救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ

流石ユユシタ

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1章 山神編

第9話 炎の持ち主

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 白妙詩しろたえうたは用事があると言って、一度影森町を離れた。その間、黎明は一人で町で過ごす事になる。


 彼は今年で十六歳、高校生になる年である。そのため、影森高校に転入することになってはいる。なので高校の制服を着て近所の挨拶回りをしていた。




「でも、高校とかって行く気分になれないんだよな」




 自宅の洗面台、そこにある鏡を見る。制服を着た自分を見て、黎明は気が変わった。


 そう、彼は高校に行くために山を出たのではない。



「そう言えば……前の親も高校は義務教育じゃないから、行く必要ないって言ってたし」



 因みに前世の両親は黎明が中学を卒業したら、宗教施設で働かせようとしていたのだが、中学三年生で死んだ黎明には知る由もなかった。



「それに俺はレベリングがしたいのに、高校行ってどうするんだって話だ。最強職の勇者は初期ステータスから高いけど、レベル上げるのに必要な経験値が、他よりも多いんだよ。上がれば上がるほどに、必要になるし。最近、強くなる感覚が薄くなってる気がするから、もっとモンスター狩りたいし」



 そう言って、制服を黎明は脱ぎ捨てた。そもそも制服は動きにくいと感じていたので後悔なども一切ない。



「……じーちゃんにもらったの着るか」


 そして、黎明は小袖と袴、つまりは浴衣に似たような服装を身につける。上下は赤と黒で帯も巻いており、そこに祖父からもらった刀である……


 霊具・隕鉄いんてつを帯刀している。



「うーん、なんか、職業が勇者っぽい格好じゃないけど……まぁ、結構かっこいいし、これはこれでいいか。本当は伝説の鎧とか、伝説の兜とかが良いんだけど」




 黎明は長い髪をしており、まるでポニーテールのように纏めている。纏めた髪は肩よりも少し伸びている。


 服装と髪型、そして刀を見ると……まるで一昔前の浪人のような感じになってしまっている。

 黎明は勇者なのに浪人とは? 一瞬そう思ったが、まぁカッコいいので良しとした。


 しかし、そこで黎明はあることを思い出した。



「そう言えば、詩が刀を昼間持ち歩くのはダメって言ってたな。帯刀許可をもらってくるから、昼は待っとけと言ってたか。危ない危ない」



 黎明は詩に刀を昼間持ち歩くなと言われていた。銃刀法違反となってしまうからである。それに目立ちもしてしまう。

 しかし、陰陽師は許可があれば武具の使用や身につけることが許可されている。そのため、詩はその許可も貰いに行っていたのだった。


 黎明はそれを思い出して、刀を家に置いて外に出た。




「詩が目立っちゃダメって強く言ってたからな。約束は守るか」


 ──それに、昔は拳とか手刀で闘ってたしねーとか内心考えながら、彼は刀を置いた。


 黎明は約束をちゃんと守る男だ。ただ、目立たないようにと思って刀を置いたが、そもそも浪人のような格好をしている時点で目立ってしまうことは気づいていないのだった。







「さて、夜までどうしようかな……。朝はモンスターが出現しにくいからなぁ。仕方ない……レベリングは一旦置いておいて、この町についてちょっと歩いて観察するか」



 黎明は影森町について、何も知らない。どんな怪異が居るのか、どんな場所でどんな特徴があるのか。



 黎明は浪人の格好のまま、家の扉を開く。日差しが眩しく、まるで新たな旅路を祝福してくれているようでもあった。



「お、昨日はここにモンスターが居たんだよな」


 家から出てすぐ、黎明は昨日の夜に出会った怪異を思い出した。まさか、隣の家の玄関前に居るとは思わなかった。



「いやー、家出たらすぐにモンスターが居るなんてラッキーだなー。隣の家の人。羨ましい。あ、そう言えば昨日挨拶行った時に会った人か」



 頭の中には、近所周りの時に出会った女の子がよぎった。おどおどしていて、人見知りな印象だったのを彼は思い出す。



「でも、どんな顔だったか忘れてしまったな。ちょっと地味だったし。まぁ、もう関係ないし、いいか」





 昨日の夜、隣家の前に怪異が居たことを黎明は思い出していた。ただ、黎明は、その家に住んでいる女の子は一切覚えていなかった。
 彼女の名前も詳しい事情なども知らない。まさか、昨日の夜に、自身が蜂の怪異から彼女を救ったなども知る由もない。





