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第十一章 もう一人の転移者
第十七話 符号
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その日、ルーシェとアルバート王子はハルヴェラ王国の王宮に泊まることになった。
客室の寝台の上に、ゴロリと横になった幼児姿のルーシェは、王子の腰に下げられた剣に視線を向ける。
今、アルバート王子はあの“勇者の剣”を帯剣している。シンプルな銀の鞘に入った剣は、一見しても何の変哲もない“ただの剣”にしか見えない。“勇者の剣”だからといって、その表面に「勇者の剣です」と文字が書かれているわけでもないし、何か特別派手な飾りがついているわけでもないのだ。
「“勇者の剣”には見えないね」
ルーシェの言葉に、剣をベルトから外してテーブルの上に置いたアルバート王子も頷いた。
「そうだな。目立たなくて良かったと思う」
ルーシェは寝台の上で、枕を抱き締めながらアルバート王子に言った。
「いつ啓示なんて受けたの? そばにいたけど、全く分からなかった」
「剣を抜いた時だ。あの時、私の前に何か特別な存在が現れた。あれが神なのだろう」
しかし、王子が剣を抜いていた間は僅かな間のことだ。
「でも、全然、王子の前に神様が現れた様子はなかったよ」
「……お前達には見えなかったのだろう。私はあの剣を抜いた瞬間、別の場所に居た。それから神が現れて、私に命じた」
「佐藤を倒せっていう命令なのでしょう?」
「そうだ」
「どうやって、倒すの? 倒しにこっちから行くの?」
「勇者と言われても、私には何が出来るのか分からない。この剣だって、リン王太子妃から言われた通り、上手く使うためには訓練が必要だろう。そうした訓練が終わってからになるだろう。それに、状況によっては皇国がサトー王国を打倒してくれる可能性もある。そうなると、私の出番もあるとは限らない」
「そう」
ルーシェは枕を胸に抱いたまま、寝台の上をコロコロと転がり、椅子に座る王子のそばまで行くと、彼はアルバート王子に言った。
「でも、もし王子が戦うとなったら、俺も絶対に一緒に連れていってね」
枕を胸に抱いたまま、しっかりと王子の顔を見つめて言うルーシェに、王子は笑みを浮かべていた。
「ああ、勿論だ」
そうして、幼いルーシェの額に口づけた。
「ずっと一緒だ」
「うん」
ルーシェはもみじのような手を伸ばし、王子の体に抱きついた。
「ずっと一緒だよ」
そしてその日の夜、リン王太子妃は、子供達におやすみのキスをした後、夫であるエルリック王太子と共に寝室に入った。王太子に抱き締められながらも、彼女は寝台に座り、手元の書類を見ている。
「寝室に入ってまで書類仕事とは感心しないな」
王太子がそう言いながら、リン王太子の白い首筋に口づけを落とすと、彼女はパラパラと書類をめくりながら言った。
「気になることがあるの」
「なんだ」
「鈴木君が亡くなったのは、十八年前よ」
「ああ」
十五歳でこの世界に転移してきた高校一年生の少年少女達。彼らのうち、何人かは十五歳で死亡したり、行方不明になっている。今もその消息がハッキリしているのは、竜に転生した沢谷雪也、カルフィー魔道具店のオーナーになっている三橋友親、サトー王国の国王となっている佐藤優斗、そしてこのハルヴェラ王国の王太子妃石野凛の四人。おそらく鈴木陸は死亡し、長野京子、清瀬千春の二人は行方不明になっているが、リンは彼女達二人は佐藤優斗の手に落ちているだろうと推測している。なぜなら、行方不明の直前まで佐藤優斗と行動を共にしていたからだ。二人の女子高生達の生死は不明である。
「それがどうした」
「鈴木君は十八年前に死亡して、アルバート王子は十八年前に誕生しているの」
リン王太子妃の手元にあったのは、ラウデシア王国の王家に関する書類であった。
王家の家系図と共に、アルバート王子の誕生年月日が記されている。
「…………貴女は、アルバート王子がスズキの生まれ変わりだと考えているのか?」
「アルバート王子には前世の記憶はないようだわ。前世の話を聞いても、まったく反応がないもの。だから、転生した鈴木君であるのか、それとも、ただ神に新たな勇者として認められただけの、鈴木君とは全く関係ない者なのか、分からないわ」
「そうだな」
エルリック王太子は彼女の腰を抱き寄せ、優しく口づけした。
それにリンも応えるように唇を開く。
その手から書類の束が落ちて、寝台から床の上に散らばってしまう。
彼女は王太子の腕に抱かれながらも、その瞳は遠い過去を見つめていた。
(鈴木君が、アルバート王子に転生していたらいいのに)
十八年前、ユキこと沢谷雪也が、勇者の鈴木陸と仲良く過ごしていた様子を傍らで見ていたリンは、そう願ってしまう。ユキと鈴木の二人は恋人同士だったというわけではない。仲の良い友人同士である。ただ、二人は見ていても非常に気が合っている様子だった。勇者の試練に大変な思いをしていた鈴木を、ユキはよく支えていた。
