海里にも会ったから、こっちの事情は全部話した。ただ、全部わかったってわけじゃないからさ。これから調べ直そうかと思ってて」
 親しげな口調だったが、圭介に海里たち以外の警察関係者の知り合いがいるとは思えなかった。しかし、電話の相手は海里たちの疑念など見えていないためか、構わず続ける。
『調べ直しは俺がやった。資料送るから警察と共有しろ』
「は? やったって・・・・初めからそこまで調べてくれたら良かったじゃん。おかげで回り道してんだぜ?」
『俺はそっちが本業じゃない。文句を言うな。そもそも、全員がお前に一任したのは信頼の証だ。わかってるだろ』
「ゔっ・・・・」
 肩をすくめる圭介に対し、電話越しから大袈裟なため息が飛んだ。
『とにかく資料を送る。そこからは好きにしろ。ただし、下手を打つなよ』
「わかってるって。一々一言多いんだよ」
『一言多いくらいが丁度いいだろ。とにかく、今回の手伝いはこれで終わりだからな』
 電話が切れると、今度は圭介がため息をついた。すぐさま届いたメールの通知を開くと、確かに資料が添付されている。彼はそれを開き、海里たちに見せた。
「えっと・・・・事件発生は今から丁度30年前。行方不明になったのは、当時5歳の長谷部史郎はせべしろう君。仲村家とは家族ぐるみで仲が良く、頻繁に遊びに来ていた。
 当時、まだ日本師として働いていた仲村孝一は、普通の日本人形と共に、子供がもっと気兼ねなく遊べる・・・・!」
 海里は自分でつぶやき、目を見開いた。
「あの巨大な人形は、子供の遊び道具に作られていたってことか? だが、どうやって子供が遊ぶ?」
「恐らく、“人形の中”に何かを仕掛けるつもりだったのでしょう。そうすれば、子供が中に入って遊べる。どのような仕掛けかは、本人にしかわかりませんが」
 海里たちは更に資料を読み進め、やがて視線を止めた。
「待ってください。これが本当なら、清子さんを傷つけた犯人は・・・・!」
 その時、出し抜けに襖が開いた。圭介たちが揃って振り返ると、そこには麟太郎が立っている。
「義母の持ち物を取りに」
 引き出しを探り始めた麟太郎を見て、海里が口を開こうとした。だが、すぐに龍が海里の肩を掴み、それを止める。「東堂さん?」のつぶやきすら、彼は視線で制した。
 やがて、あらかたの物が取り出せたのか、麟太郎は立ち上がって圭介たちに頭を下げる。
「お話中に失礼しました。あ、屋敷の中は、好きに調べていただいて構いませんよ。妻も捜査なら構わないと言っていたので」
「ありがとうございます」
 玲央が何の敵意も感じさせない笑顔で礼を言うと、麟太郎は再び一礼してから屋敷を出た。車のエンジン音が聞こえ、すぐに遠ざかって聞こえなくなる。
「急に始めるな。まだ判明していないことだってあるだろ。何より、今回は神道の方が優先だ。中途半端な状態じゃ、解決できない」
「しかし・・・・」
 海里が反論しようとその時、玲央が右手を軽く上げ、彼の言葉を止めた。不思議に思った圭介が口を開こうとすると、今度は玲央が視線で制する。
 玲央は無言でスマートフォンを取り出し、何かを打って見せた。そこには、
 ーー盗聴器がある。俺がいいと言うまで喋らないで。
 海里と圭介は思わず息を呑んだ。玲央と龍は顔を見合わせ、頷き合う。2人は音を立てないように忠告し、先ほど麟太郎が開けた引き出しを探り始めた。しばらくして、玲央は引き出しから盗聴器を取り出す。すぐさま電源を切ると、彼は会話の許可を出すために軽く右手を振る。
「入院する人の持ち物を取ったにしては、引き出しの中身が減っていない。これが無事か、確認しにきただけだろうね、
 神道君、明日までに除霊の準備は可能?」
「ああ。大体分かってきたからな」
「じゃあ明日にしよう。明日、麟太郎さんだけをここに呼び・・・・江本君が推理を。
 それと神道君、人形の部屋で見つけた紙は預かるね。筆跡鑑定に回すから」
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