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1章 山神編
第15話 VS山神戦【後編】
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「──終わった」
黎明を見ていたスザクはそう呟いた。膝をついて、悔しそうに顔を滲ませる。その様子を見て、志乃が彼女の肩を手で押さえた。
「し、しっかりしてください。ま、まだ、黎明さんは死んでは……」
「……愚かね。見なさい、全身血だらけでもう死ぬ寸前じゃない。それに山神も完全に封印から解けてしまった……もう無理よ」
「そ、そんな」
「ワタシは黎明の炎で力が上昇してたから、アンタの姉くらいなら目を盗んで攫えるかと思ったの。だから、ここまで来たんだけど……ワタシの考えが甘かったわ。悪かったわね……」
スザクの落胆した様子、諦めた表情、全てを見て志乃は心が折れそうになった。
だが、彼女は再び黎明を見た。
そこで彼女は驚愕の光景を見る。
──彼の瞳は、さらなる熱を帯びていた。
◾️
「……あ、すごい量の血が出た。久しぶりだね」
大量の血を流しながらも、彼は冷静に自分の状態を分析していた。
「……痛いなぁ、アドレナリンで多少は痛み軽減してるんだろうけど。こんな怪我したのは……いつぶりかな」
痛いとは言いながらも、どこか落ち着いた声音を黎明はしている。そして、彼は怪異と初めて戦い出したことを思い出す。
(最初はモンスターと戦ったらよく怪我してたね。片耳が取れたりして、あの時……死に際が微かに見えた瞬間に。【ヒール】を覚えたんだったな)
(ここまでの怪我はしたことないし、今ここで【ヒール】しても完全回復はすぐには無理そうだなぁ)
(出来そう、とは思ってたけど……使う機会が、今までなかった。でも、今なら……)
黎明は今までは、初級(と思いこんでいる)ヒールしか使ってこなかった。なぜなら、現時点の彼を脅かすような怪異は存在しなかったからだ。よって、彼も回復術の急激な成長などしてこなかった。
だが、この瞬間──
──未来永劫、現れることのない、人間が覚醒する。
「セイクリッド・ヒール!!!」
最初に異変に気づいたのはスザクだった。黎明の傷口から蒸気が発生したかのように煙が発生した。
もう、全てが終わった。そう思っていたスザクは再び、彼の輝きを見て目を見開いた。
「……あれは?」
黎明は更に上の段階へと足を踏み入れていた。彼の体の傷の、全てが塞がっていく。
抉れた腹は全快し、肩は元通り、更に潰れた片目は、再び光を取り戻す。
今まで黎明が【ヒール】と呼んでいたのは【陽遁術】光ノ奏と言われる陰陽術である。
これは、傷や精神を癒す術なのだが、今黎明が行っているのはその更に格上の技術。今まで使っていた光ノ奏より遥かに上位の力である。
死に際が起こした驚異的な成長。黎明がヒールと思って使っていた光ノ奏は超光ノ命と呼ばれる、神の御技と匹敵するほどの陰陽術へと飛躍する。
「やっぱり、スキル鍛えるには、強いモンスターと戦わないと……だね。ボスキャラのおかげで、新しいスキルを獲得できたぞ」
全快した黎明は、ただ新しい術を覚えただけではなかった。
それに加えて、あらゆる能力が一気に跳ね上がり、まるで奇跡のような成長を遂げていた。
──全身の細胞が、今までにないエネルギーを発している。
「今までにない感覚だね。やっぱり、強いやつと戦う時の経験値は多くもらえるみたい。ワクワクしてきたなぁ。あれぶっ倒したらどれくらいレベル上がるかな」
その様子を見て、スザクは息を呑んだ。「あり得ない」を通り越して、言葉が出ない。神の御技、その直撃を受けて歩いている。生きている。それも、平気そうに。
(こいつ……本当に人間な、なの? あの傷、いや傷なんてもんじゃない。肉体の欠損。それが、一瞬で治った……っ)
(ワタシの見間違い? いや、その方が納得がいく。ただの人間が持つにしては、あまりに分不相応な力、そもそもこいつ火属性の術をあのレベルで使えたのに、他の術もそれ以上の精度で使えるとか……)
(この人間、本当に成し遂げてしまうかもしれない。神殺しを)
──スザクがそう感じた一方で、同じようにただの人間に山神も恐怖を感じていた。
