救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ

流石ユユシタ

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1章 山神編

第15話 VS山神戦【後編】

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「──終わった」



 黎明を見ていたスザクはそう呟いた。膝をついて、悔しそうに顔を滲ませる。その様子を見て、志乃が彼女の肩を手で押さえた。



「し、しっかりしてください。ま、まだ、黎明さんは死んでは……」
「……愚かね。見なさい、全身血だらけでもう死ぬ寸前じゃない。それに山神も完全に封印から解けてしまった……もう無理よ」
「そ、そんな」
「ワタシは黎明の炎で力が上昇してたから、アンタの姉くらいなら目を盗んで攫えるかと思ったの。だから、ここまで来たんだけど……ワタシの考えが甘かったわ。悪かったわね……」




 スザクの落胆した様子、諦めた表情、全てを見て志乃は心が折れそうになった。



 だが、彼女は再び黎明を見た。


 そこで彼女は驚愕の光景を見る。




 ──彼の瞳は、さらなる熱を帯びていた。







◾️





「……あ、すごい量の血が出た。久しぶりだね」





 大量の血を流しながらも、彼は冷静に自分の状態を分析していた。




「……痛いなぁ、アドレナリンで多少は痛み軽減してるんだろうけど。こんな怪我したのは……いつぶりかな」






 痛いとは言いながらも、どこか落ち着いた声音を黎明はしている。そして、彼は怪異と初めて戦い出したことを思い出す。





(最初はモンスターと戦ったらよく怪我してたね。片耳が取れたりして、あの時……死に際が微かに見えた瞬間に。【ヒール】を覚えたんだったな)



(ここまでの怪我はしたことないし、今ここで【ヒール】しても完全回復はすぐには無理そうだなぁ)



(出来そう、とは思ってたけど……使う機会が、今までなかった。でも、今なら……)




 
 黎明は今までは、初級(と思いこんでいる)ヒールしか使ってこなかった。なぜなら、現時点の彼を脅かすような怪異は存在しなかったからだ。よって、彼も回復術の急激な成長などしてこなかった。



 だが、この瞬間──



 ──未来永劫みらいえいごう、現れることのない、人間が覚醒する。




「セイクリッド・ヒール!!!」 



 最初に異変に気づいたのはスザクだった。黎明の傷口から蒸気が発生したかのように煙が発生した。


 もう、全てが終わった。そう思っていたスザクは再び、彼の輝きを見て目を見開いた。



「……あれは?」





 黎明は更に上の段階へと足を踏み入れていた。彼の体の傷の、全てが塞がっていく。


 抉れた腹は全快し、肩は元通り、更に潰れた片目は、再び光を取り戻す。


 今まで黎明が【ヒール】と呼んでいたのは【陽遁術】光ノ奏ひかりのそうと言われる陰陽術である。


 これは、傷や精神を癒す術なのだが、今黎明が行っているのはその更に格上の技術。今まで使っていた光ノ奏ひかりのそうより遥かに上位の力である。



 死に際が起こした驚異的な成長。黎明がヒールと思って使っていた光ノ奏ひかりのそう超光ノ命ちょうこうのめいと呼ばれる、神の御技と匹敵するほどの陰陽術へと飛躍する。





「やっぱり、スキル鍛えるには、強いモンスターと戦わないと……だね。ボスキャラのおかげで、新しいスキルを獲得できたぞ」




 全快した黎明は、ただ新しい術を覚えただけではなかった。

 それに加えて、あらゆる能力が一気に跳ね上がり、まるで奇跡のような成長を遂げていた。




──全身の細胞が、今までにないエネルギーを発している。





「今までにない感覚だね。やっぱり、強いやつと戦う時の経験値は多くもらえるみたい。ワクワクしてきたなぁ。あれぶっ倒したらどれくらいレベル上がるかな」






 その様子を見て、スザクは息を呑んだ。「あり得ない」を通り越して、言葉が出ない。神の御技、その直撃を受けて歩いている。生きている。それも、平気そうに。



(こいつ……本当に人間な、なの? あの傷、いや傷なんてもんじゃない。。それが、一瞬で治った……っ)



(ワタシの見間違い? いや、その方が納得がいく。ただの人間が持つにしては、あまりに分不相応な力、そもそもこいつ火属性の術をあのレベルで使えたのに、他の術もそれ以上の精度で使えるとか……)



(この人間、本当に成し遂げてしまうかもしれない。神殺しを)