「そう言えば……今更だけど、ここってゲームの世界なのかな? 俺はゲーム世界に生まれ変わった?」




 隣の家を通り過ぎて、歩きながら黎明は自身が生まれ変わったこの世界について考えていた。

 前世の彼は古いゲームしかやった事がなく、友達も少なく、両親もよく分からない宗教にハマっていた。そんな状況で生きていた黎明は奇想天外な発想や、考え方をしている。



「うーん、前の父と母は経典の教えを守れば来世でも幸せになれる、望むような生き方をできるって言ってたから、ゲームの世界に転生したと思ったけど……ゲームの世界っていうよりも、なのかな」




 黎明の中ではある結論が出ていた。


 ──この世界はゲームに酷似した世界である……と。




「モンスターは居るし、魔法もある。モンスターを倒すと経験値が入ってくる感覚もある。でも、魔王とかが居る訳じゃないし。NPCとかだと決まった会話しかしないけど、人間はちゃんとその状況にあった会話できる。これってゲームではないよな……?」




 そう、ゲームだと決まった会話しか出来ない。しかし、黎明の祖父も祖母も、白妙詩も特定の言葉しか話さないわけではない。だからこそ、ゲームではないと黎明は考えていた。


 ただ、怪異を倒すと経験値が入っている感覚があり、それに魔法も使えている。それはゲームに近い感覚でもあった。



「ゲームに酷似した世界か。ふむ、それなら納得だ」





 さて、一人で納得しているが、それは大きく外れている。






 そもそも、モンスターではなく怪異なので、この理論は破綻している。黎明は前世の両親により、幽霊や怪異などは一切教えられていない。

 なぜなら、両親が信仰する宗教の中では、それらは陰謀論の一種であり、国が人間を都合よく動かすためのプロパガンダであるとされていたからだ。


 悪い事をすると幽霊が出る、と言うのも国が都合よく国民を馬車馬の如く働かせ、飼い殺しするために生まれた考え方としている。


 だから、黎明は幽霊や怪異を一切知らない。ギリギリ古いRPGをしていた時に幽霊というモンスターが出たので、そういうモンスターの種族名であるくらいの認識なのだ。

 彼にとっては、ゴブリンやオークなどと似たような扱いである。






◾️



 その後、ゲームに酷似した世界であると納得をした黎明。町の観察のために散策をしていると、町にある廃病院に辿り着いた。


 朝靄の残る山のふもとに、その廃病院はひっそりと建っていた。


 陽が昇りきっているというのに、建物の周囲だけは薄暗く、まるで時間が止まっているかのようだった。かつて白かった外壁は灰色にくすみ、雨垂れの跡が幾筋も黒く染みついている。風が吹くたび、割れた窓ガラスがかすかに鳴り、誰かのうめき声のように響いた。



「お、モンスターの鳴き声かな? あ、ガラスが風で揺れてる音か……ガッカリだぜ。やっぱり夜になった方が出るのかな?」


 正面の自動ドアは中途半端に開いたまま、錆びついた金属が軋んでいる。その扉の周囲には無数のお札が貼られていた。紙は日焼けし、ところどころ剥がれかけているが、墨で書かれた文字は今なお生々しく