すぐさま黎明に向かって、攻撃を開始する。
山神の袖が翻り、次の波が来る。土の津波、髪の槍、石の雨――境内ごと砕く連撃。黎明は刀を抜き、脱力した状態で構える。
「イグニス・セイバー」
ゆらり、と刃に火が宿る。炎が刀身を薄く包む。ただの火ではない。燃え広がらず、収束し、刃の形をなぞる薄刃の焔。
彼が行ったのは火神刀と呼ばれる陰陽術である。ゲーム脳の彼は【イグニス・セイバー】と呼んでいるが……まあ、今更であろう。
あっさりと黎明は使用しているが、そもそもこの術は高等技術でもある。さらりと発動を成功させることに、以前のスザクであれば驚くところだったであろう。だが、度重なる黎明の異常な所業により、もうその程度では彼女は驚かなくなっていた。
「れ、黎明さんの刀に炎が……き、綺麗」
「……あれだけの術を使っても、まだ使えるなんて。底なしの霊力。まるで、海のようね」
志乃は彼の炎の美しさに目を奪われ、ずっと放心している。スザクは事実に目を揺らすしかない。
彼女の目線の先では、黎明が二人の間で壁のように立っている。そこに向かって山神の髪が一帯を埋め尽くす。黒い雨は容赦がない。
だが、黎明の焔を纏った刀が黒き雨を切り開いた。一本ごと、束ごと、根ごと、音もなく焼き切れていく。切断面は一瞬で炭になり、灰になり、消えた。
スザクは呆けたように見た。刃の走りにムダがない。最短、最速、最小の振りで最大の破壊が出る。さっきまでの彼ではない。
(上がってる……! 反応、剣の冴え、霊力の練り、術の出力、その全部が!! まだ、上があると言うのッ)
──単純に成長をしただけではない。
なお、人間であれば誰でもそうだが、いきなりポテンシャルの全てを発揮できるわけではない。
そして、黎明はその例にもれず。信じられないことだが……実はスロースターターであった。
スザクがそれを知ったら、さらなる悲鳴をあげることであろう
スポーツなども準備運動をしてから、運動を始めるように。彼もまた、いきなりの動き出しで自身の全てを出すことはできなかった。
それに加えて今までの怪異は全て、一撃で終わってしまうので、彼の真価は発揮されなかった。
テンションはいつも通り低い。だが、身体の芯が熱を拾っていく。呼吸が合う。相手の間合いを掴む。視界が澄む。心と手が重なる。
「フレアボム」
短く言って、片手で小さな火弾を放つ。さっきより速い。生まれた瞬間に完成している。弾は渦の白に吸い込まれる前に内側へ潜り、山神の胴で静かに咲いた。
重ねて、もうひとつ。さらにもうひとつ。爆ぜる音は小さい。だが確実に内側を削る。
『……ヤメロ……ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!!!!!!!』
渦が軋む。黒髪が凶暴さを増す。大地が割れ、地根が蛇のようにうねり出た。山そのものが襲ってくる。スザクは志乃をかばいながら、唇を噛む。
「刀に纏う熱気がこっちにも伝わってくる……志乃、もう一度言うわ。ここから離れないで。少しでも巻き込まれたら、ワタシもアンタも死ぬ」
志乃は震える手で袖を握りしめ、頷いた。胸の奥で心が燃える。希望と恐怖が、せめぎ合う。
「お姉ちゃん……」
あの人なら姉を助けられるかもしれないという希望と、このまま黎明が死んでしまったら、姉を助けられなかったらどうしようという絶望。
それらが彼女の中で、何もできない自責の念と共に渦巻いていた。
彼女の見守る中、常に戦況は動く。
山神は渦の中心を裂くように両の袖を広げ、何かを掲げた。白い布の間から、女の体が吊られている。青ざめた顔。黒髪。志乃と同じ目。
『……イノチ……ダイスキナ、イノチ……コワシタクナイナラ……ヤメナサイ……』
「――お、お姉ちゃん」
志乃の声がほどけた。手が伸びる。スザクの表情が固まる。
──負けを悟った、神。その最後の一手は、人質だった。
志乃の探し求めていた、姉である。志麻、それが全員が見えやすい頭上へと掲げられる。
暗に、これ以上攻撃すれば殺すと、告げていると同意義だった。
「お姉ちゃんっ!!!」
「志乃! 落ち着きなさい、下手すれば、ちょっとでも動いた瞬間に殺されるわ」
「で、でも!」
──二人の葛藤が浮かぶ……
黎明はどうするのか?