 ──スザクがそう感じた一方で、同じようにただの人間に山神も恐怖を感じていた。


 すぐさま黎明に向かって、攻撃を開始する。


 山神の袖が翻り、次の波が来る。土の津波、髪の槍、石の雨――境内ごと砕く連撃。黎明は刀を抜き、脱力した状態で構える。



「イグニス・セイバー」


 ゆらり、と刃に火が宿る。炎が刀身を薄く包む。ただの火ではない。燃え広がらず、収束し、刃の形をなぞる薄刃の焔。


 彼が行ったのは火神刀ひかみかたなと呼ばれる陰陽術である。ゲーム脳の彼は【イグニス・セイバー】と呼んでいるが……まあ、今更であろう。



 あっさりと黎明は使用しているが、そもそもこの術は高等技術でもある。さらりと発動を成功させることに、以前のスザクであれば驚くところだったであろう。だが、度重なる黎明の異常な所業により、もうその程度では彼女は驚かなくなっていた。



「れ、黎明さんの刀に炎が……き、綺麗」
「……あれだけの術を使っても、まだ使えるなんて。底なしの霊力。まるで、海のようね」



 志乃は彼の炎の美しさに目を奪われ、ずっと放心している。スザクは事実に目を揺らすしかない。



 彼女の目線の先では、黎明が二人の間で壁のように立っている。そこに向かって山神の髪が一帯を埋め尽くす。黒い雨は容赦がない。


 だが、黎明の焔を纏った刀が黒き雨を切り開いた。一本ごと、束ごと、根ごと、音もなく焼き切れていく。切断面は一瞬で炭になり、灰になり、消えた。


 スザクは呆けたように見た。刃の走りにムダがない。最短、最速、最小の振りで最大の破壊が出る。さっきまでの彼ではない。



(上がってる……! 反応、剣の冴え、霊力の練り、術の出力、その全部が!! まだ、


 




 ──単純に成長をしただけではない。



 なお、人間であれば誰でもそうだが、いきなりポテンシャルの全てを発揮できるわけではない。

 そして、黎明はその例にもれず。信じられないことだが……実はスロースターターであった。

  スザクがそれを知ったら、さらなる悲鳴をあげることであろう


 スポーツなども準備運動をしてから、運動を始めるように。彼もまた、いきなりの動き出しで自身の全てを出すことはできなかった。


 それに加えて今までの怪異は全て、一撃で終わってしまうので、彼の真価は発揮されなかった。

 テンションはいつも通り低い。だが、身体の芯が熱を拾っていく。呼吸が合う。相手の間合いを掴む。視界が澄む。心と手が重なる。




「フレアボム」


 短く言って、片手で小さな火弾を放つ。さっきより速い。生まれた瞬間に完成している。弾は渦の白に吸い込まれる前に内側へ潜り、山神の胴で静かに咲いた。

 重ねて、もうひとつ。さらにもうひとつ。爆ぜる音は小さい。だが確実に内側を削る。




『……ヤメロ……ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!!!!!!!』




 渦が軋む。黒髪が凶暴さを増す。大地が割れ、地根が蛇のようにうねり出た。山そのものが襲ってくる。スザクは志乃をかばいながら、唇を噛む。





「刀に纏う熱気がこっちにも伝わってくる……志乃、もう一度言うわ。ここから離れないで。少しでも巻き込まれたら、ワタシもアンタも死ぬ」




 志乃は震える手で袖を握りしめ、頷いた。胸の奥で心が燃える。希望と恐怖が、せめぎ合う。



「お姉ちゃん……」



 あの人なら姉を助けられるかもしれないという希望と、このまま黎明が死んでしまったら、姉を助けられなかったらどうしようという絶望。

 それらが彼女の中で、何もできない自責の念と共に渦巻いていた。


 彼女の見守る中、常に戦況は動く。


 山神は渦の中心を裂くように両の袖を広げ、何かを掲げた。白い布の間から、女の体が吊られている。青ざめた顔。黒髪。志乃と同じ目。



『……イノチ……ダイスキナ、イノチ……コワシタクナイナラ……ヤメナサイ……』
「――お、お姉ちゃん」



 志乃の声がほどけた。手が伸びる。スザクの表情が固まる。



 ──負けを悟った、神。その最後の一手は、人質だった。



 志乃の探し求めていた、姉である。志麻、それが全員が見えやすい頭上へと掲げられる。


 暗に、これ以上攻撃すれば殺すと、告げていると同意義だった。



「お姉ちゃんっ!!!」
「志乃! 落ち着きなさい、下手すれば、ちょっとでも動いた瞬間に殺されるわ」
「で、でも!」








──二人の葛藤が浮かぶ……

黎明はどうするのか?
自分たちはどうすればいいのか?

