小説探偵

夕凪ヨウ

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Case118.人形屋敷は呪いの渦中⑧

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「はい、これ」
 翌日の朝、圭介たちが警視庁の鑑識課へ行くなり、アサヒは前日に渡されたばかりの紙片の筆跡鑑定の結果を手渡した。彼らはそれに目を通し、納得したように頷く。圭介が礼を言おうとすると、彼女はすぐさまそれを制した。
「礼は結構よ。私は仕事をしただけ。でも、まだやらなきゃならないことがあるのよね。昨日、ちょっとした問題が起きたから」
「問題?」
 龍の質問に、アサヒは頷いた。
「実はーー・・・・なの」
「なるほど。それを必要があるのか」
「そっ。上司命令で私が現場に行くように言われたのよ。だから、今からあなたたちと行かなきゃならないの」
「面倒くさそうだね」
「当たり前じゃない。私はもう前線で働く立場じゃない。本当、余計なことしてくれるわ」
 アサヒはため息をつき、海里は思わず苦笑した。資料にもう1度目を通し、決意を固めるように息を吐く。
「お願いしますね、圭介さん」
「任せろ。謎解きの方は頼むぜ、海里」
 その軽口は、互いをよく知る友人同士のようだった。
                     
            ※

「どうされたんですか? 急に呼び出すなんて」
 麟太郎は、自宅に呼び出されたことを不思議に思っているようだった。首を傾げ、圭介たちを順に見つめる。
 やがて、海里は真っ直ぐに麟太郎を見つめて言った。
「・・・・単刀直入に言います」
「何です?」
「清子さんを傷つけたのはあなたですね? 麟太郎さん。あなたが、この殺人未遂事件の犯人です」
 沈黙が落ちたが、麟太郎はすぐに人の良い笑みを浮かべ、圭介たちを見た。
「嫌だなあ。カイリさん、でしたっけ? 私が犯人だなんてあり得ませんよ。なぜ私が、義母を傷つけなければならないんです?」
 乾いた笑いに対して、海里は真剣な答えを述べた。
「・・・・30年前の事件の復讐、と言えばおわかりでしょう」
 麟太郎の眉が微かに動いた。海里は構わず続ける。
「30年前・・・この家に遊びに来ていた1人の子供が行方不明になりました。子供は、当時5歳の長谷部史郎君。仲村家とは家族ぐるみで仲が良く、家に遊びに行くことは日常茶飯事だった」
 麟太郎は何も言わなかったが、その顔にもう笑顔はなかった。
「当時、仲村孝一さんは子供たちが遊べるように大きな日本人形を作成していました。どのように遊ばせるつもりだったのかはわかりませんが、とにかく、作成していたことは事実です。
 事件当日、孝一さんは絵の具を塗った日本人形を乾かすため、人形を縁側に置いていた。その日は夏真っ盛りの暑い日で、きっと乾きやすかったでしょうね」
「・・・・まどろっこしいですね。はっきり結論を述べてくれませんか?」
「そうしたいのは山々ですが、この事件はそんな簡単に言い表せません。
 だって、
 その言葉を聞いた瞬間、麟太郎は海里の胸倉を掴んだ。龍が止めようとするが、海里は静かにそれを制した。
。それがあなたの旧姓ですよね。30
 海里が言い終わるなり、麟太郎は歯軋りをして、苛立ちを露わにした。
「・・・・ああ、そうだよ。長谷部史郎は、私の兄だ。仲村孝一に殺された!」
「だから違います。あれは事故だった。史郎さんは、
 麟太郎の手に左手に力がこもった。今にも殴りかかる雰囲気を纏っていたが、海里は決して動じなかった。
「あのメモを書いたのは孝一さんでした。調べたところ、30年前にいた仲村家の人間で、左利きの人物は孝一さんしかいなかったんです。彼はあの言葉を残し、いつか史郎さんの遺体を見つけてもらうよう、頼んでいたんですよ」
「だったら何だ? あの男は警察に言わなかったじゃないか。兄は、行方不明者として捜査され、結局そのまま死人扱い! しかも、あの男は兄を探す優しい人間の1人として振る舞った・・・! それでも、兄の死は事故だっていうのか⁉︎」
「少なくとも、亡くなったことに関しては事故です。先ほども申し上げた通り、事件の日は夏真っ盛りの暑い日。
 加えて、庭の入り口に車が停めてあった。外出帰りに仲村家へ遊びに来た、長谷部家の車が停まっていたんです」
 麟太郎はハッとし、目を見開いた。体が微かに震えている。
「そんな・・そんなこと・・・・!」
「・・・・ええ、そうです。
 そんな無茶苦茶な死因があるのかと思ったけど、あるんだよな。全く、暑さってのは侮れない。夏の陽気で昼寝した子供1人を、焼き殺すほどなんだから。
 麟太郎は歯を食いしばり、海里を睨みつけていた。目には涙を溜めていた。
「孝一さんが全てに気がついたのは、史郎君が亡くなった後でしょう。彼は自分の作品が人を殺してしまった罪悪感に苛まれると同時に、世間に公表する恐怖を感じた。そして、史郎さんを“行方不明者”のままにすることに決めたんです」
「・・・・遺体は骨まで焼けていて、土に埋めればわからなかった。仲村孝一はすぐに人形を回収し、灰を地面に捨て、その上に人形を埋めたて隠した。だから多分、もう長谷部史郎の痕跡は見つからない」
 圭介の言葉に海里は頷いた。龍が苦しげな息を吐く。
「長谷部史郎が行方不明になったことは、一見見れば誘拐事件に過ぎなかった。警察と家族はすぐに調査を開始して・・・・仲村孝一も、捜査に加わった。
 だが、遺体は灰になった挙句、その灰ごと地面に埋められた状況。行方なんてわかるはずがない。1年経つ頃に捜査は打ち切られ、その捜査の間に、あんたは生まれた。長谷部家の悲しみは消えなかっただろうが、あんたが生まれたことで微かな希望を見出しただろう」
「・・・・そうだな。そう言っていたよ」
 麟太郎は、全てを諦めたかのように小さな声でつぶやいた。深いため息をつき、海里の胸倉からゆっくりと手を離す。
「私が兄のことを聞いたのは、小学生の頃だった。当時はよく分からなかったが、大人になるにつれて、仲村孝一に殺されたんだと・・・・そう思うようになったよ」
「・・・・だから復讐を決意したんですね。孝一さんの娘である佳代子さんと結婚をして」
「そうだ。あの女と結婚して、この家に入り込み、事件を調べた。旧姓を名乗ったら、あの男、真っ青な顔してたよ。蔵には結局入れなかったが、何かしら重要なものを置いてあることは容易に想像がついた」
「つまり、神道君があの紙を見つけたと聞いた時点で、人形と灰になった遺体が離れにあることはわかっていたんだね」
 玲央の言葉に、麟太郎は頷いた。すると、ずっと黙っていたアサヒが口を開いた。
「そうそう。忘れるところだった。
 、返してくれない? 昨日本庁に戻ってから大変だったのよ。あなたが持ってるんでしょ?」
 そう言いながら、アサヒは麟太郎のズボンの後ろポケットを指さした。そこは不自然にハンカチが飛び出ており、何かを包んでいるように見えた。
「そのナイフで“誰”を“どうする”つもりか知らないけど、返してくれないと迷惑なのよね。どのみちあなたの指紋は付いているから、証拠品として回収しなきゃならないし」
 アサヒが一歩踏み出した瞬間、麟太郎はナイフを取り出し、アサヒに向けた。
「近づくな! それ以上来たら・・・・」
「殺す? 無理よ。あなたに私は殺せない」
「黙れ!」
 叫ぶ麟太郎に対して、アサヒは冷静に言葉を返した。
「人を傷つけた苦しみっていうのは、簡単には消えないわ。ましてや相手は義母。いくら復讐のためとはいえ、子供も授かったのよ? あなた、本当に復讐が全てだったの?」