自分たちはどうすればいいのか?
だが、その一瞬にして永遠の悩みは、答えを出す必要がなくなっていた。
なぜなら、このとき、すでに【彼】は動き終わっていたからだ。
その二人が、話し始めるわずかに前、黎明は動き始めていた。いや、正確に言えば、止まることをしていなかった。
人質が提示されたとしても、彼は止まることはなく、むしろ、速くなった。目が刃と同じ色を帯びる。
黒い瞳が赤く染まる。彼は霊力を使う時、瞳が赤くなる性質がある。
焔はさらに薄く、鋭く、輝きを増した。
──朝霧黎明、その少年のポテンシャルがピークに達した時、神すらも気付かぬ速度に至る。
「……あ、さっき言ってた姉かな?」
一歩。空気が跳ね、世界が遅れる。二歩目で、すでに渦の前。三歩目は見えない。
夜の中を焔の線が走る。袖と髪の隙間を縫って、志麻の縄だけを切り離す。切断面は焦げず、熱もない。焔は包むみたいに優しく、志麻の身体を熱から外した。
山神は、黎明のあまりの行動速度に、反応すらできていなかった。
黎明は落ちてきた彼女をそのまま抱き上げた。軽く、確かに、揺らさずに。志麻の胸はかすかに上下している。生きている。
「あ、大丈夫ー? 聞こえる?」
スザクが目を剥いた。神も、その場で硬直したように動きを止める。気づいたら、志麻が黎明の手の中に収まっていたからだ。
(は……? え、今、なにが……?)
志乃は黎明の手に姉がいることを見て、混乱していた。たった今、姉が人質になっていたはず……
しかし、現実には黎明の手に収まっている。急な展開についていけなかったが、徐々に安堵が湧いた。
志乃の膝が崩れそうになる。泣くのは後だ。声が出ない。ただ、両手を口に当てて、肩が震えた。
「お姉ちゃん……」
志乃の感情とは反対に、山神には怒りが湧いている。たった一人の人間に全てを出し抜かれている。
それが、怒りの全てだった。
『……ヨクモ……ヨクモ……!』
山神が吠え、境内が沈む。渦が開き、黒が溢れ、髪が森ごと千切って押し寄せる。神が本気で怒った。山が丸ごと敵になったようだ。
黎明は志麻を抱えたまま、顎だけを少し上げた。焔が刀から溢れる。
「―─仲間を庇いながら、人質あり。多少縛りがあった気がしたけど、それを加味しなくても今までで一番だったよ」
黎明の足裏が地を軽く押す。次の瞬間には、空の真ん中へと彼は跳躍する。
黎明は抱えた志麻を片腕に預け、もう片方の腕だけで刀を振る。
焔は音を置いていく。音が追いつく前に、山神の上から下までの二十メートルを一線で断った。
「いつもとは火力が違うからね。名付けて【ディバイン・エクスプロード】」
顔の渦の中心を通って線が引かれた。線は一瞬、朱色に光り、その後、神は二つに切り裂かれる。
何千枚積み上げられた瓦を割るように、上から下まで神を両断した。
その後、音が遅れて胴体が落ちる。渦の縁が崩れ、黒髪がばらばらにほどけ、地の底から吹き上がった怒りが霧になる。
スザクはその光景から目を逸らせなかった。神が、焼けて、消える。封じられるのではなく、終わる。
その瞬間、スザクは確信した。
未来永劫、今後現れることのない最強の人間が爆誕したのだと。
(人間が……神を、斬った)
──黎明が山神を打破すると同時に、風景はゆるやかに元の山へと戻っていった。血が溜まっていた池も、血が滲んだ大地も綺麗に消えていった。
志乃は足をもつれさせながら、二人の方へ駆け寄る。口が開く。声が出る。
「お、姉ちゃん……!」
「あ、寝てるみたいだねー。家まで運ぼうか」
「あ、えと、あの、ありがとうございます!!! れ、黎明さん、このお礼はなんでも、します!!」
「あ、そう。まぁ、いらないかな」
黎明の腕の中で、志麻がかすかに瞬いた。焦点の合わない目が、すぐに志乃を探し当てる。唇が微かに動く。
「……志乃……?」
次の瞬間、志乃は黎明と志麻の前で膝をついた。涙が零れる。溜めこんでいた分が、全部あふれる。
「生きてる……よかった……よかったよ、お姉ちゃん……!」
黎明は志乃にハンカチでも渡してあげようとしたが、持ってなかったので着物の裾で顔を拭いた。
