転生したら竜でした。が、マスターが性的に俺の上に乗っかろうとしています。

曙なつき

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第九章 春の訪れ

第一話 騎兵団長からの提案

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 春が来た。

 長く厳しい、そして冷たい大量の雪に閉ざされる冬が終わると、温かく柔らかな陽の差し込む喜びの春がやって来る。
 王国の竜騎兵団が置かれる北方のこの地方では、ようやく長かった冬が終わろうとしていた。
 屋根から長く伸びたつららから、ポタポタポタポタとひっきりなしに水が流れ落ち、麓の村では雪が薄くなった場所からうっすら緑の芽が顔を覗かせようとしている。

 ルーシェはアルバート王子を背に乗せ、バサリと翼を広げて空へと舞い上がった。
 長い首を持つ、どこかスラリとした印象のある、優美な紫色の竜である。
 他の竜達は羨ましいような視線を向けている。

 竜の中でも突出して美しい紫竜。紫色の宝石のような輝きの滑らかな鱗に、黒々とした大きな瞳。
 幼竜の時は、その背に他の竜達がのしかかり、交尾を迫ったものだが、今はもうそんなことは出来ない。
 竜騎兵団の竜達の長であるウンベルトと、雌竜のトップであるロザンナの庇護を受けているだけではない。多くの魔法を使うことの出来る、魔力の豊富な紫竜は、襲い掛かってくる竜達を一撃で倒す力を持っている。とてもとても、恐ろしくてその背中にのしかかることなど出来やしなかった。
 
 かつて副騎兵団長エイベルは、ルーシェに向かって「侮られないように、相手を殺すくらいのつもりで攻撃できるようにして下さい」と述べたが、今のルーシェは十分力ある竜になっていた。
 護衛騎士バンナムからも、王子の身の警護をすることの御墨付を得るほどまでになっている。

 ルーシェはその背にアルバート王子を乗せ、雲の中を飛んでいく。

 真っ白い雲海を抜けると、どこまでも青い空が続いている。
 
「ピルルルルルルルルルルルルルルルルルル」

 ルーシェは喜びの声を上げた。
 背に跨る王子も嬉しそうな様子で、ルーシェの背に手をやる。

 それからまた突然、ルーシェが飛ぶのを止めた。当然、その身は自由落下することになり、真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。

「ルー、お前はまた!!」

 呆れるような王子の声に、ルーシェは楽しそうにピルピルと鳴いていた。
 飛んでいて、時々不意打ちのように自由落下する。それがルーシェは好きだった。
 背中の王子が落ちることはない。さり気なく風魔法で防護壁を作っているからだ。
 大好きな王子を自分がその背から落とすはずがなかろう。

 地面に叩きつけられる寸前で、ルーシェの身は上空に向かってまた上昇した。

「私の寿命を縮ませているな」

 笑いながらそう言う王子に、ルーシェもまた笑い声を上げていた。
 それから王子はルーシェに、竜騎兵団へ戻るように促した。

 午前中の見回りが終わったら、ウラノス騎兵団長から団長室へ来るように命じられていたからだ。

(一体、何だろう)

 ルーシェもアルバート王子も疑問を抱いていたが、そう大した話ではないだろうと考えていた。
 しかし、ウラノス騎兵団長の口から伝えられた話は、二人にとって非常に重大なものだった。




 団長室へ赴く。
 その時にはルーシェは成竜の姿から猫のように小さな竜の姿に変え、いつものように王子の周りを飛びながら、団長室へ入った。
 そこにはウラノス騎兵団長の他、エイベル副騎兵団長もいた。
 入室してソファに座ったアルバート王子とルーシェに、見習い竜騎兵がお茶を淹れて、一礼して部屋を退室する。
 ウラノス騎兵団長は、人払いを命じていた。
 だから今、団長室の中にいるのはウラノス騎兵団長、エイベル副騎兵団長、アルバート王子とルーシェの四人であった。

 エイベル副騎兵団長が口を開いた。

「殿下、ルーシェ、あなた方にウラノス騎兵団長が提案したいことがあります」

 促され、ウラノス騎兵団長は一度咳払いした。

「先日、アンリ王子殿下が、人化したルーシェに会いたいと随分とせがまれていた話を聞いている」

 内心、アルバート王子もルーシェもギクリと身を強張らせていた。

 人化した時に、見たこともないほど美しい幼児姿をとったルーシェの話を聞きつけたアンリ王子が、何度もアルバート王子に文を遣わせて、ルーシェに会いたいとせがんでいたあの一件。アンリ王子は竜騎兵団にも足を運んで面会したいと言い出していた。頭を悩ませたアルバート王子は、リヨンネの助言を受けて、王宮まで飛んでいき、そこで黒竜シェーラの呪いの力を使って、彼を恋に落とさせた。この呪いのおかげで、それからピタリとアンリ王子はルーシェに会わせてくれとせがむことがなくなり、竜騎兵団へ視察に来る話も流れていた。