これから先も、アルバート王子が転生した鈴木陸であるのか、リンには知る術がない。
アルバート王子は前世の記憶というものが全くない様子であり、ルーシェもまた、異世界に転移してきてからの出来事の記憶をごっそりと失っている。
だから、それは神のみぞ知る領域であった。
リンは、ルーシェとアルバート王子の二人の間に余計な波風を立てるつもりはなかったから、自分が気が付いた可能性については、ルーシェに、沢谷雪也に教えるつもりはなかった。
客室の寝台の上に、ゴロリと横になった幼児姿のルーシェは、王子の腰に下げられた剣に視線を向ける。
今、アルバート王子はあの“勇者の剣”を帯剣している。シンプルな銀の鞘に入った剣は、一見しても何の変哲もない“ただの剣”にしか見えない。“勇者の剣”だからといって、その表面に「勇者の剣です」と文字が書かれているわけでもないし、何か特別派手な飾りがついているわけでもないのだ。
「“勇者の剣”には見えないね」
ルーシェの言葉に、剣をベルトから外してテーブルの上に置いたアルバート王子も頷いた。
「そうだな。目立たなくて良かったと思う」
ルーシェは寝台の上で、枕を抱き締めながらアルバート王子に言った。
「いつ啓示なんて受けたの? そばにいたけど、全く分からなかった」
「剣を抜いた時だ。あの時、私の前に何か特別な存在が現れた。あれが神なのだろう」
しかし、王子が剣を抜いていた間は僅かな間のことだ。
「でも、全然、王子の前に神様が現れた様子はなかったよ」
「……お前達には見えなかったのだろう。私はあの剣を抜いた瞬間、別の場所に居た。それから神が現れて、私に命じた」
「佐藤を倒せっていう命令なのでしょう?」
「そうだ」
「どうやって、倒すの? 倒しにこっちから行くの?」
「勇者と言われても、私には何が出来るのか分からない。この剣だって、リン王太子妃から言われた通り、上手く使うためには訓練が必要だろう。そうした訓練が終わってからになるだろう。それに、状況によっては皇国がサトー王国を打倒してくれる可能性もある。そうなると、私の出番もあるとは限らない」
「そう」
ルーシェは枕を胸に抱いたまま、寝台の上をコロコロと転がり、椅子に座る王子のそばまで行くと、彼はアルバート王子に言った。
「でも、もし王子が戦うとなったら、俺も絶対に一緒に連れていってね」
枕を胸に抱いたまま、しっかりと王子の顔を見つめて言うルーシェに、王子は笑みを浮かべていた。
「ああ、勿論だ」
そうして、幼いルーシェの額に口づけた。
「ずっと一緒だ」
「うん」
ルーシェはもみじのような手を伸ばし、王子の体に抱きついた。
「ずっと一緒だよ」
そしてその日の夜、リン王太子妃は、子供達におやすみのキスをした後、夫であるエルリック王太子と共に寝室に入った。王太子に抱き締められながらも、彼女は寝台に座り、手元の書類を見ている。
「寝室に入ってまで書類仕事とは感心しないな」
王太子がそう言いながら、リン王太子の白い首筋に口づけを落とすと、彼女はパラパラと書類をめくりながら言った。
「気になることがあるの」
「なんだ」
「鈴木君が亡くなったのは、十八年前よ」
「ああ」
十五歳でこの世界に転移してきた高校一年生の少年少女達。彼らのうち、何人かは十五歳で死亡したり、行方不明になっている。今もその消息がハッキリしているのは、竜に転生した沢谷雪也、カルフィー魔道具店のオーナーになっている三橋友親、サトー王国の国王となっている佐藤優斗、そしてこのハルヴェラ王国の王太子妃石野凛の四人。おそらく鈴木陸は死亡し、長野京子、清瀬千春の二人は行方不明になっているが、リンは彼女達二人は佐藤優斗の手に落ちているだろうと推測している。なぜなら、行方不明の直前まで佐藤優斗と行動を共にしていたからだ。二人の女子高生達の生死は不明である。
「それがどうした」
「鈴木君は十八年前に死亡して、アルバート王子は十八年前に誕生しているの」
リン王太子妃の手元にあったのは、ラウデシア王国の王家に関する書類であった。
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「…………貴女は、アルバート王子がスズキの生まれ変わりだと考えているのか?」
「アルバート王子には前世の記憶はないようだわ。前世の話を聞いても、まったく反応がないもの。だから、転生した鈴木君であるのか、それとも、ただ神に新たな勇者として認められただけの、鈴木君とは全く関係ない者なのか、分からないわ」
「そうだな」
エルリック王太子は彼女の腰を抱き寄せ、優しく口づけした。
それにリンも応えるように唇を開く。
その手から書類の束が落ちて、寝台から床の上に散らばってしまう。
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