「あ、ど、どうも」
「気にしないでいいよぉ。それと、志乃の姉寝ちゃってみたい、さっき覚えた【セイクリッド・ヒール】かけとくね。疲れてるみたいだし」
黎明は、回復の陰陽術を使い、志麻を癒し、ついでに志乃も癒しておく。
「あ、志乃にもかけとくから」
「あ、えと、あ、なんか元気が出てきます! あ、おお! こ、これは!! なんか、陽キャになれた気分になってきたかも」
「それはよかったね」
その後、黎明は腕の感触を確かめるように一度だけ握り直し、それから刀を納める。
「……かなり経験値が入った気がするね、ふふ、これは嬉しい」
黎明が笑みを浮かべる。彼は、ニヤニヤしながら勝利と経験値を噛み締めていた。
その後、ニヤニヤする黎明にスザクは遅れて近づき、黎明を頭から足まで見た。服はボロボロで大量の血がべっとりと付着している。こんなの生きている方がおかしい量の出血だ。だが、立っている。息も乱れていない。霊力の波は高く、なお整っている。
その事実に対して、恐れを抱きながら彼女は告げた。
「アンタ……最後、上から真っ二つにした時、どれくらい出力上げたの」
「出力、うーん、まぁ、いつもより調子良かった気はしたけど」
「ちょっとっていう火力じゃなかったわよ……てか、アンタ、本当に神殺しをしたのね」
「神殺しって大袈裟な。あれはモンスターだろ。神って名前がついてるだけで、実際はそんな大したことない感じなんじゃない?」
「いやいやいやいや、あれってやばい怪異だから、ってか人間が勝てるレベルじゃないのよ、人間でなくても勝てないのよ」
「ふーん、じーちゃんが俺は才能あるって言ってたから、それかな? 職業の最強職な勇者だしねー」
スザクは、黎明から距離を取り、なんとも言えない目をしていた。あまりに凄まじい偉業、にもかかわらず本人にはさほどといった反応だからだ。
それに、自身を才能ありとは言っているが、そんなレベルではない。本来の評価と、彼自身の評価に大きなズレがあった。
天才と呼ばれるアリがいたところで、象を倒せるはずがない
これはそういう話なのだ。
だが、そういう次元の話だということを気づかせるのは、大変に難しそうだという直感がスザクにはあった。
「……変な人間ね。こんな人間が急に現れるなんて、これからは人間の時代がやってくるのかしら?」
そして、再度、志乃は涙に濡れた顔で、深く頭を下げる。
「れ、黎明さん……ありがとうございました。本当に、ほんとうに……!」
「うん。依頼はクリアかな。あ、さっきも言ったけど報酬はいらないよー」
黎明はそう言って山を下山し始めた。背中には彼女の姉を背負い、淡々と歩き続ける。その後ろをスザクと志乃は追った。
「さて、山神は倒したから、次は火の鳥様かな。山神がそこそこ経験値あったし」
「──!!!!!???!!?」
「志乃は、どこにいるか知ってる? 火の鳥様」
「え、あえ、えっっと、その」
志乃にはわかっていた。スザクが火の鳥様であることは……。しかし、スザクの絶対に言うなという視線に負けて、嘘を吐く。
「す、すいません、知りません」
「そう……山神も祠、壊したら出てきたし、火の鳥様も神社ぶっ壊したら出てくるかな?」
「ちょっと!? アンタ、なにバカなこと言ってるの!?」
「す、スザクさん、なんでずっと私の後ろに?」
「そりゃ、この人間が怖いからに決まってるでしょ!? アンタ、この人間が何やったのか理解してないの!? 神殺しよ!! 神殺し!!」
「そ、そうなんですね。私はお姉ちゃんが助けてもらえたら、なんでも……」
一人だけ、スザクは大騒ぎをしていた。しかし、ずっと志乃の後ろに隠れながら、黎明を見ている。あの人間が自分に牙を向いたら殺されてしまうからだ。
「あ、あの、やっぱりお礼させてください! お姉ちゃんの分も!」
「うーん。報酬はいらないけど。そうねー、まぁ、そこまで言うなら夜食とかもらえる?」
「あ、全然! 全然作ります!!」
「そう、それならもらおうかなー」
のんきな二人の会話に、スザクは意気消沈するしかなかった。
「なんなのかしら、この二人」
