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第二章 竜騎兵団の見習い
第十五話 貴方に勝利を捧ぐ(下)
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話は当日の試合の場に戻る。
バンナムとエイベル副騎兵団長は木剣を手に一定の距離を保って、向き合ったのだった。
審判役の隊長が構えるように声をかける。
双方ともにゆっくりと構えを取る。
そこから、試合場を囲む観客の竜騎兵達は一言も言葉を発しなくなった。息をするのも唾を飲み込むのも怖いくらいにその場はしんと静まり返る。
「はじめ」
審判役の掛け声と共に、二人の青年は前へと足を進めた。
レネは祈るようにぎゅっと胸の前で強く手を組み合わせ、アルバート王子もまた自分の信頼する護衛騎士の勇姿を見つめ、そして紫竜ルーシェも王子の隣の席で、黒い瞳を輝かせてその試合の推移を眺めていた。
タッと軽い足音を立て、二人は木剣を手に、体を交差させた。
それは一瞬のことだった。
建物の最上階窓から、見下ろしていたウラノス騎兵団長は小さくため息をつく。
木剣が弾き飛ばされていたのは、エイベル副騎兵団長の方であった。
彼は信じられないように、薄紫色の瞳で自分の手元を見つめ、それからバンナムに目をやった。
審判役の隊長は、目にも見えないような速さで、バンナムがエイベル副騎兵団長の前で木剣を一閃させて、エイベル副騎兵団長の手から木剣を弾いたことを知った。
「バンナム卿の勝利」
信じられないように竜騎兵達は皆、顔を見合わせ、次の瞬間、爆発するかのような歓声を上げた。
「凄い!!」
「まったく剣が見えなかったです」
「連勝のエイベル副騎兵団長に勝つなんて信じられない」
そう口々に、バンナムの勝利を祝う言葉を告げる。
バンナムが観客席に目を彷徨わせ、そして感動したように目を赤くしているレネを見つけた。
ゆっくりと彼の方へ歩み寄りながら微笑むバンナムの顔に、黒い小さな影が弾丸のように飛んできたかと思うと、ビタンと勢いよく張り付いた。
「ルーシェ!!!!」
そう、紫竜ルーシェが、バンナムの素晴らしい剣技に感動して、アルバート王子のそばからまっしぐらに飛んで、バンナムの顔面に張り付いたのだった。
容赦なくグルグルと尻尾までその茶色の頭に巻き付けている。感激したように小さな竜は大きな声で鳴いていた。まるで勝利の雄叫びのような声だった。
「ピルピルピルルルル!!!!(お前って本当に強いんだな!!!! すごいぞ!!!!)」
慌てて王子とレネがバンナムのそばまで近寄って、彼の顔面から紫竜を引き剥がす。
しばらくの間、バンナムはダメージを受けたように顔面を両手で押さえてうずくまっており、レネが冷やした布を急いで彼に手渡した。
試合よりもルーシェの顔面への張り付きの方がひどかった。
「大丈夫ですか、バンナム卿」
心配そうに見るレネに向かって、バンナムは苦笑していた。
「試合が終わったから、つい油断していました。私もまだまだですね」
「ルーが悪い。すまない、バンナム卿」
王子が紫竜を持ち上げ、めっと叱っていた。
ルーシェは少ししょんぼりとしていた。
「ピルルルゥゥゥ(ごめんなさい)」
でも、あの目にも見えない速さの剣技に感動してしまったのだ。
本当に凄い。
それは試合を見ていた者達全員がそう思っているようで、皆がキラキラとした眼差しをバンナムに向けていた。
レネもまた目を興奮したように輝かせ、憧れてやまない騎士をじっと見つめていた。
「バンナム卿は凄いです」
「ありがとうございます」
バンナムは、レネの胸の前に祈るように組み合わされた手を見ていた。
「私の勝利のために祈って下さったんですか」