 もしや、自分達がウラノス騎兵団長には止められていた“同調”を使って、アンリ王子に“激烈なる恋の呪い”をかけたことがバレたのではないかと、アルバート王子とルーシェが冷や汗を掻いている前で、ウラノス騎兵団長はこう言った。

「今回の件を受けて私も考え、バルトロメオ辺境伯にも相談に乗って頂いた」

 バルトロメオ辺境伯は、ウラノス騎兵団長の幼馴染みで二人はとても仲良しであることをルーシェは知っていた。飲み仲間なのである。
 その辺境伯にも相談に乗ってもらった事とは一体なんなのだろう。
 ルーシェが首を傾げていると、ウラノス騎兵団長はもう一度、咳払いをした後にこう言った。

「私の実家の伯爵家で行うことも考えたのだが、バルトロメオ辺境伯が、うちの方がいいだろうと強く言いだして」

 それで一体何の話なのだ。
 ルーシェと王子が、首を傾げ続けていると、ウラノス騎兵団長はようやくその話を切り出した。

「殿下、ルーシェを辺境伯家に養子入れした上で、ルーシェと婚姻を結ぶことを考えてみてはどうだろうか」




 その話を聞いた時、ルーシェは頭の中が真っ白になった。
 小さな竜の口は驚きの余り、パックリと開かれている。

「…………ルーシェは竜ですよ。それが、辺境伯家へ養子に入ることが出来るのでしょうか」

「その辺りはバルトロメオ辺境伯が上手くやると言っている。彼はやるといったらやる男だ。間違いなくできるでしょう。私は悪い話ではないと思います。むしろ、非常に良い話です」

「……………」

 アルバート王子にしてみても予想だにしていなかった話なのだろう。
 驚いた顔で考え込んでいる。
 それに、ウラノス騎兵団長の横に座っていたエイベル副騎兵団長がどこか優しく話しかけてきた。

「殿下、我々もどうすればルーシェの身を守れるか考えております。これが今考えられる最善の手だと思いました。バルトロメオ辺境伯の血縁となれば、王家といえども簡単に手は出せません」

 その言葉に、何故だろうか。
 アルバート王子は、ウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長の二人が、五百年前の紫竜の娘の身に起こった出来事を、知り得たのではないかと感じた。五百年前の紫竜の娘は、その類まれなる美しさが仇となって、王宮からこの竜騎兵団へ戻ることが出来なかった。
 以前、ウラノス騎兵団長に、五百年前の紫竜の話を尋ねた時、「五百年前に紫竜がこの竜騎兵団にいたという記録はあったが、紫竜の名も、その主たる騎士の名も、二重線で消されている」と告げられた。その場限りの話で、ウラノス騎兵団長にその件の話をそれ以上尋ねることも報告することもなかった。しかし、ウラノス騎兵団長は、当然、気になったはずである。何故、紫竜の名も、騎士の名も二重線で消されていたのか。だからきっと、彼らも何らかの手段を使って五百年前の紫竜の娘と騎士に起きた出来事を知ったに違いない。

 そしてその後、アンリ王子が執拗ともいえるようにアルバート王子に手紙を出してくるのを見て、ウラノス騎兵団長もまた、再び五百年前の悲劇が起こるのではないかと危惧したのだろう。
 そしてウラノス騎兵団長なりに、アルバート王子とルーシェの身の安全を図る方策を探っていたのだ。



 そのことを感じ取ったアルバート王子もルーシェも、ウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長に対して非常に感謝の念を覚えた。真面目一徹で曲がったことの嫌いな、王家に非常に忠実なこの騎兵団長。リヨンネに言わせれば、あまりにも真面目過ぎるので、シェーラとアルバート王子が“同調”してアンリ王子に呪いをかけた話は、決して彼に伝えてはならないと言われている。騎兵団長には止められていたのに、それをやってしまったことを今更ながら、申し訳ないと思うほどだった(でも、あの時はやらざるを得なかったと今も思っている)。
 竜騎兵団において、ウラノス騎兵団長はどこか父親のようにアルバート王子とルーシェを見守り続けている。アルバート王子とルーシェの胸の中にじんわりと温かな感情が広がってきた。

「ありがとうございます。是非、お願いします」

 そう言って、アルバート王子も、ルーシェも頭を下げたのだった。
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