黎明を見ていたスザクはそう呟いた。膝をついて、悔しそうに顔を滲ませる。その様子を見て、志乃が彼女の肩を手で押さえた。
「し、しっかりしてください。ま、まだ、黎明さんは死んでは……」
「……愚かね。見なさい、全身血だらけでもう死ぬ寸前じゃない。それに山神も完全に封印から解けてしまった……もう無理よ」
「そ、そんな」
「ワタシは黎明の炎で力が上昇してたから、アンタの姉くらいなら目を盗んで攫えるかと思ったの。だから、ここまで来たんだけど……ワタシの考えが甘かったわ。悪かったわね……」
スザクの落胆した様子、諦めた表情、全てを見て志乃は心が折れそうになった。
だが、彼女は再び黎明を見た。
そこで彼女は驚愕の光景を見る。
──彼の瞳は、さらなる熱を帯びていた。
◾️
「……あ、すごい量の血が出た。久しぶりだね」
大量の血を流しながらも、彼は冷静に自分の状態を分析していた。
「……痛いなぁ、アドレナリンで多少は痛み軽減してるんだろうけど。こんな怪我したのは……いつぶりかな」
痛いとは言いながらも、どこか落ち着いた声音を黎明はしている。そして、彼は怪異と初めて戦い出したことを思い出す。
(最初はモンスターと戦ったらよく怪我してたね。片耳が取れたりして、あの時……死に際が微かに見えた瞬間に。【ヒール】を覚えたんだったな)
(ここまでの怪我はしたことないし、今ここで【ヒール】しても完全回復はすぐには無理そうだなぁ)
(出来そう、とは思ってたけど……使う機会が、今までなかった。でも、今なら……)
黎明は今までは、初級(と思いこんでいる)ヒールしか使ってこなかった。なぜなら、現時点の彼を脅かすような怪異は存在しなかったからだ。よって、彼も回復術の急激な成長などしてこなかった。
だが、この瞬間──
──未来永劫、現れることのない、人間が覚醒する。
「セイクリッド・ヒール!!!」
最初に異変に気づいたのはスザクだった。黎明の傷口から蒸気が発生したかのように煙が発生した。
もう、全てが終わった。そう思っていたスザクは再び、彼の輝きを見て目を見開いた。
「……あれは?」
黎明は更に上の段階へと足を踏み入れていた。彼の体の傷の、全てが塞がっていく。
抉れた腹は全快し、肩は元通り、更に潰れた片目は、再び光を取り戻す。
今まで黎明が【ヒール】と呼んでいたのは【陽遁術】光ノ奏と言われる陰陽術である。
これは、傷や精神を癒す術なのだが、今黎明が行っているのはその更に格上の技術。今まで使っていた光ノ奏より遥かに上位の力である。
死に際が起こした驚異的な成長。黎明がヒールと思って使っていた光ノ奏は超光ノ命と呼ばれる、神の御技と匹敵するほどの陰陽術へと飛躍する。
「やっぱり、スキル鍛えるには、強いモンスターと戦わないと……だね。ボスキャラのおかげで、新しいスキルを獲得できたぞ」
全快した黎明は、ただ新しい術を覚えただけではなかった。
それに加えて、あらゆる能力が一気に跳ね上がり、まるで奇跡のような成長を遂げていた。
──全身の細胞が、今までにないエネルギーを発している。
「今までにない感覚だね。やっぱり、強いやつと戦う時の経験値は多くもらえるみたい。ワクワクしてきたなぁ。あれぶっ倒したらどれくらいレベル上がるかな」
その様子を見て、スザクは息を呑んだ。「あり得ない」を通り越して、言葉が出ない。神の御技、その直撃を受けて歩いている。生きている。それも、平気そうに。
(こいつ……本当に人間な、なの? あの傷、いや傷なんてもんじゃない。肉体の欠損。それが、一瞬で治った……っ)
(ワタシの見間違い? いや、その方が納得がいく。ただの人間が持つにしては、あまりに分不相応な力、そもそもこいつ火属性の術をあのレベルで使えたのに、他の術もそれ以上の精度で使えるとか……)
(この人間、本当に成し遂げてしまうかもしれない。神殺しを)
──スザクがそう感じた一方で、同じようにただの人間に山神も恐怖を感じていた。
すぐさま黎明に向かって、攻撃を開始する。
山神の袖が翻り、次の波が来る。土の津波、髪の槍、石の雨――境内ごと砕く連撃。黎明は刀を抜き、脱力した状態で構える。