――【封】【禁】【祓】の文字が黒々と残っていた。



「おおー、良いねぇ。良い味が出てる文字だ。なんか、強力なモンスターとか封印されてそう。こう言うのって、ダンジョンとかの感じなのかな?」



 お札を見て、ワクワクした様子の黎明。山の探検は慣れているが、病院に入るなど今までの経験はない。変わったモンスターが居るかもしれないなぁとか思考を巡らせる。


 廃病院もダンジョン的な要素がある気がして、更にワクワクしている。

 
 
 そんな病院には他にも不審な点があった。扉の中心にはひときわ新しい紙が一枚。赤い太文字で、こう書かれている。




『関係者以外立入禁止 絶対に入るな』。



 だが、その注意書きも、まるで誰かが引き裂いたように斜めに破れ、端が風に揺れていた。 

 病院の前に立つだけで、胸の奥がざわつく。理由の分からない寒気が、足もとから這い上がってくる(通常の人間なら)。



「おおー、この空気感で立ち入り禁止は絶対入れってことだろ。強力なモンスター居そうだな」




 どう考えても普通の人間なら、不穏な気配を感じてすぐさま距離を取るはずなのだが、黎明は普通ではない。

 むしろ、ゲーム解釈脳により「これは次いくべきダンジョンだろ絶対」ぐらいに思っていた。

──そんな時、廃病院の窓に誰か人が立っていた。中年の男性のような人だ。




「あれ、人がいる……? あの人もダンジョン探索かな……まぁ、俺は夜やるけど」




 そんな人影を無視して、黎明はその廃病院を一度離れた。夜の方が怪異が活発に、大量に出現することを彼は知っているからである。


 不敵に黎明は笑い、夜を楽しみに待つことにした。


 そのまま口元に笑みを浮かべたまま、黎明は町を歩き続ける。そんな様子を町の人達は変な子供がいると思っていたのだが……誰も話しかけることなど出来なかった。学生ぽい年齢なのに、浪人姿で平日の今も堂々とぶらついてるし。




「さて、次はどこ行こうかな……」





 黎明の町の観察は続く。その後は廃病院を離れて、今度は別の場所に移動する。影森町はそこまで広くはないが、色んな場所があった。





「あれ、神社とかもあるんだ。前の親は神様はプロパガンダって言ってたから入ったことないな」




 廃病院から離れて、今度は町にある神社にたどり着いた。










 しかし、黎明はその場所に入っていいのか迷っていた。前世では両親がそう言う場所に入ってはいけないと言っていたからだ。





「うーん、神社か。迷うけど、もう父と母は居ないからな。入ってみるか……いや、今はいいか。夜にガッツリ動くために今のうちから、寝ておこう」




 一気に方向転換して、黎明は家に向かって走り出した。そして、布団を敷いて、夜が来るのを待つことにした。







◾️





「よっし、出発」





 朝は落ち、夜になった。なので黎明は朝と同じ格好で家を飛び出す。すると……彼の目には驚愕の光景が入ってきた。





「ええええ!?」




 思わず、黎明は声を上げてしまった。なぜなら……




 

 ──隣の家の玄関前に、十を超える怪異が居たからだ。


 
 しかも、庭先から飛び出し道路にも飛び出している。まるで、その一軒家の何かを狙っているかのように、行列となっていた。






「……ボーナスタイム? え、これは、ボーナスタイム? う、うん、廃病院に行く前にいきなりモンスターがこんなにも居るとはね」






 今まで、十体も同時に怪異と遭遇した事など彼の経験ではない。なんなら、二体同時が関の山くらいだ。山に居た時はわざわざ、探し回り、歩き回り、それで一日三十体を倒していた。


 それが家を出た一歩目でいきなり、十を超える怪異と出会ってしまった。





「ねねぇ、しノォ、おねえちゃんだよぉー」
「おとうさんだぁ」
「開けてぇ、入れろぉ」
「あけろあけろあけろ」
「しのぉぉぉぉ」





 何やら意味不明な単語を言っていたのだが、黎明からしたら関係ない。



「変わった鳴き声するモンスターだな……。まぁ、いいけど」



 黎明が居ることに怪異達は気づいた。先程まで隣の家の玄関を見ていたが、現れた人間を先に食おうかと言わんばかりに、地を這うような唸り声が十重に重なり、怪異たちが一斉に牙を剥いた。