「はい。絶対に勝ってくださると信じていましたが、それでも怪我をしないように祈っていました」
「おかげで、無傷です」
爽やかに笑うバンナムの笑顔が眩しかった。
レネは(もう死ねる。バンナム卿の笑顔と台詞で死ねる。またバンナム卿お言葉帳に書き込みを追加しておかなければ)と心の中で呟くのだった。
ここ最近、バンナムが自分に対して優しい言葉を掛けてくれ、眩しい笑顔を見せてくれるから、つい誤解しそうになる。
彼も自分に好意を抱いているのではないかと。
そんなはずない。
そんな勝手な事を思ってはいけない。
自分の願望ばかり先行させてはいけない。
夢を見るのは自由だけど、それを押し付けてはいけないんだ。
レネとバンナムの様子を見ていたリヨンネは、小さく呟くのだった。
「いい加減、くっつけばいいのに」
傍から見ると、二人は互いを想い合っているように見えるのだ。
今回の試合に際して、バンナムにいつもよりも一歩踏み込んだような態度で心配するレネに対して、バンナムはひどく優しい表情を見せていた。それは、彼が他の誰にも見せたことの無い表情だった。
バンナムもレネのことを大切に思っているようだ。
こうなったのなら、さっさとくっついてしまえばいいのに。
もどかしいような思いで、リヨンネは二人を眺めていた。
試合に勝利したバンナムは、魔術師レネ、アルバート王子と紫竜、学者のリヨンネや、彼に祝いの言葉を投げかける竜騎兵達に囲まれて和気あいあいとしていた。
一方のエイベル副騎兵団長は、自分の手から弾き飛ばされた木剣を拾いに行く。身を曲げ、それを拾っているところで竜騎兵隊長カーティスが近づいて来て、話しかけてきた。
「負けてしまいましたね」
「ああ、あまりにもあっさりと負けてしまった。不甲斐ない」
「彼は相当の手練れですよ」
「騎士学校卒業の騎士だから、侮っていた」
厳しい北方の気候の中、国境に配備される実戦慣れしている竜騎兵と違い、騎士達はここ百年の間小競り合いもない平和なこの国で、ぬるま湯に浸かっているような気の抜けた様子があった。
バンナム卿が強いとは聞いていたが、一瞬で勝負がついてしまうほどの強さを持つとは思ってもみなかった。
視線をやると、バンナムという名の若い騎士は、頬を赤く染めてどこか懸命に話すレネ魔術師をとても優しい眼差しで見つめている。
「あの二人は恋人同士なのか」
竜騎兵隊長カーティスが二人を見てそういう感想を漏らす。
「…………」
どこか初々しさの漂う二人の様子を見て、エイベル副騎兵団長は内心苛立っていた。
レネ魔術師。
魔術学園卒業後、一回で王宮魔術師任用試験に合格した優秀な魔術師だ。
それがキャリアを捨てて、七番目の王子についてこんな辺境の竜騎兵団の拠点にやって来るなんて、何故だろうと疑問に思っていた。
だが、レネ魔術師が熱い眼差しをバンナムに向けているのを見て、ようやく腑に落ちた。
(ああ、バンナム卿が好きだから、こんな僻地にもやって来たということか)
安定したキャリアの職も投げうち、ただただ好きな男を一途に追いかけ、見つめている。
そしてそのレネ魔術師に、バンナムもまた柔らかな表情を見せている。
二人の間に流れる空気感に、エイベル副騎兵団長は苛々としていた。
(あんな純粋な、甘ったるい恋なんてすぐに壊れる脆いものだ)
自分はそんな甘く優しい恋なんて知らない。
そしてそんな他人の恋の様子なんて見たくなかった。
エイベルが本当に好きな、抱かれたいと願った男は、彼を拒絶した。
銀の髪の美しい副騎兵団長は、これまでの人生、一度として拒絶されたことはなかった。
初めて自分の差し出した手を取ってもらえなかったことは非常にショックで、その後のエイベルに暗く影を投げかけた。