だが、その一瞬にして永遠の悩みは、答えを出す必要がなくなっていた。


なぜなら、このとき、すでに【彼】は動き終わっていたからだ。



 その二人が、話し始めるわずかに前、黎明は動き始めていた。いや、正確に言えば、止まることをしていなかった。


 人質が提示されたとしても、彼は止まることはなく、むしろ、速くなった。目が刃と同じ色を帯びる。


 黒い瞳が赤く染まる。彼は霊力を使う時、瞳が赤くなる性質がある。


 焔はさらに薄く、鋭く、輝きを増した。




──朝霧黎明、その少年のポテンシャルがピークに達した時、神すらも気付かぬ速度に至る。



「……あ、さっき言ってた姉かな?」



 一歩。空気が跳ね、世界が遅れる。二歩目で、すでに渦の前。三歩目は見えない。

 夜の中を焔の線が走る。袖と髪の隙間を縫って、志麻の縄だけを切り離す。切断面は焦げず、熱もない。焔は包むみたいに優しく、志麻の身体を熱から外した。


 山神は、黎明のあまりの行動速度に、反応すらできていなかった。



 黎明は落ちてきた彼女をそのまま抱き上げた。軽く、確かに、揺らさずに。志麻の胸はかすかに上下している。生きている。




「あ、大丈夫ー? 聞こえる?」



 スザクが目を剥いた。神も、その場で硬直したように動きを止める。気づいたら、志麻が黎明の手の中に収まっていたからだ。







(は……? え、今、なにが……?)





 志乃は黎明の手に姉がいることを見て、混乱していた。たった今、姉が人質になっていたはず……


 しかし、現実には黎明の手に収まっている。急な展開についていけなかったが、徐々に安堵が湧いた。




 志乃の膝が崩れそうになる。泣くのは後だ。声が出ない。ただ、両手を口に当てて、肩が震えた。


「お姉ちゃん……」




 志乃の感情とは反対に、山神には怒りが湧いている。たった一人の人間に全てを出し抜かれている。


 それが、怒りの全てだった。


『……ヨクモ……ヨクモ……!』



 山神が吠え、境内が沈む。渦が開き、黒が溢れ、髪が森ごと千切って押し寄せる。神が本気で怒った。山が丸ごと敵になったようだ。


 黎明は志麻を抱えたまま、顎だけを少し上げた。焔が刀から溢れる。



「―─仲間を庇いながら、人質あり。多少縛りがあった気がしたけど、それを加味しなくても今までで一番だったよ」



 黎明の足裏が地を軽く押す。次の瞬間には、空の真ん中へと彼は跳躍する。


 黎明は抱えた志麻を片腕に預け、もう片方の腕だけで刀を振る。



 焔は音を置いていく。音が追いつく前に、山神の上から下までの二十メートルを一線で断った。



「いつもとは火力が違うからね。名付けて【ディバイン・エクスプロード】」



 顔の渦の中心を通って線が引かれた。線は一瞬、朱色に光り、その後、神は二つに切り裂かれる。



 何千枚積み上げられた瓦を割るように、上から下まで神を両断した。


 その後、音が遅れて胴体が落ちる。渦の縁が崩れ、黒髪がばらばらにほどけ、地の底から吹き上がった怒りが霧になる。


 


 スザクはその光景から目を逸らせなかった。神が、焼けて、消える。封じられるのではなく、終わる。



 その瞬間、スザクは確信した。



 未来永劫、今後現れることのない最強の人間が爆誕したのだと。




(人間が……神を、斬った)





──黎明が山神を打破すると同時に、風景はゆるやかに元の山へと戻っていった。血が溜まっていた池も、血が滲んだ大地も綺麗に消えていった。



 志乃は足をもつれさせながら、二人の方へ駆け寄る。口が開く。声が出る。


「お、姉ちゃん……!」
「あ、寝てるみたいだねー。家まで運ぼうか」
「あ、えと、あの、ありがとうございます!!! れ、黎明さん、このお礼はなんでも、します!!」
「あ、そう。まぁ、いらないかな」