 どのくらい沈黙が落ちたかわからない。それを破ったのは、圭介だった。
「まずい・・・・」
「圭介さん?」
 海里が尋ねるなり地面が、いや、家が大きく揺れた。割れていない窓ガラスにヒビが入り、柱や床が軋む音が響く。続けて、物が割れる音や、壊れる音まで聞こえてきた。
「クソ! 除霊されることに勘付かれた! もう時間がねえな!」
 圭介はズボンのポケットから、昨日鈴を入れていた御守り袋を取り出し、ケースから刀を抜いた。彼は取り出した鈴を刀の柄に取り付け、母屋に走る。
「神道!」  「神道君!」
「危険なことはわかってる! でも、これは俺にしかできねえんだ! 海里たちは、絶対にそこから動くなよ!」
 圭介が走り始めたとほぼ同時に、海里はなぜか走り出していた。龍と玲央が止めたが、彼は構わず跡を追った。
「圭介さん!」
 声をかけられた圭介はギョッとし、しかしすぐに怒鳴った。
「馬鹿! 戻れ海里!」
「お断りします! 私は最後まで見届けたいんです!」
 海里の言葉に圭介は深いため息をついた。
「・・・・本当に変わらねえな。わかったよ! でも、除霊中にお前を守れる保証は無いからな!」
 屋敷の中は酷い有様だった。家具が倒れ、食器が割れ、窓だけでなく、壁や床、屋根にもヒビが入っている。
「人形のある部屋に行くぞ。蔵から人形を取り出して遺骨の場所を明かした時点で、もう魂はあそこには無い。あの部屋で除霊する」
 人形の部屋は、何の異常もなかった。それがかえって不気味であり、異様な冷気がそれを加速させていた。
 ただ、1体の人形が、ガラスケースから転がり落ちていた。圭介が屋敷に来た際、奏が持っていた紅葉の着物を着た市松人形である。
「離れろ、海里。ここから先は、俺の仕事だ」
 圭介はそう言って刀を抜き放つと、じっくりと深呼吸をした。その瞬間、海里には見えない“何か”が、彼の元に集まっているーーそんな気がした。海里が息を呑んでそれを見守っていると、圭介は虚空に向かって声をかけた。
「・・・・あんたの恨むべき人間は、ここにはいない。あんたの死は事故だったんだ。例えその後、最悪の仕打ちをされても・・・・霊として世に残り、罪のない人間に危害を加えることは間違っている」
 突然風が吹いた。暴風と言える荒い風だった。だが、近くの窓は開いていない。
 圭介は続ける。
「これ以上、あんたがこの世に留まることは許されない。祓わせてもらうぞ」
 圭介は剣道の型をなぞるような剣舞を始めた。刀が四方八方へ動くと同時に、気持ちのいい鈴の音が響く。そして、剣舞に合わせるように、少しずつ風が止み、物音が聞こえなくなっていった。屋敷の揺れも徐々に収まり、閑静な空間が戻りつつあった。
「・・・・もう、楽になっていいんだ」
 言い終わるなり、圭介は刀を振り下ろした。そして、その先に真下に落ちている、奏が抱いていた人形の胸に、音もなく刀を突き刺した。
 そうして、日常が戻って来た。