 それは人ならざるもの――決して人間には倒せぬ、災厄そのもの。誰もが逃げることしかできなかった存在を、少年は、ただ静かに見据えていた。


 黎明。


 陽が昇る名を持つ少年の瞳は、まるで夜明けそのもののように赤く輝いていた。普段は黒い瞳であるが、霊力を使うと彼の瞳は紅く輝く。




 次の瞬間、空気が爆ぜた。


 彼が抜刀した――それだけで、風が咆哮し、地が震える。刃に宿るのは紅蓮の炎。
形を持たぬはずの火が意思を宿し、龍のように刃を包み込む。


 



「――イグニス・セイバー」





 炎を宿した刀を彼は、構える。そんな黎明に対して、一匹目の怪異がゆっくりと彼に元に向かった。



 がさり、と道路を踏む音。


 そこにいたのは、人の腕に鹿の足を縫い付けたような化け物だった。上半身はやせ細った人間で、下半身だけが四本足の獣。
 
 まるで「人間がムリヤリ鹿に乗ろうとして、体ごと混ざった」みたいな姿だ。顔は皮がめくれ、笑っているのか泣いているのかわからない。
 
 裂けた口から、長い舌がズルズルと地面を舐めている。歩くたびに逆さまの足跡が残るのが不気味な印象を持ってしまう。


 ――それが【あしかぎ】。


 山で迷って凍え死んだ人間の魂が、自分の足を探して獣に取り憑いた存在。けれど、その足が地を蹴るより早く、黎明の刃が走った。


 火の弧が光り、あしかぎの体が煙のように散る。残ったのは、焦げた土の匂いだけだった。



「これ、じーちゃんの山でも居たな。ケンタウロス……速いだけであんまり強くないんだよね。防御力低いし」




──倒した直後、上空からドサリと何かが落ちてくる。
 

 それは、巨大なぬいぐるみのようだった。熊の体に、鹿や猿の皮がつぎはぎされていて、頭の代わりに百枚くらいの狐のお面がぶら下がっている。

 そのお面たちは、笑ったり泣いたり、勝手に表情を変えていた。
 

──【ほろがみ】


 山で仕留められたのに祀られず、放っておかれた獣たちが、皮を寄せ集めてできた怨霊。ただ、ただ、狩られた恨みを人間にぶつけるだけの怪異である。



「か、る、おれたちが」
「あ、これもじいちゃんの山で見たわ。変わった模様の熊型のモンスターね、名前は……えっと、カラフルベアーだった気がする。カラフルなお面みたいなの全部破らないとずっと動くんだよね」



 さながら、このテストの問題、塾でやったことあるぐらいのテンションで、黎明は一歩踏みだす。そして、火の粉が散った。
 
 黎明の刀が光を描くと、お面たちは一斉に割れ、全てを包むように紅蓮の炎が吹き上がった。

 残ったのは灰と、焦げた匂いだけ。


つぎ




 黎明はさっさと挑んでこいと言わんばかりに、怪異に向かってそう言い放つ。少しずつ、怪異達が恐怖を抱き始めていた。



 怪異たちの咆哮は悲鳴に変わり、その目に映るのは理解不能の恐怖。




 ──なぜ、人間がこれほどの力を――!?