「イグニス・セイバー」
ゆらり、と刃に火が宿る。炎が刀身を薄く包む。ただの火ではない。燃え広がらず、収束し、刃の形をなぞる薄刃の焔。
彼が行ったのは火神刀と呼ばれる陰陽術である。ゲーム脳の彼は【イグニス・セイバー】と呼んでいるが……まあ、今更であろう。
あっさりと黎明は使用しているが、そもそもこの術は高等技術でもある。さらりと発動を成功させることに、以前のスザクであれば驚くところだったであろう。だが、度重なる黎明の異常な所業により、もうその程度では彼女は驚かなくなっていた。
「れ、黎明さんの刀に炎が……き、綺麗」
「……あれだけの術を使っても、まだ使えるなんて。底なしの霊力。まるで、海のようね」
志乃は彼の炎の美しさに目を奪われ、ずっと放心している。スザクは事実に目を揺らすしかない。
彼女の目線の先では、黎明が二人の間で壁のように立っている。そこに向かって山神の髪が一帯を埋め尽くす。黒い雨は容赦がない。
だが、黎明の焔を纏った刀が黒き雨を切り開いた。一本ごと、束ごと、根ごと、音もなく焼き切れていく。切断面は一瞬で炭になり、灰になり、消えた。
スザクは呆けたように見た。刃の走りにムダがない。最短、最速、最小の振りで最大の破壊が出る。さっきまでの彼ではない。
(上がってる……! 反応、剣の冴え、霊力の練り、術の出力、その全部が!! まだ、上があると言うのッ)
──単純に成長をしただけではない。
なお、人間であれば誰でもそうだが、いきなりポテンシャルの全てを発揮できるわけではない。
そして、黎明はその例にもれず。信じられないことだが……実はスロースターターであった。
スザクがそれを知ったら、さらなる悲鳴をあげることであろう
スポーツなども準備運動をしてから、運動を始めるように。彼もまた、いきなりの動き出しで自身の全てを出すことはできなかった。
それに加えて今までの怪異は全て、一撃で終わってしまうので、彼の真価は発揮されなかった。
テンションはいつも通り低い。だが、身体の芯が熱を拾っていく。呼吸が合う。相手の間合いを掴む。視界が澄む。心と手が重なる。
「フレアボム」
短く言って、片手で小さな火弾を放つ。さっきより速い。生まれた瞬間に完成している。弾は渦の白に吸い込まれる前に内側へ潜り、山神の胴で静かに咲いた。
重ねて、もうひとつ。さらにもうひとつ。爆ぜる音は小さい。だが確実に内側を削る。
『……ヤメロ……ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!!!!!!!』
渦が軋む。黒髪が凶暴さを増す。大地が割れ、地根が蛇のようにうねり出た。山そのものが襲ってくる。スザクは志乃をかばいながら、唇を噛む。
「刀に纏う熱気がこっちにも伝わってくる……志乃、もう一度言うわ。ここから離れないで。少しでも巻き込まれたら、ワタシもアンタも死ぬ」
志乃は震える手で袖を握りしめ、頷いた。胸の奥で心が燃える。希望と恐怖が、せめぎ合う。
「お姉ちゃん……」
あの人なら姉を助けられるかもしれないという希望と、このまま黎明が死んでしまったら、姉を助けられなかったらどうしようという絶望。
それらが彼女の中で、何もできない自責の念と共に渦巻いていた。
彼女の見守る中、常に戦況は動く。
山神は渦の中心を裂くように両の袖を広げ、何かを掲げた。白い布の間から、女の体が吊られている。青ざめた顔。黒髪。志乃と同じ目。
『……イノチ……ダイスキナ、イノチ……コワシタクナイナラ……ヤメナサイ……』
「――お、お姉ちゃん」
志乃の声がほどけた。手が伸びる。スザクの表情が固まる。
──負けを悟った、神。その最後の一手は、人質だった。
志乃の探し求めていた、姉である。志麻、それが全員が見えやすい頭上へと掲げられる。
暗に、これ以上攻撃すれば殺すと、告げていると同意義だった。
「お姉ちゃんっ!!!」
「志乃! 落ち着きなさい、下手すれば、ちょっとでも動いた瞬間に殺されるわ」
「で、でも!」
──二人の葛藤が浮かぶ……
黎明はどうするのか?