今もまだ彼のことが好きだ。
でも一度としてその手を取ってもらうことは叶わない。きっとこれから先も。
エイベル副騎兵団長の薄紫色の瞳はじっとバンナムとレネ魔術師を見つめ、昏く燃えていた。
バンナムとエイベル副騎兵団長は木剣を手に一定の距離を保って、向き合ったのだった。
審判役の隊長が構えるように声をかける。
双方ともにゆっくりと構えを取る。
そこから、試合場を囲む観客の竜騎兵達は一言も言葉を発しなくなった。息をするのも唾を飲み込むのも怖いくらいにその場はしんと静まり返る。
「はじめ」
審判役の掛け声と共に、二人の青年は前へと足を進めた。
レネは祈るようにぎゅっと胸の前で強く手を組み合わせ、アルバート王子もまた自分の信頼する護衛騎士の勇姿を見つめ、そして紫竜ルーシェも王子の隣の席で、黒い瞳を輝かせてその試合の推移を眺めていた。
タッと軽い足音を立て、二人は木剣を手に、体を交差させた。
それは一瞬のことだった。
建物の最上階窓から、見下ろしていたウラノス騎兵団長は小さくため息をつく。
木剣が弾き飛ばされていたのは、エイベル副騎兵団長の方であった。
彼は信じられないように、薄紫色の瞳で自分の手元を見つめ、それからバンナムに目をやった。
審判役の隊長は、目にも見えないような速さで、バンナムがエイベル副騎兵団長の前で木剣を一閃させて、エイベル副騎兵団長の手から木剣を弾いたことを知った。
「バンナム卿の勝利」
信じられないように竜騎兵達は皆、顔を見合わせ、次の瞬間、爆発するかのような歓声を上げた。
「凄い!!」
「まったく剣が見えなかったです」
「連勝のエイベル副騎兵団長に勝つなんて信じられない」
そう口々に、バンナムの勝利を祝う言葉を告げる。
バンナムが観客席に目を彷徨わせ、そして感動したように目を赤くしているレネを見つけた。
ゆっくりと彼の方へ歩み寄りながら微笑むバンナムの顔に、黒い小さな影が弾丸のように飛んできたかと思うと、ビタンと勢いよく張り付いた。
「ルーシェ!!!!」
そう、紫竜ルーシェが、バンナムの素晴らしい剣技に感動して、アルバート王子のそばからまっしぐらに飛んで、バンナムの顔面に張り付いたのだった。
容赦なくグルグルと尻尾までその茶色の頭に巻き付けている。感激したように小さな竜は大きな声で鳴いていた。まるで勝利の雄叫びのような声だった。
「ピルピルピルルルル!!!!(お前って本当に強いんだな!!!! すごいぞ!!!!)」
慌てて王子とレネがバンナムのそばまで近寄って、彼の顔面から紫竜を引き剥がす。
しばらくの間、バンナムはダメージを受けたように顔面を両手で押さえてうずくまっており、レネが冷やした布を急いで彼に手渡した。
試合よりもルーシェの顔面への張り付きの方がひどかった。
「大丈夫ですか、バンナム卿」
心配そうに見るレネに向かって、バンナムは苦笑していた。
「試合が終わったから、つい油断していました。私もまだまだですね」
「ルーが悪い。すまない、バンナム卿」
王子が紫竜を持ち上げ、めっと叱っていた。
ルーシェは少ししょんぼりとしていた。
「ピルルルゥゥゥ(ごめんなさい)」
でも、あの目にも見えない速さの剣技に感動してしまったのだ。
本当に凄い。
それは試合を見ていた者達全員がそう思っているようで、皆がキラキラとした眼差しをバンナムに向けていた。
レネもまた目を興奮したように輝かせ、憧れてやまない騎士をじっと見つめていた。
「バンナム卿は凄いです」
「ありがとうございます」
バンナムは、レネの胸の前に祈るように組み合わされた手を見ていた。
「私の勝利のために祈って下さったんですか」
「はい。絶対に勝ってくださると信じていましたが、それでも怪我をしないように祈っていました」
「おかげで、無傷です」