「あれ、来ないのか……だったら、倒させてもらうな」




 
 残り八体となった怪異達の……断末魔の驚愕。


 まるで地面に火柱が走ったように、煌めく炎が道路に描かれた。その道は全ての怪異を通り、同時に穴を開け、体が朽ち始めた。


 キン……と刃が鞘に戻る音だけが、世界を切り裂いた沈黙を破った。遅れて、八体の怪異が音もなく崩れ落ちる。黒い霧となり、地へと溶けていく。


 黎明は微動だにせず、ただ淡く燃える刀身を見つめていた。炎が風に溶けると同時に、少年の影だけがゆらりと揺れる。


――この世の怪異は倒せぬという理。



 その常識は、この少年だけには通用しない。



「お、やっぱり十体倒すと沢山経験値が入った気がするなぁ。さて、廃病院に向かいますか」



 黎明は十体を打破した後、すぐさま廃病院に向かって走り出した。








◾️




 一方、篝火志乃かがりびしのは……不穏な気配に怯えていた。

 篝火志乃かがりびしのの家は、木造二階建て。家の至る場所には幾枚ものお札が貼られ、外の不気味な気配をわずかに遮っている。

 しかし、今夜ばかりは、その結界すら薄紙のように心もとなかった。


 窓の外には、闇の中を蠢く無数の影。

 人の形をしていながら、人であることをやめた存在――怪異。
彼らの目が、まるで獲物を見つけた獣のように赤く光り、志乃の家を取り囲んでいる。



「……す、スザクさん……外、変な音が、してます」
「……ここまでしてくるなんてね。アンタが昨日外に出たから、チャンスと思って大量にやってきたのよ」
「あ、わ、私のせいで……」
「そんな落ち込まなくても良いわよ。どうせここまでは入って来れないし。とは言っても……これじゃ、外には出れないわよ。まぁ、出る必要ないと思うけど」
「でも、わ、私はやっぱり家族を探したくて……」


 志乃が怯えた声で呟く。居間の中央、ソファに座るスザクが、眉をひそめた。ツインテールがかすかに揺れる。




「死ぬわよ。今出たら」
「……は、はい。でも、昨日の夜も、夢にお姉ちゃんが出てきたんです。わ、私に助けてって、い、言ってて」
「……なるほどね。姉妹の縁を辿って助けを求めさせたってわけか。となると……アンタの姉はまだ生きてる確率が高いわ」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、夢に干渉するとかのやり方は生きてる人間同士、それでいて縁が強くないと使えないの。まぁ、怪異と人間で縁が強い場合も使えるけど。今回は違うでしょうね」



 姉が生きている。そう聞いて志乃は思わず、地面から勢いよく立ち上がった。そうなのであれば、探しに行きたいと彼女の強い瞳が語っていた。志乃はそのまま、居間を出ていこうとする。



「外には出るなって言ったでしょ。今、外は怪異だらけなのよ」
「そ、そぉですけど」
「昨日も言ったでしょ。人間が勝てる相手じゃないわ。あんなもの、一瞬で魂ごと食われるのよ」
「で、でも、スザクさんなら」
「ワタシはある程度の、時間稼ぎとかができる程度よ。今、外に何体いるか分かってるのかしら? 昨日は蜂の怪異、黄泉蜂よもつばちが一体だからなんとか躱せただけよ」