自分たちはどうすればいいのか?
だが、その一瞬にして永遠の悩みは、答えを出す必要がなくなっていた。
なぜなら、このとき、すでに【彼】は動き終わっていたからだ。
その二人が、話し始めるわずかに前、黎明は動き始めていた。いや、正確に言えば、止まることをしていなかった。
人質が提示されたとしても、彼は止まることはなく、むしろ、速くなった。目が刃と同じ色を帯びる。
黒い瞳が赤く染まる。彼は霊力を使う時、瞳が赤くなる性質がある。
焔はさらに薄く、鋭く、輝きを増した。
──朝霧黎明、その少年のポテンシャルがピークに達した時、神すらも気付かぬ速度に至る。
「……あ、さっき言ってた姉かな?」
一歩。空気が跳ね、世界が遅れる。二歩目で、すでに渦の前。三歩目は見えない。
夜の中を焔の線が走る。袖と髪の隙間を縫って、志麻の縄だけを切り離す。切断面は焦げず、熱もない。焔は包むみたいに優しく、志麻の身体を熱から外した。
山神は、黎明のあまりの行動速度に、反応すらできていなかった。
黎明は落ちてきた彼女をそのまま抱き上げた。軽く、確かに、揺らさずに。志麻の胸はかすかに上下している。生きている。
「あ、大丈夫ー? 聞こえる?」
スザクが目を剥いた。神も、その場で硬直したように動きを止める。気づいたら、志麻が黎明の手の中に収まっていたからだ。
(は……? え、今、なにが……?)
志乃は黎明の手に姉がいることを見て、混乱していた。たった今、姉が人質になっていたはず……
しかし、現実には黎明の手に収まっている。急な展開についていけなかったが、徐々に安堵が湧いた。
志乃の膝が崩れそうになる。泣くのは後だ。声が出ない。ただ、両手を口に当てて、肩が震えた。
「お姉ちゃん……」
志乃の感情とは反対に、山神には怒りが湧いている。たった一人の人間に全てを出し抜かれている。
それが、怒りの全てだった。
『……ヨクモ……ヨクモ……!』
山神が吠え、境内が沈む。渦が開き、黒が溢れ、髪が森ごと千切って押し寄せる。神が本気で怒った。山が丸ごと敵になったようだ。
黎明は志麻を抱えたまま、顎だけを少し上げた。焔が刀から溢れる。
「―─仲間を庇いながら、人質あり。多少縛りがあった気がしたけど、それを加味しなくても今までで一番だったよ」
黎明の足裏が地を軽く押す。次の瞬間には、空の真ん中へと彼は跳躍する。
黎明は抱えた志麻を片腕に預け、もう片方の腕だけで刀を振る。
焔は音を置いていく。音が追いつく前に、山神の上から下までの二十メートルを一線で断った。
「いつもとは火力が違うからね。名付けて【ディバイン・エクスプロード】」
顔の渦の中心を通って線が引かれた。線は一瞬、朱色に光り、その後、神は二つに切り裂かれる。
何千枚積み上げられた瓦を割るように、上から下まで神を両断した。
その後、音が遅れて胴体が落ちる。渦の縁が崩れ、黒髪がばらばらにほどけ、地の底から吹き上がった怒りが霧になる。
スザクはその光景から目を逸らせなかった。神が、焼けて、消える。封じられるのではなく、終わる。
その瞬間、スザクは確信した。
未来永劫、今後現れることのない最強の人間が爆誕したのだと。
(人間が……神を、斬った)
──黎明が山神を打破すると同時に、風景はゆるやかに元の山へと戻っていった。血が溜まっていた池も、血が滲んだ大地も綺麗に消えていった。
志乃は足をもつれさせながら、二人の方へ駆け寄る。口が開く。声が出る。
「お、姉ちゃん……!」
「あ、寝てるみたいだねー。家まで運ぼうか」
「あ、えと、あの、ありがとうございます!!! れ、黎明さん、このお礼はなんでも、します!!」
「あ、そう。まぁ、いらないかな」
黎明の腕の中で、志麻がかすかに瞬いた。焦点の合わない目が、すぐに志乃を探し当てる。唇が微かに動く。
「……志乃……?」
次の瞬間、志乃は黎明と志麻の前で膝をついた。涙が零れる。溜めこんでいた分が、全部あふれる。
「生きてる……よかった……よかったよ、お姉ちゃん……!」
黎明は志乃にハンカチでも渡してあげようとしたが、持ってなかったので着物の裾で顔を拭いた。
「あ、ど、どうも」