爽やかに笑うバンナムの笑顔が眩しかった。
レネは(もう死ねる。バンナム卿の笑顔と台詞で死ねる。またバンナム卿お言葉帳に書き込みを追加しておかなければ)と心の中で呟くのだった。
ここ最近、バンナムが自分に対して優しい言葉を掛けてくれ、眩しい笑顔を見せてくれるから、つい誤解しそうになる。
彼も自分に好意を抱いているのではないかと。
そんなはずない。
そんな勝手な事を思ってはいけない。
自分の願望ばかり先行させてはいけない。
夢を見るのは自由だけど、それを押し付けてはいけないんだ。
レネとバンナムの様子を見ていたリヨンネは、小さく呟くのだった。
「いい加減、くっつけばいいのに」
傍から見ると、二人は互いを想い合っているように見えるのだ。
今回の試合に際して、バンナムにいつもよりも一歩踏み込んだような態度で心配するレネに対して、バンナムはひどく優しい表情を見せていた。それは、彼が他の誰にも見せたことの無い表情だった。
バンナムもレネのことを大切に思っているようだ。
こうなったのなら、さっさとくっついてしまえばいいのに。
もどかしいような思いで、リヨンネは二人を眺めていた。
試合に勝利したバンナムは、魔術師レネ、アルバート王子と紫竜、学者のリヨンネや、彼に祝いの言葉を投げかける竜騎兵達に囲まれて和気あいあいとしていた。
一方のエイベル副騎兵団長は、自分の手から弾き飛ばされた木剣を拾いに行く。身を曲げ、それを拾っているところで竜騎兵隊長カーティスが近づいて来て、話しかけてきた。
「負けてしまいましたね」
「ああ、あまりにもあっさりと負けてしまった。不甲斐ない」
「彼は相当の手練れですよ」
「騎士学校卒業の騎士だから、侮っていた」
厳しい北方の気候の中、国境に配備される実戦慣れしている竜騎兵と違い、騎士達はここ百年の間小競り合いもない平和なこの国で、ぬるま湯に浸かっているような気の抜けた様子があった。
バンナム卿が強いとは聞いていたが、一瞬で勝負がついてしまうほどの強さを持つとは思ってもみなかった。
視線をやると、バンナムという名の若い騎士は、頬を赤く染めてどこか懸命に話すレネ魔術師をとても優しい眼差しで見つめている。
「あの二人は恋人同士なのか」
竜騎兵隊長カーティスが二人を見てそういう感想を漏らす。
「…………」
どこか初々しさの漂う二人の様子を見て、エイベル副騎兵団長は内心苛立っていた。
レネ魔術師。
魔術学園卒業後、一回で王宮魔術師任用試験に合格した優秀な魔術師だ。
それがキャリアを捨てて、七番目の王子についてこんな辺境の竜騎兵団の拠点にやって来るなんて、何故だろうと疑問に思っていた。
だが、レネ魔術師が熱い眼差しをバンナムに向けているのを見て、ようやく腑に落ちた。
(ああ、バンナム卿が好きだから、こんな僻地にもやって来たということか)
安定したキャリアの職も投げうち、ただただ好きな男を一途に追いかけ、見つめている。
そしてそのレネ魔術師に、バンナムもまた柔らかな表情を見せている。
二人の間に流れる空気感に、エイベル副騎兵団長は苛々としていた。
(あんな純粋な、甘ったるい恋なんてすぐに壊れる脆いものだ)
自分はそんな甘く優しい恋なんて知らない。
そしてそんな他人の恋の様子なんて見たくなかった。
エイベルが本当に好きな、抱かれたいと願った男は、彼を拒絶した。
銀の髪の美しい副騎兵団長は、これまでの人生、一度として拒絶されたことはなかった。
初めて自分の差し出した手を取ってもらえなかったことは非常にショックで、その後のエイベルに暗く影を投げかけた。
今もまだ彼のことが好きだ。
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