 それを聞いて志乃は小さく肩を震わせ、膝の上で指を絡める。生きているのに助けに行けない――そんな状況に感情が揺れていた。




 スザクは静かに目を閉じ、呼吸を整えた。少し、彼女の気でも紛らわすために明るい話でもしてやろうと思った。


 その時……









「え……?」













 二人のかすかな静寂――突如として、スザクの声によって切り裂かれる。まるで信じられない状況がいきなり、やって来たかのような感覚。




 絶対にあり得ない状況が、常軌を逸した状況が脳裏に叩き込まれる。




 ──スザクの感知にあった怪異の気配が、すべて、霧のように消えたのだ。










「……な、何……?」






 スザクは慌てて立ち上がり、家の扉を開けた。








 ──夜の空気が、焦げていた。










 地面には、炎の残穢ざんえが蠢いている。熱はすでに消えかけているのに、まるで神火のような威圧感を放っていた。




「この火の質……人間のものじゃない……」
「あ、あのぉ」
「うっさい、黙ってなさい!」
「あ、ひゃ、ひゃい!」




 志乃も気になってやってきていたのだが、彼女はそれを鶴の一声の如く黙らせて、玄関前の様子を眺める。


スザクの頬を汗が伝う。



 恐怖ではない。畏れ――圧倒的な存在を前にした、自身の上位存在を知覚してしまった。



 本能の警鐘。



「まさか……火之迦具土神ヒノカグツチ様? どうしてこんな町に……」





 志乃は不安そうにスザクを見つめる。何があったのか気になり、スザクの顔色をずっと伺い、会話に入るタイミングを探っていた。


 今だ! と思い、勇気を振り絞り声を発した。


「あ、あのぉ」
「黙ってなさい」
「す、すいません」




 またしても彼女は黙った。志乃は視線をあちこちにやり、周囲を見渡している。そこには怪異が一体も居なかった。

 あれ? 沢山居たんじゃ? という疑問の視線を彼女はスザクに向けた。


 だがスザクはその視線を返さず、焦げた夜気の向こう――すべての怪異が一瞬で消えたその方角を、ただ見据えていた。



──炎の残穢ざんえを見て、彼女は目を見開く。


「……違う。これは火之迦具土神ヒノカグツチ様じゃない……!」
「え?」





 信じられないと言った表情で、スザクは志乃に告げた。






「何かが入ってきたのよ。この町に……とんでもない何かが」






 【何か】と言われても、そんなの分かるはずないので志乃は黙っていた。そもそもスザクに黙っていると言われたので、彼女は黙っている。





「……気が変わったわ。志乃、今すぐ外に出るわよ」
「……!?」
「アタシもこの町の守り……いや、なんでもないわ。どうせ、もうすぐ尽きるからね。アタシも、何よりアンタも、ね」
「……?」
「後か先か、それならもう夜に繰り出してやるわ。行くわよ。アタシに力を貸しなさい」
「……!」



 スザクは志乃に向けて強く発する。その強い瞳に思わず、志乃は背中を震わせてしまった。本当に同じ人間なのか疑問に思ってしまうほどの、強さを感じたのだ。


 しかし、その瞳に疑問が浮かぶ。


「……なんでさっきから返事しないのよ! さっさとする!」
「は、はい! で、でも黙ってろって」
「愚か! 話して良いタイミングわかるでしょ!」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくて良いわよ!」
「ご、ごめ……は、はい」



 やれやれ、ね。という表情でスザクは家の外に出る。炎の残穢ざんえを辿り、彼女達は夜の町に再び足を踏み入れた。






「あ、あの、どこに行くんですか?」
「炎の残穢ざんえを追うわ。この炎の持ち主が気になるから……いきなり接触は避けたいわ。てか、戦いになったら絶対死ぬと思いなさい」
「ええぇ!?」
「アタシでも勝てないわ。ただ、炎を扱う高貴な存在なら、多少話が通じるかもしれないわ。一応、ワタシも炎を司るつかさどる存在だしね」
「あ、確かに炎を扱ってましたもんね。え、えと親戚とか?」
「……だと良いけどね」



 スザクは少し不安に思っているが、反対に志乃は少しだけ希望に満ちた表情だった。


「も、もしかして、そのすごい人に頼めばお姉ちゃんも助けてもらえたりしますか!」
「……なんとも言えないわ。ここまでの炎を扱うってことは、人間じゃないだろうし。神格……とは流石に考えにくいけど。もし、神とかなら相当気まぐれだし」
「き、気まぐれに助けてくれたりとか?」
「ゼロではないかもね……」



 可能性はゼロではない。そう言われたことによって、志乃も覚悟が決まった。


「……分かりました。どこへでもついて行きます」
「へぇ、ちょっと頼もしくなったじゃない」
「え、えへへ。へへ」
「うわ、笑い方、ゲスな感じね」
「うあぁぁぁあああああ!」
「ごめんってば」





 二人は夜に歩き出した。そして、彼女達は炎の残穢を追う……




「見なさい」
「え……?」
「この廃病院から、炎の残穢ざんえが漏れているわ」








【廃病院】に辿り着いた。
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