 黎明の腕の中で、志麻がかすかに瞬いた。焦点の合わない目が、すぐに志乃を探し当てる。唇が微かに動く。


「……志乃……?」


 次の瞬間、志乃は黎明と志麻の前で膝をついた。涙が零れる。溜めこんでいた分が、全部あふれる。



「生きてる……よかった……よかったよ、お姉ちゃん……!」


 黎明は志乃にハンカチでも渡してあげようとしたが、持ってなかったので着物の裾で顔を拭いた。


「あ、ど、どうも」
「気にしないでいいよぉ。それと、志乃の姉寝ちゃってみたい、さっき覚えた【セイクリッド・ヒール】かけとくね。疲れてるみたいだし」


 黎明は、回復の陰陽術を使い、志麻を癒し、ついでに志乃も癒しておく。


「あ、志乃にもかけとくから」
「あ、えと、あ、なんか元気が出てきます! あ、おお! こ、これは!! なんか、陽キャになれた気分になってきたかも」
「それはよかったね」


 その後、黎明は腕の感触を確かめるように一度だけ握り直し、それから刀を納める。



「……かなり経験値が入った気がするね、ふふ、これは嬉しい」


 黎明が笑みを浮かべる。彼は、ニヤニヤしながら勝利と経験値を噛み締めていた。

 その後、ニヤニヤする黎明にスザクは遅れて近づき、黎明を頭から足まで見た。服はボロボロで大量の血がべっとりと付着している。こんなの生きている方がおかしい量の出血だ。だが、立っている。息も乱れていない。霊力の波は高く、なお整っている。


 その事実に対して、恐れを抱きながら彼女は告げた。




「アンタ……最後、上から真っ二つにした時、どれくらい出力上げたの」
「出力、うーん、まぁ、いつもより調子良かった気はしたけど」
「ちょっとっていう火力じゃなかったわよ……てか、アンタ、本当に神殺しをしたのね」
「神殺しって大袈裟な。あれはモンスターだろ。神って名前がついてるだけで、実際はそんな大したことない感じなんじゃない?」
「いやいやいやいや、あれってやばい怪異だから、ってか人間が勝てるレベルじゃないのよ、人間でなくても勝てないのよ」
「ふーん、じーちゃんが俺は才能あるって言ってたから、それかな? 職業の最強職な勇者だしねー」



 スザクは、黎明から距離を取り、なんとも言えない目をしていた。あまりに凄まじい偉業、にもかかわらず本人にはさほどといった反応だからだ。


 それに、自身を才能ありとは言っているが、そんなレベルではない。本来の評価と、彼自身の評価に大きなズレがあった。

 天才と呼ばれるアリがいたところで、象を倒せるはずがない

 これはそういう話なのだ。

 だが、そういう次元の話だということを気づかせるのは、大変に難しそうだという直感がスザクにはあった。




「……変な人間ね。こんな人間が急に現れるなんて、これからは人間の時代がやってくるのかしら?」




 そして、再度、志乃は涙に濡れた顔で、深く頭を下げる。



「れ、黎明さん……ありがとうございました。本当に、ほんとうに……!」
「うん。依頼はクリアかな。あ、さっきも言ったけど報酬はいらないよー」



 
 
 黎明はそう言って山を下山し始めた。背中には彼女の姉を背負い、淡々と歩き続ける。その後ろをスザクと志乃は追った。




「さて、山神は倒したから、次は火の鳥様かな。山神がそこそこ経験値あったし」
「──!!!!!???!!?」
「志乃は、どこにいるか知ってる? 火の鳥様」
「え、あえ、えっっと、その」




 志乃にはわかっていた。スザクが火の鳥様であることは……。しかし、スザクの絶対に言うなという視線に負けて、嘘を吐く。





「す、すいません、知りません」
「そう……山神も祠、壊したら出てきたし、火の鳥様も神社ぶっ壊したら出てくるかな?」
「ちょっと!? アンタ、なにバカなこと言ってるの!?」
「す、スザクさん、なんでずっと私の後ろに?」
「そりゃ、この人間が怖いからに決まってるでしょ!? アンタ、この人間が何やったのか理解してないの!? 神殺しよ!! 神殺し!!」
「そ、そうなんですね。私はお姉ちゃんが助けてもらえたら、なんでも……」




 一人だけ、スザクは大騒ぎをしていた。しかし、ずっと志乃の後ろに隠れながら、黎明を見ている。あの人間が自分に牙を向いたら殺されてしまうからだ。



「あ、あの、やっぱりお礼させてください! お姉ちゃんの分も!」
「うーん。報酬はいらないけど。そうねー、まぁ、そこまで言うなら夜食とかもらえる?」
「あ、全然! 全然作ります!!」
「そう、それならもらおうかなー」




 のんきな二人の会話に、スザクは意気消沈するしかなかった。





「なんなのかしら、この二人」
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