「気にしないでいいよぉ。それと、志乃の姉寝ちゃってみたい、さっき覚えた【セイクリッド・ヒール】かけとくね。疲れてるみたいだし」
黎明は、回復の陰陽術を使い、志麻を癒し、ついでに志乃も癒しておく。
「あ、志乃にもかけとくから」
「あ、えと、あ、なんか元気が出てきます! あ、おお! こ、これは!! なんか、陽キャになれた気分になってきたかも」
「それはよかったね」
その後、黎明は腕の感触を確かめるように一度だけ握り直し、それから刀を納める。
「……かなり経験値が入った気がするね、ふふ、これは嬉しい」
黎明が笑みを浮かべる。彼は、ニヤニヤしながら勝利と経験値を噛み締めていた。
その後、ニヤニヤする黎明にスザクは遅れて近づき、黎明を頭から足まで見た。服はボロボロで大量の血がべっとりと付着している。こんなの生きている方がおかしい量の出血だ。だが、立っている。息も乱れていない。霊力の波は高く、なお整っている。
その事実に対して、恐れを抱きながら彼女は告げた。
「アンタ……最後、上から真っ二つにした時、どれくらい出力上げたの」
「出力、うーん、まぁ、いつもより調子良かった気はしたけど」
「ちょっとっていう火力じゃなかったわよ……てか、アンタ、本当に神殺しをしたのね」
「神殺しって大袈裟な。あれはモンスターだろ。神って名前がついてるだけで、実際はそんな大したことない感じなんじゃない?」
「いやいやいやいや、あれってやばい怪異だから、ってか人間が勝てるレベルじゃないのよ、人間でなくても勝てないのよ」
「ふーん、じーちゃんが俺は才能あるって言ってたから、それかな? 職業の最強職な勇者だしねー」
スザクは、黎明から距離を取り、なんとも言えない目をしていた。あまりに凄まじい偉業、にもかかわらず本人にはさほどといった反応だからだ。
それに、自身を才能ありとは言っているが、そんなレベルではない。本来の評価と、彼自身の評価に大きなズレがあった。
天才と呼ばれるアリがいたところで、象を倒せるはずがない
これはそういう話なのだ。
だが、そういう次元の話だということを気づかせるのは、大変に難しそうだという直感がスザクにはあった。
「……変な人間ね。こんな人間が急に現れるなんて、これからは人間の時代がやってくるのかしら?」
そして、再度、志乃は涙に濡れた顔で、深く頭を下げる。
「れ、黎明さん……ありがとうございました。本当に、ほんとうに……!」
「うん。依頼はクリアかな。あ、さっきも言ったけど報酬はいらないよー」
黎明はそう言って山を下山し始めた。背中には彼女の姉を背負い、淡々と歩き続ける。その後ろをスザクと志乃は追った。
「さて、山神は倒したから、次は火の鳥様かな。山神がそこそこ経験値あったし」
「──!!!!!???!!?」
「志乃は、どこにいるか知ってる? 火の鳥様」
「え、あえ、えっっと、その」
志乃にはわかっていた。スザクが火の鳥様であることは……。しかし、スザクの絶対に言うなという視線に負けて、嘘を吐く。
「す、すいません、知りません」
「そう……山神も祠、壊したら出てきたし、火の鳥様も神社ぶっ壊したら出てくるかな?」
「ちょっと!? アンタ、なにバカなこと言ってるの!?」
「す、スザクさん、なんでずっと私の後ろに?」
「そりゃ、この人間が怖いからに決まってるでしょ!? アンタ、この人間が何やったのか理解してないの!? 神殺しよ!! 神殺し!!」
「そ、そうなんですね。私はお姉ちゃんが助けてもらえたら、なんでも……」
一人だけ、スザクは大騒ぎをしていた。しかし、ずっと志乃の後ろに隠れながら、黎明を見ている。あの人間が自分に牙を向いたら殺されてしまうからだ。
「あ、あの、やっぱりお礼させてください! お姉ちゃんの分も!」
「うーん。報酬はいらないけど。そうねー、まぁ、そこまで言うなら夜食とかもらえる?」
「あ、全然! 全然作ります!!」
「そう、それならもらおうかなー」
のんきな二人の会話に、スザクは意気消沈するしかなかった。
「なんなのかしら、この二人」
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