「浄霊だなんて、器用なものね」
「アサヒさん! お怪我は?」
「大丈夫よ。あの後、すぐに龍が彼を取り押さえたから。第一、江本さんも無茶するわねえ。そんなに除霊が気になった?」
「あはは・・・・まあ。と言うより、アサヒさん。浄霊ってなんです? 除霊の間違いじゃ?」
 アサヒは答えずに圭介と視線を交わした。直後、2人は揃って肩をすくめる。訳のわからない動作だった。
 しかし、圭介は何事もないように納刀し、突然踵を返して部屋を出る。2人は慌てて追いかけた。
「えっ、圭介さん? どこへ・・・・」
「清子さんの部屋だよ。海里も、昨日の資料見ただろ」
 海里がハッとすると、圭介は静かに言葉を続けた。
「長谷部史郎は、仲村孝一に人形作りを教わっていた。将来は人形師になるとまで言っていた」
「すごいですよね。でも、本当に除霊が関係あるのですか?」
「ある。見えも聞こえもしなかっただろうけど、長谷部史郎は、消える前に“贈り物”の居場所を俺に示した。今からそれを取りに行くんだ。霊の痕跡は、消さなきゃならないからな」
 清子の部屋に入ると、圭介は壁に刀を立てかけ、引き出しを開けたり棚を動かしたりして目的の物を探し始めた。2人が手伝おうかと提案したが、圭介は静かに否定した。
 やがて、
「見つけた」
 そう言いながら圭介が取り出したのは、小さな木箱だった。成人男性の手の平より大きいが、幼い子供であれば両手で持てる程度の、小さな木箱。彼はゆっくりとそれを開け、何かを吐き出すようにため息をついた。
「これが、
 木箱の中にあったのは、日本人形だった。素人の手で作られたと一目でわかる、拙くも優しさを感じさせる、そんな人形だった。木箱の隅には、平仮名で麟太郎の名前が書かれていた。


「麟太郎さん」
「・・・・何です? 神道さん」
 圭介は、今にも連行されようとしている麟太郎を呼び止めた。彼は力のない声で振り向き、弱々しい笑顔を見せる。そんな彼に対し、圭介は黙って木箱を差し出した。
「お兄さんからの贈り物です。あなたの母君が妊娠していると聞いて、あなたのために作った物だと思います」
 木箱の蓋が開けられ、中にある日本人形を見た瞬間、麟太郎は一筋の涙を流した。
 史郎は好きだったんだ。日本人形が・・・・その存在と作り方を教えてくれた孝一が。そして彼は、自分の弟の誕生を、心から喜んだ。
 だから、教わって作った。麟太郎という名にある通り、麒麟の柄の着物を着た、日本人形を。
 でも、渡すことはできなかった。それどころか、慕っていた人間に永遠に見つけられない場所へ閉じ込められた。その結果、史郎の中で愛情と憎悪がぶつかり合って、未練を残し、現世に留まった。心霊現象を引き起こすほど、強い恨みを持って。
 だが同時に、贈り物を届ける相手がーー弟がいると分かって、成仏したんだ。
「受け取ってあげてください。史郎さんがあなたを想って作った、大切な物ですから」
「・・・・はい・・・・。ありがとう、ございます」
 木箱を受け取った麟太郎は、そのまま連行されていった。その後、清子は回復。夫の過去の罪を知り、嘆きながらも刑務所にいる麟太郎に謝罪の手紙を書き送った。


 想いを呪いと変えた幼き幽霊は、過去の願いを果たせるとわかり、ようやく現世から解き放たれたのである。
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